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第9話
こうして俺は混浴の温泉に入ることにした。
「あ〜いい湯だな〜」
俺は身体全身をお湯に浸かり、露天風呂から外の景色を眺めた。心地よい風が吹きとても良い。
混浴には誰も入る人がいなかった。まぁ、わざわざ女性で入りに来る人はいないか。男なら来るかもしれないが。
「わー! 広いですねー!」
ん? なんか聞いたことのあるような声が……
「そうでしょう。だから混浴がいいって言ったのよ。眺めもいいしね」
「いいですね。ちょっと後で慎さんを誘ってみます」
なんと、泉さんたち三人が混浴に入ってきた。俺は思わず、三人から距離を取り、近くの岩陰に身を隠した。
なんたることだ。まさか普通の温泉ではなく混浴の方に来るとは俺も想定外であった。どうしよう。
まだ三人は湯船には入っていない。入り口の近くにかけ湯用のお湯があるからかけ湯しているのだろう。
ここは隙を見て逃げ出すしかない。やがて、三人の顔が見えた。幸か不幸か、三人の身体はしっかりとお湯の中に隠れていた。
よし、今のうちに出るか。五秒あればギリギリ脱出できるだろう。
「うわー! 泉さん、おっぱい大っきいですね!」
「ちょっと、ダメよ。亜希子ちゃん」
「お、シトラスちゃんも大っきいね。いいなぁ」
くそ、聞いてはダメだ。心を無にしろ。何も想像するな。極限無想極限無想。
「よし」
俺は時を止めた。制限時間は五秒。お湯の中を急いで歩き、温泉から出て、やや距離のある出口を目指し一気に駆け抜ける。
後少し。ギリギリなんとか間に合うか? しかし次の瞬間、不幸な事故が起こった。
ずるっと床で足を滑らせてしまった。
丁度時が動き出し、派手に身体を床にぶつけ、大きい音を立ててしまった。
「ええ!?」
「今の音、何?」
泉さんと亜希子と思われる声が聞こえた。やべ。俺は立ち上がり、急いで脱衣所に向かった。
多分、バレていないはず。とても危なかった。もう少しゆっくりしたかったがしょうがない。
俺は部屋で休むことにした。あんまり温泉にゆっくりと浸かることができず残念であったが、しばらく時間が経ったら普通の男湯に行くとするか。
俺は髪を乾かした後、大の字になって寝っ転がった。心地よいそよ風により眠気が増した。
「ん……」
つい寝てしまっていた。ん? なんだ?
俺は目を擦った。ぼやけてしかいが段々と開けてきた。誰かが俺の上に乗っている。
「えへへ……」
恍惚とした表情でシトラスは俺が着ている浴衣の帯を解こうとしていた。
「うわ! な、何をしているんだ。お前は!」
俺は必死にシトラスを退かそうとした。しかし、どうやってもシトラスをどかすことはできない。何という力をしているんだ。
「何って……子作りですが」
何食わぬ顔でとんでもないことを言ってのけるシトラスであった。今俺の貞操は絶体絶命の危機に陥っているというわけだ。
「や、やめろ!」
しかしシトラスは全く止める気配はなく、帯を取って、浴衣を半ば強引に脱がせた。下にシャツは着ておらず、パンツ一丁になってしまった。
「そ、それじゃ早速しますか!」
「考え直せ! シトラス。本当に俺なんかとしてもいいのか?」
「当然です! 私と慎さんの交尾成功率は九十五パーセント。ベストマッチなんですよ! それにさっき混浴のところにいましたよね?」
シトラスは俺に顔を近づけ、ニッコリと蠱惑的に微笑んだ。こいつ、気づいていたのか……部屋の照明によって、シトラスの銀色の髪がキラリと輝き、何だかとても禍々しい。
「き、気づいていたのか?」
「はい。そんなに私と一緒にお風呂に入りたいなら言ってくれればいいのに♡」
自分の頬に手を当てて顔を赤くするシトラス。こいつは壮大な勘違いをしているようだ。いや……全て勘違いというわけではないが。
「ち、違うわ! あれは男湯が準備中だったから混浴の方に行っただけだ! まさか三人が混浴の方に入ってくるなんて思ってなかったんだよ!」
シトラスに弁明するも全く聞く耳を持たず、シトラスは自分の浴衣の帯を取って、浴衣を脱ぎ出した。
「きゃー!」
叫んだのは俺である。俺はシトラスの身体を見ないように目を塞いだ。
「さぁ! 慎さん! 今こそ、一つになりましょう! Are you ready?」
「ダメです!」
『アンコントロールスイッチ! ブラックハザード!』 『ヤベーイ!』
思わず、某ライダーの変身音声が脳内を駆け巡ってしまった。
シトラスは俺のパンツに手を掛けた。人生最大危機である。必死にパンツの裾を掴み、脱がされまいとガードした。
こんなところで諦めたら、俺はお父さんになってしまう。お前がパパになるんだよ! あれ、何を言ってるんだ俺は。
無意識に少し目を開けると、ぷっくりとした双丘の谷間が見えてしまった。
おお、亜希子の言う通り確かにでか……って、何を考えてるんだ俺はあああああ!
