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第146話

オレとしちゃ…いいや、第一線の働き手としては理想だよ。とってもね。こんなに都合のいい使い捨てのお人形はないんだからさ?それとも相手のことを考えているのかな。遺していく妻子を?素晴らしい!城の鑑として全員に離婚を命じたいくらいだよ。でもそういうわけにはいかないでしょ。ああ、ごめんね群青、何が言いたいか分からないよね。びっくりしちゃってさ、オレも。気が動転しているんだ、まさか断られるなんて思わなかったから。君に「(いな)」が言える口があるとは思わなくってさ。兄上の首斬るの命じられた時だって「(だく)」だったじゃん?だからもう君が二つ返事で答えてくれるものだと思ったからどうしようかなって思ってるわけ。ああそれとももうそこまでして心に決めてる人がいるんだ?でもやめておきなよ、それこそ君と(ちぎ)っちゃ幸せになんてなれないこと自分が一番分かってるんでしょ?ここはオレに宛がわれた子とよろしくやりなよ。いや別にオレが無理でしたって言えば簡単なんだけど、そろそろでも君にさ、これからの任務もあるし妻子を持つってのがどういうことなのか経験しておいてほしいなって思ったわけよ。だってもし君が老衰でぽっくり逝くことになったら?そんなときまで独りなんて流石にオレでも良心痛むよ。君みたいな人は一番好いた人間とは一緒にいないほうがいいね。オレだってそうだよ………ああそれでも君がまだ撤回しようとしないのが残念だな。ああ、君の想い人に多婚が許されていればなぁ。そうは思わない?群青。きっと君を一番に据えてはくれないけどそれでも傍にはいられる。う~ん、多婚が許されていればなぁ。君だけのために多婚を合法にしたっていいね。今やたらと巷を騒がせてる得体の知れない宗教が多婚を許してるけどあれは世の情勢を分かってないよ、売名もいいところだね。でも今の世情なら多婚、いいかもね。家族の在り方が変わってくるけど、そもそも人を1人しか愛したらいけないなんてこともないんだし、誰が誰の子なんて関係ないだろう、愛した人の血を引いているならね?そこに自分の遺伝が入っているか否かなんて、愛しているのは自分だけという証明に他ならないよ。それならそれで構わないけど愛してるだなんだなんて二度と口にして欲しくないものだな。そういうわけでどうだろう、次の会議で多婚の合法化を提示してみるよ。いやぁ、財産問題だの離婚調停だのがいっぱい舞い込んでくるだろうな。でもいいよ群青。君ひとりがひとつ君なりの幸せに一歩でも半歩でも近付けるならね。君のその手は兄上の血で汚れてるんだから、その両手ごと君を愛するなんて当然のことじゃないかな、弟としてさ?なのにあの(ひと)たちったら君を崇めるか殴るかしかしないんだから。誰が一番、君の主に相応しいか分かるだろう?群青…そういうわけでオレも君が意中の人と結ばれることを願っているよ。  演説していた物言いたげな視線が極彩へゆっくりと滑る。背を押せとでもいうのか。極彩は短く、そうですね、と言った。丁度その時に世話係が猪口を持ってきた。群青の周りを彷徨していた天藍自らの足で、戻ってきた世話係から器を受け取る。 「少し小さいけど、まぁ、こんなもんかな」  天藍は猪口を持ち、群青のもとに行くと投げ渡した瓶の中身を注がせた。銀を溶かしたような奇妙な反射をする、粘性の強い液体だった。躊躇なく二公子は呷る。もう一度注がせ、群青へ耳打ちする。濃い睫毛が大きく開いた。首を振る。すでに拒否権のない彼は肩を叩かれた。主人は壇上に戻り、座具に腰を下ろした。その姿を追っていたが、隣からの強い視線に応じる。 「座ったら」   天藍が口を挟む。