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第4話

「ふわぁ……よく寝たな」  スマホのアラームで目を覚ました俺はジャージに着替え、コップ一杯分の水を飲んだ後、ランニングをすることにした。  朝早くにランニングするのがいつもの日課となっている。  健康に良いからというのもあるが、ランニングをして爽やかな汗をかいていると、頭が冴えてシナリオ作りが捗るのである。  家の近くをランニングしていると、俺と同様にランニングしている人、犬の散歩をしている人、河原で寝っ転がっている人などを見かけた。  十分くらいランニングした後、家に戻り朝ごはんを食べることにした。昨日、炊いておいたご飯を器によそい、スーパーで買った惣菜をレンジで温めた。 「さてと……それじゃ、書くかな」  ご飯を食べ終えた後、昨日途中で作業を終えたシナリオの続きを書くことにした。  今書いているのは、王国軍にも魔王軍にも忠誠を尽くさず、自由気ままに生きるエンドである。  主人公はスパイとして王国軍に所属することになるが、王国軍から与えられる任務がどれもこれも危険なものばかりであった。  そこで主人公は一つの選択肢を取る。それは王国軍を逃げ出し、魔王軍に戻るというもの。  しかし、主人公は魔王から「スパイとしての役割を果たしてこい」と言われる。そりゃそうだろう。  そこで主人公は仕方なく再びスパイとして王国軍に所属する――ということはなく、冒険者として気ままに行きていく道を選ぶ。だがこれで物語は終わらない。  しばらくの間、冒険者として生活を送っていた主人公にピンチが訪れた。  なんと魔王が主人公を裏切り者として抹殺しにやってきたのである。  しかし、主人公はこれまで数々のクエストやダンジョンに挑み、レベルを爆上げしていた。  驚異的な魔王の魔法も耐えきり、ついに魔王を倒したのであった。  魔王を倒したことにより、アルカディアに平和が訪れ、主人公は英雄として語り継がれることになった。  自分で書いておきながらとても気に入らない結末だと思った。魔王様を裏切るなんて言語道断である……まぁ、俺も人のことは言えないが。  魔王様に尽くすよりもやりたいことができてしまった。  俺には……やはりこの世界の人間を殺すことはできない。  おっと、物思いに耽っている場合ではない。少しでもシナリオ作りを進めておかなければ。  キャラクターのセリフ、設定、使えるスキルなどを考えていく。  ジャンルはRPGであるため、戦闘シーンも当然ある。プレイヤーにやりごたえを感じてもらえるよう、主人公の強さを調整する必要がある。  実際に戦闘シーンの画面を作るのは真斗の仕事であるが、戦闘シーンの設計は俺がしなければならない。  長い時間、集中して作業に取り組んだ。そのおかげか、お昼頃にはだいぶ作業を進めることができた。  お昼時ということでお腹も空いてきたため、外で食事を食べに行くことにした。  家の近くには飲食店がないため、少し歩くことになるが商店街の方に向かうことにした。 近道をするため、路地の狭いところを通っていくことにした。この辺りは飲み屋が多く立ち並んでいるため、夜になると客引きが湧いてくる。  今の時間帯、客引きはほとんどいないが、ガラの悪そうな連中がたむろっていることがある。  小汚いお店が眼に映る。こう言ってはなんだが、こういう古いというか小汚いお店というのが俺は嫌いではない。いや、むしろ好きまである。  俺が元の世界に住んでいたところにはこんな寂れたお店が数多くあった。  仕事を終えると、ボロいお店で一杯やるのが好きだったのだ。  そういえば、この世界に来てから、まだ一人で酒が飲めるお店に入っていない。  メイド喫茶は何度か入ったことはあるのだが。あれはなかなかいいものだ。  せっかくだし、時間がある時にでも行ってみるか。そんなことを考えながら歩いていると、ある光景が眼に止まった。 「ちょっと、いい加減にしてください!」 「ねぇ、いいじゃん。俺たちと遊ぼうよ!」  