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1-22.「これがホンマの異世界ハーレムや!?」

 その後もユリウスさんは陽気に飲み、喰らい、しゃべり続け、俺はちびちびとそれにお付き合いしつつ頷いたり、頷いたり……それから頷いたり……ほぼほぼただひたすら頷いたりして、夜も更けた。  かなり酔いも回り出してから、ユリウスさんは側にいた女ゴブリンの一人に、俺の為に準備させた一室へと案内するようにと指示を出した後に、残りの女ゴブリン達を引き連れ自室へと向かう。  これは誰でも分かる。さすがの俺でも分かる。  この後夜のお楽しみタイムだということを……!!  これがホンマの異世界ハーレムや!?  やっぱり異世界ハーレムには、チート必須なんや!!!!    あてがわれた小部屋は、まあ正直本当に間に合わせ、という感じではあった。  ただ洞窟内の一角を簡単に区切っただけの小部屋に、ベッドも無く、区画の隅に寝藁と毛皮を敷いた簡素な寝床。暖もなくほとんど野宿をするに等しい環境だったが、心身ともに疲れ果ててたことに加え、多少の果実酒の酔いも手伝って、横になった俺はタカギを抱き枕代わりにしてすぐに寝込んだ。  その夜───。  俺はまた、夢を見た。  この間の夢は、起きたときにはほぼ意味をなさない途切れ途切れの場面の断片になっていた。  今回もまた起きたときには散り散りの断片的記憶になって、意味のあるものとして思い出されることは無いのだろう。    小さな、黒い子猫が歩いている。  その後ろをテッテコテッテコとついていく俺。  地面が固い岩で、蹄だと滑りやすいので要注意だ。  黒猫は時折こちらを振り返り、ちゃんとついてきているか確認する。  大丈夫ですよー。迷子になってませんよー。  洞窟の中を色々と歩いて回る。  武器庫らしき部屋。食糧庫らしき部屋。調理場。資材置き場。工作室。幾つかの寝室。食堂。    少し離れた所に、俺が最初に入れられていた縦穴式の独房がある。四箇所程の独房に、何人かの気配がする。  その近くの洞窟には、また別の牢屋みたいな丸太の木枠で囲まれた場所があり、そこにも何人かの気配がある。  黒猫はそれらを暫く眺め、やや目を細めてから被りを振ると、再び別の場所へと歩き出す。  一通り見て回ってから、黒猫は何かを探すように動き出す。  俺は特に目的も無くついて回る。ふりふりしてる鍵しっぽが可愛らしくて目が離せない。  暫くして、ゴミ捨て場らしき所へと向かう。  壊れた道具、破片、使えなくなった武器防具やら何やら。  その中から、黒猫は一つの光るモノを探し出し───。   ◆ ◆ ◆    さて、どうしたものか。  朝起きて飯をもらい、諸々を済ませるとまたポッカリとお暇になる。  ユリウスさんは忙しくしている。午前は練兵だそうで、配下のゴブリン達を鍛えているらしい。  ちょっとだけその様子を見ていたが、中にはエルフや人間たちも混ざっていた。  一度は捕虜になったものの、ユリウスさんに恭順を示して徴用されるようになった者達らしい。  同じ様に、錬金術師や鍛冶師といった職人たちもユリウスさんの為に働いているとかで、確かに彼自身言っていた通りに、「ここはよくあるそこらのゴブリンの群れとは違う」ようだった。    タカギを撫でながら心の癒しと安定を計りつつ、日溜まりの中思案をする。  さて、本当にこれ、どうしたものか。  ユリウスさんの転生後の人生ならぬゴブ生においての目標は、どうやらこの世界での覇権のようだった。  まずは闇の森の主となり、次いで帝国の残りを平らげ、南の迷宮都市に獣人、東の騎馬民族……と、版図を広げて大帝国を築くこと。  言うなれば、「天下取ったるわい!」という野望。    そう、ユリウスさんは野望の人、なのだ。  異世界に転生しても、襲われそうになっては怯え、飯と寝床が得られればぼんやりまったりの日々を送り……という、成り行き任せ風任せな俺とは全然違う。  確固たる目標があり、そこへと向かうための行動力があり、それに従う者達を指揮する人望、カリスマ性がある。  そして同じ様に転生して、ここで新しい生活を始めているレイフとも違う。  