「い、いい加減にしろ!」
俺は目を瞑りながら、シトラスの脇をくすぐった。発想の転換――押してダメなら引いてみろ。ということで力づくではなく、くすぐってみることにした。なんか意味が違うような気がするがまぁいいか。
「あははは! や、やめてください! 慎さん!」
くすぐったいのか、シトラスは大きな声で笑い始めた。
「突然、襲ってくるお前みたいな悪い子にはこうだ!」
「あははは! やん! あははは……そ、そこは……あん! だ、ダメです……」
うん、なんか様子がおかしいぞ?
恐る恐る、目を開けると自分の右手が大きな二つの丸い物体に触れていたことに気づいた。
ま、まさか俺がさっき触っていたものはいわゆるその……『なんでもできる証拠』だというのだろうか。
「し、シトラス……その……」
俺が口を開くと、シトラスは床に落ちている浴衣を拾い、浴衣を着てすごすごと無言のまま部屋から出てしまった。
やばい。これはまさかシトラスの奴、さすがに怒ったか?
いや、でもそもそも向こうから俺の貞操を奪いに来たわけだし触られたくらいじゃまぁ、怒ることはないだろう。うん、きっと考えすぎだ。
よし、それじゃ冷や汗をたくさん掻いたし、今度こそ温泉に入ることにしよう。
男湯はやっぱり先ほどのようなアクシデントも起こることはなく、落ち着いてお湯に浸かることができた。おかげで今日一日の疲れが大分取れるようであった。
「ふー、いい湯だったー」
部屋に向かう途中、自販機の近くにて亜希子を見かけた。
「おー、亜希子!」
「あ、慎くん」
話しかけると亜希子が俺に振り向いた。手には自販機で購入した生茶を持っていた。
「さっき、シトラスちゃんが部屋に飛び出して行った後、何も言わずに戻ってきたんだけど、何か知らない?」
「さ、さぁな……」
言えない。さすがにシトラスの胸を触っただなんて口が裂けても言えるわけがない。
「そっか。ねぇ、良かったら一緒に卓球やらない?」
「卓球?」
「うん、この先に卓球台があるんだよね」
亜希子に案内され、俺は卓球台が置かれている場所へと向かう。広めの空間には卓球台が置かれていた。
「卓球か。しばらくやってなかったな」
「ねぇ、勝負しようよ」
「ああ、いいぞ」
「せっかくだし何か賭けようか」
「賭け?」
俺が訊くと亜希子は「そう」と相槌を打った。
「買ったほうが売店に売っているアイスをおごる! どう?」
「ああ、いいぞ!」
こうして俺は亜希子との卓球の勝負を受けることにした。先行は亜希子から。
「そりゃ!」
亜希子は鮮やかなサーブを決めた。それを落ち着いて返すと、亜希子は見事なスマッシュを決めた。
「よっしゃ! サー!」
サーとかそれいつの時代だ。再び亜希子がサーブを打った。
「とりゃ!」
強めに打ったが、あっさりと亜希子には返されてしまった。こいつ、確かにうまいな。
俺は球に回転(スピン)を掛けて再び亜希子に打ち返す。
一度右側に飛んだボールは回転により、逆回転へと飛び上がった。予想のコースとは反対の軌道となったボールを見て、亜希子は虚を突かれたような表情を見せた。
よっしゃ。勝った。しかし、次の瞬間、思いもよらぬ事態が起こった。
亜希子は身体を半回転させ、見事に打ち返した。
「何!?」
油断していた俺は全く反応することができずにあっさりと点を取られてしまった。
「やったー! えっへっへ、ちょろいね〜」
「くそ、絶対に逆転してやるからな!」
しかし、その後も俺は亜希子に手も足も出ずに負けてしまった。俺の男としてのプライドはボロボロになったと言ってもいいだろう。
「あー。このアイス美味しいなー」
勝負に負けた俺は売店でアイスを奢ることになった。亜希子は手に入れたアイスを美味しそうに食べている。ちなみにまだ夕食前である。
