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1-30.野営地跡での会談(4)「済まない───アレは嘘だ」

  「君は、この世界は『前世の安全で平和な世界』と異なり、無法で野蛮で、命の価値が軽い、と言っていた。  そしてだからこそ、弱肉強食であることを受け入れ、甘ったれた平和ボケを捨てて、この世界の厳しさに向き合わないとダメだ、ともね」 「……そうだ。  それに、そのことはお前も同意してただろう」 「殺されそうになっているのにむざむざ相手に命を差し出すつもりは無い、ということにね。  それに、僕らの居た前世の世界は、言うほど安全で平和な世界だったと言えるのかな?    確かに、『僕らの暮らしていた周りの環境』は、この世界の現状からすればはるかに安全だったかもしれない。  けれども世界のどこかではいつも戦争やテロは起こり、僕らの直接見ない場所、知らない場所で、常に悲劇は起きていた。  内乱続きのアフリカの国ではある日突然村を襲われ、大人の男は皆殺しにされ、女は性奴隷、少年は使い捨ての兵士として連れて行かれる。  毎日のように爆弾をくくりつけられた子供が自爆テロをさせられて、それらを無くすためと称して無人ドローンが爆撃を繰り返す。  アルビノで生まれるとその身体が薬の材料になると信じる呪術者に殺されたり、ゲイセクシャルであるとか人種や出自を理由に殺され迫害される事もざらにある。  東欧や旧共産圏のマフィアは人身売買と強制売春のネットワークを広げて、中南米では麻薬カルテルが政府や警察、軍よりも権力を持ち、逆らえば死体となり街中に吊される。  独裁者は自国民を強制収容所に閉じ込め、政敵を粛清したり暗殺したりする。そういう国から逃げ出し政治難民となっても、受け入れ先は少なく強制送還されいずれ殺される。    全部、『安全で平和な、僕らの前世の世界』の日常だったろ?  ただ、僕ら自身が直接そこに関わっていなかった、というだけでしかない。    そして僕らはそんな世界に対して『甘えを捨てて適応すべき』なんて言いながら、進んで人を殺して回ったり、女性を監禁したりはしなかった」    レイフの挙げた例の半分も俺は思い出せていない。もしかしたら元からそんなに知らなかったのかもしれない。  けど、言いたいことは分かる。 『自分の身の回りが安全で平和だったこと』と、『世界が安全で平和であること』は、イコールではない、ということだ。   「だから何だってんだよ、あァ?」 「僕らの前世の世界の現状も、この世界の現状も、本質的にはさほど違いは無い、ということだよ。  どれほど文明を発達させ、理論哲学思想を構築し、新しい概念や法秩序を発明しても、人間という生き物の本質それ自体はたいして変わらない。    人間は、ゴブリンなんかよりもはるかに───邪悪で、野蛮で、凶暴だ」    かつて人間であったダークエルフが、かつて人間であったゴブリンに人間の本質的邪悪さを説いている。  そしてそれを、かつて人間であったオークが、ただ何も言えずにおろおろと眺めている。   「───どちらの世界でも人間が邪悪だッてんなら、ゴブリンである俺がその『邪悪な人間達』を征服して何が悪い?  人間が『邪悪なゴブリン』を退治するのと、『ゴブリンが邪悪な人間を退治する』のと、一体何が違うッてんだ?」  ユリウスさんが、ある種の開き直りのようなことを忌々しげに言う。   「君が『ただのゴブリン』なら、その主張もまだ筋が通る。  けど君は違う。  この世界よりも遥かに文明の発達した世界での、人間としての知恵と知識と邪悪さを持ったゴブリンだ。    そして君は、君の言う『弱肉強食で野蛮なのゴブリンの群れの在り方』を変える機会を手に入れた。  手に入れた後に、君の中の邪悪な人間性が君の属するゴブリンの群れを、『より邪悪な群れ』へと変化させてしまった。  ゴブリン達に、『人間らしい嘘と欺瞞』を教えたんだ」    ───確かに、ゴブリン達は集団で狩りや襲撃をするにしても、突然襲い掛かることで結果として不意打ちになることはあるが、意図的に隠れて不意打ちを狙うようなことは基本的にはない。  