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Smack Down
あたしと“ばかおんな”はずいぶんと長いこと、閉店後の『Ram It Up!』で大して意味があることを話すこともなくきついやつを少しずつ飲んでいる。“ばかおんな”の話によりゃああと少しであたしらの上司が仕事を持ってここに来るというけど、重いケツ引きずってずいぶんモタモタしてやがるようだ。あたしは煙草を切らしていたから上司に途中で買ってきておいてくれと端末のメッセージで頼んでおいたが、あの野郎はあたしを病気で死にかけたチンパンジー程度にしか思っていやがらねえのか頼みごとをすりゃ大方すっぽかしやがる。毎回ムカつくぜ、上司とはもう10年近い付き合いだが、日に日にいろんなもんが雑になっていってるじゃねえか。
それにしても、“ばかおんな”の酒の飲み方はいつも通りだ。ビールジョッキの半分にウォッカを入れて、もう半分にオレンジかトマトのジュースをぶち込んで、まるで牛乳でも飲むみたいにジョッキを空にしやがる。いつみても荘厳だ、マリア像とか、ロン毛のおっさんの肖像画とか、そういう代物よりな。こいつの肝臓、本当はセイウチかなんかのものを移植したんじゃないか?それどころか、日ごろ“手軽なぶっ飛んじまうやつ”ならガソリンでも揮発インクでも体の中に流し込んで持ち前のはらわたを虐待してるらしい。前に見たアル中の脳みその輪切りを参考にすれば、度重なる大酒でやつらの脳みそは縮んじまうらしいが、こいつのはらわたも多分、銀色かなんかになってんじゃねえかな。誓ってもいい、こいつは長生きしない。ほら、今だってきちがいジュースの肴に鎮静剤を飲みやがった。しかも、信じられねえ、前は一度に1シートだったのが今は1シート半になってやがる。自殺志願者だってここまでしねえよ。
「グレシア、んなことしてるとガキができなくなるぜ」
あたしとしてはそれなりにまっとうなことを抜かしたつもりだ。だが、神さんからデカいケツと乳以外何も恵んでもらえなかった“ばかおんな”のグレシアはまるであたしの方が常識なしの大ボケとでも言わんばかりの表情で返してきやがった。
「針使うのはやらないからそんなことにはならないし、それにできない方がいいよ、あたしの股から這い出てきた子なんてどうせ淫売か人殺しにしかなれないもの。スタック、あんたそんなこと気にするなんてあんたの方がいいママになれるんじゃない?」
やっこさん、本当のことを言われてカチンと来たらしい。鼻の穴が膨れてやがる。こいつはフグみてーなところがあって、そのくせすぐ切れて毒とトゲをばらまきまくりやがる。
「まったく生意気言って。一万年後の地層から氷漬けで未来人に見つかりたくなかったら今すぐツケを全部払うことだね。あんたのツケ、もうすぐ四桁届くよ」
「だから、そのためにここでお前のアホ上司を待ってんだろうが」
「あんたの上司でもあるよ。んで、あたしもあんたの上司ってことを忘れてるね。あんたは子分の子分だよ。あんたほどの適応不良はそうそういないってのに、“会社”の上層部は気でも狂ってんじゃないかしらね。あたしに押し付けるなんて……たしか、人事課のキャルが前にあたしらの腐れ縁を『きちがいに刃物の象徴』とか言ってたよ。ムカつくから五発くらいお見舞いしたけど」
「ハンッ、言いえて妙ってやつだな?雌犬とゴロ撒きのいいコンビってんだ。三流活劇にゃ付きもんのな」
「くたばりたくなけりゃ少しはかわいい部下を演じてみるこったね。ま、アイルランドから酔っ払いを撲滅するより難しいだろうけど」
「何言ってんだ、お前にかわいがられたってもらえるもんはヘルペスぐらいだろうがよ。ああ、そういやこの前スチュアートがバットにお前を取られたって、殺し合いして二人とも死んじまったんだ、いい加減そのゆるい股に栓しろよ。でなきゃもっとひどいトラブルになるぞ。そうなりゃお前直属のあたしも迷惑するかもしれねえ」
「あたしははっきり言い続けてるよ、だれにでもやらせてあげるけど、一回こっきりだってね。それでおしまい、みんなそれが納得できないほどばかってだけよ。いい男は二度味わえない、いい女も使い捨て、二口目のおまんことおちんぽはとっくに腐れてるって、そんなの小学生でも分かるよ」
「お前の俺ルールなんざ知ったこっちゃねえ。盛りのついたボケどもならなおさらだ。ヤリマンが横にいてパンツ下さなくなりゃ、そりゃもうそいつの死期が迫ってるってこったろが」
