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始まりが終わり 32

 朗らかな会話でやがて目を覚ましたミーサにアルスは笑いかける。彼女は見なかったふりして腕枕に顔を埋めたが掛布を剥がされ畳まれてしまった。 「おはようミーサちゃん」  アルスはまだ寝ぼけた様子のミーサに言った。 「はよっす」  彼女はスファーのいないことに気付き目を見開き一瞬蒼褪めたが洞窟の外を指してやれば、安堵を示した。そこには平民の格好をしたスファーがレーラと話し込んでいた。 「すみません、寝過ぎたみたいっす」 「ううん。こんな場所じゃ全然休まらなかったでしょ」  気にしないで、と添えアルスは洞窟を出る。ミーサはその後に続いた。セレンは彼女を認めると傍に駆け寄る。 「おはよう、ミーサ。大丈夫だった?」  昨晩は紋様の浮かんでいた片腕を触られる。 「快適っしたよ。腕も治してもらったし」  レーラと話しているスファーへセレンは不穏な眼差しを滑らせる。その間も労わるようでもあり、手癖のようでもある加減でミーサの片腕を摩り続けていた。アルスもセレン同様にレーラに気遣わしげな七星将を眺める。 「行きましょ、炎の山」  ミーサの声に2人は我に返る。アルスは黙って頷き、返事のないセレンへ視線を向けた。レーラが会話を切り上げ、ミーサに朝食を渡すと、食べづらそうに歩く彼女に速度を合わせながら一行はモルティナを後にした。  炎の山は数日前と同じく穏やかな気候をしていた。スファーはアルスたち幼馴染を一瞥してから、飄々と斜面を見上げているミーサに視線をくれたが、彼女はそのことに全く気付いている様子はなかた。ミーサもミーサで何かじっと手の甲を見つめていた。人工クリスタルを使用したことによる副作用は治療したはずだったためスファーは声を掛けたが、彼女は何でもないっすよ、と答えるだけだった。暫く滑らかな斜面が続き、風景を見回している体力があったが、岩場の半ばに差し掛かるとセレンの歩き方が常時と違ったことに気付いたスファーは彼女を背後から突然抱え上げた。 「びっくりした…」  セレンはスファーを見上げ、胸を押さえ乱れた呼吸を整える。 「このまま上へお運びします…構いませんね?」 アルスの怪訝な目にも気にせず、彼はレーラに訊ねた。 「わたし、自分で歩ける」 「挫いたか」  レーラの問いにセレンは首を振った。 「…セレンを頼む」 主人相当の者から承諾を得るとスファーはひょいひょいと足場の悪い岩場を登っていく。ミーサは引き攣った笑みでそれを見ていた。 「攫ったりしないさ」  アルスの表情は曇っていた。黙ったまま頷くしかなかった。彼の中でスファーは他の七星将6人と態度こそ違ったが、簡単に割り切れるものでもなかった。 「スファーを信じるよ」  アルスの足が止まり、セレンを連れて軽快に先を行く後姿を数秒ほど見つめてから後方のミーサを振り返る。 「ミーサちゃんは大丈夫?」 「大丈夫っすよ」 「アルスは先に行ってくれ。俺はミーサを待つ」  アルスはよろしく、と呟いてから岩場を登っていく。レーラはミーサへ手を差し伸べる。 「疲れたら遠慮せず言ってほしい。岩場で寝て、大変だったろう」 「ありがとうございまっす。まだまだ余裕っすから」  岩場を抜け緩やかだが滑りやすい坂が続く区域には両端に赤みのある岩肌が高く突出し、色を帯びた影が妙な景色を作り上げていた。アルスは時折振り向いてレーラとミーサを確認しては、下方にぽつぽつと茂っている草木を眺めて、祠を目指した。  3人が祠に辿りつくと、先に着いていたセレンはスファーと並んでいたが、どこか不安げで駆け寄ったミーサが人工クリスタルを握り回復を試みる。しかしスファーからすでに治療されているとのことだった。祠の中へスファーの指先の燈火を頼りに入っていく。数日前と変わらず奥には荘厳な石像が岩肌から生えていた。足音が鋭く響き、炎の山の名にふさわしくない冷感を覚えさせた。 「強い魔力を感じます」  燈火が消え、代わりにレーラが火を灯す。スファーは石像に両手を掲げ、魔力の情報を読み取ると指先に魔力を溜め、地面に陣を描きはじめる。 「時間がかかりそうですが、出来なくはなさそうです」 「待て」  レーラの制止に皆の視線が一点に集まる。薄暗かった洞窟内が強い光によって照らされた。しかしスファーは構わず円陣を描く手を止めない。