ある意味バカ正直、ある意味正々堂々。  俺───甦る前のオーク戦士、ガンボンを襲撃したような襲い方はまず有り得なかったし、さらにはダークエルフ使節団への計画的かつ巧妙な襲撃などもっと有り得ない。   「ゴブリンが知恵と力をつけて戦うのが悪いのか?  そりゃつまり、ゴブリンに生まれたらお前らダークエルフや人間よりも、愚かで弱い存在として踏みにじられていろってことだろ?」 「僕らダークエルフはゴブリンを支配も弾圧もしてきていない。  襲撃されればそれをはねのける。悪質化したら群れを殲滅する。せいぜいその程度だ。  今回だって───それは出来た」 「ふん……自信満々だな」 「……ダークエルフというのは、君が思っている以上にしたたかでしぶとく……タチが悪い種族だという、それだけのことさ」    僅かに、レイフの声には陰鬱な翳りの様なものが含まれたかに聞こえた。 「でも、今問われているのはそこじゃない。  君はゴブリン達を鍛えて、群れを発展させようとした。  そこで君の選んだ方向性は、あくまで『他者を襲い、奪い、支配する』という道だ。  けれども、『人間の知恵と知識』を持つ君なら、他の選択肢はいくらでもあったはずだ。  農耕や牧畜を始めることも、産業を起こすことも可能だったのに、君はそれを選ばなかった。    あくまでも、君の支配欲、性欲、権力欲を満たすための道具としてゴブリンを使役し、人間やエルフを襲わせ続けて捕虜にしていった。  ───まるでゲームの様に、ね」   「じゃあ自衛もするな、ってのか?  テリトリーに来る人間どもはゴブリンと見れば襲い出すし、ウッドエルフに至ってはアジトまで来て喧嘩売って来やがった」 「自衛戦力を無くせとは言わない。  支配と服従を前提とした君の覇権主義を、“妥協したかたち”で方向転換出来ないか……。  それを聞いているんだ」    遂に、この膠着したやりとりの終着点へと、レイフが舵を切った。  俺も、出来れば問いただしたかったこと。  けれどもどう言えば伝わるのか分からずに居たこと。   「───ふん……そうかい、そうかい」  胡座を掻いていた姿勢から、ゆっくりと立ち上がりながらそう応じるユリウスさん。 「くだらねェ。  結局はそんな話かよ……。    結局はお前も、この世界の苛烈さにビビって逃げてるだけだろう?  居るよ、お前みたいなの。本ばっか読んで、理屈ばっか捏ねて、それで何でもわかったつもりになっているだけのな。  けど結局何にもやらねェんだよ、そーゆー奴ってのはよ。    お前は偶々生まれ変わったのが氏族長の子ってだけで、そこそこの権力を持ってるのかもしれねぇが、そんなのは結局『与えられた』モンでしかねえ。  この世界で、お前自身の力で勝ち取ったこと、成し遂げたことなんてあるのか?  どっちの世界に居てもおンなじなんだよ、お前みてーのは。  言い訳ばッかりこね回して、戦いも決断もしねえでずっと逃げて回って、いつまでも安全な所に引きこもってンだ」  言い訳ばかりで、逃げ回って引きこもる……。  それは、向こうの世界の前世の俺だ。   「確かに───」  ユリウスさんの挑発のような言葉に、レイフがやや目を伏せて悩ましげにそう答える。 「そうかもしれない。  僕は所詮、氏族長の子、という肩書きを持ってるだけの若造でしか無いし、それで周りに守られて安全な郷の中に引きこもってるだけの奴だろう。  ───だとしても」  顔を上げ、ある種の決意をもってしてこう告げる。 「君が覇権主義を掲げ、戦争と支配を望み続ける限り、君の道と僕の道が重なり合って、共に歩むという未来は有り得ない。  本当に───残念だ」    きっぱりと、そう言った。   「それにその───ウッドエルフの件についてはもう一つ。  知らせておきたいことがあるんだ」    レイフがそう言って右手を挙げると、ゆらりとした闇の影が立ち上がり、例の白骨化した頭部を持つ馬が現れる。  その馬が、しゅっと後ろ脚で立ちあがるとホブゴブリンの抱えていた駕籠───仔地豚のタカギの入ったそれ、を前脚の蹄で蹴り上げた。  あ、と言う間も無く壊されたそれに、驚いて飛び跳ねるタカギを、闇の馬はその白骨化した顔の剥き出しの歯で咥えてレイフへと差し出す。  