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1-32.ケルアディード郷氏族長、ナナイ・ケラー(1) 「“前例”ならアタシが作る」

 その珍奇なオークを拾ったのは、秋になり始めた月初めの頃だ。  聖光教会のアホどもがおっぱじめた闇の主討伐戦の傷痕残る闇の森は、その余波もあり魔獣や不死者や諸々が活発化している。  アタシと護衛の二人も、アランディをはじめとするレンジャー達も、ここんとこ周辺巡回に余念が無い。  ……まあ、エヴリンドに言わせれば、アタシの巡回は単なる遊びの延長でしかない、とかなんとかうるさいンだけど、いいじゃんよ、アタシにゃ息抜きが必要なんだからさ!  他にも外周部でのゴブリンの群れが悪質化し始めているとかで、巡回の手が多いにこしたことは無いンだしな。    で、レイフとガヤンが夕方近くに揃ってアタシんとこにやってきたのがことの始まりだ。   「おーーし、レイフ、レイフ、レイフ!   ふふふ、相変わらず可愛いのう! ほれほれ、母に抱っこをさせなさい!  照れるな遠慮するな、ほれほれ早う!」  久し振りに自室を出てきた我が子への親として当然のスキンシップを、レイフはじっとりとした冷たい目で拒絶する。  く……、この溢れんばかりの愛情の行き場をどうすれば良いのだ。 「ガヤン~! レイフが冷たい~~~~!」 「……煩い」  ぐぬぬ……! 何故我が子我が妹はこういうところで似てきているのか。納得いかん、責任者出てこい!   「あー、母上」  コホン、と改まりながら、妙に仰々しくレイフが切り出す。 「ふふん? 何かな? おねだりかな? 新しい魔術具でも欲しいかな?」  頼られる母としての威厳を見せる絶好の機会だ。 「星が、現れました」  と、懐から取り出すのは、何時もの本ではなく手の平大程の水晶球。まるで夜空をそのまま吸い込んだかのように、闇と数多の小さな輝きをその内に閉じ込めている。  ふむ……星、の件か。    星、というのはここでは運命、或いは魂、とでも言うべきか。  アタシはこう見えて、この郷の付術師としては結構な腕前だ。まあ、才能があったのだよ、才能が。  ただ、付呪というのは武器防具装身具その他の物品に、既存の魔法の魔力を付与するものだ。  例えば炎の魔力を付与した剣は、斬り合うときに火炎を纏い相手に火傷を負わせられるし、体力増強の魔力を付与した鎧なら、着用者は疲れにくくまた敵の攻撃による損傷により多く耐えられるようになる。  しかし特殊な魔術具を造るのには、やはり相応に特別な技術や術式の構築が必要になる。    なのでこの【星詠みの天球儀】に関して、アタシにはその原理も仕組みも解らないし、真似して造り出すことすら出来ない。  解らないのだが、この天球儀に現れるある特殊な星が、ガヤンとレイフに言わせると我らダークエルフの未来にとって重要な意味を持つ……らしいのだ。  ガヤンの星詠みを疑うことは無い。  レイフの推論もおおよそ間違うことも無い。  そしてまあ、この天球儀を作ったトゥエンの奴の腕は……そりゃー疑うべくもない。  トゥエン・ディン───つまりは、闇の主の腕前を、だ。    ま、あいつもそれなりのおっさんになってきて、主の何のとほめそやされては来ちゃ居るが、アタシからすりゃあ小便垂らしてた頃と中身は大差ない。  むっつり不機嫌で陰鬱な面して睨みつけてこようと、ぺーぺーの頃から顔馴染み。あの人の下で見習いしてたのもホンの五十年くらい前だから、レイフが生まれるよりちょっとばかし前か。  とは言え研究のことになると何を考えてるのか解らないのも昔からで、この天球儀をどういう目的で造り出したかも解らない。  何れにせよトゥエンの造った試作段階というそれは、この世の人の魂とその運命を、夜空の星々のように映し出すのだ、という。  あいつにそれを聞こうにも、討伐戦以降とんと音沙汰なし。行方知れずで聞きようもない。    で、だ。  レイフとガヤンに言わせると、ここんところこの天球儀の星々には、かなり特異な動きがあるのだという。  一度消えた魂の光が、ぱちぱちと瞬き消滅したかに見えて、その一瞬後にはより大きく強い光となって復活する、と。  