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スカイブルーめろんぱん 6

*  昨日は急な大雨だったが、今日は晴れた。雲一つない。顔色が優れない良平和に休むよう言ったが、どうしても学校に行きたいらしく薬を飲ませて、先に出てきた。この時間に発てば、ちょうど前方に彼が見えるのだ。高校から歩いて20分の近さにあるため、そんなに長くは見ていられないのだけれど。あの男と彼が兄弟になる前までは幸せな時間だのに。今も視界で輝く彼の隣には騎士気取りのあの男がいる。今すぐにでも2人の間に割って入りたいが、それを彼は望まないだろう。どういうつもりなのかは知らないが、あの男の穢さが彼に移らないことを信じてもいない神に祈るしかないのだ。  他校同校女子を取り替え引き替え、成績は中間層をキープしているようだが何より素行が悪い。一途に増山を想い続け、勤勉であまり得意ではないらしい体育にも積極的に参加する彼に影響が出たら全てあの男のせいだ。そして地球温暖化も大気汚染も昨日の急な大雨も、駄犬の風邪も、さっきすれ違った小学生が泣いていたのも昨夜晩ご飯の調理を失敗したのも全て全てあの男のせいなのだ。体温が上昇し、怒りが沸く。そのまま学校に着き、教室に向かった。  司の席はベランダから3列目の、後ろから2列目の席だ。司のベランダ側の2つ隣があの騎士気取りの男でその前が彼だ。教室内に人は少なく、司より早く向かっていたはずの彼とその義兄はまだいなかった。ベランダから2列目、前から2列目の増山はすでに席に着き本を読んでいる。特に仲が良いわけでもないため挨拶もなく司は席に着いた。物音に増山が本から視線をはずし、司を振り返った。 「あ、おはよう、三条さん」  いつも変わらない栗色のポニーテールを揺らして増山は笑いかけ、席を立つ。それからカバンを開けて折り畳み傘を出した。 「ありがとう。すっごく助かった!」  桃色の折り畳み傘と、それから透明包みに入った星形の飴を差し出される。 「あ、あ、あ、い、いや・・・」  なかなか手を出さない司の手を取り、増山は折り畳み傘と飴を握らせる。 「増山さんおはよう!・・・・と、三条さんもおはよう」  彼の珍しい張りのある声。増山と向き合っていた司に驚いたのだろう。取っ手付けたように三条にも挨拶した。 「おはよう岬くん」 「海森だ」 「海森くんもおはよう」  増山が彼に挨拶を返す。そしてそれに騎士気取りの義兄が割り込んだ。司は遠慮して返さなかったが、彼の想い人の増山に対してそのような態度をとることが許せなかった。 「まぁまぁ・・・岬でも大丈夫だから、増山さん」  あの男の割り込んだ意図が読めなかったらしく増山は首を傾げて彼を見た。そしてすぐに司に向き直る。司の手を、増山は持ったまま。駄犬とは違う質感で、嫌悪感はない。 「なんで2人は手を繋いでいるの?」  彼が訊ねた。彼には見えないけれど、司にみえるところで増山は一度だけ顔を顰めた。ほんの一瞬で、顔を顰めたというよりは、呆れたような、うんざりしたような、ネガティブに捉えられる表情だ。増山は彼を一瞥した。表情は見えない。彼は首を傾げた。 「自重しろってことだろ」  頬杖を付いて外を見ている騎士気取りの義兄が小さく吐き捨てる。 「えーっと、増山さん?」  上と下から司の手を包む増山に司は戸惑った。 「飴、いちご味だけど嫌いじゃない?」  司は何度も頷いた。 「そっか。よかった。私の好きなメーカーだから」  やっと増山は手を放す。もう一度笑って席に戻った。司は引き攣った笑みでどうにかやり過ごし、司も席に戻る。特にやることもなく教室にある本棚から借りたままだった古い文庫本を読もうと引き出しに手を入れる。その間に増山が教室から出て行った。彼の反応を見たかったが、妙なボディガードに何を言われるか分からないのでやめておいた。 「増山さん、どうしたんだろう?」 「便所じゃね。言わせんな」 「そ、そっか」  あの男の下品さに怒りで手が震える思いだ。彼が困っている。彼を困らせるのは許せない。  彼を困らせる。ふと昨日のことが思い浮かぶ。折り畳み傘を見て、少し引き攣っていたような気がした。暫くは控えるべきだ。目で本の文字を辿りながらも頭には入ってこない。彼がこちらに視線を向けている。緊張で腹部が疼く。脂汗を浮かばせ司は本に集中する。 「ちょっと来いよ」  足音が近づいてきた、本を持っていた腕を掴まれ、立ち上がらせられる。