「あら、二人とも」
旅館の椅子に座っていたところを泉さんに話しかけられた。泉さんの浴衣姿……すごい様になっているな。
清楚正しい女性のようであり、見ていると緊張してきそうだ。
「泉さん。聞いてください! さっき、私と慎くんで卓球をしたんですけど、私圧勝だったんですよ!」
こいつ……泉さんの前で。俺は亜希子に対し、怒りを覚えそうだった。だが、ここでキレればただの器の小さい人間である。
「へぇ、そうなの。私も一緒に卓球したいな」
「ぜひしましょう! いいよね、慎くん!」
「ああ」
こうして俺たち三人は再び卓球台のところに戻った。対戦するのは俺と泉さん。
先ほどは亜希子のやつにボロクソにやられたが、今度はそうはいかない。
泉さんにいいところを見せるぞ。
「それじゃ、慎くん。いくわよ!」
サーブは泉さんから。泉さんはボールを高く上げ、サーブを打った。なかなかいいところに打ってくる。
しかし、俺はこれを冷静に返した。
「は!」
再び泉さんが打ち返す。その後もラリーの応酬が続いたが、泉さんがミスしたため、先取点を取ることができた。
しかし、今度は泉さんに返される。俺と泉さんの戦いはシーソーゲームとなり、お互いマッチポイントとなった。次、点を取った方が勝ちとなる。
「えい!」
泉さんが勢いよくサーブを打った。そして、俺はとんでもないことに気がつく。
「おお……」
思わず声が漏れた。激しく動いたせいか、泉さんの浴衣がはだけ、二つの大きな胸のB地区が見えそうになっていた。
これは……揺さぶれば見えるかもしれない。
B地区。
そうして、俺は作戦を実行することに決めた。名付けて、『B地区揺さぶり大作戦』
右、左と交互にボールを打って、泉さんを激しく動かした。
よし、もう少しだ……今到達するぞ、B地区に。
しかし、次の瞬間、悲劇が起こった。
「そりゃ!」
泉さんが豪快なスマッシュをかました。ボールは俺の顔面にクリティカルヒットし、バタンと床に倒れた。
「ちょっと! 慎くん、大丈夫?」
「泉さん、浴衣! はだけてますよ! 直してください!」
「え? あら、私ったらはしたない……」
こうして俺は精神的にも肉体的にも大ダメージを負っての大敗北となった。
卓球した後は再び自分の部屋へと戻った。先ほど温泉に入ったというのに、卓球したせいでまた汗をかいてしまった。また、夕食後にでも温泉に入るとするかな。
そんなことを考えていると、コンコンというノックの音が聞こえてきた。
「はい」
ドアを開けると無表情のままシトラスが立ち尽くしていた。
「し、シトラスさん?」
いつもと違う無表情が不気味で俺はなぜかシトラスをさん付けで呼んだ。
「慎さん、ちょっと散歩に付き合ってもらえますか?」
俺とシトラスは一緒に旅館に外に出た。風情のある箱根を歩く。風に吹かれる樹木の木々や鳥の声を聞いていると普段の疲れが消えていきそうだ。
「着きました」
シトラスはボロボロになった建物の前に立ち止まった。立ち入り禁止の札が見える。
「ここは……」
俺が訊くより先にシトラスが半壊した建物の中に入っていった。
「ちょ、おい! シトラス」
俺もシトラスの後を追うようについていく。建物の中に入ると、炭のような匂いが鼻腔を突く。
「シトラス。ここってあの火事になったっていう旅館だよな?」
「ええ、そうです。私の見立てではあの火事は宇宙人によって引き起こされたものです。なので、何か手掛かりが掴めるんじゃないかと思って来ました」
火事によってガラスが溶けた後や黒くなった椅子などを確認することができた。しばらく旅館の中を確認すると奇妙なものを発見した。
大宴会場にフロアに大きな穴がいくつも空いていた。
「なんだこれは?」
俺は穴に近づくと、その穴の深さは底が見えないほど深かった。