青い髪の整った顔立ちの女性が三人の男に囲まれていた。男ども全員、ニヤニヤしながら女性を見つめている。  ナンパか。この世界にもそんなことする輩がいるんだな。  もし俺が異世界から転移してきた冒険者ならカッコつけて男たちから助けたりするのかもしれないが、あいにく俺は魔族だ。  助けてやる義理はない。俺はそのまま通り過ぎようと思った。しかし…… 「あ、あれは……」  女性の鞄に付けているあのストラップ。間違いない、あれリゼロのレムちゃんだ……  どうやら俺と同じ趣味を持っているようである。普通の女性なら見逃すところだが、同じアニメファンなら見逃すことなどできない。 「何をしているんだ、お前ら!」  俺は颯爽と登場した。こういうの、異世界もののラノベに出てくる主人公のようでなんだか新鮮な気持ちになった。 「あ? なんだテメェ?」  背の低い男がグイッと顔を近づけてきた。やる気満々という顔である。  経験上、こういうタイプが真っ先にやられる場合が多いんだよな。 「通りすがりのシナリオライターだ! 覚えておけ!」 「はぁ? 通りすがりのシナリオライターだ? わっけわかんねぇ……ねぇ、下杉さん。こいつ、やっちゃっていいですよね?」  肥満体の男がリーダーと思われる下杉という男に確認した。 「ああ、いいぜ」  肥満体の男が許可を貰うと、指をボキボキと鳴らした。やる気満々という感じである。 「それじゃ、覚悟はいいか?」 「ああ」  俺は頷き、すぐさま肥満体の男に金的してやった。肥満体の男は「うご……!」と苦しそうな声を上げ、うずくまった。 「テメェ!」  背の低い男が俺に殴りかかった。人間にしては思ったよりもいいパンチである。  俺はパンチを避け、クビをトンと叩いた。背の低い男は「うげ!」という声を出し、気絶した。  リーダー下杉は怒りに満ちた表情を見せる。 「お前……ちょっとはやるみてぇだが俺はそう簡単にはいかねぇぞ」  いよいよ真打登場か。まぁ、楽勝だろうがな。  しかし、ここで思いもよらぬ事態が起こった。 「オラァ!」  女性が下杉の無防備な背中を思いっきり蹴り上げた。下杉は建物の壁に身体を強く打ち付け、バタンと倒れこむと気を失った。 「うわああああ! なんだこいつらー!」  ただ一人、意識を失っていない肥満体の男はすぐさま俺たちの元から立ち去った。  さっきの女性の蹴り、あれは常人にはできないものだ。武術の心得でもあるのだろうか。  すると女性はなぜか怖い表情で俺に近づいてきた。フワッしたフレグランスの香りが鼻腔を突く。 「あなた……魔族でしょ?」  突然の質問に頭が真っ白になりそうであった。 「な、何を言っているのでしょうか? 魔族なんてこの世にいるわけがないじゃない」  目を逸らし、俺は魔族ではないことを主張した。動揺のあまりオネエのような口調になってしまった。 「アルカディアってとてもいい国よね」 「は? あんな低俗な冒険者が集う国のどこがいい国だ! 身勝手な正義感を振りかざし、容赦なく我らを攻撃するクズどもなど、糞食らえだ!」 「やっぱり魔族なのね」  女性は勝ち誇ったかのように微笑んだ。くそ、なんという卑劣な罠だ。 「お前……王国軍のものか? それとも冒険者か?」 「王国の騎士団よ。『ヒナギク』って名前を聞いたことはないかしら?」 「ヒナギクだと……?」  聞いたことないわけがない。その名は魔族の間でも轟いている。  王国騎士団の剣闘士――ヒナギク。又の名を『蒼き剣姫』。  魔法と織り交ぜ、千をも超える剣術を持つ、彼女の剣はこれまでたくさんの同胞たちを殺してきた。  そして、この俺も手合わせをしたことがある。今まで三度に渡り激戦を繰り広げてきたが、一度たりとも決着が着いたことはない。 「ああ、ある。そうかお前が……ヒナギクだったか」  髪色は同じであったが、向こうの世界では鎧を着ていたため、気づかなかった。 「どうやら私を知っているようね。魔力を抑えているようだけど私の『魔力探知』は決してあなたの魔力を見落とすことはないわ。それと、あなたを殺す前に名前を聞いておいてもいいかしら?」  