その現象が何なのかというと、ガヤン曰わく、 「一度死にかけて、より強い力を得て甦った者の魂」  なのだという。    これは、レイフが春先に崖から落ちて死にかけたときにも起きた現象なのだとか。  この現象通りに甦った者は、その後より魂の力が大きくなる。  現にレイフもそうだった。  ただまあその、魂の力の大きさというのがどのような効果を本人にもたらすのに関しては、まだよくは分からない。  分からないが、そこには何かしら意味があるのだろう、と、ガヤンは言う。    この件に関して実際に甦った立場のレイフに聞くと、本人としてもあまり実感が無い、なーんて事を言うが、実際甦ってからのレイフは暫く記憶の混乱などはあったものの、それ以降落ち着いてきてからは、今まで考えもしなかった事を考えついたり、発想や知識に大きな変化があったりと、やはり変化自体は起きているのだ。  それにトボけた風を装っても、偉大なる母には分かっている。魂の力が大きくなることの意味、に、レイフ自身は何かしら見当がついているハズなのだ。そーゆー顔をしている。    で。  例えばこの闇の森の何処かに、強く大きな魂の力を持った者が既に居るのだが、それが何者でこちらに害意があるのかどうか等は、まだ解らないらしい。  この間の討伐戦でトゥエンの奴がバカみてえなドデカい儀式魔法で討伐軍野営地を壊滅させたときも、同じ様な反応を示した魂もあったらしい。  そして、今……というか、これから。  恐らくは今日中に、同じ現象がこの闇の森の中で起こるであろう予兆が既に見て取れるのだという。  ガヤンの星詠みはかなりの精度だ。ガヤンがそう言うなら、きっとそれは起こるのだろう。   「それが起きるだろうおおよその区域は、叔母上が特定しました」  地図に示された場所は、近頃魔獣の活動が報告されている辺り。成る程、それなら「死にかける」奴が出てもおかしくない。 「私が、使い魔で偵察をするから───見つかったら助けて連れてきて」  と、ガヤン。  ふむ。ふむふむふむ。  ここでちょっともったい付けて思案顔。是非にと頼まれて引き受けてやろうと目論むも、 「無理ならアランディに……」 「やる! やる! やりまーーす! やりたいやりたーい!  もー、愛する我が子、我が妹の為なら、魔獣の一頭二頭は鍋に入れて煮込んじゃう!」  一も二もなく引き受けた。   ◆ ◇ ◆    で、それがちびオークのガンなんとか、だ。  まずコイツはちびだ。成人したオークは、おおよそ6~8ペータはある。  しかしこいつは、どう見ても5ペータちょい程度。かなりのちびだろう。  そして性格気質も、全く「オークらしくない」。  饒舌なオークというのもそりゃ珍しいが、こいつの場合「不言実行、猪突猛進」で無口無愛想なオーク戦士というより、まあ常にもごもごあわあわしている。  何かを話そうとして、話し出せずに引っ込めてしまう感じかな?  妹のガヤンの人見知りにも似ているが、それともやっぱりちょっと違う。  話をしてない限りにおいては、何故だか妙に泰然自若の風でもあるのだ。まあ、単なる話し下手か。  そして何より───レイフと二人で居るときには、やたらとよく話をしている様なのだ。   「どう思う?」  二階の窓から別棟のテラスを眺めつつそう聞く。 「はい? 何スか?」  間の抜けた返しはエミリ。返しは間抜けだが、実のところきちんと仕事をしている最中なのだけどもね。アタシ? サボってますが、何か?  指し示すテラスでは、レイフと例のオークが変な飯を食いながら何やら楽しげに話し込んでいる。 「ガヤン様の星詠みを疑うわけではありませんが、あのオークに何か特別なモノがあるとは到底思えませんね」  鉄面皮でそう答えるのはエヴリンドの方。人のことは言えないが、この姉妹は何でまあこんなに性格が真反対なのか。 「あー、はー、あの丸ポヨですかー。  まー、そうですねー、えー。  アランディはまあ、面白い奴だとか言ってましたけどねー。  てか、それよりこの目録に目を通しておいて下さいよ。  収穫祭向けにまだ用意できてないもの沢山あるんスから」  護衛役でありつつ、半分はこういう事務仕事もこなすエミリの要求を適当に流す。  