レイフは……少なくとも覇権を求めているようには思えなかった。  本心で何を求めているか? というところまで、深く関わり話し合いを出来て居たわけではなかったが、基本的な気質性格からしても、レイフは穏健派のように思える。  闘争よりは平穏を求め、強くなることよりは生活環境の向上発展のために知恵や工夫を凝らす。  そんな二人が、闇の森の主の座を求めて争い合う……なんてのは、どうにもしっくりこない。  そんなのは避けたい。    ユリウスさんは正直怖いが、すごい悪人だという風にも思えない。  それは単に、俺がユリウスさん同様の転生者だったという事実から、彼自身が俺に非常に友好的だからそう思えている……というだけの話かもしれない。  だとしても、だ。  ダークエルフ達とゴブリン達が争い合い傷付けあい、または殺し合う……その状況、その未来を変えたい。そう思う。  しかしどうすれば良いのか?  俺にはレイフの様な知恵も理論もないし、ユリウスさんの様なチートな戦闘能力も人望も無い。  あるのは、豊富な皮下脂肪と柔道技くらい。  どんなに華麗な一本背負いを決められても、この問題を解決は出来そうにない。    ぐむぅ。  唸りつつも、胡座をかいた足の上でプギプギと気持ち良さげに居眠りをしている仔地豚のタカギを撫でている。  撫でり撫でりと撫でつつも、さて一向に良い知恵なんぞは浮かんで来ない。  頭を捻ったところで、出てくるモノは唸り声と屁ばかりだ。  プヒ。ああお下劣。  俺の香しき芳香に気づいて目を覚ましたタカギが、ぴょんこと俺の膝から飛び降り、キョロキョロ辺りを見回す。  見回して何処ぞへと視点を定めたかと思うと、トッと軽やかな足取りで飛び上がり、テッテコテッテコ歩き出した。  ちょっと待ってちょっと待ってタカギさん、こんな所でうろつきまわってたら、意地汚いゴブリンに捕まって頭からマルカジリされてまいますよ!  慌てて立ち上がり追いかけるも、タカギは素早く飛び跳ね歩き回り、どんどん奥へと進んでゆく。  周りで作業しているらしきゴブリン達に訝しまれながらも、俺とタカギの追いかけっこが続いて暫くすると、ゴブリンの住処の隅の方、柵の近くにある簡単な穴の掘られたゴミ捨て場へと辿り着いた。  そのゴミの山にダイブするタカギを追い、俺もダイブ。いや別に狙ってダイブしたのではなく、単に勢い余って止まれなかっただけですが、いやしかし壊れたマグの破片やら生ゴミやらと、これ普通に危ないし汚いし絶対飛び込んだりしたらダメなやつですよ、ええ。  なんとか捕まえて抱きしめたタカギと共に、ゴミの山から這い出す俺。そしてその俺達の前に、数人の人影が立ちふさがった。   「随分と楽しそうな趣味ね、子豚ちゃん達」  妙に艶っぽい声でそう言ってくるのは、ユリウスさんの取り巻きガールズの一人。長くてやや緩やかなウェーブのある艶めいた黒髪をした、最初に格子から俺のことを見ていた女ゴブリン。使う言葉はやはりエルフ語。ユリウスさんもそうだったが、彼等の間の公用語みたいなものなのだろうか。  とは言えしかしそんなことを言われても、別に趣味でゴミの山に飛び込んだワケではないので返答のしようもない。    その横には、というと、これまたでデカい筋肉質の男が立っている。  身長も身体の分厚さも超重量級。体格だけならユリウスさんより一回り、いや、二回りくらいはデカい。  胴当ては黒っぽい金属の重々しいものだが、左腕は毛皮のあしらわれた鋼鉄の篭手で、右腕は革製。ブーツも左右で互い違いと、まるで寄せ集めのようなちぐはぐな鎧で全身を包んでいる。  しかし何より目を引くのは重厚で巧みな装飾のなされた雄牛の頭を象った兜。素顔が見えない様な完全フルフェイスのヘルメットだが、シルエットだけ見たときには一瞬ミノタウロスでも居るのかと思ってしまった。まあ、流石にゴブリンが成長してったらミノタウロスになる、なんていう想像は意味不明過ぎるけれども。  雄牛の兜を被った巨漢は、これまた巨大な両手斧を持っていて、それを鬼の金棒のように地面について仁王立ちしている。  もう、物凄い威圧感。    そしてさらにその横にはもう一人。こちらも女ゴブリンだが、黒髪ロングとは異なり革鎧を着込み、腰には剣を差している。雄牛兜が重装戦士なら、こちらは軽戦士。