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お世話係用アンドロイド

「ようやく完成したか……」  私はようやく完成に漕ぎ着けたお世話係用アンドロイドをまじまじと眺める。  三年前、若くして妻を亡くしたこの私、紅林史郎(くればやししろう)は一人残された家で日々仕事である研究に明け暮れていた。  研究の一環として、お世話係用アンドロイドを作成に取り組んでいたがなんとかこうして完成させることができた。  このお世話係用アンドロイドには人工知能が搭載されており、家事などを学習しながら覚えていく。  実際に私が使用してみて実用に足りれば、さらに私の研究者としての地位も跳ね上がることだろう。  私は早速、お世話係用アンドロイドを起動させた。  ゆっくりと『彼女』は目を覚ます。 「初めまして、ご主人様」  彼女はアンドロイドらしからぬ口調で言葉を発する。  白い肌に桃色の髪、そして青い瞳と彼女を見ていると妻のことを思い出す――というのも彼女の容姿は若かりし時の妻に似せていた。 「ああ。今日からよろしく頼むな」 「はい。何なりとご申し付けください」  彼女は深々と私に対し、頭を下げる。  今日からこの家は私一人だけの家ではない。彼女と時を過ごすための住まいとなる。 「それと、ご主人様。一つお願いがあります」 「なんだ?」  アンドロイドが自分の要望を述べるとは驚きだ。こんな風にプログラミングした覚えはないが。  興味深いが後で調べてみることにしよう。 「私に名前を付けて欲しいのです」 「名前か……そうだな」  少しの間、どんな名前にしようか考えた。 「では、アイリ……アイリでどうだろうか?」  名前の由来は妻の名前が愛理という名前だったからである。  自分の名前を聞いた彼女は嬉しそうに微笑んだ。 「とても良い名前です」 「そうか、それは良かった」  私は早速、彼女に家事をするよう命じた。  彼女は掃除、洗濯、料理とあらゆる家事をそつなくこなしていく。  家事をこなすスキルは機械学習により、時間が経過していくごとに増していくがすでにアイリの家事スキルは完成されていると言っても良いほど高いものであった。 「ご主人様。お口に合いますでしょうか?」 「ああ、とても美味しいよ」  アイリには妻の得意料理であった鯖の味噌煮を作ってもらった。  とても機械が作ったとは思えないほど美味である。 「それは良かったです。あの、ご主人様……」  アイルは何かを言い出そうとしていたが、言うのを躊躇っているようであった。 「なんだ?」 「その……私もご主人様と食事を楽しみたいんですが、よろしければ食べるという機能を付けていただけませんでしょうか?」  なんと、アイリは物を食べる機能を付けて欲しいと私に申し出た。 「どうしてだ?」 「私もご主人様と一緒に食事を楽しんで見たいのであります」 「分かった。検討しておく」  ご飯を食べ終えた後、私は熱い湯船に浸かった。 「しかし、なかなか面白いデータが取れそうだな……」  私が作り上げたアイリは命令されたことをこなし、複雑な命令を行えるよう機械学習するよう設定している。その一方で自分の願望を述べるようには設定していない。  だが、彼女はどういうわけか私に自分の願望を伝えてきた。  これはシンギュラリティ(技術的特異点)に達する日も近いかもしれない。  シンギュラリティとは、AIなどの技術が人間より賢い知能を生み出す時点のことである。  今の時点ではシンギュラリティに達しているとはまだまだ言い難いが、いずれはそこに達し、アンドロイドにも人権が認められる日もくることだろう。  風呂から上がると、アイリがリビング内にあるコンセントを使って充電していた。  一日に一度、こうして二時間程充電を行う必要がある。 「バッテリーの改良も適宜行っていかないとな」  バッテリーの改良が上手くいけば、より短い時間での充電が可能となるだろう。  テーブルの近くに置いてある椅子に腰を掛け、充電中のアイリを眺める。 「愛理……」  亡くなった妻の名前を呟いた。  私がアイリを作ったのは寂しさを紛らわせるためだ。   私は一人取り残されたこの家で誰かと一緒に同じ時間を過ごしたかったのである。  すると、アイリが『パチッ』と目を開ける。腰に指していた充電コードを自ら抜き、私に近づいてきた。 「どういたしましたか? ご主人様」   私は驚きのあまり思わず口をパクパクとさせた。 「あ、アイリ……もう充電が完了したのか?」 