どうやら殺る気満々らしい。これはまずい。俺の魔力は分身の方にほとんど与えている。 「……ネオンだ」  自分の名前を述べると、ヒナギクは見る見るうちに表情が強張っていった。 「う、嘘でしょ? あなたが魔王軍最強の幹部と言われているネオンなの? あんた、そんな髪だったっけ?」 「染めたんだよ。それより、どうしてお前はこの世界にいるんだ?」 「あんたたちの陰謀を聞いたからよ! なんでもこの世界の人間を滅ぼすつもりらしいわね!」  どうやら魔王様の崇高な作戦が知られてしまっていたらしい。まぁ、その作戦ももはや実行されることはないだろうが。 「ああ、確かに俺はそう魔王様から命じられている。だが……俺はこの世界の人間を滅ぼす気はない」 「そんなの信じられるわけないじゃない」  ごもっともな意見である。確かに敵の言葉など信じられるわけがない。俺もヒナギクと同じ立場であればそう思うことだろう。 「ヒナギク。お前はもしやこの世界から召喚された人間なのか?」 「いえ、違うわ。私は生まれも育ちもアルカディアの人間よ。ずっと何年も前からアルカディアの為に尽くしてきたわ……なのに、王国は異世界の人間ばかり呼び寄せて……そいつらを優遇してばかり……」  ヒナギクは異世界転移者に対して、嫉妬のような感情を抱いているらしい。 「なんだ、ヒナギクよ。お前はここの世界の人間が嫌いなのか?」 「べ、別にそういうわけじゃないわよ! ただ……ずっと努力していた人たちと混ざって、今まで何の努力もしてこなかった人たちが活躍しているのが納得できないっていうか……」  なるほどな。無表情で同胞を殺していく鉄仮面のようなこの女にも随分と人間らしい感情があるようだ。 「なるほど。まぁ、気持ちは分からなくもない。俺もかつて弱い魔族だったからな」 「あんたが……? 信じられないわね」  ヒナギクは訝しんだ様子で俺を見つめた。 「本当だ。俺だって最初から幹部だったわけじゃない。修行して、たくさんの戦いを経験し、どうにか幹部に成り上がったんだ。お前だってそうじゃないのか?」 「ええ、そうね……私も地道に魔法や剣術を学んで、少しずつ強くなっていったわ」 「そうだろう。俺も数多もの冒険者と戦ったことがあるが、お前よりも強い冒険者とは会ったことがない」  これは率直な感想である。力を与えられ、異世界からやってきたと思われる冒険者は魔法こそ強力なものの、全く戦いへの覚悟が感じられない。命を投げ打つだけの覚悟が。  それに比べ、ヒナギクは死をも厭わぬ覚悟で今までこの俺に戦いを挑んできた。 「結局、努力に勝るチートなどないということだ」  ヒナギクはフッとため息を吐くと、目を閉じ微笑んだ。 「ありがとう。あんたのおかげで少し自信が出てわ」 「そうだろう。陰ながらお前を応援している。それじゃあな」  これにて一件落着。俺はそのまま立ち去ろうとした。 「ええ、それじゃ永遠の別れといきましょうか!」  ヒナギクは複雑な赤い幾何学模様の魔法陣を宙に浮かべ、その中から剣を取り出した。  流れでそのまま立ち去る作戦、失敗であった。 「はぁ……見逃してはくれないだろうか?」 「それはできない相談よ。私は王の指令により、この世界に送り込まれた魔族を抹殺するよう言われているからね」  ヒナギクの身体から魔力が迸っているのが分かった。やる気満々だ。しかし困った。  力の大半を分身に預けているため、今の俺はヒナギクに対抗する手段が無い。  よし、ここは。 「おまわりさーーーーん!」  俺は精一杯声を張り上げ、叫んだ。 「ちょ……何してるの?」 「おまわりさーーーーん! 助けてくださーい! ここに自分を異世界から来たとかヌカす頭のイカれた精神異常者がいまーす!」  国家権力に頼る。これこそ、この世界で生き抜く方法だ。俺の作戦が功を喫し、ゾロゾロと一般人が集まってきた。 「くそ! 覚えていなさい!」  ヒナギクは慌てた様子で、人混みを掻き分け、俺の元から逃げ出した。  俺はその後、行きつけのラーメン屋に入った。ラーメンの中は年季の入ったテーブルなどが置かれており、お店の中は豚骨の香ばしい香りで満たされている。  