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1-3 .「ガンボン・グラー・ノロッド」

  「魂」なのか、或いはただの「記憶」なのか。  そこに関しては何等確証はない。確証は無いがーーーと、そう前置きをした上で、 「別の世界で死んだ者の魂が、この世界へと“墜ちて”来て、たまたまそこに居合わせてた“死んで間もない肉体”へと宿り、二つの魂、記憶、人生の合わさった存在として、蘇生するーーー」  そう言うことだろう、と。  非常に簡潔かつ理路整然とそう言ったのは、氏族長ナナイの子だというダークエルフ、レイフ・ケラーだ。  レイフは母だというナナイとも、また護衛としてつき従っていたダークエルフの姉妹ともまた違った雰囲気をしていた。  まずぱっと見て異なったのは装束だが、これは単にナナイとその護衛は革鎧を着ていたのに対し、袖や襟に刺繍の入った前合わせの着物を着ていたからだ。  思い返すと、ナナイと共に来た治療師の老人も似たような服を着ていた気がするが、こちらの方が飾りも多く若干上等に見える。  簡素な麻の様な黒地の布(後で聞いたところ、木の樹皮を細かく裂いて作り出した糸で織った布らしい)に、鮮やかな金糸銀糸の色付きの刺繍が紋様を描き、質素で落ち着いているが、品もある。  袷は右前で、ゆったりとした袖といい構造としては和服にも似ているが、丈は太股迄で、その下にはやはりゆったりとした下穿きを穿いていた。  その上に、やや裾の長いフード付きの外套。  全体の印象としては西洋的というよりアジア的な装束っぽく思えるし、また、イメージにある所謂“魔法使い”の様でもある。  足元は編み上げだサンダル履きで、手には杖。  しかしこの杖の方は、所謂手品師が使うような短いステッキでもないし、大魔術師が手にしていそうなごつごつした、或いは優美で装飾のある魔法の杖、という風でもなく、自然木を軽く削って形を整えただけの簡素なもの。その目的用途も純粋に歩行の補助のようだった。    その杖をつきながら、右足を引き摺るようにして部屋に入り、ベッド脇の小さな椅子へと腰をかける。  再び、レイフと目が合う。いや、レイフにまじまじと見つめられる。  肌はやはり青黒いが、ナナイよりもさらに色が薄く、きめ細かで艶めいていた。  一房ほどの前髪が銀色になっている黒髪は、長く伸ばされ後ろで軽く束ねられ、動く度に軽く揺れる。  ここまででも、記憶にあるエルフの持つ特徴からも、また森で覚醒した以降に見た他のダークエルフ達とも違う雰囲気なのだが、加えて目の形も些か「人間っぽい」。  目尻が下がり白目も多く、他のダークエルフにあった野生の獣に似た雰囲気もない。  全体の顔立ちも面長でさほど彫りが深くもなく、東欧系っぽかった他のダークエルフと比べると平板。  そして何より、眼鏡。  まん丸のレンズが二つあるやや無骨な感じのそれは、質素だが優美さもある他のダークエルフの調度、装束と比べても奇異に見えた。  それら踏まえて、全体的なレイフの印象は、「大人しい文学青年、書生」といった雰囲気。  実際、懐に入れていたであろう一冊の本を取り出し、傍らのテーブルの上に置いている。 「何か他に」  ややハスキーな声で、レイフが切り出す。 「改めて思い出したことは無いかな?」  二つの記憶。  この世界でのオークとしての記憶と、別の世界での人間としての記憶。  どちらも曖昧ながら、どちらも自分の過去と思える。  レイフによると「別の世界」での記憶、または魂が、死後にこの世界へと「降りて」来た、と言うことだが、それも今一実感が無い。  なんとはなしに気恥ずかしくなり、俯き気味に目を逸らして、否定の意味で首を横に振る。 「うん、まあ、まだ2日目ならそんなもんかな……。  じき、もっと色々とはっきりしてくるところもあると思う。  それでも、全てが明瞭に……とは、いかないのだろうけどもね」 「それは……」 「主に個人的な経験から、かな」  言葉は控えめだが、表情からするとそうでもない。 