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第3話
「ただいまー」
まっすぐ帰宅しリビングに向かうと、
「おかえり、お兄さん。ご飯できてるから一緒に食べよ」
妹の竹内詩織(たけうちしおり)が出迎えてくれた。
詩織は俺の一つ下で、今日からめでたく高校生となり、同じ学校に通うことになった。
「ああ、分かった。それよりお前。髪、ポニーテールにしたんだな」
「まぁね。どう、似合う?」
詩織は自身の髪に触れ、似合うかどうか訊いた。
「ああ、似合っているぞ」
「そ、そっか……あ、ちょっと箸取ってくるね!」
詩織は箸を取りに食器棚に向かった。
俺は食卓の椅子に腰を掛ける。テーブルには詩織が作ってくれたサラダやオムライスなどが置かれており、香ばしい香りが鼻腔を通る。
「美味しそうですね」
「そうだな」
ん? ふと聞いたことのあるような声が耳元で聞こえてきた。
俺は恐る恐る隣を見た。
「慎さん! 良かったら、私が食べさせてあげますよ。はい、あーん♡」
隣にいたのはなんとシトラスであった。オムライスを掬ったスプーンを俺の口元に近づけている。
「な、なんでお前がここに!?」
狼狽した俺は思わず椅子から立ち上がった。人が近づけば、人の感情を読み取る能力を持っている俺であればすぐに気づく。
しかし、このシトラスという少女は全く感情を読み取ることができない。それゆえ、接近に気がつくことができなかった。
「ずっと、後をつけてきんですよ。気がつきませんでした?」
「気がつくか!」
というかいつからここに入ってきたのだろうか。
「お兄さん、お待たせって……誰!? その人」
詩織はびっくりしたような表情を見せた。
「初めまして! ハイドロネアウンドロ星からやってきましたシトラスと言います! 以後、お見知りおきを」
シトラスは詩織に自己紹介を始めた。
宇宙人なんて言われても、詩織は信じたりしないだろう。そう思ったのだが――
「ええ! う、宇宙人! 本当ですか! お兄さん、すごい人と知り合いなんだね!」
詩織はびっくりするほどあっさりとシトラスの言うことを信じた。
いやいやいや、少しは疑えよ。
「お前、そんなにあっさり信じるのかよ……」
「当たり前じゃん。だって、私たちだって超能力使えるでしょ? 宇宙人もいたって不思議じゃないよ」
そうだろうか。おっと、言い忘れたが詩織は俺と同じく超能力を使うことができる。
すると、詩織はゆっくりと俺の元に近づいてきた。ニッコリと目が笑っていない不敵な笑みを見せ、
「それで、お兄さん。この人とどう言う関係なの?」
と訊いてきた。どういう関係か。確かにどういう関係なんだろうな。自分でも分からない。
「ねぇ、答えてよ。ねぇねぇねぇ?」
あれ、詩織さん。なんか怒ってらっしゃる? 何やらドス黒い怒りの感情が心を読み取る能力で伝わってくる。
「えっと、どういう関係かと言われましても、その……」
「結婚を前提に付き合っています!」
シトラスはここぞというばかりに手を上げて、摩訶不思議アドベンチャーなことを呟いた。
「ほう」
炭酸抜きコーラですか……大したものですね。
ちなみにテーブルにはコカコーラが置かれていた。
いや、そうじゃない。不機嫌そうな詩織はボギボギと指の骨を鳴らし始めた。まさか暴力を振るう気なのだろうか。
「ち、違うぞ! 今日、登校中で突然絡まれて……」
「そうです! 今日、私と慎さんは天空の城ラピュタばりの運命的な出会いを果たしたんです! 運命的な出会いをした私たちはそのままゴールイン! ですよね?」
「ですよねじゃねぇよ! そんなことにはなんないから! 絶対になんないから!」
そもそも俺には泉さんという好きな人がいるのだ。確かにシトラスは美人であるが、付き合うという考えはない。
「私と慎さんの交尾成功率は九十五パーセントなんですよ? これが運命的な出会いでないと言えませんか? いや、言えませんよね」
「こ、ここここ交尾って……」
詩織はカッと顔を赤らめた。こいつ、妹になんてことを言いやがる。
「お前な、妹になんてことを言うんだ」
「あれ? おかしいですね。地球人の男性は交尾が好きって訊いたんですけど」
地球人の男性全員が好きだと思ったら大間違いだバカ野郎。
「とりあえず、お前の星の話を聞かせてくれるか?」
宇宙人だと信じるにはまず、詳しく話を聞いてみる必要があると俺は思った。
ひとまずはシトラスの話を聞いてから判断しよう。