俺は空いているカウンター席に座る。 「あら、奇遇ね」  急に話かけられ、隣を見ると、そこにはコンビニの店長、明梨さんが座っていた。  こんなところで遭遇するとは。というか、ラーメン屋にいること自体が驚きである。  勝手なイメージだが、フランス料理のお店とか行きつけにしているものだと思い込んでいた。 「明梨さん、お疲れ様です。本当奇遇ですね」 「この通りを見ていたらたまたまこのお店を見つけてね。根音くんはよく来るの?」  明梨さんのところに器に置かれているラーメンの器を一瞥した。まだあまり食べられておらず、スープの色から察するに味噌ラーメンを注文したと思われる。 「はい。よく来ますよ」  水の入ったコップがカウンターに置かれた、俺は「チャーシュー麺一つ」と店員に伝えた。 「そっか。私、ラーメン好きでよくラーメン屋に行くのよね」 「意外ですね。てっきりフランス料理とか嗜んでいると思っていました」 「ふふ、何それ」  すぐにチャーシュー麺が来た。このお店は早さがウリであり、混んでいてもすぐにラーメンが運ばれてくる。  それに上手い。他のお店も行ったことがあるが、このお店が一番美味しいと確信している。  器にたくさんのチャーシューが贅沢に盛り付けられている。割り箸を折り、「いただきます」と手を合わせ、早速ラーメンを食べることにした。  手始めにチャーシューを一枚口に入れる。柔らかい脂身の感触と豚肉特有の旨味が口に広がる。相変わらず美味しいチャーシューである。 「ねぇ、根音くん。一枚食べても良いかな?」  明梨さんは手に持っている箸を俺の器に近づけていた。貰う気満々である。 「ええ、どうぞ」  明梨さんはチャーシューを一枚取り、美味しそうに口に入れた。 「美味しいわね、このチャーシュー」 「そうでしょう。このお店で俺が一番好きなメニューなんですよ」 「そうなんだ。ねぇ、ちょっと話が変わるんだけど根音くんは正社員になるのを目指しているのよね」 「え、えぇ。まぁ……」  コンビニのバイトの面接を受けた際、現在就職活動中であることを明梨さんに告げていた。 「どこか行きたい企業とか、業界みたいなのってあるの?」  面接の時には踏み込んでこなかったことを訊いてきた。 「一応あります。けど……なかなか受からなくって」  この世界において、何も資格を持っていない俺がゲーム会社で働くというのは想像以上に難しいことであった。フリーのゲームプロデューサーとしてやっている人もいるにはいるが、それでやっていけるのはほんの一握りの人間だけである。 「良かったらどんな会社に入りたいのか訊いてもいいかな?」  一瞬、話すのを躊躇ったが社会人である明梨さんなら適切なアドバイスをしてくれるかもしれない。 「実はゲーム会社に入社することを考えて目指しているんですけど、悉く落ちてるんですよね」 「へー! 根音くん、ゲーム会社目指しているんだ。いがーい!」  明梨さんは目を大きく見開き、驚きの声を上げた。 「そんなに意外ですかね?」 「うん! 根音くんってゲームが好きなの?」 「ええまぁ」 「何のゲームが好き? 私、ポケモンとかマリオとか好きだったな」 「そうですね……ひぐらしとかペルソナシリーズが好きですね。あと、アンダーテールにもハマりました!」 「根音くん、分かっているわね! その三作品、神ゲーだと思うわ!」  俺のイメージに反して、明梨さんはかなりのゲーマーのようで、なんとあの難ゲーの代表格の一つ、『魔界村』もクリアしたことあるとのことだった。  さらに俺はサークルでゲームのシナリオを担当していることも明梨さんに伝えた。 「けどね……根音くん。悪いこと言わないから、ゲーム業界はやめたほうがいいと思うわ」 「そ、それはどうしてでしょうか?」  あれほど楽しそうにゲームについて語る明梨さんにそんなこと言われるとは、正直意外である。 「あくまでこれは私の意見なんだけどね。好きなものを仕事にしようとするのはやめたほうがいいと思うの。ゲーム会社っていうのは基本的に激務だし、上からの指示で自分が作りたいものも作れなくなる。