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1-10. 怪物の誕生・3

  “それ”、とここでは称しておこう。 “それ”、は大きく、頑健な肉体を持っていた。 “それ”、は、人の姿に似ていた。 “それ”、には二本の脚と、二本の腕があり、二本の角があった。 “それ”、は暗い洞窟の中、迷うことも躓く事もなく歩いていた。    その先に、無数の蠢くモノがある。  いや、正しくは『居る』だろう。  木と蔓を利用した簡素な檻。地下牢というには貧弱で、柵というには強固。  しかしその用途は明白で、幾つかの区画に分けされたそれらは、半裸、叉は汚れて破れかけた布の服を身に付けた数人の男女。  家畜の柵ととるか、捕虜の牢獄ととるか。  いずれにせよそれは、彼らの自由を奪い、逃走を妨げるためのモノであった。    白い肌で金髪、大きなアーモンド型の目と尖った耳をしたエルフが居た。  姿形の似ている、青黒い肌をしたダークエルフが居た。  また、様々な髪と目と肌の色をした人間たちも居た。   男も女も居たが、目に見えて女の方が多かった。  寝ているのか、或いは朦朧とし混濁しているのか。  荒い息と時折聞こえるうなされるような喘ぐような声が、“それ”の足音と共に洞窟内に響く。    檻の近くで粗末な武器を持ち待機していた二つの影が、“それ”に気がつき、畏まったように立ち上がる。見張り番、であろう。  灰緑色の肌は、洞窟暮らし故か汚れて乾いていた。  獣の皮で作られた衣服を身に付け、同様に獣の骨や角と木を組み合わせた槍。  背丈は低く、まだ成人していない人間の子供くらいで、体格も貧弱だ。  その二人は、“それ”の進行の邪魔にならぬように、か、或いは単純に強者への恭順を示すためか、それぞれに洞窟の端へと身をよけ、武器を下へと向けていた。    その先、やや広い空間の「牢獄」の一つに近付くと、腰を下ろしてしゃがみ込む。  中に居るのは人間の女だ。  良く似た顔立ちの者達が二人。共に、引き締まり鍛えられた身体をしていたと思われるが、今は衰え汚れて居る。 「しぶといな」 “それ”は、落ち着いた口調でそう語りかけた。  深く、染み渡るような低い声は、聞く者に畏怖と敬意を与えるだろう響きがある。 「へッ……何でも……自由に出来ると思うなッてんだよ……」  一人、髪の短い方の女が、吐き捨てるようにそう言うが、その声は精彩を欠いている。  言われて“それ”は、愉しげに口元を歪めると、 「嫌いじゃないぜ、お前みたいな奴は」  そう言って手を伸ばし、女の顎を軽く持ち上げ、目を合わせる。  首元には革製で真ん中に飾りの付いた首輪があり、ボロボロの服と比べると異彩を放っている。  冷たく熱の無い視線と、朦朧とし、叉何かの熱を帯びた弱々しい視線が絡み合うが、先に逸らしたのは女の方だ。  口とは逆に、身悶えし震える身体の方は、既に知ってしまっている。  自分ではこの状況を覆し得ないことを。  それまで積み上げて来た全てが、“それ”の前では一切無意味だ、ということを。 「手を……出さないで……」  その横で、地を這う様にうずくまっていたもう一人が割って入る。  髪の短い方よりもやや細身で、まだ真新しい、治りきっていない全身の傷口が膿んで居た。  そのもう一人に目を転じた“それ”は、身体をじっくりと見、それから見張りであったろう一人に向けて、 「薬をやっておけ」  見張り番は肯くと、雑多に置かれた袋や小箱の中から、薬草とそれらか作られた軟膏を取り出し、檻の隙間から髪の長い女を引き寄せて手当をする。  ぐったりとしたまま、髪の長い女は抵抗の素振りも見せずなすがままであった。  軟膏を傷口へと塗り込まれる度に、髪の長い女はびくりと反応する。その反応を楽しむかの見張り番の動き。  憎々しげにそれを見るもう一人が口を開くより早く、 「余計な真似はするな」  と、“それ”が釘を差した。  見張り番たちは一気に、萎んだように大人しくなる。 “それ”は、再びしゃがみ込み、その見張り番達の肩に手を置くと、 「いいか。“無理強い”するんじゃダメなんだよ。  こいつらが本心からそう欲する様にならないと、な……」  そこには、まるで父親が子どもに言い聞かせるかのような柔らかさがあった。  厳しさと力強さ。慈愛と包容。  闇に蠢く、幾つもの影と、それらを統べる者の声。  あたかもーーー王の威厳に満ちた声であった。    
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