「はい! でもその前に、一緒にご飯食べてもいいですか?」
一緒にご飯を食べたいとシトラスが言うので、三人で食卓を囲むことにした。
「いただきます」
俺は手を合わせ、いただきますをし、オムライスに箸を伸ばした。
「この世の全てに感謝を込めていただきます!」
どこぞの少年漫画で聞いたことのあるようなセリフをシトラスが言うと、ものすごい勢いでオムライスをかき込んだ。
「すごく美味しいです! 詩織さん、料理上手ですね!」
「そ、それほどでもないですよ……」
褒められて悪い気はしないのか、詩織は嬉しそうに顔を赤くした。
「なあ、シトラス。食事中悪いが、早速お前の星のことを教えてくれるか?」
シトラスの星、ハイドロネアウンドロ星について教えて欲しいと告げると、シトラスはピタッと止めた。
「分かりました。それではお話ししましょう。私の星のことを」
ゆったりとした口調でシトラスは自分の星のことを話し始めた。
ハイドロネアウンドロ星――その星は地球から五十光年ほど離れたところに位置しているという。
ハイドロネアウンドロ星は地球よりもはるかに優れた文明を築き上げていたが、他の星の侵略に合い、たくさんのハイドロネアウンドロ星人が減っていった。
その上、男のハイドロネアウンドロ星人はもう在命しておらず、滅亡の危機に晒されていた。
「そこで、交尾できそうな宇宙人を探しているってわけです」
一通り説明を終えたシトラスは満足そうに微笑んだ。色々と言いたいことはあるが、とりあえずは気になる点を聞いてみることにした。
「えっと、具体的には何人くらい残っているんだ?」
「私が知っている限りでは現在、五人のハイドロネアウンドロ星人が在命しています。私以外のハイドロネアウンドロ星人も他の星で夫探しをしています」
夫探しか。どうやらかなり必死のようである。少子高齢化問題は地球だけの問題ではないようだ。
「そうか。そっちの星も色々と大変なんだな」
するとシトラスは身を乗り出し、ぐっと俺の腕を掴んできた。
「はい! そういうわけで、慎さん。私と結婚してください!」
「しない! 絶対しない!」
全力で拒否すると、シトラスは鳩が豆鉄砲を喰らったかのような表情を見せた。
「ええ!? この健気な話を聞いて、慎さんは拒否するんですか? 鬼ですか? 悪魔ですか? エクソシストですか?」
おい最後、悪魔払いになってんぞ。
「シトラスさん! お兄さんはまだ高校生なんですよ! 結婚はまだ早いと思います!」
先ほどからシトラスの話を黙って聞いていた詩織が結婚したいという意見について意義を唱えた。
「そうですね。確かに物事には順番というものがありますもんね! それじゃ、慎さん。私と交尾してください!」
「こここここ、交尾!?」
詩織の顔色が瞬く間に赤くなっていった。
「そう! 交尾です! まずは私と共に赤ちゃんを産みましょう! 不思議な力を使える慎さんと私の子供ならとても強い子供が産まれるはずです!」
結婚より先に子供を産もうってか。とんでもなく気の早いことである。
「なぁ、シトラス。その……ハイドロネアウンドロ星人ってのは今朝見た超能力以外にも地球人にはできないことをできたりするのか?」
「はい! できますよ」
ほう。であれば、早速見せてもらいたいと思った。この目で見れば、シトラスが宇宙人であるという信憑性が増すだろう。
「それじゃ、早速見せてくれるか?」
「分かりました! それではお見せしましょう! 私の能力を!」
シトラスは右手を前に差し出した。すると、次の瞬間、天井まで届かんとするほどの火柱が右手から発生した。
まるでSF映画で見るような芸当に俺は目を奪われていた。
「す、すごい! シトラスさん! 本当に宇宙人だったんですね!」
シトラスの能力を見た詩織はすっかりシトラスのことを宇宙人だと信じた。
「確かにすごい。『パイロキネシス』っていうやつか。初めてみた」
パイロキネシスとは火を発生させることのできる能力である。
「ふっふー! これくらい朝飯前ですよ! それに、お二人だって超能力使えるのでしょう?」
自分の能力を見せたシトラスは誇らしげな態度を取った。
「いや、私はお兄ちゃんほどそんなすごい超能力を使えないですよ!」
詩織は俺が超能力を使えることを知っている。余談であるが、幼い頃の詩織はそれはそれは深い闇を抱えていたように思える。
具体的に詩織がかつてどんなことを思っていたかというと、
――人類は間違った道へと進んだ。
――幾度となく破壊を繰り返す人類に未来はあるのか?
