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 幸いにして救援ボートによって送り届けられた港町はクリスタルの泉から近かった。。しかしこの港町に着いたのは夜だったため一泊する必要があった。船旅によって、体質ごと変貌したレーラと潮風や船酔いによる体調不良を催したミーサは活発に動ける状態ではなかった。一行は宿を探したが翌日に来る予定の船を待つ客でいっぱいで泊まれる場所を探しまわってもどこも満員だった。広場には他にも同じ船に乗っていたらしき人々の姿があった。アルスはすでに星空宿を決めていたがセレンや特にレーラ、そしてミーサのことが気掛かりで、せめて2人のことは屋根と壁のある場所で泊められないかと奔走したもののやはり空きはなかった。動ける3人で探したが得られた結果を噴水広場にいるレーラとその傍で項垂れているミーサへ伝えに戻ってきた。 「なんか一件、うちに来ないかって誘われたんすけど」  ミーサは彼等の顔色を眺めてからどこか遠慮がちに言った。彼女の表情はこの状況に於いて喜ばしいものにもかかわらず曇っていた。 「車椅子の御息女がいて他人事じゃないとかどうとか」  彼女はさらに付け加えた。その声音も体調不良からくるのか、あまり積極的な姿勢のようには思えなかった。レーラはその横で蒼褪めた顔をして眠っている。 「いいんじゃない。お言葉に甘えようよ」  アルスはミーサのその様子にはまるで気付かなった。セレンもいくらか躊躇はあるようだったがゆっくりと同意を示した。 「人数は伝えたあるの」  スファーが訊ねる。 「倉庫があるからそこを使っていいらしいっすよ。空いてるからって。レーラ殿は屋敷が車椅子用になっているから預かるとかって」 「屋根があるのはありがたいね」  アルスは言った。セレンやミーサを寒空の下で過ごさせるのは彼の中では避けたいところだった。 「その家の人に頼もうよ」  セレンが言った。ミーサはほんの一瞬だけスファーを見た。顔色を窺うような素振りで、当のスファーは遅れてミーサに応える。 「気が向いたら訪ねて欲しいって。銅像と大きな倉庫があるからすぐ分かるらしいっすよ」  ミーサは西の方角を指した。意見はまとまり一行は銅像の倉庫が目印の家を探した。地元民に問えばすぐに場所が特定できた。港町でも有名な資産家らしかった。実際その家は広い敷地と絢爛豪華な黄金のオブジェがあった。建物も大きく見事な造りをしている。空いているという倉庫らしきものもよくある民家より立派なものに思えた。アルスはレーラを連れて3人を門の前に残し敷地へ入っていく。ミーサは浮遊感を伴う立ち眩みに座り込み、セレンは彼女の背を撫でていた。スファーは暫くその2人を見下ろしていたがふと別の方向を捉えた。指先に魔力が集まっていく。 「どうしたの、スファー?」  ミーサを抱きながらセレンは戦闘態勢に入ったスファーを訝しんだ。 「いいえ。特には」  獲物を狙い的を絞ろうとする猫を思わせ、落ち着きなく、毛先が肩を掃く。すばやく動く人の影らしきものをセレンも視界の内に覚る。急激に距離を詰められ彼女はミーサを庇った。しかしその前にスファーが割り込み、立ち止まった麻の外套がはためいた。 「やっぱり金の匂いがするわ、アンタ等」  深くフードを被った男は外観に合わない爽やかな質の声で喋った。 「何なの次は…」  セレンは呆れたように呟いた。謎の男は軽やかに笑う。 「へへ。この前は悪かったよ、お嬢さん」  指抜きの革製のグローブを嵌めた手が一輪の乾燥花をセレンに挿そうとした。だがスファーによって接近を阻まれる。その乾燥により長期保存用にされた花には見覚えがあった。船内の個室の壁に飾られていた。 「…尻尾巻いて逃げたんじゃないすか」  ミーサは具合の悪そうな調子で言った。威勢がないために売り言葉にもならない彼女の態度を気にしたふうもなく、その男は外套の中から薬包紙を投げた。 「酔い止めやるよ。さ、さ、お仕事、お仕事っと」 「こんな怪しい(もの)飲めるわけないすよ」  ミーサは触れることも厭い、近くあった木の枝で遠ざける。 「まぁ、いいや。礼はしたぜ」 「何するの、今度は」  セレンの問いに不審な男は首を倒した。小気味よい音がして彼は肩を竦める。 