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1-33.ケルアディード郷氏族長、ナナイ・ケラー(2) 「今は───ダメだ」

 慌ただしくも対策を立てるため人材を召集する。  集められる戦士には既に準備をさせ、その取り纏めは怪我をしたアランディの代理としてエミリに任せる。  マノン他療養所に居る使節団一行にも、順次聞き取り。  情報が、少ない。    苛立たしさを隠せもせず、どかっと乱暴に執務室の椅子へと腰を下ろすと、ガヤンとレイフが又も連れ立って入室して来た。 「じき、場所が分かる」 「へ?」  早ッ!? 我が妹ながら、なんつー調査力だ……!? と、驚くが、 「“蛇”の力がまだ彼の中に残ってた。  渡した御守りを通じて、彼の夢の中に介入出来る」  ふむ? 御守り……て、まさかこの事態は想定済み? 「大きな星の力が近付いている……何が起きるか予測不能……なので、念を入れた」  ううむ、よく分からんが流石賢いぞ、我が妹よ。 「母上」  緊張した面持ちで、しかし臆することなく真剣な目で此方を見るレイフ。 「今回の件……“いつもの手筈”では対処なさらぬよう、お願いします」  これは、アタシも同意ではある。  ここで言う“いつもの手筈”とは、毒や炎を使った巣穴すべての殲滅を指す。  闇の森において、ダークエルフ十二氏族では我々に害をなさない限りは、わざわざゴブリンに関わり合う事はない。  奴らが森の外の人間の集落や旅人をどれだけ襲おうと我々には関係無い。それは奴らと人間との間の問題だ。  問題は、我々のテリトリーに入り、我々の生活に何かの被害を与えたり、与えうる活動をしたりしたとき、だ。  そうなったら、その被害を与える、与えうる群れの巣穴を調査特定し、それを殲滅する。    そしてその手段の多くは───毒だ。  使ってる水場が分かればその中に。ちょうど良いのが無ければ獣の死骸に毒を入れて餌として投げ込むとかでも良い。  まずははそれだ。  毒がいまいち使いにくい状況ならば、巣穴ごと焼き殺す。  数人の術士で巣穴の周りを囲うように石壁を立て、その中に燃え草枯れ木等々を投げ込んでから、火炎魔法で盛大に火をつける。  そして石壁の一部に逃げ出せるような隙間を作り、そこから出て来る奴らを弓で射殺していく。    何にせよ、それは殲滅であり害獣駆除。戦いとか戦争とかと言うものではない。  ただしこのやり方───捕虜を助けるという前提が無い。  人間の捕虜が居たとしても、どうせゴブリンに飼われていた者などもはや人間社会には居場所など無い。  そもそもゴブリンによる他種族の家畜化では食事排泄衛生健康全てのケアがまともにされないため、たいていが病気か飢えで死ぬか早々に精神が壊れる。  そんな者を無理に助けたところで───というのも理屈の一つで、要するに「助け出すリスクとコストが勿体ない」だけでしかない。  それにダークエルフが捕虜になったとしても、未熟な未成年やごく親しい者、特別な地位のある者でもなければ、矢張り「ゴブリンごときに後れをとる未熟者」と不名誉な扱いになり、助け出そうとする意見も中々出てこない。ならばいっそ───というのもまた理屈だ。  で、アタシは元々、その「ダークエルフ流の“いつもの手筈”」は、好きじゃ無い。  少なくとも「捕虜諸共皆殺し」ってーのは、なんというか……「格好悪い」。  なんてな話をすると、エヴリンド辺りは「それはナナイ様が“特別に強い”からです」なんぞと言う。まあそれはそれで事実なのだけども、何れにせよもやもやするのだ。  可能ならば、助けられる限りは助ける。それがアタシの流儀。    そして何より今回は、あのオークが居る。  勿論、レンジャー見習いもウチの身内だ。身内である以上、他の郷の奴らがどう言おうと助けることを前提にする。  けれどもそれ以上に、あのオークを助けるべき理由はいくつもある。   「分かってる。発見、救出、それから殲滅、だ」  レイフもまたそう考えてのこと、と思いそう答えると───レイフの“発想”は、それを越えていた。     「ダメだ!」 「いや、しかし……」 「あり得ん!」 「確かに……」 「問題外だ!」  話は平行線。アタシはにべもなくレイフの言い分を跳ね退ける。  オークとレンジャー見習いを助ける……までは良い。アタシの考えとも一致している。  しかしその後……他の捕らわれている者達も助ける……までは理解できる。  だが、「可能な限りゴブリンの“殲滅”をしない」は……理解不能、いや、問題外の無謀だ。  特に……この群れのリーダーであろう奴と、レイフ自身が直接対峙したいという要望は、受け入れられない。   