「一回ハメた程度で彼氏面されたかないね、そんなヘボ、死んだって何とも思わないよ。あんただって別にあいつらのこと何とも思っちゃいないからそうやって口にしてんでしょ?暇つぶしにね」
「まぁな。ホントに頭に来てたらお前はもうひき肉になってるからな」
まぁ、こんな感じでグレシアとあたしはいいダチなんだなとは思ってる。片や、喧嘩っ早いエルサルバドルから逃げてきたインディアンで片や腐れまんこのポーランド系ドイツ人。今や“会社”きってのきちがいマフィアコンビってあだ名らしいな?あたしに貞操と美徳を兼ね備えた少女時代なんてもんはねえから関係ねえけどよ。そりゃ、“ばかおんな”もそうか。
そうこうしているうちにやっと“上司”がのこのこと店に入ってきた。おや、珍しいこともあるな?今回は忘れずにクールを二箱買ってきやがった。こりゃ、明日は放射能が降るな。あるいは今晩中に血の雨か。
この“上司”ってのが曲者さ。名前はレイナード・ギルデンスタンってデンマーク人で本人曰く8歳の時にお袋を感電死させたらしい。コミュ障のくせに自分がニヒルでクールだと勘違いしてるに違いねえ、何せこいつは人の話は基本的に聞かないで何もかもてめえの思惑でブルドーザーみたいに行動しやがる。髪が血みてえに真っ赤なのは、まあ、これはあたしも身に覚えがあるが、そうだな、あんまり関わらねえほうがいいやつにプレゼントされたらしい。どういうことか想像はつくけどな。レイナードはグレシアにスクリュードライバーを作らせて、冷たいそいつを二口だけ飲んであとはパーキンソン病の年寄みたいに一方通行でのたまうだけだ。
「警察がとうとう、お手上げらしい」
その言葉にグレシアは嬉しそうだったし、あたしだってそうだ。イヌは好きじゃねえ。時々殺しちまうしな。
「やっぱり例の件?」
「グレシア、その通りだ。被害者は増える一方、それなのに犯人は挙げられない……おまけに、ゲットーであまりに大勢の黒人とユダヤ人とゲイを誤認逮捕したものだからとうとう暴動が起こり世論からも相当叩かれたのが致命的だったな。もう役人の手には負えない」
「それで、てめえの庭のきたねえ糞をあたしらに始末しろってんだな。いや、その例の件とやらが何か知らねえけどよ」
「そうか、お前はつい先日までニカラグアに“出張”していたからな……グレシア、古新聞は?」
そういってレイナードは“ばかおんな”が何か言う前に勝手に立ち上がって、レジ台の下を探って忘れもんの新聞を引っ張り出してきた。誰なんだよ、飲み屋で地元新聞なんか読むやつは。あたしに見せてきた一面記事には「少女失踪、一週間で30人目」と書いてある。
「もちろん、この一帯だけの数字だ。エスキプーラスでも、コパンでも、サンタ・アナでも同じかそれ以上の小娘が姿をくらましている。全国ネットではもっと大げさに騒がれている。ホシはこの国のあちこちを不規則に移動と滞在を繰り返し、犯行に及ぶようだ。証拠も何も残らない、それどころか脅迫状すらこない……当局は犯人グループと外国組織とのつながりを懸念しているようだな?」
「ガキさらって、よその国のやつに売り飛ばしてるわけか。ケッ、つまらねえやつだな」
「世間知らずの左翼気取りのメディアをこれ以上増長させたくないのだろう。国連の審査が近日に迫っているしな。どうもここで、大衆人気を作りたいんだろうな。国も、そのひざ元の警察もな。求心力を取り戻したい一心で藁にもすがりたいんだろう」
「人気なんてどん底突き抜けてるだろ。それになんだ、何が藁だよ。あたしらが藁ならあいつらはゾウリムシの糞だろ」
「それで、スタック。お前にはこの件の調査を頼みたい。おれも独自に動く」
「へぇ、一人でか?」
「いや、スノーヒルとロークも連れていくかもしれない。あの人格破綻者のコンビが必要だ」
「珍しいな、あんな炭疽菌みたいな連中よく引っ張り出す気になったな」
「動物園の見せ物だってたまには折から出さねば病気にかかるからな」
「だけど」
ここであたしとレイナードはやっとグレシアを構ってやることにした。暇そうなわりにゃ、意外と脳みそ使ったのかね?せんずり覚えたての猿みたいな顔してやがる。
「なんでわざわざ誘拐なんて珍しくもない件であたしらを使うのさ。元々ばかだったイヌが一層パーになったとか?」
「これはメディアに漏れないようにやつらが必死になってた話だが、おそらくおれらの仲間が絡んでいる」
「へぇ……?」
それで合点がいった。その話を聞いて、あたしの筋肉に走ってる血管がボコンと脈打ったような気さえした。久々に、死ぬまで人をぶん殴ってもいいってこったな?