面白い奴──か。まあ、確かにそうだ。というより、他に言い表しようもないンだけどね。      ガヤンの“蛇”によると、奴の魂の奥底には、確かに複雑怪奇で強い力があるらしい。ただそれが件の甦りと関係するのかは難しいところ。  まずはおおよそ二人分の魂の力を持っているかのようで、その上何かの───。 「呪い?」 「そう」 「何の?」 「───そこまでは、分からなかった。何かが……邪魔をする」  見た目立ち振る舞いの間抜けさ呑気さに反して、何やら色々背負い込んでるらしい。 「深い悲しみと、怒り。  けれども本人もそれに、気付いてない」 「アレか。記憶の混乱」  レイフがそうだったように、死にかけて甦った者は、暫く記憶が覚束なくなることがある……らしい。  まあそんなにそういうケースを知ってるわけじゃないけどな。 「それもある」 「も?」 「後は───心に蓋をしている」  ガヤンは、レイフとはまた違った方面から、あのオークに強い関心と興味を持っているようだ。  こんなにも積極的に誰かと関わり合いになろうとするのは珍しい。  まあアタシとしては、それを口実にレイフと同じかそれ以上に部屋に籠もりっきりになりがちな我が愛しの妹と十分以上に会話が出来て、それだけで嬉しい。  ガンガン様々である。奴には永住権をくれてやっても良いくらいだ。      さて、マノンの方はというと、今は収穫祭に向けての準備に追われている。 「え? 何? 丸ポヨ? 誰それ?」  我が妹ながらこやつの酒乱ぶりと、仕事以外での物忘れの激しさは驚きである。風呂で酔っ払って絡んでた事などすっかり忘れてる。 「あー、あの、レイフが拾って来たっていうオークね?  それがどしたのよ?  ……あ、デュアンそこの箱は右……そうそう。グレイシアス宛ての贈り物」  ウチの特産品は魔導具類で、主にアタシやガヤンの造る付呪品だ。  なので付呪するモノにもよるけれど、装身具や服に付呪するものが多ければ、収穫祭へ持って行く贈答品は軽くて済む。  今回は大物がミスリル鎧と幾つかの剣くらいなので、箱の数も多くて五つ程で済むだろう。  それらを整理する部屋の中で、マノン他数人の文官たちが整理と確認をしている。   「訓練を一緒にしている見習いレンジャーの奴が言ってましたよ。格闘訓練で面白い技を使うって」  そう言うのは若手の文官であり、今回の使節団で外交官補佐をする男、デュアン。 「面白い技?」 「うーん、まあ、実際見たこと無いので良く分からんのですが、こう……下の方に身体を沈めてから、腕をとって……ぐいッと……バーン! で」 「……いや、さっぱり分からんよそれ」 「ま、トボけた感じだけど、悪い奴では無いみたいですね」  ふーんむ。  あんな調子ではあるが、それなりに付き合いも深めてるのか。   「あーー!」  と、不意に叫び出すマノンは、ばたばたと手を振り回しながら、 「豚! 豚! そう、豚よ!  贈答の豚、選ばなきゃ!」  全く、我が妹ながらもう、慌ただしい。      流れと成り行きで、例のオークは使節団に加わりモンティラーダへと同行することになった。  その件でやんやとレイフに文句を言われ、母としてはやや心が痛い。  しかしアタシも考え無しの思い付きで奴を使節団へと編入した訳ではない。  ……訳ではないのだ。  ガヤンの“蛇”でも、あいつに何かしらの秘密があることは分かっている。  しかしそれが何か……というところになると、とんと手掛かりもない。  何せ、本人自身がその秘密を思い出せて無いのだから。  これだけこの郷に居て思い出せないのなら、ちょっと環境を変えてやるのが良いだろう、と。  そうすることで、何かしら記憶が甦るキッカケが得られるかも知れないじゃないか、と。  まあ後付けでそうレイフには説明する。    何かトラブルがあるとも思わないが、レイフがやたらと心配するもんだからアタシも何かしらしてやらねばと思い、ちぃとばかし気合いを入れて付呪品の兜を用意してやる。  今回はアタシ自身で鋼鉄を鍛えてもやった。鍛治も付呪も出来るイイオンナであるのよ、オホホ。  