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第11話

「お母さん、どうして僕は人の心が読めてしまうのかな?」  俺の目の前には無くなったはずの母親が柔和な笑みをこぼし、俺を見つめていた。  白い洋服に身を包み、長く艶のある黒い髪は幼い頃にいた姿と全く変わっていなかった。 「慎は人の心が読めるのが嬉しくないの?」 「うん。だって、人の考えていることが分かるなんて怖くない? この前なんか友達だと思っていた子に話しかけたんだけど、『うざ』って思われていたことを知ってさ。なんか僕、人を怖くなりそうだよ」  すると、お母さんは頭を優しく撫でてきた。 「慎、人の心が読めてしまうのは辛い?」 「うん、とっても」 「お母さんもね。昔は慎みたいに考えていたわ。けどね。人の心が分からないのも怖いのよ」 「そうなの?」 「ええ。もしかしたら隣にいる人が悪いことを考えているかもしれないって思うと怖いでしょ? それにね……いいことをしてあげたら心の中でちゃんと感謝の言葉を言う人だってたくさんいるのよ。きっと、そういう人たちのことなら慎は好きになれると思うわ。お母さんはもう心を読む力がなくなっちゃったけど、慎は今持っている力を大事にしなさい」 「お母さんも人の心を読むことができたの?」 「ええ」 「今は?」 「なくなっちゃった」  そうだったのか。俺の母親もかつて俺と同じような力を持っていた。 「ねぇ、お母さん。どうして僕は人の心を読むことができるのかな?」  能力が発現した原因を訊くと、母親は衝撃的な事実を述べた。 「多分……私のお母さんが宇宙人だからじゃないかな?」 「宇宙人?」 「どうしましたか? 慎さん」 「うわ!」  びっくりして俺は思わず起き上がった。なんと、俺はシトラスの膝の上で眠っていた。 「すごく気持ちよさそうに眠ってましたけど、どんな夢を見ていたんですか?」 「な、なんでもねぇよ。それよりもシトラス、寝ている間に何か変なことはしていないだろうな」 「いーえ、別に」  シトラスはそっぽを向くと、ベタにも口笛を吹き始めた。しかし、かなりへたで口からは乾いた空気の音しか聞こえてこない。 「ほ、本当だろうな……」  怖い。この態度は絶対、何かをしたはずだ。気になるが、あまり聞きたくない。 「慎さん、今度は私もマッサージしてもらえます?」  シトラスはうつ伏せの体勢となり、俺にマッサージを要求してきた。 「……」 「あの勝負のこと、忘れていませんよね?」 「わーったよ」  俺はシトラスにマッサージを行うことにした。ほっそりとした腰に手を掛け、力を込めて揉んでいく。 「ひゃ! あぁ……うぅん……そ、そこです……慎さん」 「……」  何も考えず、無心のままマッサージを続ける。これは単なるマッサージだ。それ以上でも以下でもない。  腰を揉んだ後、次に足をマッサージすることにした。親指でふくらはぎの部分を押す。 「いいです……いいですよ……慎さん……」  ちょっとこいつ、黙っててくんねぇかな。その後もマッサージを続けたのだが、ちょくちょくシトラスは「ああん!」や「はあーん!」だの「にゃーん!」だの意味不明な喘ぎ声を出してきた。 「慎さん。ちょっと聞きたいことがあります」 「なんだ?」 「慎さんは泉さんのことが好きなんですか?」  俺はシトラスからあまりのも直接的な質問を受けて手をピタッと止めた。 「ああ、そうだ」  俺は正直に答えることにした。今までシトラスに夫になってほしいと言われているのに、そこんところをあやふやにしてはいけないと思った。 「泉さんのどんなところが好きなんですか?」  面談かよ。今日のこいつ、なんかガンガン突っ込んでくるな。 「ええっとその……優しいところか、性格がいいところとか……色々……」 「顔や容姿はタイプなんですか?」  一切、目が笑っていない表情でシトラスが問いてきた。なんだこの詰問。すごく辛いのだが。 「ま、まぁ。そうだな……」 「そうですか。けど……」  シトラスが突然立ち上がった。何やら得体に知れないような圧力が感じられる。 「な、なんだよ?」 「絶対に私は慎さんを振り向かせてみせます」  某裁判に出てきそうな弁護士のごとく、シトラスが勢いよく俺を指差した。思わず『異議あり!』という幻聴が聞こえてきそうだ。 「そうか。けど、俺の気持ちは変わらないと思うぞ」  実はシトラスには伝えていない俺が泉さんのことを好きな最大の理由があるのだが……ここは隠しておくことにしよう。 「ええ。