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1-40.怪物の誕生(4)

   “それ”、は、初めはぶよぶよとした粘液状ともゲル状とも言えるモノだった。  “それ”、は生物とも無生物とも言えるモノだった。  “それ”、は、あるときその場所から逃げ出し、地下を這いずり、多くの命を捕食し、様々な能力を得て行った。    “それ”は、幾度か分裂し、また集合しながら変化を続けていった。  “それ”には知性のようなものは芽生えておらず、ただひたすら一つの本能のような意志のような衝動に突き動かされているようだった。    “それ”は、多くのものを噛み、砕き、咀嚼し、飲み込んだ。  “それ”は、あらゆるものを突き、叩き、切り裂き、壊し、粉砕した。    “それ”は、その先に新たな生命と出会った。出会い、そしていつものようにそれを喰らい、我がものとしようとした。    ───が、しかし。  そのとき初めて、“それ”はある種の抵抗を感じた。  肉体は既に生命活動を終わらせているに等しく、“それ”が捕食し吸収するのに何ら問題は無いかに思えた。  しかし肉体とは別の、形を持たぬ何かが、“それ”による捕食を妨げ、抗っていた。  “それ”は、捕食対象の身体的、または魔力に依る様々な情報、能力に触れ、それを吸収する事が出来た。  と同時に、そこにある“記憶”にも触れることが出来、また吸収することが出来た。    しかしそのとき“それ”が感じたのは、その緑で小さく矮小な二足歩行の生き物の記憶のみならず、全く異なる異質な世界における記憶であった。  “それ”はそのとき、その記憶がこの世界の基準からは異質で異常なものである、ということを理解は出来なかった。  ただ分かるのは、その“記憶”───そしてそれに伴う“人格”こそが、自らの捕食吸収を妨げ、抵抗するものの正体である、ということだけだ。  “それ”の中には大きな強い衝動がある。  喰らい、奪い、生き延びよ───。  緑の小さな生き物の中に降りてきた、別の異なる記憶、人格と、ここで主導権争いをすることには意味が無かった。  そこで、“それ”はやり方を変えることにした。  その緑の小さな生き物の体の中に入り込み、同化し、けれどもその主導権、人格は明け渡すことにしたのだ。  “それ”はそのときから、寄生生物として生きる事を選んだのだ。      “それ”にとって、それからはかなり居心地の良い状態が続いた。  はじめは、緑の小さな生き物は、異なる二つの記憶に混乱していた。  しかし四つ脚の毛の長い生き物に襲われたとき、“それ”がそれまでに吸収した他の生き物の力を使い撃退すると、緑の生き物は歓喜した。  緑の生き物は、自らが特別に選ばれた存在なのだと確信した。  それから緑の生き物は、如何にすれば上手く“それ”の持つ能力を使いこなせるか。どうやれば効率的に“敵”を倒し、屈服させ、支配できるのかを研究していった。  緑の生き物は自らの属する群れに戻り、手近な者達に知識や道具を与えて支配下においた。  群れの上位にあたる個体を倒し、支配権をより強固に確立し、次々と敵を倒し、喰らい、吸収した。    ユリウスと名乗りだした緑の生き物は、“進化”を望み、“それ”はその望みに応えた。  緑の生き物は、自らの属する種族、ゴブリンと呼ばれるそれであることを嫌がっており、人間やエルフと呼ばれる者達の様な肉体、外見を欲していたため、“それ”はその様な外見を作り出した。  ユリウスはその進化に喜び、それを自らの腹心たちにも起こしたいと考えたため、“それ”はユリウスの親しい者達に、自らの力の一部を分け与え、ユリウスに与えた“進化”に似た効果を彼等に起こした。    “それ”は、ユリウスを通じて様々な知識を得ていった。  そして知識のみならず、様々な感情、願望、欲望等も得ていった。  他者を支配し屈服させる喜び。  女───異なる性を持つ類似個体への執着。  勝利への強い渇望。  自らが絶対強者として振る舞い、周囲から尊敬と賞賛を勝ち取り、またそれに刃向かう者、意に添わぬ反応を示す者を蹂躙し虐殺する快感。    それらの“人格”をもまた、ユリウスから得た。      ユリウスと名乗った緑の生き物は、“それ”の持つ力を存分に使い、一つの勢力を形成していった。  その状況は“それ”にとっては居心地の良いもので、“それ”はその状況が長く続くようユリウスを手伝った。  しかし、あるときにその関係に破綻を来す出来事が起きる。  はじめは、一人の小さく丸い生き物への執着であった。  この世界でオークと呼ばれるその個体に、ユリウスは特別な関心を示した。  ユリウスは他のどの個体にも示したことのない同胞意識をその個体に向け、その者が自らの意に反した振る舞いをしたことに激しく動揺した。    その動揺は、ユリウスの判断に影響を与えた。    自ら時期尚早だと判断していた“ダークエルフとの戦争”を、あまりに早くに決断をした。  それも、そうしてダークエルフ達を屈服し支配することで、その特別なオークの個体への自らの影響力、支配力を強化したいという願望からであった。  広い野営地跡にて、足の悪いダークエルフの個体との問答で、ユリウスはまた別の方針を考え出したが、それはまたすぐに潰えてしまう。  ユリウスは───端的に言えば、絶望をした。  自らが“出来損ないの怪物”であると自己認識したユリウスは、“それ”の持つ力を十分に使うことも出来なくなり、消耗に消耗を重ねていく。  このままではユリウスという個体が生命活動を停止してしまう───それは、全く望ましくない状況であった。  “それ”は長らくしていなかった“判断”をする必要に迫られた。  自らが生存本能に従い、ユリウスを名乗る個体を完全に喰らい尽くし、主導権を得るか、或いは───。      “それ”は、結果として異なる決断を下した。  ユリウスを名乗る個体に“寄生”することを止め、自らを小さくしてそのまま陥没した地面の隙間を抜けて、その場を去る。  あの個体は消耗が激しく、主導権を得てもあの場に居合わせた“敵”に勝つのは難しいと、そう判断した。  “それ”の中には、ユリウスという個体に寄生していたときに得た様々なものが残されていた。  捕食吸収した生き物の能力や記憶。そして知識や経験に───人格。  それらを保ちつつ、地面深くへと逃れた“それ”は、しかし消耗した生命力を癒すのには、まだ時間が必要であるとも分かっていた。  そして“それ”は、しばしの間休眠状態へとなった。    そのまどろみの揺りかごの中で───“ユリウスであった怪物”は、穏やかな夢を見た。    
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