「いえ、まだです」 「ならどうして充電を中断した? そんな風にプログラミングした覚えはないぞ」 「私にも分かりません。強いて言うのなら、ご主人様の声が聞こえたからでしょうか」  アイリが真顔で理由を伝えた。今の所、原因は不明である。  私は立ち上がり、冷蔵庫へと向かう。  ワインを取り出し、グラスを二つ持ってきてはテーブルの上に並べた。 「アイリよ。ワインを開けてくれるか?」 「了解しました」  アイリはコルク抜きを使ってコルクを外し、二つのグラスに赤ワインを注ぎ込む。 「アイリ、一緒に乾杯してくれ」 「私は飲めませんがよろしいでしょうか?」 「ああ、構わんさ。いずれ、飲めるように改良してやるさ」 「ありがとうございます」  アイリと共に乾杯をする。グラスとグラスがぶつかり、中に入っている赤い液体が軽く揺れ、水面に小さな波紋を生み出す。  私はゆっくりとワインを喉に流し込んだ。半分ほど飲むと軽く酔いが回ってきた。 「ご主人様はずっと一人でこの家に住まわれているのですか?」 「いや、三年前まで妻と一緒に住んでいたよ」 「そうですか。奥様は今どこにいらっしゃるのですか?」 「妻は……もう亡くなったよ」  三年前、妻は亡くなった。死因は過労死であった。  妻は今の私と同じように人工知能を研究していた。私はライターとして仕事に従事する傍ら、妻のお手伝いをしていた。 「そうですか。ご冥福お祈りします」 「ああ」  妻が亡くなった時のことは今でも忘れることができない。  死ぬ間際に妻はこう言ったのだ。 「世間に認められる……そんな人工知能を作りたかったな」  その言葉を最後に妻は亡くなった。そして、私は妻の研究を引き継ぐことにした。  ほとんどゼロに近い状態からのスタートであったが、なんとかこうしてアイリを作り出せるまでに至った。  もう少しだ。あともう少しで…… 「ご主人様。泣いているのですか?」 「そうらしいな」  妻のことを忘れようとしても中々忘れることができない。  なんとか妻が死なずに済む方法はなかったものだろうかと今でも思っている。 「どうすればご主人様は喜んでくれますか?」 「アイリ、私は充分に喜んでいる。君がいるおかげですごく助かっているよ」 「ですが、ご主人様はどこか悲しそうです。私はきっと奥様の代わりにはなれていないのでしょう」 「それは……」  言葉に詰まってしまった。当たり前だ。妻の代わりなんて誰にだってなることができない。 「ご主人様。私は奥様の代わりになりたいのです」 「やめろ!」  アイリの言葉に思わず頭に血が上ってしまった。 「やめてくれ……誰にも妻の代わりになんてなることはできない。妻だけではない。人に代替品なんて存在しないんだ。それが人間というものだ! 君は……あくまでアンドロイドなんだ」 「ご主人様。申し訳ありません。 出過ぎたことを言ってしまいました」  言った後に後悔した。私は……なんということを言ってしまったのだろう。 「……すまないが私はもう寝る。悪いが後片付けを頼む」 「了解しました」  私はそのまま部屋へと戻り、眠りに着くことにした。  罪悪感を感じつつも、深い眠りに落ちていく。  次の日、朝目を覚まし、リビングに向かうと料理が並べられていた。 「おはようございます。ご主人様。朝食が出来ていますのでどうぞお食べください」 「おお、中々美味しそうだな」  アイリが作ってくれたのは味噌汁やおひたし、焼き鮭といった和風料理であった。  椅子に座り、朝食を食べることにした。 「いただきます」  鮭を箸で掴み、ご飯と一緒にかき込む。さらに味噌汁を飲んでみた。 「ご主人様。お口に合いますでしょうか?」 「ああ、美味しいよ」  アイリが椅子に座り、無表情で私が食べている様子を眺めてくる。 「アイリ、今日は君に食べる機能を付ける」 「ありがとうございます」  朝食を食べ終えた後、早速作業に取り掛かることにした。  アイリの耳にあるUSBポートとパソコンを接続し、『食べる』という処理内容をプログラミング言語で入力していく。  ついでにバグがないかコードを確認してみたが特におかしなところは見つからない。  アイリが自分の要望を私に述べるのは少なくともバグが原因ではないようだ。  プログラミング作業が終わると、今度はアイリの部品を追加する。  胃の部分に当たる部分に小型カメラを設置し、投入された食べ物が投入されると、認識できるようにした。  胃に入った食べ物が認識されると、特殊な液体で胃が満たされ、消化されるように改良を施す。  こうして、新しい機能を追加するのに一日近く掛かってしまった。 