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第15話

 十二月二十九日の日曜日。コミケ会場である東京国際展示場では膨大な人の数で溢れていた。会場にいる人だけで、王都の数に匹敵するのではないかという人数である。 「ふはははは! 見ろ、根音よ。人がゴミのようだ!」  黒夢様は東京国際展示場の大階段からたくさんの人を見下ろし、某大佐のようなセリフを吐いた。まぁ、コミケに来ると一度は言いたいセリフ第一位である。 「黒夢様も随分とこの世界に馴染んできましたね」  最初はこの世界に順応するのに苦労していたが、今はこんなパロディセリフまで言えるようになった。 「まぁな。それよりも根音よ。そろそろ私を呼び捨てで呼んではくれないか?」 「よ、呼び捨てでですか?」  突然の命令に戸惑いを覚えた。一応、他のメンバーの前では黒夢様のことを呼び捨てで呼んでいる。さすがに他のメンバーの前で様をつけて呼ぶとどんな関係なんだと怪しまれるからだ。 「ああ。もう、私たちは魔王と部下という関係ではないだろう?」 「……ですね」 「だからサークルメンバーがいない時でも様をつけて呼ぶのはやめろ。敬語もだ。これは私からの最後の命令だ」 「分かり……分かったよ、黒夢」  同じサークルメンバーとして対等な立場になったということを改めて認識した。 「それでいい。あとな、私たちは愛を誓い合った仲であるが、もう私のことは気にせずお前は好きな人を選べ」 「そ、それは……一体、どういうことですか?」  黒夢から突然そんなことを言われて、正直とてもショックであった。 「サークルでのお前を見ていて思ったのだよ。根音、お前には私よりももっといい人がいるんじゃないかってな」 「そんな人……いませんよ」  確かに一度は黒夢よりもゲーム作りを優先してしまったが、黒夢より好きな人など現状思い浮かばない。 「今はいないかもしれないな。けど、いずれできるかもしれない」 「そ、そんなことは……」  確かに全くないとまでは言い切れないかもしれない。だが、可能性としては限りなく低いだろう。 「いずれにせよ、今のお前はゲーム作りで頭がいっぱいだろう。しばらくゲーム作りをしてみて、改めてまだ私のことが好きだったら……もう一度愛を誓い合おう」  黒夢の瞳が潤んでいた。告白とも、別れの言葉とも言えるような言葉。黒夢は自分の気持ちよりも俺の気持ちのことを優先してくれている。  全く。お人好しもいいところだ。 「分かった。その時は改めて、俺から告白させてもらうよ」 「ああ。それじゃ、そろそろ会場に向かうとするか」 「ああ!」  こうして、お互いの関係性をリセットした俺たちは共に会場へと向かった。会場内にはすでにたくさんのサークルが準備を始めている。  俺たちのサークルの配置場所には、一足先に来ていた真斗、麻友、響木が準備を始めていた。 「おはよう、二人とも」  真斗はにこやかな笑みを浮かべて挨拶をしてきた。 「おはよう。すまない、みんな遅くなって」 「私たちも今来たばかりだから大丈夫だよ!」  俺は麻友の姿を一瞥した。麻友はコスプレしていた。水色の髪ショートにメイド服。一目で何のコスプレなのか分かった。 「レムちゃんだよな……」 「そうだよ。似合う?」  麻友はくるりと回転し、コスプレ姿を見せつけてきた。実によく似合っている。本物そっくりだ。 「コスプレして売り子をした方が売り上げが伸びるんじゃないかって思ってね」  真斗の考えだったか。こいつ……なかなか分かってるな。  すると、響木が俺に近くと、ツンツンと肩を突いてきた。 「ねぇ、根音。私のコスプレはどうかな?」  桃髪色ショートに麻友と同じメイド服。これはまさに…… 「お姉様……とてもよく似合っております」 「誰がお姉様だ」 「あた!」  響木に軽く頭を叩かれた。褒めたのに叩くとは。本家さながらのドSである。 「よし! それじゃみんな急いで準備するよ。もう時間あんまりないからね!」  真斗に促され、売り場の準備を始めることにした。テーブルにゲームの陳列、ポスターの設置などが終わると、コミケがついに始まり、ゾロゾロと会場にたくさんの人が入ってきた。  