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第107話

「まだ早いよ。それに式には君も出るだろう。自分の口で言ったらいいじゃないか」 「そこまで親しい間柄というわけではございません。よって式に出席する義理もございません」  天藍は極彩を見ながら苦笑する。他にする表情がないとばかりの取り繕ったものだった。 「冷めてるね。今の女の子ってそんなものなのかな。一度二度、一緒に出歩いた仲ではあるでしょ」 「今も昔も、男も女もそう変わらないかと。誘われるまま、断る理由もございませんでしたので」 「群青も可哀想なやつだな」  真面目な話か否かは分かりかねたが本題は群青の祝言の話なのだろうか。何故それを態々(わざわざ)報告しに来たのかも分からないまま極彩は二公子が帰るのを静かに待つ。長居しそうだ。茶を淹れなければと気付いたものの退室は赦されなかった。 「意地でも君は訊かない気だね?」 「天藍様は藤黄殿とはいかがお過ごしでしょうか」  あえて外れた問いを投げかける。 「違うよ。君のところに来た本当の理由」 「群青殿の祝言のお話ではないのですか」  探るように訊き返す。常に何かしら笑みを浮かべている口元に薄ら笑いが現れる。 「その話も面白いけど…違うね………墓園っていうのは大切な場所だよ」  話題が急激に変わり極彩は説明を求めようとはしなかったが、長い睫毛が伏せったために昏くなった双眸を追った。 「…なんてね。なんで墓が大切な場所なのか、誰も教えてはくれなかったけれど、心持ちはそんなものでいいんだろうね。理屈捏ね回せば墓なんてただの石の羅列でその下に遺骨が埋まってるわけだけど、じゃあ蹴り倒せって言われたら出来ないよ」  天藍は喋り続ける。 「死によって清算されて、やっとこの平等じゃない現世から旅立って、けれど死んでもなお墓として存在を遺せる…そういう場所だ。生きた証だなんて、生者の顕示欲だと思わない?」 「死者が墓を作れ・作るなと仰せになれるとは思えません。赤子が母親に産まぬよう哀願できぬよう。では意思ある者に委ねなければならない不条理の元にあるのではないかと考えております」 「尤も。でもオレは河教(せんきょう)徒だからね。教えによるなら赤子は前世の死後の筏(いかだ)旅の末、やっと人間として再び生を受けたわけだから産まれたがってるんだと解釈していなくちゃいけない…まぁ、他の人たちと何が違うでもないけど」  埋められた飛べない小鳥のことをふと思った。人の形にさせられてしまった。そして今では土の下にいる。 「この話がどこに行き着くか、分かるかな」 「いいえ」  天藍は立ち上がり、極彩の眼前まで近付いた。 「忘れちゃったかもね。君が決闘した相手のことだけど」  すぐには思い出せなかった。天藍は先程までとは違う慈しみを込めた笑みを見せる。常盤地区の、と補足されたことにより記憶が手繰り寄せられる。極彩に覚えがあることを天藍は認めた。桜の実父に彼が切腹を迫られ、半ば自暴自棄になり首を突っ込んだことだ。 「墓園で腹を切れなんて、冒涜だと思わないかな。あそこは血と臓物とは無縁であるべきはずだ。焼かれて、もう清算されて、全てから赦された、そういう人々の居場所なんだから」  墓に入るまでは何をしてもいいのか。口が開く。だが言葉は伴わなかった。 「当然死罪になるべきだと、オレは思わない?」 「思いません」 「どうして?率直に君の意見が聞きたいな」 「すでに決着したものと思われます」  天藍の表情はあくまで柔和な笑みを失いはしなかったが固さが残った。 「でも解決はしてないでしょ」 「相手方とわたくしの下僕個人の問題です。天藍様は手を煩わすほどのことでもございません」  語気を強める。互いに視線がぶつかった。 「そうもうかない。巻き込まれたのが君だというんじゃ、惚れた側としては黙っていられないね?」  顎を掴まれ上を向かされる。露骨に嫌悪を示すも二公子は目を丸くしておどけ、気に留める様子はなかった。 「相手方を巻き込んだのがわたくしのほうだとしたら。死罪になさいますか。決闘を挑んだのがわたくしだとしたら…」 「関係ないよ。あの者は武人だ。高い位にあるしそういう訓練だって受けてる。数多くの武功も立ててさ。彼を手放すのは惜しいよ。けど応じちゃった。ただのひとりの女の子に。軍人ですらない」 「ただのひとりの娘に武力を削ぐのは、」  天藍は顎を掴む力を強め、顔を近付けた。 「彼は生かすよ。処断されるのは家族。二度とこういうことがないようにしなきゃ。それで彼の家族の墓園で腹切りを命じる。それでやっと意味が分かるかも知れないね…違うな。君がナメられるっていうのは、オレをナメてるのと同じってコトだよ…そんなこと彼が知る由もないだろうけど…可哀想に。民を甘く見ているっていうことが炙り出されちゃった」  爛々とした目がさらに近付いた。首を捻って距離をとる。 「お礼参りを恐れることもないよ、だから。あの男を監視すればいいんだから」 「望んでおりません」  膝の上で握った拳が震えた。顎に触れる腕を叩き落としたかった。天藍は得意の薄ら笑いを浮かべながら極彩の真っ白い拳を一瞥した。帰るよ。そう言って極彩を放すと帰ろうとした。後姿へはっきりと異見する。 「相手方家族を処断するより深刻なことがございます」 目だけは笑っていない顔が肩越しに振り返った。話を促されている。 「三公子です。大変衰弱しておいでです。早急に然るべき対処をなさらねば…」 「…オレと反対なことばかり言う君も素敵だよ」  楽しそうな調子を装いながらも声は低く、ただ口元が緩んでいるだけだった。引戸を鳴らし、天藍は出ていった。桜には伝えるべきか否か。すでに知っているかもしれない。彼の高潔な精神を蝕みたくない。一生の傷にしてしまうのではないか。立て続けに。そればかりで見送ることも忘れていた。暫くすると雄黄が離れ家へ戻ってきた。中途半端な位置に座り、動かない極彩をきょろきょろと気にしている。 「何かあったんですか」 「…いいや。何でもない」 「でも、元気ないです…」  何も答えず、雄黄から顔を逸らした。だが逸らした先に回られた。 「先程二公子とすれ違いましたが…」  躊躇いがちではあるが好奇心旺盛な幼い世話係は根掘り葉掘り訊ねる。問いを聞いてはいたがやはり答えられなかった。自身への苛立ちと過去への失態が現在になって的外れな相手へ敏感に鬱陶しさを募らせていった。 「極彩様」 「ひとりにしてほしい。考えたいことがある……君に教えることは何もない」  言ってしまってから己の言葉と声を聞き、顔面を手で覆った。頭の中が破裂しそうだった。平生(へいぜい)ならばころころと毬が弾み、転がるような幼い声が煩わしくて仕方がない。 「ご、ごめんなさい…」  雄黄は謝り、離れ家を出た。静けさが戻る。悔いはない。桜に腹を切らせたくなかったのだ。何が何でも。桜の実父を手に掛けることになろうとも自身が斬り苛まれようとも。  そう、相手が勝手にやったこと…  目を閉じる。監視役がいなければおそらく死んでいたのは。桜の実父の首を折れただろうか。丸太のように太い首を。覚悟はしていたが直前の直前で逡巡していた気がしてならない。ひとりでいたかった。だがひとりにも耐えられなくなり、竹林に向かった。
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