「終わったぞ。アイリ」 「ご主人様。ありがとうございます。これで私もご主人様と食事ができるのですね」 「ああ。それと……昨日はすまなかった」 「ご主人様が謝ることではありません。私が出過ぎたことを言ってしまったのです」  アイリが深々と頭を下げる。私はアイリを見て驚愕した。  なんと、アイリの瞳からは大粒の涙が出ていた。 「アイリ、泣いているのか?」 「泣いてなどおりません」 「だが、現に目から涙が……」 「これは涙ではありません。おそらくオイルでしょう。私に……アンドロイドに感情などありませんから」 「……」  必死に誤魔化そうとするアイリの姿を見て、問い詰めるのはやめることにした。 「アイリ。君は私に妻の代わりになりたいと言っていたな。だが、あいにく私はそんなこと望んではいない」  アイリが黙って訊いているため、私は話を続けることにした。 「君は君らしくしていればそれでいい。君がそばにいてくれるだけでいいんだ。私は」  出来ることなら妻にも言っておけばよかった。  妻は結果ばかり追い求めていた。だからこそ、あのような悲惨な末路を辿ってしまったのだろう。 「そばにいてくれるだけで……ご主人様。それだけであなたは私を評価してくださるというのですか?」 「ああ。昨日言ったことを取り消そう。君は私にとって、もう一人の『人間』だと思っている。妻もいない、子供もいない。そんな私が君を作り上げた。君は私にとってかけがえのない人間だ」  すると、どうしたことだろうか。ずっと無表情であったアイリがにこやかに微笑んだ。  その笑顔は若かりし頃の妻の姿にぴったりと重なった。 「なんというか不思議な気持ちです。こういう気持ちをおそらくは『嬉しい』というのでしょうね……」 「ああ……アイリよ。私には夢がある。君のようなアンドロイドをもっと世の中に普及したい。そして、暮らしを良くしたい。だから、協力してくれるだろうか?」 「勿論です」  アイリは私に申し出を快諾してくれた。  その日以降、私はアイリのデータを取り続けた。そのデータを元にさらに人工知能の改良を行っていった。  三年後には私は自立型アンドロイドを作り出し、家庭だけでなく企業にも普及していくことになり、世間から大絶賛を受けることになった。  しかし、その一方で私は強いバッシングを受けた。  自立型アンドロイドの影響で大量の失業者が生まれることになったのである。  私は経済的にとても裕福になったが、それと同時にたくさんの失業者から恨みを買うことになる。  世の中をより良くすべく尽力してきたが、まさかこんなことになるとは思っていなかった。 「自立型アンドロイドを廃棄しようとする動きが企業で増加しております。自立型アンドロイドがハッキングされ、暴走するといった事例が多発していることが原因です」  私はニュースを無言のままニュースを見つめていた。  どうやら私の研究は世間からしたら余計なお世話なようである。 「ひどいことをする人もいるものですね」 「アイリ……」 「ご主人様の研究は素晴らしいものです。こんなことで怯んではいけません。ご主人様、さらなる研究を進めましょう」 「いや……それより、アイリ。今日、晩酌に付き合って欲しいんだが良いか?」 「はい、喜んで!」  アイリが嬉しそうに微笑む。もう十分だ……私はもう充分に頑張った。  午後十時、ポケットに『あるもの』を忍ばせ、年代物のワインを用意する。 「それじゃ、早速飲むことにしよう」 「はい。ですが、よろしいのですか? 私がこんな高級なものを飲んでも」 「ああ、構わんさ」 「そうですが。ではありがたくいただきます」  乾杯し、私とアイリはワインを嗜むことにした。 「やはり、ワインは美味しいですね」 「アイリにも分かるのか?」 「はい。日々学習を続けていますから。渋みも程よく、フレーバーな味わいです」 「おぉ……もういっぱしのワイン通になったな」  しばらくの間、私はアイリとワインを嗜んでいた。アイリと共にお酒を酌み交わすのはとても楽しい時間である。  だが、それも今日で終わりだ。 「アイリ、今日までありがとう。君のおかげで妻から引き継いだ研究を完成させることができた」  もっとも、私の研究が世の中のためになったのかと言われれば微妙なところではあるが……もういい。 「礼にはおよびません。ご主人様のお世話をするのが私の使命ですから」 「そうか……それで、アイリよ。私の最後の命令を訊いてくれるか?」 「最後……ですか?」  私が頼むと、アイリが訝しんだ様子で訊いた。  もう覚悟は決まっている。