レイフとガヤンも何やらこさえているらしい。くそ、羨ましい! アタシも愛しい我が子我が妹からの手造りプレゼントが欲しいぞ。盗んだろか。しないけど。    そんなこんなで使節団が出発してからの昼。  ガヤンが又も私の執務室へとやってくると、アタシが両手を広げ抱きしめようとするのを一蹴し、やや深刻な声音で緊急事態と告げる。  襲撃されている、と。  マノンには常にその状況が分かるよう、御守りとして見通しの首飾りを渡してある。  その首飾りを通して、使節団一行の状況はガヤンの部屋の遠見の水盤へと送られてきていた。  襲撃者は白骨兵と、それを操る死霊術士。  アタシとガヤンは、闇の馬を呼び出して二人乗り。同時に近くに居る巡回レンジャーに救援要請をしつつ、何より最速で現場へと向かう。  闇の馬の最速でなら、まだ間に合うかも知れない。  最悪……もしもマノンに何かあったら……死霊術士には生まれてきた事を後悔させながら、10日かけてじわじわと一寸刻みで足から削って死に至らしめてやる……。    現場に着くと、その最悪の結果は免れていたものの、被害はけっこう大きかった。  襲撃者達は死霊術士のみならず、別の術士をも含むゴブリン達だったと言う。  油断があった、と護衛隊長のアランディが口惜しげに言う。  しかしそれは責められるものでもない。  隠れ路の野営地で、死霊術と土魔法を使う術士二人を含むゴブリンに襲われる等、アタシ含めて誰も想定なんかして居なかった。  唇を噛み締めそれを悔やむ。  荷は全て奪われた。しかしそれは別に良い。付呪品なんかまた作れば良いだけの話だ。    死者一名。重傷者八名。そして、連れ去られた者が、二名。  一人はレンジャー見習い。そしてもう一人が、例のオークだ。  駆け付けた巡回レンジャー達と共に、動けない負傷者と布に包んだ死者の躯を荷車で運ぶ。  マノンは足と肋骨を折って居て、命に別状は無いが歩けない。土砂で頭も打っているから、暫くは安静にしなければならない。 「姉さん……あの……オーク……。  私を……庇っ……て」  何を考えてるのか良く分からない奴だったが……アタシの妹を助けて攫われたのなら、今度はアタシが奴を助ける番だ。   ◆ ◇ ◆    使節団一行が襲われたとなると、これはもはやウチの郷だけの話では済まない。  戻って早々、水盤と貝の魔導具を使った遠隔での緊急氏族長会議を開く。  十二氏族の氏族長全員が即座に揃う等と言うことはまず無いから一部は代理も含めるが、何はともあれ報告から入る。   「───以上、此方の被害はこの通り。兎に角モンティラーダへの使節団派遣は現状無期限延期にさせてくれ」  ざわめき、どよめき、怒り、困惑。様々な反応の波が静まり出した頃、まずはモンティラーダのマキュシオスが口を開く。 「そのゴブリン達の数と規模は?」 「アランディによると、最低でもシャーマンが二人以上。直接襲って来たのは白骨兵ばかりなので、ゴブリン達の数は不明だが、投石の数からしても十前後かと」 「なんだ、その程度か。さっさと巣穴を見つけて焼き尽くしてしまえば良い」  ふん、と小馬鹿にした様な笑いと共にまくし立てるのは、グレイシアスのジーンナの夫である帝国人の魔術師キャメロン。  ジーンナとキャメロンは帝国人風の風習による「婚姻」関係を結んでいる。まあだからってグレイシアス氏族長のジーンナが帝国風に“夫に尽くす妻”になどなる訳はなく、普段からキャメロンは尻に敷かれているのだが、取りあえず今はその代理として会議に参加している。   「いや、問題は、“隠れ路”で待ち伏せをされていた……と言うことだろう?」  キャメロンの短慮をやんわり窘めるのは、アタシよりやや年上だが、氏族長の中では若手の部類、“熊撃ち”ディヴィド・オルドマース。  弓の技それ自体ならアタシの方が上だが、狩人としての腕前ではアタシを遙かに上回る、温厚で落ち着いた善良な男だ。 「今まで隠れ路に入り込んだゴブリンなど居なかった。人間ですら、ごく希に勘の良い優秀な狩人か、魔力探知に長けた魔術師でなければ見つけられない隠れ路だ。