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 レーラとミーサが風の祠を地図で確かめている様子をセレンは不安げに眺めていた。アルスは声を掛けてみたものの、はぐらかされてしまう。 「ミーサ殿の様子のことですか」  スファーはセレンの不安を言い当て、彼女は面食らったアルスへばつが悪そうに一瞥くれてから渋々と頷いた。 「レーラはあまり気にしてないみたいだけど?」  アルスは2人の会話を見遣った。 「わたしの気のせいならいいのだけれど」  スファーは首を傾げてミーサを呼んだ。レーラも遅れてセレンのもとへやって来る。 「なんスか?」  まだ瞳は赤く光っている。セレンはミーサの額に掌を当て、自身の体温と比べた。 「熱なんてないっスよ。セレンのほうがどっちかっていうと高くないっスか」 「そんなことない。大丈夫。ありがとう」  セレンはミーサの前髪を撫でるように直した。 「だが不調があったら遠慮せず言ってほしい」  レーラはセレンとミーサに言った。  風の祠はこの地から北西の果てにあり、山と山に挟まれた丘陵(きゅうりょう)と峠が特徴的な土地らしかった。地図から推測した時間よりも早くに着いたが、気候がわずかに変わり、予想よりも彼等を疲労させた。そこは緑が多く、風車が並び、海を望める崖の上の村といった場所で、風の祠はその下の岩場にあるということだった。着いた頃には長閑な風景に日が落ち、橙色を帯びていた。展望台のような宿を借り、一行はベッドに沈んだ。ミーサに至っては潮風の影響もあり、暫く起き上がれない状態だった。セレンは少しの間休むとアルスたちの泊まる部屋へ移動した。彼等も気怠げでベッドの上にぐったりしていたり、ラタンチェアに深く腰掛け項垂れたりしていた。スファーはベランダで風に当たっている。大窓は開けたままでレースカーテンがひらめいていた。 「ミーサは寝ちゃった」 「セレンは大丈夫か」  レーラはラタンチェアの背凭れから身体を剥がして訊ねた。アルスも寝転がっていたベッドから起きる。 「わたしは大丈夫」  レーラは握っていた炎を封じたような石をテーブルに置く。 「正直に言うと、歓迎されていない」  溜息を吐くように彼は言った。 「そうですね。あまり、肯定的な風ではないです」  ベランダにいたスファーが入ってきて大窓とレースカーテンを閉めた。 「分かるんだ、そういうの」  アルスが呟く。 「何となく、な。はっきりした意思は分からない」 「風の精霊はわたしたちに気付いているの?」 「多分な」  レーラは立ち上がり、対面のラタンチェアを勧めた。セレンはそれに甘え、腰を下ろし、目の前のテーブルに置かれた石を見つめる。 「これ、触ったら熱い?」 「いいや」 「触ってもいい?」  レーラは頷いた。焼石に触れるようなつもりでおそるおそるセレンは手を伸ばした。指先が接したが熱さはなかった。朱色や緋色に内部が揺らめいている。柔らかく握り込むと不思議な感じがした。 「火が出やすくなった」  掌に乗せ、様々な角度から石を観察する。レーラは指先から小火を出した。視界の外からばちん、と音がしてアルスに注目が集まる。彼の指からは白煙が上っていた。 「アルスさんは魔力が貯まらない体質なようですから、無理です」  スファーも指先から炎を出し、アルスへその魔火を与えても瞬時に白煙と化した。 「そうなんだ、オレ」 「人工クリスタルでも難しいです」  部屋の扉が開き、ミーサが入ってくる。 「魔災報知器が鳴るっスよ」  彼は天井を見上げ、「ああ」と呟いた。 「何それ」  アルスが訊ねる。「魔術による火事を知らせる装置です」とスファーが答えた。 「ミーサ、もう起きて平気なの?」 「少し休んだっスから」  レーラはミーサの首に掛かったままの人工クリスタルが刺さっていた金属部を訝しげに見ていた。人工クリスタルは砕け散り、ストラップが下がっているだけだった。 「レーラ?」 