大手サークルの売り場の前には開始直後で長蛇の列が出来始めている。  一方、俺たちのサークルは小規模サークルであるため、そんなに混雑することはないだろうと思っていたのだが。 「一点お買い上げですね! 千円になります!」  俺は必死になって接客を行った。予想に反して売り場は混雑している。 「ふー……思っていたより、すごい混むな……」 「宣伝効果があったかな?」 「宣伝効果?」  俺が訊くと、真斗は「うん」と頷いた。 「実はPVを作ってSNSや動画投稿サイトで大々的に告知していたんだよね。その効果が出たんだと思う」  真斗、知らないところで宣伝活動をしていたのか。それにPVまで作って……さすがは頼れるリーダーだ。 「な、なるほど……」 「それと、明梨さんの力も大きいかな。あの人、結構顔広いから」 「そうだな。雛菊と明梨さん、コミケ来たかっただろうな」  雛菊と明梨さんはどちらも仕事の都合で来られないとのことだった。  なお、雛菊から昨日LINEにて『絶対に完売させなさいよ!』と強く釘を刺された。  完売できるか正直不安であったが、この様子だと大丈夫そうだ。混雑していた列も大分解けていき、在庫も大分捌けてきた。  順番が回ってきた高校生くらいの少女が、俺に「一つお願いします」と依頼してきた。 「千円になります」  値段を言うと、少女は千円を差し出し、受け取った。 「根音さん、初めまして。いつも母がお世話になっています」  少女は軽くお辞儀をし、挨拶をした。この顔、どこか見覚えがあると思ったらそうか。 「もしかして、明梨さんの娘さんですか?」 「はい! そうです。うちの母から根音さんの話を聞いています! ダリアって言います。どうぞよろしくお願いします!」 「うん、こちらこそよろしくね」 「初めまして。黒夢です。いつも明梨さんにはお世話になってます」  黒夢は深々と頭を下げ、ダリアに挨拶をした。 「初めまして。黒夢さんのこともいつも母から話を聞いています。これ、差し入れです。良かったらみなさんで食べてください!」  ダリアはラップのかかった小さな籠を渡してきた。中にはクッキーが入っている。 「ありがとう。とても美味しそうだね」 「お口に合えば幸いです。それじゃ、失礼しますね!」 「さっきの娘、かなり出来るな……」  サークルから離れていくダリアを見つめがら黒夢が小さな声で呟いた。 「や、やっぱり?」  俺も薄々気づいていたが、ダリアという少女、とんでもない魔力を体内に秘めている。 「ああ。おそらくだが、私たちの倍くらいの魔力はあるんじゃないかな?」  倍だと……あの小さい体にそこまでの魔力が秘められているのか。  俺はかつて魔王軍の中で黒夢と同じかそれより少し多いくらいの魔力を持っていた。魔王軍の中ではトップクラスと言って良いだろう。 「根音。向こうの世界にいた時にこう言ったことがあるよな。『相手の持つ魔力で相手を見くびるな。魔力の量など所詮、強さの物差しの一つにすぎない』と」 「うん」  覚えている。だからこそ、俺はどれほど魔力量が少ない相手でも手を抜くことなく全力で戦ってきた。 「だが、あの者の持つ魔力の量は異常だ。おそらく……私たちより遥かに強いだろう。それに魔力以上に得体の知れない恐怖のようなものを感じたよ。勝てるのはおそらく明梨さんだけだろう」  俺は思わず息を呑んだ。黒夢がそこまで言うなんてな。 「まぁ、これで魔族の国は安泰と言っていいんじゃないか?」 「確かにそうだな。あの者なら、安心して国を任せることができそうだ」  黒夢は満足気に微笑んだ。すると、麻友がサークルに戻ってきた。 「お待たせ! 忙しいのに任せちゃってごめんね!」  麻友はコミケが始まってからは途中まで俺たちと接客対応していたが、真斗の勧めで順番に休憩を行っていた。  ちなみに響木もまだ休憩中である。 「ああ。大分空いてきたから大丈夫だ」 「そっか、良かった。根音くんも休憩に行ってきたら?」 「それじゃお言葉に甘えて休憩行ってくる」  自分のサークルのスペースから離れ、企業ブースへと向かうことにした。
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