もしそのゴブリン達が独自に見つけたというのなら、相当の実力を持ったシャーマンか、知能の高い者が含まれている事になる」    コイツは若手組なのに年寄りどもより落ち着いてるから、アタシの無茶を若さのせいだと言い訳出来なくさせられるので、その点本当にタチが悪い。 「ニンゲンの邪術士か、はぐれオークの集団が仕切ってる群れかもしれんなあ」  稀にだが、幻惑術に長けた邪術士や、タチの悪い追放者(グラー・ノロッド)のオーク等が、ゴブリンの群れを配下にして山賊の真似事をする事がある。 「だが、わざわざ我ら闇の森ダークエルフを狙うものか?」  人間にしろはぐれオークにしろ、そのくらいの“世の常識”を弁えた連中なら、仮に闇の森外周部でゴブリンの群れを配下にすることに成功しても、ここでダークエルフ相手にコトを構えるような愚は犯さないはずだ、と。   「確かにな。どうにも不審な点が多すぎる。  どうだろう。ここは慎重を期して大収穫祭自体を無期限延期にし、巡回レンジャーのみならず各郷合同の調査隊を作ってみては?」  十二氏族議会の議長は持ち回りで、その季節の集会の会場になる郷の者が受け持つ事になる。  なので今はモンティラーダのマキュシオスだ。そのマキュシオスの提案に、氏族長達はううむと唸る。  使節団一行が隠れ路で襲撃されるというのはかなりの重大事だ。  それを捨て置いて大収穫祭を執り行うなど有り得ない。しかし……。   「……それは、前例が無いぞい」 「ゴブリン如きのために収穫祭を延期など……聞いたこともないわいな」  全くもって、ダークエルフってのはそういうところが面倒臭い。  前例、前例、前例……。  やれ何年の誰某はこれこれの際このように採決した。その前の何々ではこういう記録がある……。  無駄に長生きで無闇に記録を残して、一にも前例二に前例。お前ら何だ!? 前例村の村民か!  マキュシオスやディヴィドは比較的若い氏族長達で、前例に無い判断も出来る。しかし300歳を超えるような“長老”連中は、どーにも腰が重くて仕方がない。   「“前例”ならアタシが作る」  長老連中のケツを蹴り上げてやろうとそう言い放つと、当然のごとく「またか……」と言わんばかりのざわめき。へーへー、すいませんね昔ッからの“問題児”でね。 「お主なんぞに任せる必要はないわ。ゴブリンの巣を見つけて焼き払う。それだけの簡単な仕ゴ……おおわ!?」 「ウチのがまた益体のない戯れ言を喚いて申し訳なかったわね、皆さん」  キャメロンの勢いだけで中身のない発言を途中で無理やり止めたのは、その妻でありグレイシアス郷氏族長のジーンナ。  “長老”寄りの氏族長の中で、一番厄介な難物だ。   「緊急と聞いて慌てて来ましたの。あらましはハーヴェストから聞いてますわ。  この度は大変な目に遭ったとか。ナナイ、必要な助力があれば遠慮無く言って下さいね」  丁寧な物腰で親切な申し出。おまけに上品な貴婦人然とした出で立ちで、長老連中のジジイ共のアイドルなのだが、まーーー腹黒さはダークエルフ界随一と言っても良い食わせ物の“女傑”である。    そのキャメロンとジーンナの子の一人ハーヴェストは、両親の悪辣さはまるで受け継いでない善良な男で、その上アタシにめちゃくちゃ一途に惚れている。だもんでハーヴェストとの間に出来たレイフの異父兄、トレントンがグレイシアス郷には居る。  で……まあそれがアタシの立場の弱さにもなっている。キャメロンの方はどうでも良いのだが、下手にジーンナの機嫌を損ねてしまうと、トレントンと会う機会を何かと理由を付けて減らされてしまうのだ。  離れて暮らして居たとしてもトレントンとて愛しい我が子。会えば存分に愛情を注ぎまくりたいのに、それを邪魔される。  長老連中はそういう面倒な駆け引きを、「ジーンナが上手く跳ね馬の手綱を握っておる」等と褒めそやしているが、アタシにとっちゃたまったモンじゃあない。   「申し出感謝するよ。  だが、マキュシオス。大規模な調査隊を作るのは良いけど、その前にウチで出来る限りのことをさせてもらう。  今回は二人ほど“攫われて”居るンでね。時間が惜しい。調査隊の編成はそちらに任せるが、こっちは独自に動く」  攫われたのはどちらも男。  ここらのゴブリンには捕虜を取り家畜化するのを覚えた奴らも居る。