ボサボサで焦げ茶色の短めの髪を油で固めて後ろに流している。そう言えば昨夜、この女ゴブリンもユリウスさんの後ろに並んでいたっけか。  この三人を中心に、さらにその後ろに数人。なんつうかまたこう、「あっしら、子分でヤンス! キケケケケ!」とでも言わんばかりのゴブリン達が数人ニヤついてたむろしてるけども、この際こいつらとかもうどうでもいい。何より雄牛兜の巨漢の存在感が際立ちすぎている。    毎度のことながら、どうしたら良いものかともごもごしていると、 「無口ね。それとも私ら程度とは話せない?」  ……絡まれてる。明らかに絡まれてる……!!  ちょっと待って、こういうイベントは、「冒険者ギルドに登録しに行くと、明らかにヤられ役なチンピラ冒険者に絡まれるも、転生特典のチート能力で易々と撃退」的な流れで起きるべきヤツでしょ!?  この人達……てーかぶっちゃけこの雄牛兜の巨漢は、どっからどう見ても「ヤられ役のチンピラ」とかじゃねぇし!?  デコピン一つでこちとら轟沈してしまいかねませんよ!?  ふん! と鼻息を荒く威嚇してくる雄牛兜。  やめてください、よしてください、もうこちらいっぱいいっぱいですから!    冷ややかな、それで居てやや嗜虐的な目で俺を見下ろす黒髪ロング。  焦げ茶髪の女ゴブリンはそんな俺を半眼で睨みつつ顔を近づけ、 「で……何の話してたんだよ、なあ?」  ヤンキー女のガンつけよろしく凄まれて、俺はさらにもごもごしてしまう。 「そもそもお前、何なんだ? 何、ユリウスに馴れ馴れしくしてんだよ? 何様だよ? ああ?」  そう凄んでくる女ヤンキーゴブリンさん、略してヤンゴブさんと、その横でさらにふん! と大きな鼻息をする雄牛兜。その背後でキケケケと薄ら笑い浮かべている子分ゴブリン達。  もう完全に校舎裏に呼び出されたイジメられっ子の様相。    諸々問われてることには一応の回答はある。あるが、それはどーにも信じてもらえるようなものでもない。  例え真面目に答えてみたところで「はぁ? 何意味分かんねーこと言ってんだよテメー、グチャグチャにしてやんよ、あぁ!?」「!」とか言われて豚ミンチ肉と化して終わりそうだ。  こういう状況になったときに出来る選択はただ一つ。  うつむき気味に下を見ながら、決して視線を合わせることなく、「すみません、はい、すみません……」と、機械仕掛けのように繰り返し返答の代わりとすることだ。これ、覚えてる。  その唯一にして絶対の回避技を実行し、何とかヤンゴブさんの追求を逸らそうと、適切な角度のうつむき加減を演出していると、再び「ふん!」と雄牛兜さん。さらにはどん! と両手斧の柄で地面を叩く振動付きの威圧。チビるかもしれない。    多分、ユリウスさんから「手を出すな」とは命令されているんだろうとは思う。  しかし古くからの取り巻きである彼らからすれば、捕まえた捕虜のオークが、突然大ボスのユリウスさんから変に親しくされている事が気に入らない。  なのでこうやってビビらせて「序列を教えてやろう」ってことなんだろうけども……分かってます、大丈夫です、ワタクシ、皆様の序列を乱そうなどとはちらとも考えておりません。本当です、目も合わせません。靴を舐めろと言われればペロンペロンとお舐めいたします。  そんな気持ちを一心に込めた姿勢でうつむき続ける。大丈夫だタカギ。お前のことは俺が守るぞ。心配とかしてなさそうだけど。   「止めろ、ブルナ」  その状況に割って入る声がした。  ヤンゴブさん含め、そこにいたゴブリン達が一斉に振り返るのが分かる。  釣られて俺もやや視線を向けると、また別の女ゴブリンが居た。  こちらも黒髪だが、緩やかなウェーブのある艶っぽい黒髪ロングさんと異なり、肩口までのストレートで、その上にまた光り輝く銀色の兜を被っている。  いや、兜だけではない。全身を、銀色に輝くピカピカの鎧で覆っているのだ。   「……ヘッ!!」  俺に睨みを効かせまくっていたヤンゴブさんが、吐き捨てるようにそう言ってそちらへと向き直る。 「あらあら、カナンったら。  早速、頂いたご褒美の御披露目かしら?」  そう鷹揚に言うのは黒髪ロングさん。  