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泣き叫ぶ血まみれの肉塊 Part.1
「あの子の依頼、本当に受けたんだ」
彩花はその夜、仕事前のウォーミングアップとでも言わんばかりに片手で腕立て伏せをするリルに言葉を投げかけた。
たしかに自分は怠け者だ。仕事がなくなってむしろうれしいぐらいだった。彩花と対照的にリルはできる限り毎日仕事を受けている。多いときは2件も3件も引き受けて、常にだれかを痛めつけ続けている状態をキープしている。毎日暴力を行使するために自分の仕事の単価を吊り下げて、同業者の冷笑と顰蹙を買ってまでリルは仕事を受け続けている。
20回3セットの片手腕立て伏せ、残りはあと一回。震える体を力づくで持ち上げて、汗をまき散らして肩で息をしながら、リルはプロテインとサプリメントを流し込み、彩花の懸念などまるで無視してぼおっとハードトレーニングで顔を赤くしながら前を見ている。2、3分そのまま、やっと彩花の方へ向いて発した言葉は何も気にかけていないものである。
「彩花、注射器とステロイド取って」
「……」
しかし、彩花はリルに逆らえない。
そういう関係が最初から出来上がっている。
そして、他人に大して放任的なリルはこと、自分への干渉はシャットダウンする。彩花が黙って言われたとおりにすると、邪険にするでなく、かといってありがたがるわけでもなく注射器とステロイドを受け取り、腕に注射した。
「……っふうっ……もう少し体力がいる……もう年だから、伸ばすより落とさないようにしなきゃだけどね」
「まだ27歳じゃない」
「それでもあんたより一歳老けてるよ、どうせ表の社会じゃ年食ったら不必要にされるんだから、こっちでだって多少気にしなきゃね」
「……」
「あんたをバタフライ・チルドレンのメンバーにしてから口を酸っぱくして言ってるでしょ、生きてる価値のない人間になったら終わりだってね。いいんだ、価値を得るためなら未来を切り売りしたってだらだらと苦しみ続けるよりましさ……ついてこれないやつも、ついてくる気のないやつも、くそくらえ」
リルは彩花の顎を指先で掴むと、汗臭い顔を近づけながら念を押すようにねじ込んでくる。リルの癖だ、彼女は誰かに念を押す際に、思い切り顔を近づけるのだ。
まるでそこはリルの世界で、その世界にリルと相手と二人きり、とでも脅しかけるように圧をかけてくる。そうなって恐怖を感じないものはいない。彩花はおじけづき、リルから顔をそむけてしまった。しかし、リルは無遠慮だ。指先から両手に変えて、顔をがっちりと掴んで言葉を投げつけた。
「あんただっていやになったらいつでもアタシから離れていいんだよ、それで生きていけるならそうすればいいし、アタシに価値がないというんならそれでいい。でも……アタシの横にいたいんなら!」
リルはまっすぐ、彩花の目を見て続ける。
「アタシに指図できる立場かどうか考えてから、モノを言うんだね」
「指図なんて!あたしはただ、あんたがあまりにも無理して……」
「彩花!」
彩花はビクッ、と体を震わせておののいた。しかし、リルはがっしりとリルの顔を掴んだ手を離さない。目をまっすぐ、まっすぐ見続けて言葉を〆た。
「誰にもアタシの邪魔はさせない!あんたにも!誰にもね!」
そう叫ぶと、リルはジャケットを羽織り仕事へ向かって行ってしまった。後に残された彩花は歯をグッと噛み締めて、そのまま動けなかった。