「今や“おれたち”は世界規模の悩みの種だ。どこの国家も表じゃ撲滅を宣言して、自分の家の金庫に目いっぱい貯めこもうとしている……そりゃそうさ、空想が現実になったおれたちを指咥えて見てはいられないのだろうよ」
そういってレイナードはあたしに買ってきたはずのクールの封を勝手に開けて、ポコポコ煙を吸い始めやがった。あたしは急いで煙草を全部コートのポッケに突っ込むと壊れたラジオみたいな目をするレイナードが何か言いたそうにこっちを見ている。
「なにさ」
「スタック、グレシア、今回は三人でやれ」
「なんだって?」
「新しく人を雇ったんだ。だからちょうどいい機会だ、おれたちの仕事を見せつけたい」
「おい、冗談じゃねえぞ。あたしらだって気ぃ抜きゃケツを吹き飛ばされるかもしれない状況の中でルーキーの子守なんかできっかよ。そういうのはお前の仕事だろ?最近は現場にもあんま出てねえくせして」
「これは命令だ。聞かなければお前の尻は今ここで消し炭になる」
「何が命令だ、ふざけんじゃねえよ。あたしらの負担ばっか増やしやがって」
「ほう……おれが本当にお前をバラバラにできるかと考えられないとも?」
あたしとレイナードはしばらくにらみ合った。そりゃ、勝てないことはない。もちろん、あたしが先に動けりゃな。ただ……どっちにしたってこれは意味がないことだ。結局あたしが折れるしかないか?
クソっ、ムカつくぜ。
あたしは少しだけ迷ってから、レイナードに掴みかかった。もうこの時点で、あたしは自分の負けは察している。攻撃に迷った時点でそいつの負けだ、ってのは嫌になるほど目の当たりにしてきた。でも。やるんならやるしかねえ。あたしはありったけの力を込めて、拳をレイナードの横っ面めがけて振り下ろした。
だが、レイナードは予想通りもうその場にいなかった。店の絨毯と床板が焼けたような臭いがする。気づいた時には黒煙と焦げ跡だけ残して影も形もありゃしねえ。あたしの攻撃は勢いが強すぎて制止もできずに、そのまま床板を貫通した。
そう、これがあたしが賜ったものだ。
あたしは一般人じゃ考えられないほどの怪力がある。それもある日突然授かって、それから気ままに暴力の日々。マンホールの蓋を発泡スチロールみたいにへし折ることができるし、走ってくる電車を踏ん張りを効かせただけで止めたこともある。銀行の金庫の扉をひしゃげさせることも、素手で家を解体することもできる。
腕力だけならだれにも負けねえ。
ただ、この通りスピードじゃ負けることも多いな……
レイナードは後ろからあたしの首に腕を回して、裸締めの体勢を取った。無理やり力んで引きちぎろうとした頃にゃ、もう首がだいぶ締まって体の自由が利かなくなっちまった。あたしは、意識を失う寸前で床をかかとでたたいて、なんとか解放された。
「お前におれを殺すことはできまい」
レイナードが涼しい顔で抜かしやがる。
「もう二度と、居場所を失いたくないんだろ?」
しかも、平気で人のトラウマに触れてきやがる。ムカつくぜ、クソっ。あたしは今、相当ひでぇ顔をしてんだろな。
「おれがいなければ、お前を保証するやつもいない。とにかく、明日8時に事務所まで二人で来い。遅刻厳禁!わかったな」
あたしは頷くしかなかった。
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