絶対に諦めませんからね」  すると、ブルルとテーブルに置かれているシトラスのスマホが振動した。シトラスはスマホを手に取った。 「行きましょう。慎さん」 「い、行くってどこに?」 「さっき行った火事が起きた旅館のところにです!」  俺とシトラスは旅館の外に出て、先ほどの穴がたくさん空いている大宴会場を目指した。  息を切らしつつもなんとか到着すると、そこにはゆらりと動く人影が見えた。 「慎さん、少し様子を見ましょう」  暗さにも慣れてくるとぼんやりと目の前に映っていた人影の様子が確認することができた。  頭にはヘルメットを被っており、手には大きなスコップを持っている。「えっさ、ほいさ」と口ずさみながら穴を掘っていた。 「私が前を歩きます。慎さんは後からついてきてください」  シトラスが前を歩き出した。 「お、おいシトラス!」  俺も急いでシトラスの後を追う。男に近づくと、奴が筋肉隆々な体格をしていることが分かった。 「おい、お嬢ちゃんたち。何者だ?」  男に俺たちのことがバレた。しかし、シトラスは臆することなく走って奴に近づく。 「何者だ! と聞かれたら! ほら、慎さん!」  シトラスに次のセリフを求められた。 「え? こ、答えてあげるが世の情け!」 「世界の破壊を守るため!」 「世界の平和を守るため……って」  俺は時を止めた。そして、数メートルほど距離のあるシトラスに近づいた。 「そんなやってられるか!」 「あべし!」  ツッコミを入れると、シトラスがどこぞの世紀末物に出てくるような断絶魔を吐いた。 「ひどいですよ……慎さんったら」  男は呆れたような表情で俺たちのことを見ていた。 「おい、お前。なんだその『やれやれ頭のおかしな連中がやってきた』と言いたげなその表情は!」 「何!? お前、俺の心が読めるのか?」  昔ははっきりと心の中を読むことができたが……別に能力で分かった訳ではない。 「うーん、まぁそうといえばそうだな。それより、単刀直入に訊くぞ。お前……宇宙人か?」 「ああ、そうだ」  あっさりと筋肉の男は自身が宇宙人であることを見つめた。 「私の名前はシトラス。宇宙最強の戦闘民族、ハイドロネアウンドロ星人の一人です!」  そう名乗ると、どういうわけか男は嬉しそうな表情で俺たちに近づいて握手を求めてきた。 「なんだそうだったのか! それじゃ、あんたが俺に指示を出してくれたんだな。改めて自己紹介するぜ! 俺はスルマ星人のラウン。よろしくな!」 「は?」  シトラスがあんぐりと口を開けた。 「指示? え、どういうことですか?」 「はぁ? あんたがこのメールを送ってくれたんだろ?」  ラウンという宇宙人はスマホを取り出すと、俺たちにメールの文面を見せた。  ――初めましてラウンさん。私はハイドロネアウンドロ星人のAと申します。早速ですが、あなたに指令を言い渡します。手段は問いません。下の画像の旅館を焼き払い、旅館の地下に眠っているといわれる『エラプションレバル』という赤い球型の物体を見つけ出してください。見つけたらまた返信するようお願いします。 「な、なんですか……このメールは……」 「なんだ、あんたが送ったものじゃないのかい?」  ラウンは警戒した様子でシトラスを睨んだ。 「違う! こんなはずない! だってハイドロネアウンドロ星は保守派のはず……こんなことをするハイドロネアウンドロ星人がいるわけが……」  シトラスはひどく動揺しているようであった。 「おい、大丈夫か?」  俺が声を掛けた瞬間、ラウンの様子がおかしいことに気づいた。 「もういい! お前らが敵だというのならここで始末してやるだけだ! 依頼者からのメールを見たんだ! 行きて帰れると思うなよ!」  ラウンの身体が先ほどの二倍ほど大きくなり、筋肉の膨張によって着ていた上着が破れた。  身体が大きくなる以外は見た目の変化がないものの、奴の皮膚の色が青くなった。  そして、なぜかラウンは俺たちにマッスルポージを見せた。 「どうだい? このポーズ、惚れ惚れするだろう?」  サイド・リラックスやサイド・チェストなど決めるラウンの表情はまさにナルシストそのものであった。 「うああ……」  俺がドン引きした様子で見つめると、ラウンは白い歯を見せてニカッと笑った。 「俺様は今まで筋肉を鍛える以外、興味がなかった。筋肉こそパワーの源、筋肉こそ生命の神秘、筋肉こそ神から与えられし魔道具! しかし、あるアニメを見て筋肉は見せるものであると気づいたんだ! 死ぬ前のお前らへの最後の情けだ。たんと俺の筋肉を見ておくがいい!」  黙々とマッスルポーズを続けるラウンに俺は呆れ果てそうであったが、これはチャンスだ。