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第130話「まだ見ぬ未来へ」
「何泣いてるんだって?」
「アンタには分からないよ!」
「泣いてるやつの気持ちなんか分かんないって」
「いいもん」
グズッと涙を溜めながら顔を上げる。
自分の背丈よりも遥かに高い木の枝に、お気に入りの帽子が引っかかっている。ツーッと流れる涙。
「帽子、飛ばされたのか」
「アンタには関係ないよ」
「このまま友達が泣いているのを放っておけって? それこそ無理って。絶対に後悔するから」
黒髪を靡かせて登っていく。器用に足をかけ、手を伸ばして枝を掴む。迷いなく登っていく姿にすっかり涙は引っ込んでいた。
「ほれって」
「あ、ありがとっ」
クイッと帽子を被る。目深に被った状態で顔を見ようと試みる。視線が合って反射的に逸らす。
「俺の顔に何か付いてるって?」
「何もないよっ! 大丈夫!」
「そっか。どうやら泣き止んだみたいだな。お前に泣き顔は似合わないって。笑っているほうが“らしい”って」
そのとき、幼い少女に芽生えた感情。それこそがティタの恋だった。
※ ※ ※
「……また、だ。これでもう何回目」
夢を見ては泣いている。
ウルがいなくなってから、既に半年が経っていた。
慣れることのない日々。ぽっかりと心に空いた穴はどうしようもない。
「ティタ、大丈夫?」
「ごめんね、メリーちゃん。起こしちゃった?」
「アタチは起きてる時間だから。だけどティタ、まだ寝てていいしょ。どうみても寝不足」
「私なら大丈夫よ! この通り……」
「無理しちゃ駄目。心、ここにあらずしょ」
「……まいったなあ。メリーちゃんの意地悪」
「ティタに泣かれてたら目覚めが悪いだけ。元気だして」
「うん。ありがと」
精一杯なティタの笑顔。誰が見ても笑っていないのが分かる笑顔。メリーの心に突き刺さる笑顔。
部屋を出て食堂へ。朝食を先に食べているメイルとメルと合流する。ティタの食欲は落ちていた。理由は分かりきっていた。
「ちゃんと食べないと駄目なのだよ!? また痩せたんじゃない」
「変わらないよメルちゃん。大袈裟だよ」
「ボクの気のせいならいいけど」
ティタの変化には、メイルもメリーも気づいていた。以前よりも痩せている。以前よりも疲れやすくなっている。髪は傷み、身なりにも無頓着になっていた。
「そんな姿で会えるのか、アイツに」
「会えるわけないよ。死んでるんだもん」
「勝手に決めるんじゃない。君が真っ先に諦めてどうするんだ」
「もう半年……半年だよ。そのあいだ、何か手がかりは有った? 目撃者はいた? 声を聞いた人は? ……何にもないじゃない! それでも諦めるなってのは酷よ!」
テーブルを叩きつけて立ち去るティタ。
ろくに手を付けなかった朝食だけが虚しく残されてしまった。
※ ※ ※
「何やってるんだろ、私。みんなに怒鳴ったってしょうがないのに」
冷たい風が吹く季節。吐く息は白く、寒さでどうにかなりそうだ。ティタは必死に掌を擦り合わせる。
「このまま凍え死ぬのもアリ、かも」
瞳を閉じて座り込む。動かないでいると身体の感覚を奪われていくのを実感していく。
夢の中でなら会える。ティタの支えであった夢であったが、見れば見るほど悲しみが募っていく。支えが支えでなくなった今、ティタの心は崩れていくだけだった。
(このまま……このまま……)
※ ※ ※
月日は流れ、さらにに半年。
精進の儀を迎えた子どもたちが次々と旅立っていく。そんな子どもたちの笑顔を眺めている大人がいた。
「今年もやってきましたね」
「例年よりも多いらしい。元気でなによりだ。そういえば少尉、あの子たちはどうしたのかね?」
「顔を出すと連絡がありましたが、どうでしょうか……ティタちゃんの状態も状態ですし」
「多少はよくなっていると聞いているがね。心を癒すのには時間がかかる。旅で少しずつでも癒えてくれればいいのだがね」
「大尉。実はリバルナ盗賊団の頭の目撃情報が有ったのですが。写真付きで」
「間違いない。リバルナの頭だ。孤立無援の状況でも活動しているとはね」
「その……そっちじゃありません」
キリナは、写真の一部分を指差した。
目を細めていたライドが驚く。
「彼、かね!?」