群青は片手で猪口を持ちながら座した。そのため極彩も倣った。向かい合う。目は泳いでいた。鼓動まで聞こえてしまいそうなほどの静寂に包まれ、誰も沈黙を破ろうとしなかった。上方(じょうほう)からの冷ややかな視線に炙られる。見世物に等しかった。漸く音がたった。座具の肘掛に律動が刻まれる。群青は手に猪口を呷った。口笛が聞こえる。猪口が床へ転がったことに意識が逸れた。目の前で立ち上がった青年は極彩の肩を乱雑に鷲掴み唇を塞ぐ。後頭部を押さえ込まれ拒むことは出来なかった。口唇を割り開き、液体が入った。薄荷の香りが鼻腔を抜けていく。嚥下するまで離れなかった。触れ合った粘膜が制御できない部位のように痺れた。天藍は手叩きする。拍手だった。沁みるような甘苦さが残り、喉に纏わりつくため咳払いした。群青は身を背けてしまう。笑い声が響き、鼓膜を殴り付けるように耳障りだった。唇を拭いながら二公子を睨む。 「ちゃんと飲んだ?まさか群青、君だけが飲んだなんてことはないだろ?」  にやにやした顔面は再び笑い声を上げ、腹を抱えて前へ屈む。泣き喚くように爆発的に笑い続けた。群青は床の目を凝視し、呼吸とともに肩が上下していた。唇を噛み、固く目を閉じていた。 「さっき飲んだ物はなんだい?群青」 「…っ」 「彼女に言えないもの?」  けたけた笑って項垂れた群青を優しく呼んだ。律儀者は今にも卒倒しそうだった。逸楽に弧を描く口元は、まぁいいか、と呟いた。 「なんだか義兄弟の契りみたいだったね。あ~あ、呆気ない。まぁこれもこれでありか」   天藍は背凭れへ身を預けた。 「交合(まぐわ)え」  極彩は群青より速く反応した。隣へ視線をくれる。彼は項垂れたままでいた。二公子は意地悪く笑みを浮かべ、忠犬を蔑んでいた。再び静かな空間が築かれる。 「君は何より主上の、兄上の、オレの命令に従ってくれてたよね。どうして躊躇うの。たたひとつの、この程度の命令で?彼女をオレの前で、オレの意向で辱めるのはオレの兄上の首斬るよりつらいこと?部下がヘマして無関係な妊婦の口、封じなきゃならなかった時より?」  愉悦に大きく照る瞳が暇潰しといわんばかりに極彩へ配られた。 「早く返事してよ。どうしてその姿勢を兄上の時に見せてくれなかったかな。オレの時代でも待っててくれてたってわけ?ねぇ、もしオレが死を賜ったら、きっともっと早く返事したよね。しかも返事は“(だく)”でしょ。つらいなぁ。早く返事、ちょうだいよ」  極彩と見つめ合ったまま天藍は群青へ話し続ける。群青は顔を上げる。天藍の声が止んだ。主人には何も答えず、隣の女を目に映す。忌々しく不愉快極まりない夢の中でみたことだ。 「…申し訳、ございません」  謝罪は飼い主にではなかった。 「罪悪感なら要らないって前に言った」  手首の鈴が鳴った。衣服へ手を掛ける。覚悟を決めたらしいくせ、目の前の男の眉が寄った。 「何故…」 「自分に個人的感情は要らなかったって前に言ってたでしょう」 「ですが…」  衣類を脱いでいく。肩の大きな傷が露わになる。 「群青殿がそういう風にしか生きられないことはよく分かってるから」  下着を晒すと脱ぐ気配のない群青の衣類に手を掛ける。天藍は苛々とした様子で肘掛を指先で叩いていた。 「極彩様…ッ」 「命令でしかないんだし、関係性は変わらないでしょう」  白い吊布を外し、足元に放る。支給品の黒衿のローブが床へと落ちた。板ごと包帯に巻かれた腕がだらりと垂れた。 「既婚者なのでしょう」 「夫には、きちんと話す」  青年の胸へ触れる手を冷たい手に止められる。 「拒んでください」  迫ってきた唇に耳朶を食まれる。
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