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二話:幼いうちは遊ぶのが仕事

 どうやら灯耶が使った異界転生書は本物であったらしい。  そんな風に納得してしまったのは、姿見に映された赤ん坊となった自分の姿を実際に見た時だった。 (ああ、本当に赤ん坊になっちまった)  そして転生した場所はやはり異界で、しかも教授の仮説通り仙人の住む場所だというから恐れ入る。  異界仙山(いかいせんざん)と呼ばれる三霊峰の一つ、癸亥山(きがいせん)。辻崎灯耶こと灯耶の誕生は、どうにも異様な程に喜ばれた。  少なくとも意識がはっきりしてから優に一年間は、灯耶が生まれた事についてのお祭り騒ぎだったのだから。 「ほら、(とう)ちゃん。お食べ」 「あい。いたぁきまふ」  それから二年。  まだ舌が慣れないのか、舌足らずな発音になってしまうのが気恥ずかしい。  与えられた名前自体は、どうやら前世のものと同じであった。  さて、仙人の力というのがどういうものだかあまり認識していなかった灯耶であるが、それを自覚したのは生まれた場所を実際にこの目で見た時だった。  和と古代中国を足して割ったような雰囲気もそうだが、この異界仙山は空中に浮いている。  山ごと異界へと移ったのだと言うから驚く。  他にも五メートルはあろうかという巨体の仙人がいたり、仙女は総じて美しかったり。  ステレオタイプなイメージの老いた仙人は殆どいないというが、そんな事は関係なかった。 「おや、灯坊」 「うぁ、さるのじいちゃん」  そして猿の仙人。赤い眼球に金色の瞳といい、髭が膝まで伸びていること以外は見るからに説話通りの姿で。  最初に見た時にはその名を呼んでしまったものだが、本人は申爺老(しんやろう)と名乗り、元の世界での偉大な猿の仙人ではないと首を振った。 「あのような大物と比べないでおくれ。儂はここでのんびり余生を過ごしているただの古猿じゃよ」  と、柔らかい笑顔で灯耶に告げて。 「それに、それを言うなら灯坊の方が近いのではないかな。元の世界からやってきたのは坊だけじゃあないが、あの『石卵』に宿ったのは癸亥山の開山以来初めての事じゃからなあ」  まあ坊は猿じゃあないけどな! とからから笑って頭を撫でてくれたのがとても気持ち良かったのを覚えている。 「美味しそうなものを食べているのう。どれ、爺にも一つくれないかね」 「ぁい」  頬張っていた肉まんはまだまだ皿に乗っている。  一つ取って差し出すと、申爺老は相好を崩してそのまま口に銜える。 「おぉ、美味いな!坊、ありがとうよ」 「おいしいよね」  見た目食べきれないほどの量がある筈なのだが、生まれ直した灯耶の体は前以上に大食いで、皿に山盛りにされた料理でさえもぺろりと平らげてしまえる。  申爺老は暫く幼子の食事風景を楽しそうに眺めていたが、満足したのだろう、いつの間にかいなくなっていた。 「灯ちゃん、食べ終わった?」 「あい!」  そして食事を用意してくれた仙女が今世の母だ。  女仙・:鴫(しぎ)。  彼女もまた元の世界から転生してきたというのだが、その頃の記憶はないという。  父親はこちらの山で生まれた仙人なので、灯耶は両方の世界の混血児という事になる。 「とぉさまは?」 「今日は邪妖の討伐はなかったと思うから、門かしらね」 「ふぅん」 「灯~!あそぼぉ!」  と、食事を終えた灯耶の所に数人の子どもが寄ってきた。  年上から同い年まで、四人。  同世代の彼ら彼女らは、皆この山で生まれた仙人の卵だ。  灯耶以外にも同い年の一人は転生してきたようなのだが、どうやら前の世界での記憶は持っていないようだ。見る限り普通の子どもである。  灯耶は、自分が元の世界の記憶を多少なりとも持っているのは何故だろうかと常々疑問に思っていた。何か原因があるのか。  さて、それはともかく。 「あぃ! いまいきまふ! かぁさま、ごちとーさま!」 「はい、行ってらっしゃい。気をつけるのよ」 「あい!」  母に感謝を伝え、椅子から飛び降りる。  体の幼さに心も引きずられているのか、ふとした瞬間、目の前の楽しみに思考を遮られてしまうことがままある。  