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下落する価格、堕落する魂

2040年現在における千葉県で暮らすスンナ派イスラム教徒はおよそ五万人。少子化と人材の国外流出の増加により、移民の受け入れハードルを引き下げたことでその数は増大した。インドネシア人やパキスタン人が多いが、近年、中央アジア、コーカサス出身者がとみに増えている。2022年のロシアによるウクライナ侵攻を始まりに、戦火がユーラシア大陸中に広がり、38年まで続いたユーラシア大戦によってロシア領域の連邦構成主体からの亡命者が日本に大勢押し寄せてきたことも一因である。 そして、この五万人は何かと、愚鈍で低俗で視野の狭い日本人から迫害を受けてきた。役に立たない司法は彼らを保護することもなく、苦難を乗り越えたと思えばまた新たな試練に彼らは立ち向かわなければならない。彼らは大いに苦しみ、そしてコーランに書かれている「目には目を、歯には歯を」とのことを実践してしまう者も出始めた。 これがいけなかった。揚げ足取りが得意な当局はますますイスラム教徒に対する弾圧を強め、断絶はより一層大きくなった。低賃金労働者を確保したい政府は移民受け入れを推奨するが、地元の住民はそのくせ移民をゴミよりひどく扱う。何かにつけて人の首を切ったり、自爆テロを起こすイメージをイスラム教徒は持たれているので日本人は頼れない。だから次第に、人種で固まった自警団化してゆく。そうすれば当局はますます、自分たちの汚職から目線をそらすために彼らを締め付ける。さすれば、自警団はギャング化してゆき、最低限の生活をするために犯罪に走る。この負のループはどうにもならない。 そして、最近船橋のイスラム教徒移民たちの間でまことしやかにささやかれている言葉がある。 船橋には、かつての自分が信じていた神を信じるもに手を差し伸べてくれる復讐の使徒がいると。 もし、日本人に差別されたり、本当に困っても日ごろ社会を底辺から支えている恩義を返してもらえなくて、どうしても我慢ならない時はそいつを頼れ、かろうじて出稼ぎ外国人に出せる金額で、望みを聞いてもらえると。 その者は、小柄な体をたとえて自らをこう呼ぶ。 リル・デビルと。 悪魔は、人々を罪を一身に背負い、理不尽に対抗してくれると。 だから、レンタルビデオ店跡地の階段を駆け下りて、ドアを開けたパキスタン人の少女も父の復讐を遂げるためリル・デビルを頼ったわけだ。 「いらっしゃい」 手足、そして首に大量に切り刻んだ痕がある淫売のような恰好の日本人と、地黒の肌に手の甲には太陽と月、左手首には鉄条網を刺青していて櫛も通していないばさばさの黒髪に薄汚いトラックスーツにTシャツ姿の日本人ではない女が二人、暴力を提供している事務所にしてはやけにきたないし、所員も何だか異様であった。 しかし、他に頼れるものはいない。 「あのっ……!手を、貸してください!父が日本人に殺されてしまいました!ゲフッ!場所は、西船橋で、下手人はっ!」 「お嬢ちゃん」 リルは冷静な表情で、睨むようにパキスタン人の少女を見上げてからため息をつき、椅子を指さした。 「座って。落ち着いて。いくら持ってる?」 「……」 「んで、その金額で何人始末すればいい?」 「お金は……十万しかありません。我が家の全財産です……復讐の相手は、3人です」 「ちょっと、それはナメすぎよ」 彩花が横から割って入り、首を横に振った。 「相手がクソ野郎だからって10万で人一人の命の価値にもできないわよ。腎臓でもほじくり出して売った方がお金になるし」 「彩花」 リルが彩花を制止して、出口の方を指さした。 「あんたはいいからマックで昼ごはん買ってきて。この子の分もね。これはあたしが引き受ける、あんたにゃ関係ない」 「……よく無い癖だよ、安売りは」 「いいから」 彩花はしぶしぶ、外へ出た。リルは体を椅子から投げ出して煙草に火をつけ、リラックスさせる。少女に差し出したが、断られたのでそのまま話をつづけた。 「お父さんが殺されたんだって?」 「はい……」 「お父さんは何してたの?」 「パキスタン料理店を営んでおりました。経営は順調でしたが……母が癌でなくなってかすべてが狂い始めました。父は鬱状態になり、それが店の切り盛りにも響いて……次第に経営は立ち行かなくなりました。ある時、三人の中国人が父にもうけ話を持ってきたのですが……契約書をよく読まなかったばかりに、父は無一文になったばかりか、内臓を全部抜かれて売られたのです」 「……ふーん、詐欺被害、ね」 リルは大して興味なさそうに、上を向いて煙を吐き出した。そして腕を組んで、少し考える。 「…………あと五万」 「……え?」 「三日以内にあと五万円、借りようが盗みをしようが体を売ろうが、何をしてでも持ってくるって言うなら15万で手を打つよ。3人のチャンコロを殺せばいいんだね?」 「やってくれるのですか!で、でもあと五万円……」 「そんな少額で、人を三人殺すんだ」 リルは少し薄暗い表情でパキスタン人の少女をじっと眺めた。 「この国で普通に生きている人間が一生かけて稼ぐお金が、大体四億円(インフレの影響込み)。そんな可能性三つをたったそれだけの金額で無くすってことは……」 リルは少女の茶色い顔にキスでもするかのようにぐ、と顔を近づけて低い声で続ける。 「あんたも少しばかり、自分を追い込んでもらう。約束できるなら手を打つよ」 「……」 「本来ならそんな金額で仕事は引き受けない」 リルは少女に、月と太陽を刺青した手の甲を見せつけながら続ける。 「でも、あんたはあたしと同じで“神に大切なものを取り上げられた”わけだ。あたしも昔はそうだった。必死に、アラーの教えを守って正しい人生ってのを目指して生きてた……だからこれは、ちょっとした同情なのかな」 「……わかりました。あと五万円、何が何でもお渡しします」 「三日以内だよ」 とリル。 「それができなかったら、あんたは海老川に浮くことになるからね」 少女はごくりと唾をのんだ。この人は、本気で言っている。 私があと五万円、どうにかして手に入れないと本当に川に沈める気だ。 「……ま、アフターサービスにちょっとした金の稼ぎ方は教えてあげるよ。確実にやるんなら、ね」
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