遠慮のない力のため、痛い。折られるかもしれないという本能的な恐怖に司は逆らわなかった。あの男だ。腕を引かれ教室の外に連れ出される。腕が痛いくらいの強さで掴まれている。 「いっ」  乱暴に廊下に突き放され、壁に背中をぶつけた。 「増山と何話してた?青空が気にしてんだよ」  疼く腕をもう片方の手で押さえ、司は騎士気取りの義兄を睨む。彼にならとにかく、この男にいう義理はない気がして司は唇を噛む。話す気がないことが相手に伝わったのか、騎士気取りのこの義兄は迫った。眉間に皺が寄り、不機嫌さがよく分かる。 「あんたに言う義理なんてない」  義兄の顔が近付いてくる。司は壁に後頭部を押し付け、離れようと試みる。髪越しの冷たい壁がどこか心地よい。 「増山と何話してたかって聞いてんだよ、何かまずいのか」  冷たい手が顎を掴む。 「どうしていちいち増山さんと話したことをあんたに話す必要があるの」  爽やかさのない、校則違反の長めの髪。耳朶には青のピアスが刺してある。 「いいから話せって言ってんだよ、うぜぇな」  義兄の額が司の額にぶつかり、後頭部がさらに壁に押し付けられる。 「岬くんに対して過保護すぎじゃない?それとも増山さんのストーカーなの?」  余裕のフリで嗤いながら言ってみると、耳元で大きな音が立ち、肩が跳ねた。 「ふざけんなよ!薄汚いストーカーはお前なんじゃねぇのか」  どうやら壁を殴ったらしい。低脳がよくやることだ。司は侮蔑の目だけ向ける。切れ長の瞳が司を刺し返す。顎を掴んで頬に指を立てられ揺さぶられる。痛い。顎を掴まれているのも痛いが、頬のに指と爪を立てられているのがもっと痛い。容赦がない。頭がおかしい。この男こそ本当に彼が注意すべき人物なのではないだろうか。 「なにしてんだ!」  聞き慣れてきた質の怒声。けれどよく知っているのとは雰囲気が違う。呆気にとられて、視界を覆っていた忌々しい男がいきなり視界から消える。あの駄犬だ。朝別れたきた駄犬がここにいた。掴まれた顎が外れてないか確認しながらあの駄犬を見れば、今まで自分に迫っていた男が仰向けになって駄犬に乗られている。 「下りろよ」  あの男も激すでもなく低い声でそう言った。 「嫌だ」  いつも貼り付けれらた情けない笑みがない。厳しい顔で上からあの男を見つめる。 「三条さんに近付かないでよ」  良平和は目を細めた。顰められた眉と目付き、語調に不快感が丸出しだ。 「こっちから願い下げだぜ、そんなクソ女」  司の視界の出来事と頭がついていかなかった。良平和の右腕が上がる。嫌な予感と反射だった。良平和の動きを止めるだとか、これはまずいだとか、間に合わないだとか、そういった考えが起こる前のこと。良平和の右腕を抱きかかえていた。振り下ろす力に抗いきれず、体勢を崩し膝から転ぶ。 「三条さん」  しまったという顔で良平和は眉を八の字にする。いつもの情けない駄犬がそこにいた。 「どけよ番犬」  司が一度だけ忌々しい男に目を遣れば、良平和はどいた。あの男が立ち上がって去っていく方向に彼がいた。どう声をかけていいか分からない、そんな様子だ。 「義兄(にい)さん大丈夫?」  彼が戸惑った表情で司と駄犬を見る。司は、大きく溜息を吐いた。彼をまた困らせてしまっただろうか。彼に嫌われても、ただ自分は彼に尽くすだけだ。それは変わらない。司は尻餅をついているのか座っているのか分からない駄犬に顔を向けた。情けない笑みを浮かべている。 「嫌われはしなくても、少なくともドン引きってやつじゃない?」  腕を組んで嫌味のつもりで投げかける。 「で、でも三条さんは何も悪いことしてないじゃんか!」  珍しく強く出てきた。 「まぁそうだよね。挑発しちゃった部分はあるけどさ」 「どうして女神様は何も言わないの?止めないなんておかしい!」  非難の矛先が彼に向くと、司は駄犬を睨んだ。彼は悪くない。騎士気取りの義兄が勝手にやったことで、彼が止める必要はないのだ。 「女神様の非難は許さないよ」  不満そうな表情に苛立つ。あのやりとりから助けてくれたことに感謝はしているけれど。 「ありがとう」  情けない笑みを浮かべるこの駄犬に素直に言えるはずもなく、手の甲で額を引っ叩きながら一言だけ。聞こえているのかいないのか、顔をくしゃくしゃにして駄犬は笑った。
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