「興味深い事例……」  そのアタシとレイフの不毛な議論にそう割り込むのは、我が妹であり呪術師のガヤン。 「普通のゴブリンの群れではあり得ない……。この群れのリーダーには、何か謎がある……」  謎。それは確かにそうだ。しかしその謎は今回の件に関して言うならば、そのまま「脅威」であり「危険」である、という意味だ。  その二つを意味する謎の解明というのは、その根元を「排除」するためのものだ。その根元を「助ける」為にすることではない。 「その謎が何であろうと、ウチの郷のモンを助けることを最優先にする。あいつらを危険に晒してまでゴブリンを助けるなんて事はあり得ん」 「……別に、“ゴブリンを助ける”んじゃない。  僕ら……いや、“僕を助ける”為に必要なことなんだ」  悩ましげに眉根をしかめ、レイフは言う。 「僕は……僕のことを、郷の皆は物知りだと言う。  けど僕が“この世界”について知っていることなんて、この郷の中での見聞と本の知識……その程度でしかない。  母……母さんは、郷の外を出て多くのことを見聞きし体験してきているよね」 「む……ま、まあ、そうだけど……」  そう言えば昔は、寝物語にも色んな話をしてあげてたッけか……と、今はあまり関係のないことを思い出す。 「別に、『本の知識なんか実体験には及ばない』なんて事を言いたいワケじゃないよ。  本には本の、実体験には実体験の長所も短所もある。  ただそうじゃなくて……その、何と言うか……。  まず僕自身が“この世界”のことを、扉についている小さな鍵穴の中からしか見ていない……という、そういう事なんだ」  そしてアタシは、扉を開けて外へと飛び出した者───と、レイフは言う。 「そして僕は、鍵穴から外の様子をただ窺うだけではなく───一歩出てその先を見て、僕自身が“この世界”に対してどう向き合うべきか……それを、決めなきゃならない」  それが、今だと言うのか───?    正直、言っていることの理屈はアタシにゃ分からない。  分からないが、しかし我が子が自ら成長しようともがきつつ、それでもそれが危険で困難だと知った上で進む道を選ぼうとしていることには、不安もあると同時にまた喜ばしく誇らしくもある。  しかし───。 「今は───ダメだ」 「今じゃなきゃダメなんだ───」  再びの平行線。    そこへまた入ってくるガヤンは、その小さな手に例の【星詠みの天球儀】を持っている。夜空の闇を星ごと写し込み閉じ込めたかの如きそれの、一際輝く星々を指し示し、 「例の───」  そう、一際大きな、星。 「関わっている。だから、どうなるかは───詠めない」  一度“死にかけて”から、より強い魂の力を得て“甦った者”。  レイフのように───そして、あの変わり者のオークのように。 「これらの、交わりは、多分───避けられないし、結果の予測もつかない。  だから───出来るだけ最良の状況で、そうなるよう仕向ける」  言わんとすることは、分かる。  避けようのないことであるなら、それをより良い結果になるモノにするべきだ、と。  逃げようのない嵐が来ることが分かっているならば、足掻くべきは嵐を避ける、逃げることではなく、いかにその嵐に立ち向かい、乗り越えるか。 「そいつが、その、ウチのを攫ってったゴブリンの群れに居るのは……確かか?」  アタシの問いに、コクリと頷くガヤン。 「彼の星と、今、強く反応してる」  彼、つまりあのオークのことか。 「彼が……取り込まれるか……どうなるか……まだ、分からない。  けど、レイフも……それは同じ。  反発し……敵対するのか、同調し、融和するのか」  敵になるか、味方になるか───未だわからないが、必ずお互いの運命に関わってくる存在───。  さて、どうしたものか───。   ◆ ◇ ◆   「各郷で消息不明の28名は、何れもその最後に居たと思われる場所近辺に、大型のゴブリンの足跡と魔術の痕跡が見つかった。しかも……その痕跡を隠そうとした気配すらある」 「だが……奴ら何のために……?」 「分からん。  狩猟小屋を襲ったのは獲物の横取りしたかったから……と考えるのが“普通”のゴブリンの場合だろうが……」  こいつらは“普通”じゃない。  何故、攫うのか?  まるで最初から───。 「攫うのが目的だった……?」    幾度目かになる十二氏族長の緊急遠隔会議。  各郷からの調査報告を受け、それぞれに状況を整理していくと、それまで見えていなかった今回の襲撃、この闇の森の現状の姿が浮かび上がってくる。 「攫うのが目的として、それは何故だ?」  他種族を捕まえ家畜化するゴブリンの群れにおいても、それは基本的に副次的行為だ。  まず食料を得るために襲う。  