シトラスに攻撃してもらうことにしよう。 「おい、シトラス! 今のうちに攻撃するんだ!」  しかし、シトラスは顔を青ざめたままブツブツと何か呟いていた。 「違う……そんなはずない……だって、ハイドロネアウンドロ星は地球と友好関係を……」 「おいシトラス!」  俺がシトラスの肩を揺らして声を掛けるとシトラスはハッとした表情で俺を見つめた。 「それじゃ、行くぞ! 死ぬがいい。『虐殺マッスルチョップ』!」  ラウンはクソダサいネーミングセンスの技名を叫びながら、シトラスの頭にチョップに落とそうとしてきた。 「え……」  シトラスは全く動こうとしなかった。くそ、何やってるんだ!  俺は時を止めた。シトラスとラウンの動きが止まる。シトラスを抱きかかえ、できるだけラウンから離れた。 「何!? 消えた?」  ラウンのチョップは空を切った。ラウンは俺たちが急に消えたと錯覚しており、驚いているようであった。 「あ、ありがとうございます。シトラス」 「ああ。それより、戦えるか?」 「はい。もう大丈夫です」  シトラスを地面に下ろすと、シトラスは再び立ち上がった。パンパンと浴衣についた汚れを払った。 「お前ら……いつに間にそこに。小僧、お前がやったのか」  無言のまま頷くと、ラウンは右手で握りこぶしを作った。 「お前は地球人だよな?」 「そうだ」 「ふむ……地球人は非力で特別な能力を持たないと聞いていたが、思っていたより侮れんな。お前はここで始末する!」  ラウンは急スピードで俺に接近し、顔面にパンチを入れようとしてきた。やばい。  さっき、時を止めたばかりだから今は時を止めることができない。 「ぐ……」 「し、シトラス……」  シトラスがラウンのパンチを受け止めた。 「さっきのお返しですよ、慎さん」 「ほう……女のくせになかなかの力だな」  シトラスはラウンの胸に右手をかざした。 「サイコキネシス! バイロキネシス!」  数メートルほどラウンが吹っ飛ぶと、奴の身体から赤い炎が発した。 「よし、勝った!」  俺は思わず叫んだが、何か様子がおかしいことに気づく。奴は炎を纏いながらも全く姿勢を崩さず立っていた。 「はー!」  マッスルポーズを決めると、なぜか炎が鎮火してしまった。シトラスは大きく口を開けて驚いていた。 「い、一体どうやって炎を消したんだ?」 「それは筋肉だ。筋肉の圧力によって炎をかき消したんだ」 「そ、そんなのおかしい! 筋肉で炎が消せるはずが……」 「おかしくなどない! 筋肉はすべての源! すべての頂点なのだ!」  シトラスの疑問に全くもって答えになっていない回答をラウンがした。 「それなら、何度でも攻撃するのみ! バイロキネシス! バイロキネシス! バイロキネシス!」  シトラスは連続で炎による攻撃をラウンに浴びせた。先ほどよりもはるかに火力が高い。しかし、 「無駄だ!」  ラウンがマッスルポーズを取ると、瞬く間に炎が消えてしまった。どういう原理だいった。  さらにラウンは右腕を回し始めた。 「ど、どうして私の攻撃が効かないの?」 「お嬢さん。今度はこちらから行くぞ!」  ラウンは目にも止まらぬ速さでシトラスの懐に入った。 「し、シトラス!」 「終わりだ!」  シトラスは攻撃を避けるべく、後ろに跳んだ。しかし、ラウンのパンチを完全に避けきることはできず、数メートル後ろの柱まで吹っ飛び、背中を強く打ち付けた。 「シトラス! シトラス、大丈夫か?」  俺は急いでシトラスの元へと駆けつけた。シトラスは殴られたお腹を痛そうにさすっていた。 「はい……大丈夫です」 「さっきのを喰らってまだ立てるとはお嬢ちゃんなかなかやるな。さすがは宇宙最強の戦闘民族ってとこか。まぁ、俺様の力には到底及ばないみたいだが」  ラウンは楽しそうにマッスルポーズをとり続けている。くそ、なんか奴の筋肉を見ていたらイライライしてきた。 「シトラス! あの筋肉バカを協力してぶっ倒すぞ! お前の力と俺の時を止める力ならきっと倒せる」  俺がそう提案すると、シトラスは俺の顔に手をかざしてきた。 「いえ、ここは私一人でやらせてください」 「そんな……正気か?」  いくらなんでも無茶である。スピードもパワーも向こうの方が上なのに。 「慎さん。スピードもパワーも奴の方が上なのに……って考えましたね?」 「え……ま、まぁ」 「心配ご無用です。私にはもう一段階上があるんです」  一段階上? なんだそりゃ。ギアセカンドや超サイヤ人みたいなあれか?  「ドライバーカモーン!」  ハイテンションなセリフをシトラスが叫ぶと、シトラスの腹部に某ライダーのような変身ベルトが巻きつけられた。 