「悪いコトは言わねぇけど、ここヤバいと思うぜ。あの人魚の兄ちゃんには生簀(いけす)も同然だ」  スファーは信用に足らない男の言葉を聞くなりまだアルスも戻って来ないというのに門へ向かっていってしまった。 「もっと具体的なことを言ってもらわないと困るっすよ…」 「言ってもオレの言葉なんざ信じやしねぇだろ。忠告だよ、忠告。あとは自己責任だな」 「まるで―…みたいなこと言うんすね」  ミーサは遠い西の空に視線を投げた。 「アンタ…」 謎の男はミーサへ一歩踏み込む。セレンは険しい表情でその前に立ちはだかる。 「近付かないで。レーラにも、ミーサにも」  不審人物はセレンに手を伸ばす。彼女は強く目を閉じた。柔らかな金髪に生花が挿される。ミーサはやり取りに顔を顰めた。 「じゃ、また次があったら」  風のように外套の男は去っていく。セレンは花を挿されていることも忘れているようでそのままミーサの隣に並んだ、そのすぐ後にアルスが1人で戻ってくる。 「泊まれるって!よかった。ありがたく使わせてもらおう」 「スファーさんには会わなかったんすか」  ミーサは訊ねたが、アルスはセレンを見て少し驚き、ろくすっぽその問いを聞いていなかった。ミーサは苦々しく笑ってまた訊き直すこともしなかった。 「先にレーラは休んでる。食事は後から運ぶって」  彼はそう言って倉庫へ向かった。たびたび鼻を耳の上に飾ったままのセレンを盗み見るように忙しなく暗赤色の髪が揺れた。 「スファーは?」 「会ってないんすか」 「会ってないけど、一緒じゃないの?」  一度躱された問いにミーサは苦笑を浮かべながら倉庫の隅に腰を下ろす。庫内は中2階になっていた。座ってはみたものの少しも経たないうちに彼女は立って何かを探してでもいるのか辺りを見回したり収納された物品を注意深く眺めていた。 「じゃあレーラ殿のとこじゃないすかね」 「レーラのところには来てないけど…」  雑な応答をする彼女は曖昧に首を傾げるだけだった。そして梯子へと登ってしまう。 「危ないよ、ミーサちゃん」 「気を付けるっすよ」  2階には小さな工具箱以外何も置かれていなかった。簡素な窓を開閉する。(かんぬき)は掛かっていない。開く角度も大きかった。たとえば火事になった時、容易に逃げ出せるくらいには大きく開く。そしてミーサはついでとばかりに庭の中心に置かれた人魚の像を目にした。ただでさえ感じていた疑心が膨らんでいく。 「ミーサ?どうしたの?」  下からセレンが訊ねる。「何でもないすよ」と答えて梯子を慎重に下りた。 「屋敷の中、どうだったすか」  問うてからミーサは引き攣った笑みを浮かべた。相手は城で暮らしている。この資産家の邸宅がいくら豪壮だからといって王都の城に敵うはずがない。 「車椅子の娘さんのために段差とか階段とかなかったよ。綺麗だった。部屋もいっぱいあって。玄関なんかすごく広かったな」 「…そっすか」  倉庫の隅に腰を下ろしてミーサはアルスとセレンの話を黙って聞いていた。アルスは気付かないまま花飾りを付けている幼馴染を見つめたり、目を逸らしたり忙しかった。それをぼんやりと見つめて過ごす。しかしいつになっても食事は運ばれず、しまいには買い物に行くと言ってアルスは倉庫の扉を開けようとした。しかし開かない。セレンも手伝うが力の問題ではないようだった。ミーサも徐に立ち上がって3人がかりで開扉を試みるが音からしても閂が掛かっているらしい。2階から出られる旨を告げようとする前に扉の前で物音がした。そして媚びたような仕草の白髪の初老の男が笑みを浮かべ現れた。ミーサは一度会っている。彼は使用人への伝達が遅れ、誤って倉庫を閉めてしまったと説明される。食事も次々と運ばれた。ゆっくり過ごすよう言ってこの家主は去っていった。アルスとセレンは食事にありついたがミーサは体調不良を理由にパンだけ口にした。食器をまとめ扉のすぐ傍に積み上げられた木箱へ置いた。夜が更けるより早く、失神したようにアルスが眠ってしまい、激しく動揺している途中にセレンも突然静かになった。ミーサは膝を抱いて物音の消えた庫内を眺める。上の階で小さな足音が微かに聞こえた。梯子も使わず軽快に飛び降りる。麻布を翻し外套の男は振り返った。内部の有様に驚いたようで動きを止めた。そして状況を理解すると丈の長い外衣の中に手を入れる。