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第1話
人には持っていない力がある――それが果たして幸福なことなのか不幸なことなのか俺にはよく分からない。
俺には昔から不思議な力があった。
――あいつうざい。どうして学校に来るんだ。
――あの教師、可愛い女子高生ばかり贔屓してマジでキモい。
――あいつリレーでこけやがった。ふざけんな。
勝手に人の心の声が聞こえてしまう。望む望まないに関わらず、その声はしっかりと俺の耳に響く。
この力によって、かつての俺は人間不信になりかけた。
「慎、あなたは他の人とは違う力を持っている。これって実はすごいことなのよ」
幼くして他界してしまった俺の母親はそう言ってくれた。
うちの母親は決して嘘を言わない。
俺は裏表ない母親が好きだった。
それから、徐々にであるが、俺は自分の力を受け入れられるようになった。
その所為なのかは不明であるが、徐々に人の心の声を読む力は弱まっていった。
今では嬉しい、悲しい、悔しい、憎いといった感情のみを読み取ることができる。
そして、人の心を読む力とは対照的に幼少期より強くなっていった力がある。
「やばい、急がないと……」
この俺、竹内慎(たけうちまこと)は学校に向かっていた。今日から二年生だっていうのに、始業式初日から遅刻しそうになっていた。
昨日、つい深夜近くまでアニメを視聴していたせいで起きるのが遅くなってしまった。
走っている時、猫が車道を走っているのが目に入った。
危ないなぁと思っていると、猫の手前から重々しいエンジン音を上げているトラックが差し迫っていた。
「ち!」
轢かれそうな猫を見過ごす――というのは出来ず、助けることに決めた。
ここでもしライトノベルであれば、猫を助けようとした自分が轢かれて異世界に転生なんていう展開もあるのかもしれないが残念ながらそんな風にはならない。
俺にはこれがある。
時よ――止まれ。
心の中でそう唱えると、ピタッと車の動きが止まった。
いや、車だけではない。猫や通行人などあらゆる物がその歩みを止めた。
止められている時間もそう長くはない。止まった時間の中、俺は急いで猫を抱きかかえた。
やがて、時は再び進行した。二、三回転ほど前転し、反対側の歩道に移動した。
猫は暴れ出し、俺の腕を引っ掻いた。
「いててて!」
猫を解放すると、ものすごい速さでどこかへ走り去っていった。やれやれ、なんとまぁ感謝の心のない猫だろうが。
再び俺は学校へ向かって走り出した。急がねば遅刻してしまう。
ん? 何か空を飛んでいる。
上には明らかに鳥や飛行機とは異なる銀色に光り輝く飛行物体が飛んでいた。
「まさか、UFOとかじゃないだろうな……」
すぐにでもスマホを取り出して、撮影を開始したい気分に駆られたが今は学校に向かうことが先決だ。
しかし、次の瞬間思いもよらない事態が起きた。
――ドタン
という音と共に、何かが俺の前に舞い降りた。
「いてて……」
舞い降りた『彼女』は痛そうにお尻をさすった。
長い銀色の髪、整った顔立ち、ロシア人のように透き通るように白い肌、ライトベージュのワンピースに身を包んだ彼女は浮世絵離れした美しさを兼ね備えていた。
「だ、大丈夫ですか?」
空中から落ちてきたようだが、怪我らしい怪我を全くしていない。一体、彼女は何者なのだろうか。
「はい。こんなのへのへのかっぱです」
どっから突っ込んだらいいのだろうか。彼女は何やら手に握りしめていた銀色のトランシーバーのような謎の装置を見て、驚愕の表情を浮かべていた。
「そ、そうですか……それじゃ、俺はこれで」
何かやばそうな雰囲気を感じたので、俺は立ち去ろうとした。しかし、
「待ってください!」
ガシッと、彼女に腕を掴まれた。
「な、なんでしょうか……」
早くしないと遅刻してしまう。用件を聞いて早くここから立ち去ろう。
「ま、まちがいない……交尾成功率……九十五パーセント! あなたこそ! 私の夫にふさわしいです!」
銀色のトランシーバーのような機械を見ている彼女は何やら良く分からないことを呟いた。聞き間違いだろうか、『交尾成功率』と聞こえた気がした。
グッと顔を近づけて来る彼女の碧色の双眸は何やら怪しく輝いている。
「え、えっとその……いきなり夫にふさわしいとか言われても」
「は! 申し遅れました! 私の名前はシトラス。地球から五十光年ほど離れたところにある『ハイドロネアウンドロ星』という星からやってきました。あなたの名前は教えてください!」