祠の入口を見知った団服の集団が音も声もなく横一列に並び、塞いでいた。ミーサは人工クリスタルを握り込む。 「今度こそ捕縛します」  眼鏡に茶髪の少女・リフィアが近付いてくる。レーラの背後に無数の剣が浮かび、七星将の少女を狙う。スファーは同輩の声にも反応せず黙々と円陣に細やかな図を描き足していく。 「ボクの家族を土砂崩れに巻き込まないでくださいね、探すの面倒ですからね」  丸眼鏡にくしゃくしゃの黒髪の青年が空中を見回して言った。セレンは札を手にし、ミーサが出した紅色の剣がアルスの手に渡る。円陣を描き終えたスファーはその中心に立ち、再び石像に両手を掲げる。 「こんなことしてただで済むと思ってんの?」  深い赤髪の少年・セロトがダガーナイフを逆手に狭い祠の中を走り、アルスたちに迫った。それが合図だった。石像に解除の魔術が放たれ、地が弱く揺れた。 「住みやしぃ豊かな緑が欲しいって言ったのはお前ら人間のはずだろ?」  防御を取った紅色の剣を足場にセロトはレーラに向かう。好戦的な笑みを浮かべ美しい髪の持主へ飛びかかる。祠全体が軋み、砂埃や砂礫がぱらぱらと舞い散る。 「どうなんだよ、王子サマぁ?」  レーラの大弓がダガーを受け止める。身軽な少年の脇腹を蹴り、距離を取る。魔矢を射るが弾かれる。矢を番える隙はもうなかった。大弓が消え、槍を手にする。傍ではアルスがセレンを庇いながらリフィアと戦っていた。無防備なスファーを人工クリスタルが障壁を作り守っていたが、術者は指先からクリスタルに呑まれ、肘が届きそうだった。魔力を破裂させ、紋様が蔦のようにゆっくりと腕に絡んでいる。 「ミーサちゃん!」 「大丈夫っす、スファーは自分が…」  銀髪の男・ヴァンゲートのしなやかな脚が彼女を襲う。セレンの札がミーサを囲うと同時に、ヴァンゲートの攻撃が弾かれる。 「傷付けないでって言ったはずですよ」  仲間割れか、ディンがヴァンゲートを止めた。近付く敵に一瞬ミーサの防護壁が弱まる。レーラを狙っていたはずのダガー持ちは後ろへ回りながら跳び、スファーの隙を突く。速やかに大弓に持ち替え、魔矢を射る。だが躱され、直後に放たれたセレンの魔符が少年を襲う。次の一撃を番えた射手に眼帯の男・ヘインが襲いかかり、体勢を崩される。攻防が暫く続いた。地の揺れは激しさを増し、的を絞るのさえ難しくなり、祠の中の温度も高くなっていった。かろうじてミーサが放つ冷気の術によって意識は保てていたが、それでも彼女の両腕はすでにクリスタルに呑まれ、紋様が首にまで及んでいた。 「何手こずってるのよ」  金髪に巻き毛の女・ルクレッタが祠の入口で叫んだ。ディンとの仲間割れの末に祠から出て行ったヴァンゲートが舌打ちする。 「作戦どおりにしろ。夜の会合には遅れるな。先に帰る」  ルクレッタも呆れた様子で肩を竦め、祠の外へ消えていく。 「リーダー気取りかよ」 「遊びは終わりってこったな」  セロトの頭をヘインが撫で回し、ひとりひとりの様子を観察していた。揺れが増し、石像がわずかに動いた。レーラはスファーとアルスをみた。アルスはスファーの前でリフィアと打ち合っている。金属音が響き、魔術も駆使する相手に苦戦を強いられているようだった。ヘインの鋭い大きな武器が頭のすぐ脇を突き、髪がはためいた。祠内で強まっていく赤みの中に溶けるように煌めく。セロトは眉間に皺を寄せ、ダガーを構える。レーラは咄嗟に巨大な氷柱を2人に突き刺した。アルスと対峙するリフィアへも氷柱を刺す。だがリフィアはそれを打ち払うが、セレンの放った魔符に焼かれた。 「レーラ」  炎の山を冠するだけの高温が戻り、石像からスファーを除くと最も近距離にいたアルスの額からは水をかぶったような汗が流れ落ちていく。顎の汗を拭ってアルスはレーラに耳打ちする。 「セレンとミーサちゃん連れて逃げて」 「アルス…」 「とりあえず、今は」  アルスは頼むよ、と呟いた。レーラは息を切らして魔力を使うセレンと術を解かないため肩までクリスタルに呑まれるミーサを見遣った。リフィアもそろそろ起き上がる。もう一度氷柱を彼女に突き刺す。 「…分かった」 「ありがと」  掌に魔力を溜め、ミーサとの距離を測る。ミーサからセレンまではそう遠くない。アルスは簡単に言うが彼女等は賛同するのか見当がつかなかった。セレンはまず首を縦に振らないだろう。ミーサの返答次第だった。魔力を解放する。起き上がりかけたヘインとセロトにもう一度巨大な氷を追撃する。