革製の手袋の中には小瓶が握られていた。 「起こさなくていいす」 「あ、起きてんの?」  外套の男は顔を上げた。しかし深く被ったフードによって陰り、顔立ちは見えない。 「やっぱり怪しいと思ったんすよ」 「後出しかよ、ずりぃな」 「半信半疑ってやつすね。半疑に傾いてたすけど」 「それは半信半疑って言わねぇな」  ミーサは立ち上がりアルスとセレンを楽な姿勢にさせてから渡された毛布を掛け、そして外套の男に近付いた。 「あとセレンにはあまりちょっかい出さないでくれっす」  美しい金髪に挿された深い青の生花を抜き取り、元の持主へ「代わりに返すっす」と言って差し出す。相手は花を鳴らして受け取った。 「どうすんだ?これから」 「お兄さんはどうするんすか」 「お宝をいただきに行く。だって金の匂いがぷんぷんする。もうちょっと動いてもらおうと思ってたがこうなっちまったら仕方(しゃー)ねぇよな」  ミーサは呆れて物も言えず扉に向かった。しかしやはり閂はまた掛けられている。梯子を登った。外套の男もついてくる。 「レーラ殿と会ったすか」 「会っちゃいねぇが見たぜ。ありゃ食われるな。ステーキだ」  ある心当たりによって冗談には聞こえなかった。 「人魚喰うと不老不死になるって話がまぁあるわな」  ミーサは窓から出ようとしたが外套の男は彼女の腹に腕を回し小脇に抱えるとそのまま窓から飛び降りた。悲鳴を上げる余裕もなかった。何が起きたかも分からずミーサは硬直した。そして放り投げられたことで我に返る。 「何するんすか!」 「いや、大声とか出されて目だったらヤバいっしょ」  麻の外套を直し怒っている彼女を置いて人魚像のほうに歩いて行ってしまった。その前に立ち手招きをする。ミーサは辺りを見回しながら応じた。盗賊らしき男は黄金の塗装を施されたオブジェに感心しながらこの家の情報を話し始めた。車椅子の娘というのはアルスの話やこの男の話からしても実在するらしかった。ミーサが懐疑的になったのは、宿や泊まる場所の見つからない者たちが多かったくせ老夫婦は真っ直ぐ車椅子へ近付いてきたからだった。小さな港町には合わない洗練された服装や歩き方で、早いうちからミーサの目を引いていた。彼等はその車椅子に乗る者の姿形に魅入られているように思え、船の中でこの外套の男に鱗を強奪されかけてから半魚人の身は狙われるのだと学んでいただけに親身になって話を聞く品の良い夫婦に不信感を拭いきれなかった。車椅子の娘の存在する疑ってかかっていた。 「それで、生まれて間もなく難病で歩けなくなった娘がいるんだとさ。空気の良いこの町に来たとか何とか」 「で、お兄さんは鱗諦めたんすか」 「あわよくば恩を売っていただいていきたいっスね~」  彼は調子づきながら駆け足で建物に向かっていく。その意外に逞しい肩を鷲掴む。 「ちょっと!正面突破する気すか」 「ちび助、ちょっと何か気の利いたこと言って、ドアを開けさせろや。オレがその後どうにかするから」 「どうにかって…」  ミーサは髪を掻いた。背中を押されてしまう。さらに「早くしねぇとステーキにされるぞ」と物騒な煽りを受けた。 「ほんっとにヤな人すね」 「褒め言葉だな」  竪琴を持った人魚を(かたど)ったドアノッカーを鳴らす。夜にもかかわらず、すぐに応答がある。使用人が出るかと思ったが家主が自ら出向き、小柄な訪問者の姿に驚いている。 「夜分遅くに失礼しますわ。ひとつ小兄様がお伝えし忘れたことがございまして。兄様、1人じゃ寝られない困った悪癖があるのでございます…自由と商業、政治と信仰の分離、新時代と思想についての持論を最後の締めまで聞かせないと寝られないというような…有り体に言えば、発狂したり怒り狂って暴れたりしていませんか…大学を追放されたとか何とか言って…もし、その…手に負えないようでしたらあの、すぐに出ていくので、」  嘘を次々と並べているうちに 老人の真上へ影が飛んだ。背後をとって俊敏に家主を打つ。老人はふらふらと崩れ落ち、外衣の狭間から伸びた腕に支えられる。 「あの兄ちゃんヤベェやつじゃん」  ミーサは複雑げに首を傾げる。外套の男は老人を玄関脇にある嫌味なほど豪奢なソファーに寝かせた。
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