――今こそ粛清し、新たな世界へと導くべき。
といった、どこかのラスボスが言いそうなことを心の中で願っていた。
今の詩織はなんだかんだでそんな恐ろしいことは考えなくなった……と思う。多分。
人の心を読み取る能力が衰えた今の俺では詩織の深層心理まで読み取ることはできない。
しかし、ここ数年間の詩織から邪悪な感情は伝わってこない。
「そうなんですか? あなたからも慎さんと同じ雰囲気が伝わってくるんですけど……」
シトラスは訝しんだ様子で詩織のことを見つめた。そんなシトラスの様子に困惑しているのか、詩織は戸惑った様子である。
それにしてもシトラスのやつ、なかなかどうして鋭いところがある。
確かに詩織は俺のように上手く超能力を使いこなすことができない。
しかし、詩織は俺以上に凄まじい能力を保持している。
「まぁ、シトラス。そのくらいでいいだろ。詩織が困ってる」
「そうですね、失礼しました」
シトラスは素直に頭を下げた。とりあえず、シトラスが宇宙人であることは信じることとしよう。
「シトラス。お前が宇宙人であることは信じるよ」
「そうですか! ありがとうございます!」
「だけど、お前と結婚するということはありえない……それと交尾もな」
すると、シトラスはぷっくらと頬を膨らませた。シトラスの感情を能力で読み取ることができないが、実に分かりやすい表情だ。
「そんなこと言ってもいいんですか? 地球は今大変な状況に置かれてるんですよ?」
突如、シトラスが聞き捨てならないことを言い出した。
「大変な状況?」
俺がシトラスに懐疑的な視線を向けると、彼女は「ええ」と相槌を打ち、危機的な状況に置かれているという地球のことを語り出した。
「地球。約四十六億年前に誕生したこの星は人間によって優れた科学文明を築き上げました。しかし! これほど優良な星を他の星がほっておくわけがありません! 慎さんたちが生まれる遥か前から、地球はたくさんの星によって狙われていたのです!」
グッと拳を込めて説明するシトラス。地球が狙われているか……SFみたいな話であるが、シトラスがそう言うのならそうなのかもしれない。
「いいですか? 詩織さん、慎さん。本来、地球はかなり前から他の宇宙人がやってきて、人間を支配していてもおかしくはないんですよ? 宇宙最強の戦闘民族が地上に降り立ったら一週間以内に全人類は滅んでしまうことでしょう! しかし、地球はこれまで一度もそんな状況になったことはない! それはなぜか……宇宙最強の戦闘民族と言われたのがこのハイドロネアウンドロ星人が地球と友好同盟を結んでいたからなのです!」
「う、宇宙最強の戦闘民族!? それに有効同盟って……」
色々と衝撃な事実を告げられ、頭が追いつかない。受験勉強で詰め込み勉強をしているかのようだった。
ちなみに詰め込み勉強は効率が悪いので、コツコツやるのが一番いい勉強方法である。とりあえず、勉強の話は置いておくとして、
「はい。ハイドロネアウンドロ星人は他の宇宙人と比較しても高い戦闘能力を持っています。私も腕っ節だけは強いので、他の宇宙人がたくさん襲ってきても返り討ちにできますよ!」
シトラスはブンブンと腕を回し始めた。シトラスの身体は普通の女性のように華奢でとても強そうには見えない。
「そ、そうか……それより、友好同盟ってのはいつ結んだんだ?」
「私も正直、詳しくは知らないんですが、日本でいうところの戦国時代にとある武将と当時のハイドロネアウンドロ星人の王が友好同盟を結んだみたいです。ハイドロネアウンドロ星に地球を守ってもらう条件として、ハイドロネアウンドロ星に食料や武器などを提供していたと聞いています」
とある武将――誰なんだろうか。やっぱり教科書で出てくるような有名な武将なのかな。
「その武将の名前は教えてくれ」
「すみません……すでに武将に関する資料がほとんど残ってなくて名前はおろか、出生地なども不明なのです」
シトラスは心底申し訳なさそうに謝った。そこまで申し訳なさそうにされるとなんだか気の毒になる。
「いや、そこまで知りたいわけじゃないから気にしなくてもいい。それで、そのことと地球が危ないっていうのがどう結びつくんだ?」
「はい。先ほども言った通り、ハイドロネアウンドロ星は地球を護衛していました。しかし、私たちハイドロネアウンドロ星人は徐々に数を減らしつつあります。なので、地球をお守りすることが困難となり、五十年ほど前に友好同盟は破棄しました。しかし、他の星の宇宙人達はまだ友好同盟が続いているものだと思っています」
友好同盟が解除されたから、地球は確かに危ない状況に置かれているのだと思われる。しかし、他の宇宙人にそのことがバレていないなら大丈夫ではないかと思った。
「なら、特に問題ないんじゃ……」
「いえ、最近になってハイドロネアウンドロ星人が五人しかいないことがバレたんです。全盛期の二十分の一以下まで数が減ったことを知った宇宙人達は間違いなく、地球を侵略しにくると思います」