「シトラス……念の為聞くが、それは?」 「これはシトラスドライバーです! これをつけた状態でポーズを決め、『変身』と叫ぶと劇的なパワーアップすることができるんです」  まんま、仮◯ライダーみたいだな。シトラスは特撮ファンも唸るような見事なポーズを取った。ちなみに何を隠そう、俺も特撮ファンである。 「変身!」  シトラスが叫ぶと、シトラスの身体が眩い光に包まれた。赤色の複眼の仮面、オレンジを基調としたスーツに身を包むその姿はまさにニチアサを象徴するようであった。 「な、なんだお前は……?」  ラウンはドン引きした様子で正体を尋ねた。 「通りすがりの宇宙人だ! Are you ready? 答えは聞いてない!」  色々と詰め込みすぎである。ツッコむべきところがたくさんあったが、ひとまず放置して二人の戦いをみることにした。 「は! 姿が変わろうとも俺の筋肉には敵わけないだろうが!」  ラウンは一瞬にして、シトラスの背後に回り込んだ。俺の目には到底見えない。もはやヤムチャ視点だ。  しかし、ラウンのパンチは空ぶった。そして、俺は驚くべき光景を目の当たりにした。 「何!? 消えた?」  ラウンはシトラスの姿を見失ってしまったようである。しかし、実際はすぐ近くにいる。 「上ですよ」  シトラスがラウンの『頭の上』でそう告げた。すごい……あの名シーンを現実で見られるとは。  ドラ◯ンボールか銀◯のパロディでしか見られない光景である。 「な……いつのまに……この!」  パンと腕を上げて叩いた。しかし、すぐにシトラスはラウンの頭の上から飛び降り、 「これは私の分!」  とラウンの腹部にパンチを入れた。 「こ、このやろう!」  ラリアットを繰り出すラウン。しかし、これもシトラスはかがんで避けた。 「これも私の分!」  無防備な背中に蹴りを入れた。空いている深い穴にラウンは落ちてしまった。つーか、『これも私の分』って……自分の分しかないのか。まぁ、俺は別にダメージを受けてないしな。  三秒ほどすると、すぐにラウンが飛び出てきた。 「くそーーーー! 絶対にぶっ殺してやる!」  やれやれ。相当頭に血が登っているようだ。冷静に努めるように告げるベ◯ータのような優秀なパートナーもいない。これは勝ったな。  ラウンは右手をシトラスに向けると、 「マッスル砲!」  と叫んだ。ラウンの右手からは黄色いエネルギー弾のようなものが発射された。 「避けろシトラス!」  俺が避けるようにシトラスに忠告した。あれ? なんか俺の方がベ◯ータのような役割になっているぞ。 「こんなの、避けるまでもありません!」 「何!?」  ラウンが驚きの声を上げた。シトラスはマッスル砲を蹴りでは弾き返した。  シトラスによって弾き返されたマッスル砲はラウンの左脚に当たり、体勢を崩す。 「これで終わりです!」  シトラスは天井ぎりぎりまで高くジャンプすると、空中で一回転した。シトラスの身体がボウボウと燃え上がり、ここまで熱気が伝わってきた。  斜め下方向に落下していき、ラ◯ダーキックさながらの蹴りがラウンの頭部にヒットした。 「ぎゃあああああ!」  断然魔を叫びながらラウンは壁際まで吹っ飛んだ。ラウンの身体からキラキラとした粒子が発生している。  シトラスとともに、ラウンの近くに移動するとラウンはプルプルと腕を上げ、俺たちの方を指差した。 「これで終わると思うなよ……ハイドロネアウンドロ星人。地球は俺たち、侵略派のものだ……」 そう言い残すと、ラウン身体を綺麗に消え去った。変身スーツに身を包んでいたシトラスの姿は元に戻り、側から見ても、疲弊しているのが分かるくらい息を切らしていた。 「おい、シトラス。大丈夫か?」 「ええ……なんとか。この変身はかなり体力を使うので、かなり追い詰められた時にしか使わないんですよ」  そうなのか。いわば、さっきのは切り札的な代物というわけだ。まるでラウンが赤子のようであった。 「そうか。それじゃ、早いところ戻ろう」 「待ってください。これを見てください」  シトラスは床に落ちている真っ二つに割れたスマホを拾い上げた。このスマホは先ほどラウンが俺たちに見せたものだ。 「ラウンのスマホか……あいつ、壊しやがったのか」 「抜け目がないですね。壊れていなかったら何かの手掛かりになるかも知れないと思いましたが……念の為に持っていきましょう」  俺とシトラスは旅館に戻ることにした。
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