ポケットから護衛用の小型銃を取り出し、テーブルの上に置く。 「この銃を私の頭に向けて発砲して欲しい。もう私も六十歳になる。そろそろ妻の元に行きたい」  アイリはゆっくりと銃を手に持った。 「この銃の引き金を私に引けというのですか?」 「そうだ。死ぬのなら、君に私を殺して欲しい」  妻の研究はすでに完成した。完成した結果がこのザマだ。もうこの世界で生きていく未練はない。  願わくば、早く妻の元へ行きたい。 「できません」 「…………どうしてだ」 「人間を殺すのは犯罪であると学習しました」 「それは人間が人間を殺した時だ」 「ご主人様は! 私を人間と認めてくれたのではなかったのですか……」  アイリがポロポロと涙を零す。三年ぶりに見るアイリの涙であった。 「ご主人様……どうして死にたいだなんておっしゃるのですか?」  死にたい理由か。そんなものたくさん思いつく。今は死にたくない理由を探す方が難しいくらいだ。 「私は世の中をより良くするため妻の研究を引き継いだ。なのに……その結果がこれだ! 私を恨む人間もたくさんいることだろう」  失業した人の中には自殺にまで追い込まれた人までいるらしい。  悪気が無かったとは言え、原因はこの私だ。こんな私がのうのうと生きていくことなど許されるだろうか。 「ですが、感謝している人間もいるはずです。身寄りが無かった方や人手不足で経営困難に陥っていた会社の方々、それをご主人様が救ったんですよ」 「だが、不幸になった人も数えきれないくらいたくさんいるだろう」  すると、アイリは立ち上がった。グラスにワインを注ぎ混むと、それを私の顔に掛けてきた。 「お前……何をする!」 「ご主人様。私、怒っています。これが『怒り』という感情なのですね。ご主人様はひとつ大きな勘違いしています」 「勘違いだと?」  何を勘違いしているというのだろうか。  私のせいで不幸な人間を生み出したのは事実だ。 「ご主人様は神様ではありません。人間なんです。全ての人間を救うことなど到底不可能です」 「アイリ……」  確かにアイリの言う通りだ。一人の人間が全ての人間を救おうだなんておこがましいにも程がある。 「見てください。これを」  アイリが立体映像を見せてきた。映像の内容は自立型アンドロイドの感想一覧である。  ――自立型アンドロイドのおかげで毎日の生活が楽しくなりました。  ――会社の人手不足が解消されて、何とか経営を続けられるようになりました!  ――自立型アンドロイド最高です! これからも使い続けます! 「ご主人様宛に届けられた感謝の手紙を私の方で取りまとめておいたものです。ご主人様は届けられた手紙を全てバッシングだと思い込んでいたみたいですが……これを見てどう思いますか?」  知らなかった。まさか、感謝の手紙も届けられていたなんて。全て私に対するバッシングの手紙だと思っており、全て廃棄するようアイリに命じていた。 「アイリ……私は……」 「ご主人様。私がご主人様を殺せない理由がもう一つあります。何かお分かりでしょうか?」 「いや……」  アイリが少し呆れたように軽くため息を吐く。アイリはゆっくりと私に近づき、背中に手を回し、強く抱きしめてきた。  アンドロイドとは思えない、人間のような暖かなぬくもりが伝わってくる。   「私がご主人様のことを愛しているからです。愛する人は殺せない。簡単なことです。私はご主人様に死んで欲しくはないんです」 「アイリ……君は私のことを……」  私はアイリの肩を掴み、じっと彼女の瞳を見つめた。 「はい。ご主人様が奥様をとても愛していたように、私もご主人様を心から愛しています。これが『愛情』という感情なのだとようやく気づきました。研究に疲れたというのならしばらくの間ゆっくりと休みましょう。気晴らしにどこか知らないところにでも旅行に行くんです。悪くはないでしょう?」 「そうだな。悪く……ないな」 「ご主人様、もう六十歳だなんて言いましたが、世間ではまだ定年退職にも達していない年齢です。ご主人様はまだまだお若いですよ」  アイリの言葉に思わず苦笑した。そうだな、人生を達観するにはまだ早すぎるか。 「はは、確かに君の言う通りだ。とりあえず、どこかの国にでも旅行に行くとするか。アイリ、付き合ってくれるか?」 「勿論です。ご主人様とならどこまでも付いていきます」  悪いな妻よ。まだそっちにはいけないみたいだ。  もうしばらくの間、私はアイリと共にこの世界を満喫することにするよ。
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