銀ピカさんもユリウスさんも、そして勿論当然この俺も、一切反応する間のない展開だ。 「───どういうつもりだ?」  ユリウスさんの問いに、タカギを受け取ったレイフはそれを抱え、大人しくさせてから首に掛かった素朴な作りの首飾りを外して確認する。 「とりあえず、コレだけ預からせてもらうよ」  レイフはその首飾りを、闇の馬に咥えさせると、馬はそのまま飛び上がり遠くへ駆け去って行った。    何なのか。俺もユリウスさんも、その不可解な行動の意図が全く読めない。  レイフはそれを見送ると、抱えていたタカギを俺の方へと渡して言葉を続ける。 「君は闇の森を統括した後は、外部の人間の勢力と争う予定だったよね。  まずは辺境四卿の一人、マーヴ・ラウル卿」 「……そうだな」  スキルのことを考えれば、レイフがユリウスさんの後々の計画を知っていてもおかしくはない。 「しかし、君の勢力単独で攻め入るのにはまだ不安があった。  森の中での奇襲ならまだしも、平地で帝国人の重装歩兵や騎馬兵と正面からやり合うのは厄介だ。せめて数の利は覆したい。  そこで君は───」  苦々しげな顔のユリウスさん。  と、そこで別の声が聞こえてくる。   『───ケルアディード郷のレイフ……そして、ゴブリンロード、ユリウス……』  流暢で重々しい、おそらくは年老いているであろうエルフ語の声。  それを聞き、ユリウスの顔に明らかな驚愕と恐れが広がった。  「……てめェ、何をする気だ!?」   『ユリウス……君が我が娘アリエーラを、ラウル卿の手勢から奪還してくれたことに関しては感謝している。  それは今も変わらん』    声は、レイフの手にした貝の形をしたものから聞こえてくる。  小さめのシャコガイ、或いは大きめのホタテ貝のような二枚貝の形で、ちょうど開けたり閉めたり出来るようだ。   『しかし───』    そこで、一旦言葉を切り、僅かな間を置いて語られたのは、ユリウスへの絶縁宣告でもあった。   『我が息子ティヴォートを君が殺したという事実を知った今───もはや君との協力体制は白紙にさせてもらう』    これは───何の話だ?   『ユリウス。  確かにティヴォートは、傲慢不遜な性格で短慮な愚か者だ。あ奴に非が無かったとは正直思えない。  ラウル卿による執拗な挑発に憤った息子が、腹いせに君に無理を押し付け、癇癪を起こし襲い掛かったとしてもおかしくはないだろう。  アレは、常に問題ばかりを起こしていた不肖の息子。いつかはそのツケを払うことになるやもしれんと危惧していた。  しかしそれでも───我が息子だ。    そして何より君は、その事実を隠して、ラウル卿との戦いに助力すると持ち掛けてきた。  それを知り、それでもそれを受け入れられる程には、私の心は広くはない。    ただ、娘の恩人であるという一点に置いて───君に息子の復讐はしないと言うことをここに誓おう。  そして君と協力関係を続けることはないが、君が捕虜にしている我らの同胞を解放し、我等に再び野心を向けることをしないのであれば、ダークエルフ達に加勢することもしない───』    硬直したように立ち尽くし、微かに震えているユリウスさん。   「───あの、何の魔法効果もなく価値もない安物の首飾りは、兄であるティヴォートに幼い頃の妹アリエーラが、拙いながらも手造りして贈ったものなのだそうだ。  君からすれば、ゴミにしか見えない安物だろうけどもね」  そうだ、ゴミ───。  ゴミ捨て場に突っ込んで行ったタカギが、あのとき拾い上げた「光るもの」がその首飾りだったんだ。  それは確かにちゃちな造りの安物で、ユリウスさんがわざわざ宝物庫に入れる価値のない程度のものだったろう。  けれども妹から兄へ贈った手造り品という唯一無二のものであれば……元の持ち主を探り出すのはそれ程不可能ではない。  レイフは……つまりその存在を元々知って居た……?   「君がティヴォートを殺したのも、その後にラウル卿配下がアリエーラを拐かした現場に居合わせたのも、元々はどちらも単なる偶然だったのだろう。  ただそのそれぞれの偶然を、君はうまく利用した……。  