いわゆる“帝国流”だ。  女が攫われるのも最悪だが、男の場合はもっと“手早く”処理される可能性が高い。悠長に調査隊を組織する時間も惜しい。   「待て。改めて確認するが……“攫われた”んだよな?」  そこに割り込むのはオルドマースのディヴィド。 「ああ。二人な」  それを受けて、やや沈黙。 「……我が郷で、狩猟小屋に詰めていた者数人が連絡を取れなくなっている。  普段なら既に帰って来ているハズが遅れているので、レンジャーにも連絡して行方を探して居たが、近くにゴブリンの痕跡を見つけたとの報告も受けている」  再びざわめく。   「オルドマース郷の者も攫われている……と?」 「まだ確証がとれていないので報告していなかったが、今回の件と合わせると……可能性も考えられる」  ジーンナの問いに、ディヴィドが苦しげに答える。  ダークエルフの、しかも狩人がゴブリンに“攫われた”等というのは恥辱でしかない。この告白にはかなりの勇気がいったことだろう。  その恥ずべき告白を受けて、「そう言えば……」等と他の郷の者達が次々と「不審な失踪」を報告し出す。  あれよあれよと言う間に、半数以上の郷で少なくない「行方不明者」が居ることが判明した。   「……なんとも、呆れた話ですね」  全く被害の無い……或いは居てもそれを明かしていない、グレイシアス郷のジーンナがそう嘆息する。 「だーからゴブリンの巣穴など、見つけ次第全て燃や……もぐご」 「貴方、大人しくしていて下さい。  それにしても、これまでの被害……の、“可能性”があるというのは、確かに問題ですわね」  そう、問題だ。  ゴブリンなど居ても何の“脅威”でもない───それが闇の森ダークエルフ達の「共通認識」だ。  それが今、正に、崩れ去りかねないのだ。  長老連中の中には、まだ「考え過ぎではないか?」「もう少しきちんと調べなければ……」等と言う者達が居る。  ダン! と、アタシは机を叩き、「少なくともウチの者が攫われてるンだ。アンタらがどう言おうと、アタシ等はやる事ァやるぜ」と、睨みを効かせる。余計な口出しは無用だ。    そこまで場の流れを静観していた議長のマキュシオスが、 「───その件だが、もしかしたらティヴォートの一件も関係するかもしれん」  と、口を開く。  ティヴォートとは、闇の森の西にあるウッドエルフ郷の“傲慢王子”だ。  世間的にはウッドエルフとダークエルフは険悪だと思われているし、まあ必ずしも間違いではないのだが、かと言って敵対関係にあるという程でも無い。  ティヴォートの属するカプレートのウッドエルフ達とは、特にマキュシオスの先々代の頃に揉め事があり、その時は色々と拗れに拗れ、正に一触即発であわや戦争寸前にまでなっている。  しかしその後若い世代の間で関係修復が成され、今ではモンティラーダ郷を通じて、カプレートのウッドエルフ達は闇の森ダークエルフの外部との交易窓口にすらなっている。  帝国版図内で高値取り引きされる「エルフ製の魔法の武器防具」なンてのには、けっこうな量のカプレート経由で流れたウチの郷謹製のブツが含まれてるのだ。  そしてマキュシオス自身もカプレートの女性を娶るなど、私的にも相互に関係を深めてもいる。 「ティヴォートはまあ、ご存知の通り問題の多い奴だった。  そして今カプレートは辺境伯マーヴ・ラウルと揉め事を抱えて居る」    既に壊滅した帝国の版図内でも、特に辺境にその領地を持っていた有力な四人を、俗に“辺境四卿”などと呼ぶ。  中央が「滅びの7日間」による災厄で壊滅、大打撃を受けた今や、むしろ被害の少なかった彼等は現在着実に力をつけているのだ。  元帝国版図内の勢力図としては、皇帝の血筋を持ってして正統性を主張するティフツデイル王国、聖光教会を国教とすることで求心力を得ている神聖ティフツデイル教国、そして辺境四卿を中心とした南部諸卿同盟。この三つ巴の勢力争いが水面下で続いている。  現状政情が安定して見えるのは、どの勢力も決定打に欠け頭一つ抜きん出ることが出来ないから。  