シトラスと名乗る女性にがっちりと手を掴まれ、名前を訊かれた。
「えっと、俺の名前は竹内慎って言います。あの、シトラスさんでしたっけ? いきなり、宇宙人だなんて言われても信じらるわけ……」
ここで俺は違和感に気が付いた。彼女の感情がなぜか全く読めないのである。
普通の人間であれば、嬉しいとか悔しいとか悲しいとか何かしらの感情が自然と伝わってくるのである。
しかし、シトラスからは全く読み取ることができなかった。どうしてだろうか。
まぁ、実はシトラス以外にも心を読み取ることができない人物が一名いるのだが。
「私は正真正銘の宇宙人です! 信じてください!」
ガシッとシトラスが俺の腕を掴んだ。よほど、興奮しているのか何やらものすごく息遣いが荒くなっていた。
「そんなこと言っても信じられませんってば! それよりも学校に遅れそうなので失礼します!」
掴むシトラスの手を振りほどき、俺は走って学校に向かった。こんな訳の分からないことで遅刻していられるか。
すると、後ろからものすごい速度でシトラスが俺に迫ってきた。
「なに!?」
思わず驚きの声を上げた。自慢じゃないが俺は足が速い。帰宅部にも関わらず同じクラスの陸上部のやつに匹敵するほどの記録を保持している。
しかし、そんな俺に対し、シトラスはあっさりと追いついた。
「待ってください! 私をあなたの妻にしてください!」
冗談じゃない。確かに見た目こそ美少女と言っても差し支えないし、嬉しいという気持ちもゼロという訳ではないが、それでも急に妻にしてくれと言われても困るに決まっている。
「嫌です! それよりも俺、これから学校あるので構わないでください!」
「な、なんですか!? その『学校』っていうのは?」
はぁ? こいつ、学校を知らないのか。まさか本当に宇宙人……いやいやいや。
そんな訳がない。宇宙人なんているわけがなかろうなのである。
超能力者はいるが。
「えっと、簡単に言えば勉強を学ぶところです!」
「へー! そうなんだ! それじゃ、私も行きます!」
「なんでそうなるんですか!」
すると、シトラスは照れたような表情を見せた。走りながら。しかも全く息を切らしていない。
「そ、それは慎さんと一緒にいたいから……」
こいつはやばい。色々な意味でやばい気がする。とにかく、こいつから速いところおさらばしよう。
今こそ使うぞ、時を止める力。
「悪いねシトラスさん。夫については別の人を探してくれ」
俺は時を止める能力を発動させた。俺を除く全ての物体が凍りついたかのように運動を止める。シトラスも同様に止まった時間の中で動きを止めた。
俺が止めることのできる時間はせいぜい五秒ほどである。だが、五秒あれば十分だ。
一気にシトラスから距離を取ることができた。いくらあいつが速くても何度か時を止めるのを繰り返せば振り切ることは安易である。
しかし――
「な、なんだ? 突然、身体が動かない……」
まるで体中に鎖をつけられるように動けなくなった。金縛りにでもなったかのようだ。
「まさか……いや、でもそれなら納得できるか」
ブツブツと何かを呟きながらシトラスが俺の元に近づいてきた。右手を俺に向けてかざしている。
「こ、これ……お前がやったのか?」
狼狽した俺は敬語をやめ、シトラスに訊いた。
「そうです。これこそ、ハイドロネアウンドロ星人である私が持つ能力。地球じゃサイコキネシスって言うんでしたっけ?」
手をかざしながらゆっくりと俺に近づくシトラス。まさか、本当に……
「う、宇宙人なのか?」
「そうですよ。私は宇宙人です。あなたも地球人なのに随分と不思議な力を使うことができるんですね。さっきのあれ……何かしたのでしょう?」
ニッコリと微笑み、俺の肩を掴んできた。俺はごくんと生唾を飲み込んだ。
「……」
「その顔、まだ信じていませんね」
「まぁな」
さっきの力は確かに驚いたが、だからといって宇宙人だと確信したわけではない。俺も超能力を使うことができるからだ。
「さいですか。では仕方がありません。ここでもう一つ、私の能力をお見せしましょう!」
「悪いけど、学校に行かなきゃいけないから後でもいい?」
「そ、そうですか……仕方がありませんね」
しょぼくれたシトラスを見て、なんだか少し申し訳なくなったがとにかく学校に向かう。
「それじゃ、また後で!」
「はい!」
あっさりとシトラスは俺を解放してくれた。なんとか全力で学校に向かって走り、俺はギリギリ遅刻することなく学校に到着することができた。
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