「いいや、何もない」  アルスがレーラの眼差しに気付いて話しかけると彼はセレンと朗らかに話している少女から目を逸らした。 「話はもう終わったんスか」 「今、みんな集まったところだよ。なんかいつもより動いてないのに、疲れちゃって」  アルスは身体を伸ばして首を鳴らす。 「この辺りの風、魔力含んでるみたいっスからね。アルスさんには負担大きいかも」  レーラはラタンチェアから立ち、ミーサへ座るよう促した。彼はベッドに腰掛ける。 「とりあえず、この環境に慣れる必要がある。今日はゆっくり休んで、明日も様子をみたい。どうだろう?」  ひとりひとりをしっかり見ながらレーラは言った。 「オレも賛成」 「わたしも」  アルスが真っ先に声を上げ、セレンも同意した。ミーサとスファーも賛同する。そこで一旦解散した。 「アルスさん」 「うん?」  食堂に向かおうとしたアルスをミーサは呼び止めた。 「ちょっとだけ時間いいっスか」 「うん」  アルスは宿の外へ連れ出され、建物の裏側へ案内される。魔力の重みがある潮風が煌めいている。 「剣、持っていたほうがいいと思ったんスよ」  剣をミーサは差し出した。翠色の宝玉が埋め込まれた紅色の鞘が美しい。風に靡くと魔力に煽られ輝いた。 「え」 「携帯してたほうがいいのかなって思ったんス。自分はあまり刀の手入れとか分からないんで、研ぎが甘いかも知れないんスけど」  鞘からわずかに抜かれ、紅色の刀身を見せられる。ミーサから借りたことがあったが、その時よりもよく磨かれている。よく手に馴染んだのを覚えている。 「これ、大事なものなんじゃ…」 「実用性のある物っスからね。自分も飾って観賞する趣味もないっスし。あげるっスよ。返さなくていいんで」 「いや…でもさ」 「いつでも剣使えたほうがいいっス」  アルスは紅色の剣を躊躇いがちに受け取った。 「ありがとう。大事に使う」 「いいんスよ、大事に使わなくたって。折れる時は折れるもんっスから」  ミーサはへらへら笑った。セレンが心配するような異変はそこにはない。アルスの知る剽軽なミーサがいる。 「みんなを守れるように役立てるよ」  彼の言葉にミーサは引き攣った笑みを浮かべた。 「呼び止めて悪かったっス」  彼女は肩を竦めて宿へ戻っていく。アルスは手の中にある武器の重みを握り締めた。魔力を帯びているという微風に当たりながら指先に魔力を集めたが、小さく爆ぜるような音を立て、白煙が吹くだけだった。  ベランダに立ち、夜風に遊ぶ金髪を暗い部屋の中で眺めていた。 「風の精霊と契約できたら、王都に帰れるね」  風に当たるのは好きだったが体質は許してくれなかった。 「帰ったら、何したい?」  関係を深めた幼馴染たちとは大きく身分が離れていた。ミーサは高貴な後姿を何度もなぞる。 「いつもと変わらない毎日っスよ。寝て、食べて、寝て…」  何してたっけ。ミーサの小さな呟きを拾ってセレンはくすくすと笑った。 「また一緒に散歩してね」 「そうっスね。外に出なすぎて、王都そんな詳しくないんスよ」  座っていたベッドに倒れ、首を曲げてセレンを眺める。魔力によって日の光のような金糸が輝いている。 「風邪ひくっスよ」  眠気に満ちた忠言にセレンは気付いている様子はなかった。だが眠さに霞み、瞬く視界で彼女は振り返った。 「ミーサ、風邪ひくよ」  揺らめくレースカーテンの奥からセレンがやって来て、掛布を掛けた。ミーサはまだ寝ないっスよ、と駄々を捏ねる。 「ミーサ…ほら、暴れない」 「セレンは王都帰ったら、何したいんスか」 「わたし?わたしはね…考えてないけれど、いつもお世話になってる青果店で買い物して…街道の公園で食べて…ミーサと同じだね。いつもと変わらない毎日かな」  ミーサの首にストラップをセレンは外そうとした。まだ根付に人工クリスタルの破片が残っていた。 「もう、使わないで」 「もうすぐで終わるじゃないスか」  クリスタル化し回復した腕を摩られる、ストラップは綺麗に畳まれベッドの横の台に置かれた。 