考える事は色々ある筈なのに、それが持続しないのだ。  灯耶が生まれてからも、癸亥山では何人か子供は生まれて来た。  しかし、灯耶の時ほど騒がしくお祭り騒ぎをした事はないようだ。  記憶にはないのだが、聞いてみるとどうやら随分と特殊な生誕をしたらしい。  癸亥山は険峻で――どうやら他の異界仙山も同様らしいが――仙人が暮らす地域は山の広さから比べると非常に狭い。  敢えて仙人の修業に適した環境を作っているようなのだが、山中にはそれ以外、異界転移を行った仙人の残したものが幾つもある。  そのうちの一つが、石卵だ。  かの偉大なる猿の仙人は、天地の霊気を浴びた巨石が割れて石の卵を産み、その卵から産まれたという。その為石猿と呼ばれた訳なのだが、その故事を耳にした何れかの仙人が先に石で卵を作ってしまった……のだとか。  天地の陽気を受けやすい場所に四つほど安置していたようで、灯耶はそこから生まれたそうだ。  今世の母である鴫が陣痛を起こした時、彼女の胎が眩く輝いて外へと迸ったのだという。光の奔流は不自然に曲がって石卵の一つの方へと飛び去っていく。  母は陣痛が治まるわ胎の膨らみが消えるわで半狂乱になったのだが、光を追いかけていた申爺老が暫くして一人の赤子を抱えて戻ってきた。 「驚くなよ鴫殿。先程の光を追うとな、風戴峰に安置されていた石卵に宿ったのじゃ。儂が辿り着いた直後に卵が割れ、生まれて来たのがこの子よ。どうやら鴫殿から与えられた滋養だけでは足りず、石卵に宿っていた陽気霊気まで食い尽くしてしまったようじゃ。何とも健啖な赤子ではないか!」  これで母の方は落ち着いたようなのだが、今度は周囲の仙人達が黙っていなかった。  灯耶が無事に生まれてきたやら、石卵に宿り直したことやらで山は喧々諤々の大論争になったようだ。  ひとまず生まれてきた子は両親の預かりとなり、育児については癸亥山に住む全ての仙人が行うという事で決着した。  灯耶の顔立ちは父に似てきたようで、姿見で見ると前世の自分の幼い頃の顔立ちをベースに両親の顔の特徴――目つきが父親の吊り目に似て、髪の色が母の雀色に近い――が遺伝しているようだ。  元々大して特徴のない顔立ちだと思っていたのだが、仙人の補正でもかかっているのか、それなりに見られる容姿になっているのが有難い。  路上に立てかけてあった理髪師の店の姿見に映る自分の髪――前世から見た目一番変わった部分――を弄りながらそんな事を考えていると、 「灯くん捕まえた!」 「あっ」 「こんな所に居たんだね、灯くんが最後だよ!」  後ろからばっと抱き上げられてしまった。  そう言えば、おにごっこの最中だった。 「次は灯くんがおにかな」  灯耶を抱きあげているのは、一つ年上の女の子で、翠櫻(すいおう)と言った。両親はこの世界出身の仙人――この世界で素質を見込まれて修行を行って仙人になった夫妻――という事で、薄桃色の髪に緑の瞳が美しい美少女だ。 「えー、灯はいちばん足が速いんだぞ、すぐ終わっちゃうからやだなぁ」  翠櫻の言葉に異を唱えたのは二つ年上の少年で:禦(ふせ)。どうやら元の世界から転生してきたようなのだが、やはり当時の記憶はないという。  転生してきた子供は仙人としての何かしらの才能が極めて高い傾向にあるのだそうだ。山に生まれた子供たちは一定の年齢になると、素質を調べられていずれかの仙人に弟子入りすることになる。 「灯ちゃん、やさしいから灯ちゃんでいい」 「あかりちゃんが……いい」  最後の二人は双子の姉弟で、同い年。  歳経た動物が仙としての修業を重ねて転じた仙人の血筋であるそうで、二人は普通の耳だけでなく、狐と狸の耳が生えている。  姉が狐火(きつねび)、弟が:狸銀(りぎん)。 「じゃあぼくがおにをやるね!」  笑顔で声を上げて、数を数え始める。  禦も納得したのか、四人は黄色い声を上げてぱたぱたと走り去る。  前世の両親や仲間達、教授の事が気にならない訳ではないが―― 「いくよぉ!」  このゆったりとした日々は、何とも得難い魅力があって。  灯耶はいつしか、元の世界の事を思い出す事は殆どなくなっていた。
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