コーンソート公にティヴォート殺害はラウル卿配下によるものと敢えて誤解させ、そのラウル卿の魔の手から妹姫アリエーラを救い出した恩人として信頼を得る。  そして“ウッドエルフの敵を倒す手助けをする”という名目で、エルフ軍を利用して闇の森外部への侵攻の足掛かりとする───という、計略」  最初にユリウスさんが自らの覇権を俺に宣言したときに言っていた、『闇の森の北西部にあるウッドエルフ郷と辺境伯との小競り合い』というのは、このことだったのだろう。   「───お前は、そのスキルでそれを知り……ぶっ潰す為の策を最初から練っていたのか……」  恫喝、威圧するでもない、落ち着いて低い声。 「お互いの妥協点が見付かれば良かったんだけどもね。  それと──僕の言った【固有スキル】の話───」  答えるレイフは、今までにないくらい冷たい口調で、こう続けた。   「済まない───アレは嘘だ。    固有スキルなんてものは持ってないし、そして君が何故そんなものを持っているのかについても───心当たりがある」    驚きの告白。  しかしその衝撃以上に、俺は何故だか───とてつもなく嫌な予感がした。  レイフの心当たりなんてものは見当もつかない。  見当も付かなければ予想も出来ない。  だけども───レイフのその底冷えをするかのような目、その声音。  それらの醸し出す雰囲気。その全てが、取り返しのつかない何かをもたらしてしまうような、そんな気にさせる。   「───何だッてんだ?  そいつはよ……」    駄目だ、聞くな。  それ以上、もう。    俺は自分でも気付かず、抱えていたタカギを強く抱きしめながらレイフへと近づいていた。   「僕らはそれぞれ、別の世界で死に、そしてこの世界で一度死んだ者として甦った───と、そう思っている」    ふらふらとした、或いはふわふわとして、何か地面をきちんと踏めていないかのような足取り。   「それは多分、ひとまずは正しい。  ただ独り───君を除いては」    睨み合い……いや、ユリウスさんが一方的に、レイフへと凶悪な目を向け続けている。   「───闇の主トゥエン・ディンは、多くの実験を行っていた。  その中には忌まわしいともおぞましいとも言えるモノがあったが、人造生命の創造もその一つだ。  彼はその実験に取り憑かれていて、多くの実験体を造り上げていた。  特に特殊な進化を遂げる生命体を創ることに執心していたらしい」    急に、話の流れが変わった。   「その一つが───逃げ出した。  “それ”、は、初めはぶよぶよとした粘液状ともゲル状とも言えるモノだった。  “それ”、は生物とも無生物とも言えるモノだった。  “それ”、逃げ出し、地下を這いずり、多くの命を捕食し、様々な能力を得て行った。  “それ”には、そういう特殊な能力があったんだ」    そう、特殊な───。   「“それ”は、地上に出たとき初めて、意識と知性を兼ね備えた者に出会った。  まだただの弱い若手のゴブリンであった頃の、君だ」    以前、ユリウスさんに聞いた、「ただのゴブリンだった頃の死因」は得体の知れない化け物に襲われたことで、そこに「向こうの世界の元人間の魂」が肉体を得て甦った───。   「君は多分、そうやって“それ”───闇の主の造り出した実験体の───化け物に殺され、そこに人間の魂を持って甦った。  そう認識しているハズだろう。  けど、違う」    それは、つまり───。   「君は、人間の魂を持って甦ったゴブリンなんかじゃない」   「───めだ、それは……」   「君は本当は───」   「レイフ! 止めろ! もう、言わなくて良い───」    それ以上はダメだ。言うな。言わなくて良い。  君は───言葉で彼を、殺す気か───。   「自分を元人間のゴブリンだと“思い込んでいる”、ただの出来損ないの化け物だ。  元人間の魂を持ったゴブリンを、【捕食吸収】し、二つの記憶───人格をも吸収してね───」      地面が揺れて、陥没し───巨大な外骨格をもつ牙がレイフを襲い───切り裂いた。  
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