次に物品も求めるようになる。武器や防具、便利な道具に“キラキラの綺麗なもの”。  それから、それらの“狩り”のついでで、攫って家畜化する。  攫うことそれ自体を目的とした狩り、などは、普通はない。   「───情報か……!?」  ディヴィドがそう呟く。 「この群れは、普通の群れじゃない。  計画的に物事を進める知能のあるボスが居る。  散発的な襲撃のようで居て、居なくなっても暫くは気付かれない、不自然じゃ無い者達を選んで攫っている。  そして攫った者達から情報を引き出せるのなら───隠れ路の場所や収穫祭の日程も、事前に分かる……」  そんなまさか……と、今更口にする者も少なくなってきた。既にこれらが、尋常なゴブリンの群れでないことは共通認識になっている。   「妻のミランドゥラがカプレートの者にそれとなく探りを入れたところ、コーンソート公が秘密裏に雇い入れた者は、ユリウスと言う名らしい。  以前アリエーラがマーヴ・ラウルの手下に拐かされかける事件が起こり、そのとき偶然それを助けたのがその男だそうだ」  マキュシオスは淡々と調べて来たことを報告する。 「だが───この男が一体何者なのか───それがさっぱり分からん。  流しの傭兵なのか、豪族なのか、人間かエルフかそれ以外なのか……。  古代トゥルーエルフのミスリル鎧と毛皮で身を固め、兜も被り顔は見れないが、かなりの偉丈夫で長身だそうだ。  物腰態度も貴族然としているという程ではないが、決して粗野粗暴な蛮人のそれでもない」  出自の怪しい謎の男。それだけならどうということもないが、ティヴォートの失踪もあったこの時期このタイミングというのは引っかかる。   「まあ、そもそも我々闇の森ダークエルフは、攻め入られれば立ち向かうが、我々から外部に攻入打って出るということはしないからな。  コーンソート公が本気で辺境伯のマーヴ・ラウル攻める気なら、俺達ではない何者かを頼ること自体はおかしな話ではないが……」 「そいつは矢張り無関係なのではないか?」 「かもしれん。どうにも何というか、掴みどころの無い話でな」  他の長老たちが関心を失う中、はっきりとはしないこの男の件にグレイシアスのジーンナは食い下がる。 「マキュシオス。もし、今回の襲撃の件とは無関係だとしても、その男とコーンソート公の動きは引き続き調べておくべきかと  コーンソート公はティヴォートの件で判断力が鈍っていることも考えられますもの。こと彼らが戦争でも始めようものなら、確実に我々にも飛び火はするでしょう。  それに例えば───その男が実はマーヴ・ラウルの手の者で、アリエーラの拐かしから救ったということ自体が狂言だとしたら……?  そのような男が都合よく現れるというのも、気になりますしね」  腹黒さに定評のあるジーンナだけに、何かしら陰謀策略の匂いを嗅ぎ取ったようだ。   「次はウチからだ。  まず、巣穴のおおまかな場所はじき特定出来る」  おお、という驚きと、いやまさかそんなに早くに、とのざわめき。 「細かいことは省かせてもらうが、ウチの妹がやっている。まず間違いない」  あのガヤンか、と幾人かから納得の声。ガヤンはなりも小さく無愛想だが、魔術の実力と、アタシと違って堅実かつ慎重な振る舞いで“長老”共のウケが良い。長老たちからすると、正に「ダークエルフらしいダークエルフ」なのだ。   「で、だ。  断っておくが、アタシ等はまず第一に捕虜救出をする前提で動かせてもらう」  ざわめきとどよめき。 「……それは、貴女が我々十二氏族を率いて行う、ということ?」 「いや。これはアタシのワガママだ。  だからまずは、ウチだけで動く。  情報はきちッとそちらに渡すし、他郷から人手を寄越せとも言わない。  アタシ等が“しくじった”ときには、改めて皆で方針を決めてくれれば良いし、先に“しくじった”ときの方針を決めておいてくれても良い。  だが───まずは、アタシ等に第一優先権がある。───だろ?」    恩には礼で返し、仇には報復を返すのは、長老達も好む古くからのダークエルフの流儀だ。  ヒドゥアの如く密やかに、ウィドナの様に計略の糸を張り巡らせ、エンファーラの炎の苛烈さで復讐を果たせ。  二人攫われ、一人殺されているアタシが、その優先権を主張すれば誰も反対しようはない。 「あなた達が失敗するだけならまだしも、それにより相手に余計な情報と警戒心を与え、我等の次の手を避けらられるという事態は避けたいのだけど、どうかしら?」  反対しようはないハズのダークエルフ流に、横槍を入れてくるのはジーンナ。  むむ。やはり難物だなあ。   「だがナナイの言い分は道理だ。