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「言っておかなきゃなって思っただけ」  2階から見る街は楽しそうだった。八百屋と雑貨屋が見える。王都やロレンツァに似た活気がある。レーラの言葉に何も返さないでいた。王子を守り、王子に成り替わる立場にいる。捨て駒として扱ったらいい。影を気遣って気負ってどうするのか。もう王子ではないと影自ら見限ればいいのか。レーラがそれを承諾し王子を降りてしまうのなら影の務めからも下ろされるだろう。用済みになる。王都に住まなければならないこともない。行事に付き従い参加することもない。自由になる。だがその自由は空虚だ。城の内情を知りすぎたと粛清の可能性もある。良くても軟禁だ。影がすべきことは無理をするなと言うだけだ。立ち止まっても、背中を突き飛ばすしかない。 「言う相手は、俺か」  レーラが鼻で笑った。すまないが先に寝ると言ってラタン椅子から腰を上げると浴室に入っていった。アルスは振り返って欄干に背を預ける。上手くいけば距離的にモルティナも多少暑くなるのだろう。欄干から背中を剥がして部屋を出る。廊下の休憩スペースでミーサが日報紙を読んでいる。背後から忍び歩く。 「アルス?」  ミーサに仕掛けようとしたことをセレンにされ、アルスの肩が跳ねた。セレンの両手には茶の入った紙コップがある。 「アルスさん?」  日報紙から顔を上げたミーサが首を後ろへ倒した。 「もう何やってるの」  セレンはミーサの真横のテーブルに茶を置くと、また茶を注ぐポットの元へ行った。 「レーラ風呂入っちゃって暇でさ」 「鎮痛剤の副作用強いんすね」  ミーサは日報紙を片付け、セレンはアルスの分の茶を汲んで戻ってくる。礼を言って少し熱い茶を飲んだ。 「疲れてるみたい。寝られてるとは思うんだけど、気疲れのほうかな」 「もう一部屋とったほうがいいすかね」  ミーサは慎重に茶へ息を吹きかける。その姿は以前と何の変わりもない。 「それは大丈夫だとは思うけど。余計に気疲れしちゃうと思う。人には妙に気を遣うくせに、気を遣われるの嫌がるから」  そうっすね。返事は軽い。むしろセレンのほうが黙っているが気にしているようだった。 「レーラのことはそっとしておこう?色々思い詰めてるみたいだから…」 「そうっすよね。肉体的にも大変ですしね」  付き合いの長い幼馴染が言うのだから自分がいうより間違いないとばかりにミーサの反応はやはり軽い。暫く雑談を交わしていると髪を拭きながらレーラがやってきた。話があるとミーサを呼ぶ。ミーサは熱そうに茶を飲み干して、レーラについて行く。 「なんかミーサとレーラ、変じゃない?」  セレンが切り出し、アルスは、そうかな、ととぼけた。原因は分かっている。 「喧嘩でもしたのかしら。レーラの気疲れってまさかそれじゃ…」 「セレンにはそう見える?」  頷かれる。変だと言う。 「いつも通りだと思うけど。何か気に掛かることでもあった?」 「レーラがじっとミーサのこと、怖いカオで見てるの。さっきも普通に話してたけど、そうじゃなくて…」  セレンは気付かないだろうと思っていた。甘かった。レーラが露骨だったのか、セレンが敏いのかは分からない。 「気のせいじゃないかな。でもオレも2人のことよく見ておくよ」  うん。セレンの目は不安げに揺らぐ。確定したことではない。セレンはミーサと同室で数少ない友人だ。あまり心配はかけたくない。疑う真似もしたくない。 「そのことも大事なんだけど…セレン、その、次相手にするのは七星将だけど、怖く、ない?」  上手い切り出し方、言い方を考えるが気の利いたものは浮かばない。2人にはあまり話題にしたくないことだ。だが2人の時でなければ出せない話でもあった。忘れもしない。これからどれだけ生きようと。 「わたしは大丈夫。アルスは怖いの?」  同じ出来事だった。だが見たものは違う。女の子が斬殺される光景がセレンの脳裏に過る。前よりも少しずつ良くなっている。それでも重苦しく胸にのしかかる。 「わたしは大丈夫だから。今はアルスもいてレーラも、ミーサもいる」  無言のアルスにさらに言葉を重ねる。 「そうだね。分かった。そのことについては、じゃあ、心配するのはもうやめる」  セレンは強く頷いた。 「話ってなんすか」  アルスとレーラの部屋の入口で突っ立っていると窓際の椅子を勧められ、座った。 