「ど、どうして五人しかいないことがバレたんだ?」
「分かりません。恐らくは他の宇宙人によるハイドロネアウンドロ星への偵察が原因じゃないかと思います。気をつけてはいたんですが……」
「ま、まじか……」
「はい。どれくらいの星の宇宙人がそのことを知っているのかは分かりませんが……くれぐれもお二人はハイドロネアウンドロ星人の数のことを言わないでくださいね。まだこのことを知らない宇宙人もいると思いますから」
元から言うつもりはないが……そもそも聞かれる機会などないだろう。
「分かった。それで、シトラスは地球を守るつもりなのか?」
返答次第で俺はシトラスのことを敵とみなす必要が出てくるかもしれない。
一番、困るのは「交尾もしくは結婚してくなきゃ地球を侵略する側に回るぞ」――そう言われると、俺もシトラスの要求を飲まざるをえない。
一応、言っておくが決して要求を飲みたいわけじゃない。
要求を飲みたいわけじゃない。
大事なことなので二回言いました。
「ええ、もちろん。地球を守るつもりですよ」
全く迷った様子を見せず、あっさりと地球守る立場につくというシトラス。予想に反した答えに思わずずっこけそうだった。
「俺がお前と結婚する気がないとしてもか?」
「はい。私は慎さんと同じくらい地球を愛しています。自然豊かでとても神秘的な建築物があり、そして何よりも魂を込めて作られたアニメは素晴らしいとしか言いようがありません。私は命に代えてでもこの地球を守りたいと思います!」
「お、おう……そうか」
なんて素晴らしい宇宙人なのだろうか。一瞬でも鬱陶しいと思ってしまったことを反省したい。
「それにしても、宇宙人ってなんかリトルグレイみたいな大きい頭で大きい目みたいなものを想像してたけど、地球人とほとんど変わらないんだな」
「いえ、そういう宇宙人もいますよ」
いるんだ。ちょっと見てみたい。
「ですが、リトルグレイのモデルとなった宇宙人は地球と比較的友好的な関係ですので大丈夫です。地球を狙っている宇宙人は地球に溶け込むために成りすましているか、擬態しているのかなのでなかなか判断が難しいんですよね」
宇宙人が地球人に成りますしているか。もしかしたら俺の周りにも宇宙人に化けている人がいたりしてな。例えば亜希子とか……なんてな。
「あの、シトラスさん! 宇宙人と地球人を見分ける方法はないんですか?」
詩織はここぞとばかりにシトラスに質問をした。もしあるのであれば、聞いておいて損はない。
「ええ、ありますよ」
すると、シトラスは銀色のトランシーバーのような機械を取り出した。
「そ、それは……」
見覚えがある。今朝、シトラスと会った時、シトラスが使っていたものだ。
「ええ。これは『交尾成功率測定器』と呼ばれるものです。文字通り、交尾した場合、妊娠する確率を測定することができます」
「こ、交尾成功率測定器って……」
機械の説明を聞いた詩織は恥ずかしそうに顔を伏せた。機械には小さな画面がついており、サイズはスマホより少し大きいくらいである。普通に秋葉原で売ってそうだ。
「これで地球人か宇宙人かを識別することができるのか?」
「そうです! 正確には宇宙人の名前を識別することができます!」
するとシトラスは立ち上がり、俺の背後に近づいた。
「あ、あの……シトラス?」
何をするつもりなんだ?
そう思った次の瞬間、交尾成功率測定器を俺の頭に近づけた。測定器から『ピピピ』という小さい電子音がなるとシトラスは画面を俺に見せつけた。
「見てください! 上の方に地球人と書いてますでしょう?」
シトラスの言うとおり、測定器の画面には『チキュウジン』と記載されていた。また、その下にはでっかく数字で九十五パーセントと記載されていた。
「そ、そうだな……」
シトラスはニヤニヤと薄ら笑いを浮かべ、
「そして、やっぱり交尾成功率は九十五パーセントですね! これは運命の赤い糸で結ばれているとしか言いようがありません。いえ、赤い糸どころか運命の鎖的な定め、ジョー◯ター家とディ◯の因縁のようなものを感じます!」
「いや、それは違うだろ……」
パートナーではなく宿敵同士になるぞ、それだと。
「違うくありません!」
もういいや放っておこう。俺はテーブルに置いてあるテレビのリモコンに手を伸ばした。電源ボタンを押し、テレビを点ける。
別に見たい番組があるわけではないが、これ以上シトラスの話を聞くのも疲れるので点けた。
テレビの画面には深刻そうな表情で女性のアナウンサーが話しているニュース番組が映し出された。
「緊急ニュースです。たった今原因不明の爆発事件が発生しました。場所は世田谷区四丁目付近で、不自然な爆発が複数の建物から起こっている模様です。それでは現場から今の状況を聞いてみましょう」
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