「確証はありません。ワタシの気のせいかもしれません」
「君の気のせいは充分に確証だよ。場所は分かるかね?」
「リイムだと聞きました」
「来たら知らせてやろう。ぬか喜びになってしまうかもしれん。それでも可能性があるのなら、そこに賭けてみようではないか」
※ ※ ※
「……どうだ?」
「いないのだよ!」
ロイズ司令部に顔を出したティタたちは、教えられた手がかりを頼りにリイムへと来ていた。
思い出のホテル、広場、街のあちこちを歩き回ったが、それらしき姿はなかった。
「メイル、メルちゃん。もういいよ」
「まだだぞ! まだ!」
「お墓は? 前に行ったお墓だしょ」
「ナイスだ! そこに賭けるしかない」
藁にもすがる思いで向かっていく。ショウとダイが眠る墓へ。
「これって!」
ティタは声を上げた。ショウとダイの墓の場所は、人目に付きにくいところにある。そんな墓に花束が供えられていたのだ。
「クシュン!!」
「メイル! こんなときにクシャミなんて」
「僕じゃないぞ!?」
「アタチでもないしょ」
「私も違うよ?」
誰もしてないクシャミ。気のせいだったのかと首を傾げたメル。墓に供えられた花束の花びらが風に乗って舞う。無意識に花びらを追うティタ。
「クシュン!!」
「あっ……」
花びらが落ちた先にクシャミの主はいた。
ショウとダイが導いたかのように。その姿を見たティタは涙を流す。悲しみではなく、嬉しさの涙を。
「くそォ……鼻がムズムズするって」
「ウル……ウル……」
「うん?」
ティタのことに気づいたウル。鼻を擦りながら、目を合わせたと同時に見開いた。
言葉を発しようと口を開くが、肝心の言葉が出てこない。言いたいことが多すぎるあまり、一つに絞れずにいた。
「あう~」
「どうしたんだって。言いたいことがあるんだろう?」
「だって……だって」
「俺から言っちゃうって。ただいま」
一つに絞れなかった言葉から、ようやく言葉を選んだティタは涙を拭って笑顔で応えた。
「おかえりなさい!!」
※ ※ ※
「異次元だと!?」
「ああ。目が覚めたら、知らない街にいた。セラテシムンとは違う文化に、違う景色で。『セラテシムンという国は存在しない』って言われたときは参ったけど、そこの国の人も温かくて。戻る方法を探しながら、違う世界を堪能してたってわけだ」
「人騒がせよ! 早く帰ってきてくれてもよかったじゃない!」
「上手く核 が使えなくって。こっちに戻ってこれたのは、二日前だしな」
「もう異次元には行けないのだよ?」
「分からないって。でもいつかは行きたいな。別れを伝えられなかったままだから」
「とりあえず無事でホントによかったよ。ホント……安心した」
ウルの手を握るティタ。その瞳は潤んでいる。何かを訴えるかのようにウルを見つめる。
空気を読んだ三人は席を外した。
「どうしたんだって?」
「バカ。一年も待たされたんだよ?」
ティタの唇がウルの唇と重なる。
握られた手をギュッとウルは握り返した。
※ ※ ※
「さーて! どこに行くの!」
「元気になったのだよ、ティタちゃん」
「ウルのお陰だ」
「アタチはどこでもいいしょ」
「うーん。ルーにも会いたいしなって」
「じゃあロイズ司令部よ。キリナさんになついてるみたいだよ」
「マジって!? 俺のこと、忘れてないかって!」
ウルが戻ってきたことにより、自然と明るさも戻ってきた。ウル、ティタ、メイル、メルにとっては最後の、メリーにとっては二度目の精進の儀の春。
五人揃っての精進の儀が再び、リイムから始まった。これから先どんな出会いが待っているのか。これから先、どんな出来事が待ち受けているのか。
出会いの数だけ物語がある。
別れの数だけ物語がある。
ときに笑って、ときに泣いて、ときに悩んで。
生きている限り、新しい発見が待っている。
精進の儀を通して、俺は現実の酸いも甘いも経験した。色んなものを手に入れた。友達、恋人、師匠……かけがえのない仲間を。核 という力を。この先、どんなことが待ち受けてるのかは分からない。けど、分からないから面白いんだと思う。
少しでも長く、みんなと旅をしていたい。
この国にはまだ、底なしの可能性 が、あるはずだから。
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