そうなるとね、好きだったものが好きじゃなくなっちゃうのよ」  至極もっともな意見である。確かにこの世界で自分の好きなことを仕事にしている人はとても少ないと思った。  しかし、これは俺がいた世界では考えられないことだ。  俺がいた世界では、自分の仕事に誇りを持って取り組んでいるものがほとんどであった。  それが人であっても、魔族であっても。嫌いなことを仕事にする者など、俺がいた世界ではほとんどいない。 「そう……かもしれないですね。あの、明梨さんはそういう経験があるんですか?」 「あー、うん……まぁね……」  明梨さんはバツが悪そうに頬をかきはじめた。 「もしかして、ゲーム会社で働いていたりも?」 「まぁ、少しだけね。就職できたときはすごく舞い上がっていたけど、いざ働いてみるとギャップがすごくてね。サークル活動とは違うんだなって実感したのよ」  当時の出来事を話す明梨さんの表情は曇っていた。それにしても明梨さん、サークル活動もしていたのか。 「そうですか。心に留めておきます」 「うん。今の仕事はそこそこ大変だけど前の会社ほど忙しくないし、プライベートも充実できているからそこのところも考えてみてね」  明梨さんの言う通り、確かにプライベートは大事だ。  正直なところ、正社員として働いたとしても、できることなら休日はゆっくりとアニメを見たりして過ごしたいとは思っている。 「はい。それよりも明梨さん、ゲーム会社で働いていたんですよね。今、シナリオ制作に取り組んでいて良かったらなんですけど俺のシナリオ見てもらえませんか?」  曲がりなりにも元ゲーム制作のプロに見てもらえるならこれほど幸運なことはない。 「いいけど……私、結構厳しいわよ?」  少しゾクリとした。目が本気である。これはガチで評価する気である。 「構いません。お願いします」 「うん。分かった。それじゃ、土曜日の午前十時にこのラーメン屋の向かいにあるカフェに来てもらってもいいかしら?」 「はい。分かりました」  こうして俺は明梨さんにシナリオを見てもらう機会を得た。  ラーメンを食べた後、俺は家に戻り、別エンドのシナリオ制作に取り掛かった。  次に書くのは魔王軍を裏切り、王国軍に忠誠を誓うエンド。シナリオ制作をするときは基本的に主人公になりきることを意識している。しかし、このエンドに関してはなかなか辛いものがあった。  ――な、なぜだ。忠実な僕(しもべ)だったお前がなぜ私を裏切る。  ――魔王様、私は人間と接して気づいたのです。間違っていたのは我々であると。  違うぞ、主人公。間違っているのはお前だ。魔王様をこの手に掛けようとするなんておかしい。  おい、お前は誇り高き魔族だろ? 魔族を大切にしてくれる魔王様を殺すなんて正気なのか? 「って……だめだ俺よ。ちゃんと主人公になりきるんだ。俺は魔王様を裏切る。そして世界を平和へと導くんだ」  ――間違っていたのは我々だと? 正気か? 人間は我ら魔族を敵とみなしているのだぞ。人間どもがお前に優しくしているのだってお前が人間だと思っているからだ。正体を知られたらすぐにでも殺されるぞ。  ――そんなことありません。私は……人として生きていきます。そして、あなたを倒します。    ここで戦闘画面へと移る。壮大なBGMとともに魔王様との戦いが始まり、魔王様が勝てればハッピーエンドというわけだ。  ありがちだが、そんなに悪くはないシナリオであると思った。しかし、何かまだ物足りない気がする。 「あ、やべ。もうこんな時間か」  時計の針が午後五時を示していた。もう少しで居酒屋のバイトが始まる。遅刻すると店長に叱られてしまう。  それにしても、かつて魔王軍最強の幹部と呼ばれ、たくさんの部下を引き連れていたこの俺が魔力を全く持たない人間に使われるとはな。  この世界においては人を殺める魔法など、なんの役には立たない。  無力である自分に少しばかり嫌気を感じつつも、バイトへと向かった。
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