言われて、カナンと呼ばれた銀ピカさんは、全く表情も変えず、 「ユリウス様はそいつに構うな……と命令していたはずだが?」  緊張した、張り詰めたような空気が漂いだし、雄牛兜が目に見えて挙動不審になる。ユリウスさんの名を出されると弱いらしい。 「別に? ちょっと仲良くふざけてただけだぜ?  な? おデブちゃんよ?」  スゲェ。イジメの現場が先生に見つかったときの常套句を、まさか異世界で聞けるとは! 言い訳というのは何処でもそうは変わらないらしい。  このゴブリン達の関係性はよく分からない。分からないけれどもこのカナンと呼ばれた銀ピカさんは、学級委員長みたいなものの様だ。  ただし、大番長のユリウスさんに心酔している。その点はおそらく、他の三人とも変わらない。  うぅ、とか、うご、とか、小さく唸りながら両者を交互に観ている雄牛兜に、動じることなく銀ピカさんに顔を向けるヤンゴブさん。  その間を取りなすかのように黒髪ロングさんが、 「……で、何か御用事なんじゃないの? 別に新装備の自慢と風紀取り締まりのためだけにこんなゴミ捨て場まで来たワケじゃあないでしょ?」  目を細めながら、ちょっと楽しそうな口調。  問われた銀ピカさんは、黒髪ロングさんに向き直ることなく、まっすぐに俺の方を見てこう告げた。 「来い。ユリウス様がお呼びだ」  大番長からのお呼びだし……。  いや、これは全然、全くピンチを脱してはいないようだ。   ◆◆◆    カナンと呼ばれた銀ピカさんに連れられて洞窟の中を奥まで進むと、練兵所として作られた大きめの広場に辿り着く。  薄暗い洞窟の中、そこかしこの篝火の灯りに照らされる数百人は居るかと思えるゴブリン達が、興奮気味に騒ぎ立て蠢いてているその一角に、遠目に見ても分かるくらいに頭二つ三つ抜きん出た長身の男の後ろ姿が見えた。  長い白髪を靡かせるその男こそ、チートレベルの特殊スキル持ち転生者であり、ゴブリンロードのユリウスさんだ。  その興奮したゴブリンの群れの中を銀ピカさんがゆっくりと進むと、見事に人の波が割れていく。  お陰で、その後に続く俺や、先程まで俺を取り囲んでいた黒髪ロングさんや雄牛兜、ヤンゴブさん等は、何にも煩わされることなく進んでいけた。   「ユリウス様」 「来たか!」  銀ピカさんに楽しげな声でそう答えるが、ユリウスさんは振り返りもせず喧噪の中心へと視線は注いだまま。  普通のゴブリンよりは高いものの、成長したホブゴブリンよりは背の低い俺は、ユリウスさんの周りのホブゴブリン達の頭で、その中心に何があるのか、いや、何が行われているのかがよく見えない。  しかし周りのゴブリン達が一様にその中心部に声援や罵倒を送り、興奮しているのははっきりと分かった。  汗と、血と、息と、熱と、様々なものの混ざり合ったその空気に、俺は眩暈がするような気持ち悪さを覚える。   「そろそろ決着だな」  愉悦に満ちた声音でそう宣言するユリウスさん。  それを聞いて、俺の後ろに居たヤンゴブさんが乱暴に俺を押しのけ前へと出る。明らかに興奮した様子でユリウスさんの横へと行くと、「よし! いいぞ!」と小さく叫んでいる。  そのとき出来たヒトゴミの隙間。その僅かな隙間に、見知ったもの、観た覚えのある顔が観て取れ、群集の熱にクラクラとしていた俺の意識が、急にゾッとする程冷たいものに取って代わられた。  篝火の灯りだけの薄暗い練兵所の中、鮮やかな、オレンジに近い長い赤毛が揺らめき、闇に溶け込むような青黒い肌とのコントラストを際立たせている。  そして何よりも、常ならば軽薄そうな薄い唇に笑みを浮かべているはずの細面が、今は苦痛と驚愕に大きく歪み、開かれた口から滴り落ちる鮮血が、さらにその青黒い肌の色に、印象的な彩りを描いていた。    それはセロンだった。  レンジャー見習いで、今回のダークエルフ使節団の護衛官。アランディ隊長の教え子の一人。  数日ではあるが、共に戦闘訓練を受けていたダークエルフの若者。  興奮したゴブリン達の中心で、そのセロンの胸板が大きく斬り裂かれ、血飛沫を上げ仰け反るように崩れ落ちる。  その大きく見開かれた目が、俺を見ているような、そんな気がした。  
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