突然、俺の立っていた足場が自分の体重によって崩れた。
「危ない!」
体勢を崩し、穴の中に落ちそうなところをシトラスがすんでのところで助けてくれた。
時間を止めれば自力でなんとかすることもできたのだが、慌てて時間を止めることができなかった。
「あ、ありがとうシトラス」
礼を言うと、シトラスは嬉しそうな顔をした。
「いえ、それにしてもこの大きな穴なんなんですかね?」
「さぁな」
何か意味があって掘ったのだろうが、その目的までは知ることができない。
「ちょっと、穴の中を調べて来ます」
「は?」
シトラスが何を言っているのかよく分からなかった。
「では」
なんとシトラスは勢いよくジャンプし、穴の中に飛び降りていった。
「おい、シトラス!」
穴の中を覗き込むと、シトラスは穴の中に吸い込まれていった。いくら宇宙人とはいえ、大丈夫なのだろうか。
不安な気持ちに駆られながら待つこと三分。
「とう!」
ウ◯トラマンのポーズが如き、シトラスが舞い戻って来た。着ている浴衣が泥だらけになっているが、とりあえずは大丈夫そうだ。
「シトラス、お前な。急に穴に飛び込むなんて危ないだろ」
俺が苦言を呈すと、なぜかシトラスが顔を赤らめ、恥ずかしそうに両手の人差し指をつつき始めた。
「そ、それはつまり私のことを心配してくれているということでしょうか……?」
「な……!」
どういうわけか、自分の心臓がバクバクと激しく鼓動した。
どうして俺はこんなに緊張しているんだ?
俺は泉さんのことが好きなはずなのに。
「それは当然だろ! シトラスは大切な生徒会の一員なんだから」
俺がそう告げるとシトラスは不満そうな顔をした。
「そこは俺の妻なんだからというところじゃないんですか?」
「まだ結婚してないだろ!」
はええんだよ。色々と。
「まだと言うことは、まんざらでもないってことですか!?」
ここぞとばかりにシトラスが目を輝かせながら詰問してきた。
「そういうわけじゃないわ! それより、さっき穴の中に飛び込んだ時、何か分かったか?」
「いえ、手掛かりらしきものは何一つ掴めませんでした。ちょっと他の穴にも潜ってみます」
俺が止めるのも聞かず、シトラスは別の穴にも潜っていった。
その後も次々へと他の穴に潜っていったがシトラスは特に何も手掛かりを掴むことができないようであった。
「一応、これを置いていきましょう」
シトラスは黒いキューブ型の物体をポケットから取り出し、地面に置いた。
「これは?」
「これは監視装置という機械です。誰かがこの辺に近づくと、私のスマホに知らせてくれます。しかも、常時スマホでこの辺りの様子を映像で確認することができます」
「へぇ……便利な機械だな」
「ええ、日頃から重宝していますから」
シトラスの言葉を聞き、俺はなんとも言えない違和感を感じた。
「一応聞くが……日頃からというのはその、どこで使ってるんだ?」
「もちろん、慎さんの部屋に置いていますとも!」
清々しいまでの笑みを浮かべて恐ろしいことを述べるシトラスに俺は戦慄した。
「うんだばーーーーー!」
動揺のあまり、訳の分からない叫び声を上げてしまった。
「いやだなぁ、慎さん。冗談ですよ。半分冗談ですよ」
「半分!?」
半分でも十分やばいのだが。俺の部屋に置いてあるのか、監視装置が。
「おい、本当に置いているのか? 俺の部屋に監視装置が」
「いえ、置いてませんよ。これは本当です。それじゃ、戻りましょう」
俺とシトラスは旅館に戻ることになった。シトラスの浴衣は先ほどの穴潜りのせいで泥だらけになってしまったため、新しい浴衣を着ることになった。
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