「大々的な処刑なのだろうな。処刑の街でやるからには」  雑談をしたかったのかとミーサはきょとんとした。 「何か妙なことを言っただろうか」 「あ、いいえ。そうっすね。城の関係者っすからね。大々的にやると思うすよ。しかも将軍」 「王都の命(めい)ということになるな」  レーラは濡れた髪を雑に結わえてから対面に座った。 「そうすね。…レーラ殿」 「なんだ」 「どうしてもってことなら、王都に戻って、きちんと話して、どうするか決めるっていうことも出来るんじゃないかなって…」  ミーサの目が泳ぐ。言うか言うまいか迷って口にした。 「七星将が俺たちを狙ってきたということは…王族の敵となっているか、俺が王族から外れたどころか粛清の対象になっているかのどちらかだと思う」  自嘲的なレーラをミーサはじろじろと見た。七星将襲撃が与えたダメージは肩の傷だけではないようだ。 「そんな仕打ちを受けてまでまだ王子の責を果たそうと思ってるんすか」 「当然だ。訂正するとすれば王子の責というよりかは…投げ出してしまった…王位を継げなかったことへの贖罪だな」  ミーサはへぇ、ともそうなんですか、とも素晴らしいですとも言えず、レーラを眺める。 「髪でも染めますか。目立つと厄介ですし」  確か七星将の1人がレーラを執拗に狙っていた。間一髪で七星将側からの“助け”が入ったが命を狙っていた。 「七星将も言っていたな。髪が気に入らないと話していたのを聞いてしまった。この髪が…気に入らない、か」  また自嘲する。纏めた髪に触れながら。ミーサは口を開きかけて、気休めにもならない言葉しか浮かばず、歯だけが鳴った。 「レーラ殿、つらくないすか。旅は」 「そもそも俺がどうにかすべきだったことだ。アルスもセレンも、何より君も巻き込まず。つらいとかつらくないとかは関係ない」  何を聞くのか、信じられないといった風な表情を向けられてミーサは俯いた。みぞおちで光る人工クリスタルを見つめる。 「本来は俺が1人…もしくは城で解決せねばならないことだった」  すぐ脇の窓の外は暮れなずむ。鳥がベランダのすぐ横を飛んで行った。処刑の街というイメージが先行してか、モルティナに入ってからカラスをよく見る気がする。肩書きには合うが街並みには合わない。 「そういうものなんすかね。王族ったって人間すよ。これ不敬罪なんすかね。でもご飯食べるし寝るっすもんね。笑うし悲しいし痛いっしょ。1人犠牲払うみたいにしておけば、それでいいことなんすか」  王子が自ら危険を冒す必要はない。そういう立場に生まれているのだから。良くも悪くも生まれながらに決まってしまっている格差の上位に。身代わりとなる者も侍らせている。1人の人生を利用し管理し操作するような形で。 「ミーサには分からないことかもしれない。相容れないかもしれないが…だが、ありがとう」 「別に慰めたつもりはないっす。気に入らないんすよ。人柱みたいだ」 「慰めとは思っていない。それに犠牲ではない。立場を全うしたいだけだ。空回っているだろうか」 「空回ってないすよ。でもさ…生まれが勝手に決まってて、どう生きるかも選べないの、なんか、嫌なんすよ」  ミーサの声音が感情的になっていく。表情を失くして固まるレーラを見て、ミーサは首を振る。 「すんません。これはレーラ殿に言う言葉じゃなかったです。ほんと、すみません」 「気にするな」  ミーサは礼をして部屋へと戻る。 「王子っていうのも案外難儀なんすね」  ペンフレットを読んでいたセレンが首を傾げる。 「何か言われたの?」  ミーサは首を振った。 「王座で踏ん反り返ってあれこれ命令して贅沢三昧じゃないんすね」 「そう見えちゃうのかな」 「ちょっと買い物行ってきまっす」  ミーサはそう言ってまた部屋から出ていった。遅れた返事は届かない。うぉっミーサちゃんごめん、とアルスとぶつかったらしい会話が聞こえ、セレンは笑みをこぼす。扉が開かれ、ミーサと入れ違いにアルスが姿を現した。 「レーラ寝ちゃったし、散歩行かない?」 「うん、行こう」   アルスと共にモルティナの街を散策する。淡い色のレンガの建物は高さや形は統一されていたが、窓から見えるぬいぐるみやステッカー、飾り付けなどが異なり飽きなかった。芝生の庭は同じ通りに区画整備され置物や植物が通行人を歓迎しているようだった。庭付きに一軒屋が並ぶ住宅街は王都でもよく見るが統一性のある壁の色や、街そのものを見せているという点ではロレンツァに近かった。