「まだ寝ないっスよ」 「目が赤くなってる」  セレンは掛けても掛けても薄い毛布を剥がすミーサを諦め、隣のベッドへ横になった。 「楽しかったっスよ」 「もしかして寂しい?」 「そりゃ寂しいっスよ。他人と何日も寝泊まりなんてしないっスから」  結局、先に眠りに落ちたのはセレンだった。穏やかな寝息を聞きながら、枕に埋もれた金髪を少しの間眺めていた。廊下に出るとスファーが共有の休憩所に座ってぼうっとしていた。泊まった部屋は2階だったが1階から水を持ったレーラが上がってくる。スファーはレーラとミーサを見比べた。 「寝ないのか」 「まだ眠くないっス」 「ここの風は堪えるだろう」  まだ湯を浴びて間もないらしく緋色の髪は濡れていた。ミーサは日報紙を手にしたが内容に見覚えがあり、日付を確認すると一昨日のものだった。静寂の中に紙を捲る音が響いた。 「アルスと話したんだが」  ミーサはスファーに言っているものかと思い、これという反応を示さなかった。スファーは無言のまま主人の話を聞こうと前のめりになった。 「2人とも城に来たらいい。俺がどの程度、まだ王都で立場を主張できるのか分からないが、せめて2人のことは…」  この言葉はいくらか彼の中でも迷いがあったらしかった。 「僕もですか」 「せめて平民として暮らしていけないか…掛け合ってみる」 スファーは表情の乏しい顔に驚きを浮かべた。 「自分はそうっスね。田舎にでも引っ越すんで。モルティナは家賃高そうだな~。でも、まぁ、その辺りに」  すでに必要性の欠けた過去の記事を読み返しながらやんわりと断る。 「僕もロレンツァに帰らないとです。トモダチが待っていますから」  レーラは部屋が連なる黒い廊下を見つめていた。他に客がいないらしく、2階は貸切同然の状態だった。 「危険だろう。俺のほうでも尽力する。だが…」 「飯は食わない、眠らない、事勿れ主義の観光旅行地なら王都に居るより安全かも知れないっスね。スファー擁護はレーラ殿の立場をさらに追い込むだけっスよ。残念っスけど。ひとつ綻べば信憑性のないことをちくちく突っつくつもりなんでしょうし」  日報紙を戻し、レーラの顔を見た。 「アルスに剣を渡したそうだな。餞別か」 「人工クリスタル壊れたっスし、自分の魔力も底ついているので、アルスさんに武器出す力もないんスよ、正直なところ」 「すまなかったな。王都に戻るまでの間、守る」  レーラは立ち上がった。 「スファーの件はもう少し、俺のほうでも考えさせてほしい」  去り際にそう言って、暗い廊下に吸い込まれていく。 「王子殿は何でも背負い込むっスね。スファーさん、トモダチと王都暮らしも悪くない考えかも知れないっスよ。城内に大きな池くらいあるかも知れないっスし」 「先程とは違ったことを言うんだね」  スファーの双眸に覗き込まれる。人造人間の瞳と目が合い、ミーサは鼻で嗤った。 「猜疑心を抱きながら不信と期待を向けられて、孤独な鳥籠の中じゃ可哀想だろ?」 「あんな話じゃなかったんだよ。もうすぐお別れだけど、ミーサ殿も王都に居るなら側近にしたらいいってアルス殿の提案だったんだよ。ふたりは話が合うからって」 「当人がいない所で交わされた会話を当人にすべて話すのはスファーくぅん、職業病だな」  腰掛けか立ち上がり、踊るように振り返ると肩を竦めてスファーを軽侮するようにミーサは見下ろした。 「僕なりに、現在のミーサ殿の魔力を解析しました。貴方はミーサ殿じゃない。僕は貴方に過去、会っています 「寝るっスよ、そろそろ。人間に紛れて暮らすなら、もう少し生々しく生臭く、利口にならないといけませんや」  嘲りの滲んでいたミーサの表情が無に変わり、スファーへ背を向ける。 「貴方は僕等が消したはずです、リーザさん」  ミーサはひひひ、と笑った。
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