ケルアディード郷の者には、復讐すべき権利がある」 「今回襲われたのは確かにケルアディードの者達だけど、他郷の者達も攫われている可能性はあるのでしょう? あなたのオルドマースでも。  既に彼女だけの問題じゃなく、我々全体の問題なのではなくて?」  やや膠着した場の流れを、マキュシオスが「まだ情報は足りていない。そのあたりの方針は、もう少し煮詰まってからでも良いだろう」と、纏める。  ───さて、となればどれだけ説得力のある情報を集められるかの勝負だ。   ◆ ◇ ◆    ガヤンの“蛇”は、今の時点では夢を通じてオークの見聞きしたものをこちらが一方的に知り、また暗示のような形でガヤンの思考を伝えることが出来るくらいだ。  同時にオークの見聞きしたことの中には、当人が明確に意識していない、無意識に視界に入り耳にしたことなども含まれるので、こちら側が微に入り細に入り調べ上げればかなりのことが分かるはずだ。  その情報を、ガヤン、レイフ、そして他数名の文官たちで検証し調べまくる。  そして───ほんの数日で驚くべき情報がいくつも手に入って来た。  面白いのは、あのオークが何故か贈答用の仔地豚に感情移入し名付けをして抱きしめ続けていたせいか、精神の一部が繋がっていて、擬似的な使い魔のような状態になっている、ということだ。  なので、ガヤンがこちらから仔地豚に強い思念を送ることで、ある程度その行動を操ることも出来る。  そしてその仔地豚は、全く見事な働きをしてくれた。   「こりゃ……まあ、なんともなァ……」  レイフ達が纏めた「情報」と、そこから導き出した「推論」は、正直そのまま氏族長会議にあげても流石に信じてもらえるとは思えない。  特にレイフは、本人としてはかなりの確信のある推論のようだが、私たちに話せないことでもあるのか、要所要所でハッキリしないことも言う。  あまつさえ……だ。   「ダメだ───と言っても……聞かないんだよな」  ああもう、チクショウめ! 一体誰に似てこんな頑固者になったんだ!  レイフの計画は、アタシには正直とうてい容認できるモノではない。何より自分自身の命を危険に晒しすぎている。 「……だから、この計画では母上……あなたが最も重要なのです」  全く、痛いところを突く。 「それにこの計画は全て───僕の個人的我が儘に拠るもの。  母上には僕のことよりも、郷の者達全体を考えて動いて頂きたく思います」   「いっぱしの口を叩くな、ヒヨッコが」  受けた怪我はまだ半分しか治ってない。未だに動かす度に痛みがあるだろうに、それを痛み止めで誤魔化しながらアランディが言う。 「この襲撃を許したのも、セロンやあのオークが攫われたのも、油断をし防ぎ切れなかった俺の責任だ。  だがその不名誉は、次の行いで挽回するしかない。  ───俺は、お前の指揮に従う。慎重な上に慎重なお前が、初めて己の身を敵に晒す策を立てたんだ。  ならば俺は、お前の手足となり油断無く任務を完遂してみせよう」   「お前こそいっぱしの口を叩いてンじゃないよ」  ぺしっとまだ痛むはずの肩を叩いてやると、 「……ッだーー! 痛いッ……て、ちょ、ま、い、今けっこうすげえ決まってた場面だろう!?」 「そーっスよ、アラン、今めちゃカッコ良かったっしょ!? マジ惚れ直すっしょ!?」 「うるせえ、イチャつくな!」  エミリとアランディの二人を一緒にすると、隙あらば惚気とイチャイチャが始まるから始末が悪い。   「……ま、とは言え、だ。  レイフ。お前の考えた計画に、どれだけお前の私情が含まれてても、『救出を最優先にする』という方針はアタシのモンだし、今回の策に従う誰もが、危険を踏まえて尚これで行くことを受け入れてる。  確かに、お前の策で再び誰かが傷つき、或いは死ぬかもしれない。  それをきちんと受け止めた上で、お前はお前のやるべきこと、出来ることを尽くせ。  それが、指揮を執る者の責任だ」  いつになく、真剣な顔でアタシの言葉に頷くレイフ。  我が子の成長に胸が熱くなり、思わず涙目で抱きしめようとすると、後ろから膝裏カックンを食らう。   「お主こそいっぱしの口をきくよーになったのォ~、やんちゃ娘が」  振り返れば治療士長の郷の古参、ルークィッドの爺だ。 「わしはガヤンと後詰めに付く。  ま、わしが行くまでは、殺されよるなよ?」  背の低い老治療士は、ポン、とレイフの腕を叩く。  エヴリンドも、デュアンも、そしてその他の術士、狩人、レンジャー見習い等々、集まったダークエルフ達それぞれに各々の考えがあり、今回の計画に加わっている。  そしてその全ては───レイフの策と采配に掛かって居るのだ。    
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