汚れの目立ちやすい壁面だけに気を遣っているらしくところどころで壁を洗っていたり、芝を刈っている住民が見受けられた、処刑の街というにはやはり合わなかった。  大変だ~!  長閑でどこか夢見心地な街に緊張感のある叫びが響く。アルスは眺めていた風景から声のほうを向いてセレンの前に出る。あっち。セレンが指を差した。外に出ていた人々が一斉に街の奥から溢れるように押し寄せる。 「何かな。危ないし、帰ろうか」  ミーサかレーラがいなければ今手元には武器がない。何かあった時、セレンを守れないのだ。だがセレンはじっと声のしたほうを凝視している。 「セレン…?」 「王都に来たのと、同じ魔力…」  動かないセレンの腕を取ってアルスは宿への道を戻る。セレンはアルスの腕の力へと従わない。セレンの手が薄い青に光りはじめ、アルスは揉み消すように両手で包む。 「セレン、行くよ?」 「でも…っ」 「危ない目に遭わせられないよ」  平然と言ったアルスの目をセレンは睨み上げる。 「でも誰かが困って…」 「オレらに出来ることはないよ。あるとしたら、今宿にいるレーラを守ることじゃないの。有事なら」  セレンがアルスの手を振り解いて、街の奥へ進もうとする。もう一度セレンの腕を力強く掴んだ。 「セレン!」 「ミーサが巻き込まれてたらどうするの?」  アルスは困ったように笑ってセレンを掬い上げるように抱えて宿へと急ぐ。セレンは事態が呑み込めずに固まり、それから暴れた。 「アルス、放して!」 「黙って」  宿に入って、編み物をしていた店主の媼にセレンを預ける。媼がセレンへ意識を向けた。その間にアルスはすかさず宿を走り出ていった。アルスは魔力や魔物の気配というものを感じられなかったが街の中心部を目指す。ただ何事かと確かめに行くだけだ。ミーサは巻き込まれていないか、近辺にいないかと。モルティナは高低差の激しい土地らしく緩やかな坂になっている。背後を気にしながら逃げ惑う不安定な人波を縫い、流れに逆らっていく。騒々しさの増す円形広場は公開処刑場と案内看板に書いてあった。斬頭台や絞首台と思しきものがないため、開催の都度設営しているのかも知れない。王都でも散見した携帯できる甘味の屋台がある。普段はそのまま広場として利用されているようだ。ここが現場ではないのか、何もいない。さらに奥へ進む大通りに出ようとしたところで、地響きと風圧が遅い、アルスは腕を掲げた。目の前に現れた獣のような風貌をした禍々しい色合いの毛並みをした魔物。頭部に無数の蛇がのたうつような外観をしている。甲高い鳴き声を上げ、辺りを見回す。警戒しているようだった。アルスは姿勢を低くし、近寄ることを試みる。手を差し出して小さく舌を打って呼ぶ。  きゃぁ!  遠巻きの悲鳴に魔物は警戒の色を強くする。唸りながらアルスへ身体を真っ直ぐに向ける。戦わずとも済むと思った。 「おいで」  迷い込んだのか、それとも。闘技場で魔物を戦わせているとミーサがパンフレットを要約していた。飼育されていたのかもしれない。魔物はアルスを切り裂こうと前足を振り上げる。甘い考えは打ち砕かれ、アルスは(すんで)のところで後ろへ避ける。距離をとりながら、時間を稼ぐ。武器はない。レーラやミーサを真似て指先に魔力を溜めてみるが、ばちんと弾けた音がするだけだった。モルティナの警備兵が来るのを待つしかないだろう。だが王都のようにそういった組織があるのかは分からない。カラカラ…っと高い音がして足元に何か当たった。金属の音だった。意識が足元に向かったと同時に魔物の前足が動くのを影で確認した。注意を逸らした瞬間に襲い掛かってくる魔物へ素早く短剣を拾い上げ、踏み込み隙を見計らって胸へ突き刺す。魔物の跳ぶ方向とは逆に、魔物の跳躍力と体重で斬り裂かれていく。本意ではなかった。緑に光る粒子がふわりとすれ違ったアルスを包む。ごめん。内心で謝った。段々と慣れていくだろう。何も感じなくなる。魔物だと割り切れるようになるはずだ。おそらく。短剣の汚れもまた粒子となって消えた。死体も体液も消えていくが感触ははっきりと残っている。動けず、人気(ひとけ)の失せた広場に佇む。1頭とは限らない。まだ油断できないと思ったところで声がかかる。
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