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第2話

「今から五百年の昔、我が国の南にはアルデガンと呼ばれる城塞都市があり、大陸全土の魔物を結界で封じた洞窟を守護していたのだ。そして結界を維持する要たるアルデガンの宝玉をはじめ、諸国に配された四方の宝玉が魔物どもの脅威から人の世を守っておった。だが皮肉なことに、魔物どもの脅威が目に見えぬものとなったことで、人の世は乱れていった。西方は大ミルチャの没後王位を巡る混乱の中で果てなき泥沼の戦いに陥り、その中で宝玉の力を解放したため多大な犠牲者までが出る仕儀となった。南と東の宝玉に至っては蛮族どもに奪われたあげく、あろうことかこのノールドを攻めるべく巨大な火の玉の材料とされた。ただ北を担う宝玉だけが王都リガンで最後までその役割を果たし続けた。そして今、宝玉はこの砦で災いが侵入するのを防いでおる。炎に身を隠し姿も定かならざる忌むべき吸血鬼から。北の宝玉を頂く我が国だけは今も人間族の危機を身を挺して阻んでおるのだ」 「どうしてわかったのです? 姿も見えない相手の正体が」 「探索に赴いた者の報告と、なによりその者の身によって」  黒髪の若者の問いかけに、曰くありげに答える砦の長。 「今から三百年の昔、この砦が小さな詰め所に過ぎなかった頃、湖畔の小さな集落が一夜にして壊滅した。逃げ延びてきた村人は動く炎が集落を襲ったと半狂乱で繰り返すばかり。そして戦士や術者四名が現地へ派遣されたのだ。  十戸に満たぬ集落は完全に焼け落ち、黒焦げの死体が散乱していたという。近くの山裾に洞窟を見つけた四人は敵襲に備えつつ夜を待った。すると日が落ちたとたん、洞窟から動く火柱としかいいようのないものが姿を現し襲ってきた。  呪文を封じようとした僧侶を炎の呪文が直撃し、それで勝敗が決してしもうた。二人の戦士が剣を突き立てても相手は怯まず、次々と炎の中に抱き込んだのだ。たちまち黒焦げになった骸を打ち捨て、そやつは残された魔術師にも掴みかかるや腕を引き寄せ食らいついた。だが大やけどを負った魔術師が苦し紛れに唱えた冷気の呪文がそやつを退け、その隙に魔術師は詰め所まで転移した。だが僧侶が死んだため癒しの術を扱える者がおらず、顛末をようよう告げただけで事切れてしもうた。  恐るべき真相が暴かれたのはその後だ。死体の傷がゆっくりと癒え始め、色を取り戻した唇から牙の先が突き出てきた。死体はその場で首をはねられ灰になるまで焼き尽くされた。そしてアルデガンの崩壊以来王城リガンの最奥に眠り続けた北の宝玉を筆頭に国中からかき集めた宝玉がこの地に移され、ノールドを、ひいては人の世を守るためかの地を雪と氷で閉ざしたのだ。その間に先人たちは失われた術式の解明を急いだ。アルデガンで使われていたという吸血鬼を滅する秘術を復活させるべく。しかしその後三百年を費やしながら、秘術の全容は明らかにはされておらぬ。そして国中の魔力を結集した北の宝玉の力もいよいよ尽きようとしておるのだ。我らはなにか新たな手だてを講じねばならぬ」 「では、私をここへ呼ばれたのは」  黒髪の若者の言葉に、砦の長は頷き返す。 「リュークとやら。そなたが身につけている術式の系統は我らに伝わるものとは異なる。だからそなたの意見が欲しいのだ。だが遠見の玉は全て宝玉に魔力を移すのに使ったため、ノールドには一つも残っておらぬ。ゆえにそなたに現地へ赴いてもらう必要がある。無論そなたにかの難物をどうにかさせようなどというつもりはない。この砦でわしだけは玉がなくとも遠見の術が使える。だからわし自身が毎夜あやつを見張っておるのだ。危険が迫れば必ずやこの砦へ転移させると約束する。どうだ、知恵を貸してはくれまいか?」 「つまりあなただけは、私がそこでどうしているかを知ることができるというのですね?」  再び頷く砦の長をまっすぐ見つめ、若き錬金術師は答えた。 「わかりました、行きましょう。あなたがご覧になるものを私に断りなく口外しないと誓っていただけるのであれば」
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