「それに、こういう事例は他に全く無い……てワケでもないらしい」  俺たち以外にも? 思わず、目を見開き前のめりになる。 「調べた範囲でも、各地にそれと思える現象の記録、言い伝えは幾つかあるんだよ。  ただ、まずは順番として僕の話をするね。  既に話してるとおり、“こちらの世界の僕”は、闇の森のダークエルフ、ケルアディード氏族の族長、ナナイの子として生まれ、育っている。  約四百年からの寿命を持つダークエルフとしては、四十代の若輩者……というか、まあ“子供”だね」  先ほど見立てた印象は、さほど的外れでもなかったようだ。 「もう一つの世界……もう一つの人生では、“本に囲まれた”人生を送っていた。  古本屋……それと何かしらの作家、文筆業かな。そういった仕事をしていたようだ」  自分のこと、と言いながら、何か他人事というか、まるで誰かに聞かされたことを改めて話しているかの口振り。 「正直、僕もあんまり“自分の人生”という感じはしてないんだ。  思い出せることも全てというワケじゃないし、内容にも偏りがある。  ただそれでも……前よりは思い出してはいる」  ここで少し、呼吸を置く。 「死んだ直後、よりかはね」   ◆◆◆  レイフが“死んだ”のは、およそ半年ほど前、らしい。  元々族長の子という立場と、生来の本好きな性格と体の弱さから、他のダークエルフ達のように狩猟に勤しむことや戦闘訓練をすることもあまりなく、集落の外へと行くこともまず無かった。  それが、魔術の手解きを受けるために月に二、三度ほど“塔”へと行くようになっていた。  闇の森の象徴でもあり、実質的支配者でもあった、“闇の主”トゥエン・ディンとダークエルフの氏族たちは、盟約を結んでいる。  まずは相互不可侵。そして物資の取引。それから、お互いの保護。つまり、一方が敵に狙われ、また災厄にみまわれた際には、共同でそれに当たるということ。決して一方的な従属ではないが、「黒金の塔」を手に入れた「闇の主」とこれらの盟約を結ぶことは、闇の森ダークエルフ十二氏族の昔からの習わし。  その上でも、ケラーの氏族は他の氏族よりもより親密な関係性にあったらしい。  レイフが師事したのはトゥエン・ディン本人ではなく、その弟子たちの一人であった。  闇の主本人は、滅多なことでは姿を見せない。  闇の森のダークエルフはウッドエルフと同様に、魔術で植物や木々を操り、変形させて住居を造る。  違いは、ウッドエルフたちは樹上都市を造るのに対して、ダークエルフは樹木操作の魔術と他の建築技法や穴掘りなどを組み合わせて、主に木の根を天井代わりとした地下の集落を造ることだ。  レイフはその、建築に関する魔術や技法を学んでいた。  勿論、“伝統的”なダークエルフ住居を造るだけなら、何もわざわざ外部の魔術師に新たに指導を頼む必要はない。  今までの技法、様式から、独自の思想でさらに発展をさせたかったのだという。  その向学心が、結果として災いした。  闇の森は、呪われた森である。  だから、呪いに対して耐性の強い種族、生き物しか生活ができない。  ダークエルフもその一つだ。  そもそもこの世界におけるダークエルフとは、太古の昔に“呪われた”エルフなのだという。  存在そのものが呪われている彼らは、逆に言えば“他の呪い”には、強い。  同様に、オークもまた“呪われた種族”であり、耐性が強い。しかしオークは森ではなく高地に生活圏を持つ為、闇の森周辺に住む者は少ない。  そのため、闇の森では最も呪いの強い“塔”には、闇の魔術を極めた“闇の主”とその弟子、眷属たちが住み、その周辺を、彼らと盟約を結んだダークエルフ達が住む。  そしてそのさらに外周部には、「呪いに格段強いわけではないが、他の地域に住めない者達」が住んでいる。  例えば、ゴブリンやコボルドの部族、山賊野盗の類。さほど強くない魔物、魔獣などがそうだ。  