しかし屈んでつまらなそうにしているディンの放った光線によって砕かれる。彼は仲間割れの末に魔術による手枷が付けられていた。雨のように繰り出されるダガーを躱す。二の腕と肩に入り、痛みに顔を顰めた。背後はすでに岩壁で、槍に持ち替え接近してきたセロトの腹に足を立て、距離を取る。地面から尖鋭な岩が突き出てセロトを下から刺した。隙間からレーラは逃げる。魔力の主はミーサだった。しかしヘインが立ち塞がる。大太刀が振り上げられたところで、襲撃者の周りに札が舞った。札と札の間を雷撃が跳ね返り、ヘインを打つ。走った。ミーサに向かう。形振り構わず何度も短い間隔で後方にいるはずのヘインとセロトを魔力で狙い撃ちする。 「逃げるぞ」 「え?」  彼女は目を見開いた。スファーを守り、空間を冷やしていた別種類で同時に使用していた魔力が弱まる。ミーサはもう一度集中しようと試みるが、レーラの手がそれを阻んだ。 「セレンを連れて逃げる。すまないが援護を頼みたい」  半身を紋様だらけにしているミーサに頼むには酷だった。だが彼女は戸惑いながら了承した。話が終わるとレーラは屈んで赤くなっている地面に手を添えた。一瞬にして先端が鋭く尖った氷山が無数に生える。自暴自棄の如く魔術を使うレーラによってセロトとヘインは打撃を受け、リフィアもそれに気を取られた。紅色の剣が彼女を打ちのめす。レーラはセロトに魔術を使おうとしたセレンの細い手首を掴んだ。彼女は驚いたのも束の間、力の加えられた方向に引っ張られる。 「ミーサ!」  セレンを引き摺りレーラはミーサを呼んだ。呼ばれた本人は狼狽しながらも呼んだ者を追った。手枷を嵌められたディンが3人の前に雷撃を落とす。セレンを守り、火傷を負うも構わず走った。ミーサは振り返り、アルスとスファーが付いてこないことに気付くと同時に魔力を解放してしまい、爆炎が祠内で起こる。状況の把握もできないままミーサはレーラを追う。セレンはレーラを拒んだ。 「待って、レーラ!アルスがっ」  レーラは黙ったままセレンの腕を引いて斜面を下っていく。ミーサはもう一度足を止めた。掌に力を込め、剣を手にする。ところどころ焼け焦げた団服がはためきながら飛ぶように現れたセロトのダガーナイフを苦しくも受け止めた。 「レーラ!」  セレンの声が遠くなっていく。ミーサはもう笑うことしか出来なくなっていた。 「自分、剣使えないんすけどね」 「手加減してやろうか?」  はっ!とセロトは鼻で嗤った。不格好に剣を構える。クリスタルに包まれた手では感覚がおかしくなっていた。 「恨むならあの王子様恨めよ」 「いやいや、フツーに七星将さんを恨みますって」  多量の汗が落ちていく。セロトは攻撃態勢に入っている。剣は頼れない。人工クリスタルを手にする。頭は冷静ではなかった。 「やめとけよ、それ」 「あの丸眼鏡に怒られるんすか」  苦笑する。魔力を溜めた。クリスタルと化した腕が震えた。クリスタル越しの人工クリスタルも軋んだ。唇が呪文を唱えるが声は出なかった。首までクリスタルに浸食されかけている。意識が遠退き、目の裏が熱くなる。 「レーラ…!」  セレンは岩場に入る前にレーラの腕を振り解いた。 「アルスたちを置いていけるわけないでしょう!」  彼は俯いたまま黙っている。レーラらしくないと思った。 「戻るから」  回復薬の中身をレーラに放り投げ、きらきらと液体が輝いては肩や腕の傷、火傷が消えていく。 「七星将には勝てない」 「でも逃げたってどうにもならないじゃない。わたしは行く…レーラも戻りたいなら、戻ろう」  今度はセレンの手がレーラの手首を掴む。 「アルスに悪いことをしたな」 「どっちの意味で?」 「戻ることだ」  来たばかりの道を戻った。爆音がしてセレンたちはさらに急ぐ。数分前までと地形が変わっていた。大きく焼け焦げ地面が抉れている。膝を着いているミーサにセレンは悲鳴染みた声を上げた。 「大丈夫なの?ミーサ…」  彼女はくるりと首を曲げると2人を認めてへにゃりと笑う。目が赤く光っている。レーラはセレンをミーサから遠ざけ、代わりに傍に寄った。 「すまない」 「いいって、気にしないでヨ。戻ってきたってことは、そういうことだよネ?」  かかか、と笑って立ち上がるとミーサは抉れた地面を踏み締めた。
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