そして恐らくは辺境四卿の一人マーヴ・ラウルがカプレートのウッドエルフにちょっかいを出しているのは、ウッドエルフを支配下に置き南部諸卿連合の勢力拡大を図っているからでは……と見られているが、まあアタシは八割方、「エルフ女のハーレム作りたい」的なゲスい欲望からではないかと睨んでいる。  一度ばかしマーヴ・ラウルを見かけたことがあるが、ガキの時分から俗物丸出しの小心者だった。多分勢力拡大云々は“毒蛇”ヴェーナ辺りの策略で、ラウルを唆し操ってるのだろう。    まあそんな話は今は関係無く、何れにせよティヴォートはそのラウルによる手出しにかなり腹を立てており、短気で傲慢な性格故にいつか何かをやらかすのでは、と危惧されていた。  戦士としてはかなりの腕のあったティヴォートが公言していた事によれば、「野蛮な人間の下に置かれるのなど我慢ならん」「かと言ってダークエルフなんぞに頼り切るのは情けない」「自分独自の兵力を手に入れてやる」とのことで、その最中に行方をくらませている。  時期的にまだ闇の主討伐戦の直後で、我々ダークエルフもその事後処理に追われていたことから、この件に対して詳しい調査をしていないまま有耶無耶に流されていた為、ことの顛末真相は未だ不明。まことしやかに囁かれたのは、マーヴ・ラウルの刺客に討たれのではないか? というある種の陰謀論。  時を置かず、カプレートの姫アリエーラの誘拐未遂が起きたことから、カプレートのウッドエルフ達はマーヴ・ラウル卿による犯行を確信し、すわ戦争かとの情勢でもある。  が───。   「ティヴォートが消息を絶つ少し前に、あいつが少数の手勢を率いて外周部に入って行ったのを見た……という話がある」  マキュシオスのこの証言もまた初耳だ。 「おいおい、いくら何でもそれは飛躍しすぎじゃないか?  俺やナナイ程じゃないにしても、ティヴォートもそれなりに腕のある戦士だぞ?」  それが、ゴブリンに? と、ディヴィドのその疑問はもっともなのだが、 「だからこそ、だ。  あいつの二つ名は、“傲慢”と書いて“油断”だろ。  まさかゴブリン程度に……と考えているところに、今回の……死霊術や土魔法を操る多数のシャーマンや、隠れ路すら見つける知恵のある集団に襲われてみろ?」  ……全く、想像に難くない。   「その話はコーンソート公に?」  ジーンナが聞くと、 「いや……話そうとはしたがまるで取り合って貰えなかった。  コーンソート公がマーヴ・ラウルへの報復を計画しているのは間違い無いと思うが、そのためにどうも別の勢力を引き込んだようでね。  今ではあちらの動きはまるで分からない」  最も関係の深いはずのモンティラーダですら分からないのなら、他の氏族長では尚更だ。    ゴブリンの襲撃。あり得ぬほど力を付けたシャーマンの存在。増える失踪者。そして、不可解なウッドエルフ達の動き───。 「繋がりが───分からん」  ディヴィドの一言が、正にこの状況を言い表している。   「マキュシオス」  場の沈黙を破ったのは、やはり腹黒さと計算高さの権化、グレイシアスのジーンナ。 「ウッドエルフの動きとその関連性を探って頂けないかしら?」 「ああ。俺もティヴォートの件は気になる」  どうしようもない奴だが、それでもマキュシオスにとっては長年のつきあいのある友人でもある。 「ディヴィド。他の郷の者達と連携して、失踪者、行方不明者の足取りを」 「了解」 「私は……その間にゴブリンの群れの調査隊の編成をしておきたいのだけど、宜しいかしら?」    本来の議長であるマキュシオスへの越権行為とも取れる采配ぶりだが、そもそも氏族長議会議における議長の役割など、「始めと終わりの挨拶」に、「決を採ること」しかない。そしてこの手の采配をする上で、彼女以上の適任者は居ない。 「ナナイ……」 「アタシはとにかく、ウチの奴を攫った連中のことを追う」 「……お願いね。それでよろしいかしら、皆さん?」  こういうときは、実に助かる。     ………────────………   ※1ペータ=約30cm  成人オークの平均身長は180~240cm程度となる。      
良い
エロい
萌えた
泣ける
ハラハラ
アツい

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