結果的に、闇の森の「生態系」は、中心部に近づくにつれて「呪いへの耐性のない者が弱体化する」ことで、ある種の階層化、秩序化が出来ていた。  人間やウッドエルフ、ハイエルフ、ドワーフと言った、生来的に呪いへの耐性の無い種族にとっては、特別な加護か、呪いをはねのけるだけの強靱さが無ければダークエルフの集落に辿り着くのすら困難。  中心部にある闇の主の黒金の塔に至っては、加護もないごく普通の人間であれば、その姿を目にしただけで息が止まり死に至るとすら言われている。  そしてそれは、逆説的には闇魔法、呪いへの耐性を持つダークエルフにとってはまさに、「外敵から身を守る加護」でもあった。  油断があったのだ、とレイフは言う。  自衛するだけの能力も無いのに、一人で出かけてしまった。しかも、本来の経路を外れて。  死に至った直接の原因は、落下による打撲、骨折、臓器破裂等々であった。  発見されたときは、既に死んでいると思われたという。  そして曰く、「実際に死んでいたのだろう」と。  母ナナイ、治癒術師らの看護が続き、三日三晩の意識混濁の後に覚醒したときには、「別世界での人生の記憶」が存在していた。  しばらくは二つの世界の記憶と、またそれらの記憶の多大な欠落による混乱が続いた。  周りからは死に瀕したことによる一時的混乱と思われていたため、細かい詮索は成されなかった。  自分の状況、記憶にある程度の道筋をつけられたのは、一週間程経ってから。 「思うに、僕は……つまり、“もう一つの世界の僕”と、“この世界の僕”は、よく似た性質を持っているのだろうね。  或いは、所謂“パラレルワールドにおける、もう一人の自分”だったのかもしれない。  立場、環境、種族は全く違うけれども、記憶の中にある両者の“僕”は、似ているところが凄く多いんだ。  だから、二つの別の人生の記憶を持ちつつも、今では一人の統合された人格として存在していられる」  そう語るレイフの顔を見つつ、では自分はどうなのか? と、ふと思う。  今のこの姿、有り様は、一言で言うと「オークの戦士」という風体のようだ。  ではもう一つの人生の自分はどうなのか?  戦士? 闘いに明け暮れていたのか? 俺が?  良く分からない。  目を閉じて記憶を手繰るにも、暗い部屋の中で独りうずくまる姿しか見えてこない。  体型で言えば、肥っていたように思う。その点だけは、今のこのオークの姿とも似ているかもしれない。  顔に出ていたのだろう。  それらの疑問への直接の回答ではないが、別の話を切り出してくる。 「ガンボン・グラー・ノロッド……。  もう一つの世界での君のことは分からないけれども、多分それが今の君だ」  レイフが言っているのは、この世界、この身体、“オークの戦士”としての俺のこと、なのだろう。  知っているのか? 実は有名人だったのか? 等との考えも過ぎるが、そうではないようだ。  レイフはまず、俺の喉元を指差し、 「その、彫金されたプレートのある首飾り。  オーク文字で読みは“ガンボン”。  通り名だろうけど、君の名だろう。  オークが飾りにつけるとしたら、神か氏族か自分の名だ」  それから、指していた指を上に上げ、 「額の、入れ墨」  そう。  先ほど手鏡で見たときにも気になっていた。  横三本の線に、Vの字が重ねて入れられている。 「その入れ墨は、“追放者”……“グラー・ノロッド”の刻印だ。  理由は分からないけれど、君は元々住んでいたオーク城塞から、何等かの理由で追放されたらしい」 “城塞より追放されしオーク、ガンボン”。  つまりはそれが、今の、この世界の俺の立場、であるらしい。  ぐむむ。  方や引き籠もり。  方や追放者。  家の中に閉じこもってた俺と、家を持たず放浪してた俺。  本当に、「似たところのある」存在だったのだろうかしらん?  レイフとの話は、様々な混乱を纏めてくれた様でもあり、同時に新たな疑問をも増やしていく。
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