27 / 48

26

 診療所に入ってすぐの診察台にレーラは座っていた。肩に包帯を巻かれている。陽気だったミーサは沈んでいる。歩く速度も遅くなって、アルスはその脇を抜いた。 「大丈夫?」  アルスが声をかけるとレーラは3人に気付いた。 「ああ。3人揃ってどうした?」 「特にどうもしないけど、まぁ…見舞い?」  アルスの横やミーサがセレンに肩を抱かれてやってくる。 「レーラ殿、その…申し訳ないっす…」   忙しなく床をのあちらこちらを見ているらしく小刻みに頭が左右に揺れる。 「気にするな。ありがとう。それよりも、無理をさせてすまなかったな」  優しい笑みを浮かべるが、ミーサは一度視線を上げただけでそれからすぐに逸らしてしまった、セレンが苦笑する。アルスも3人を見て小さく笑む。痛み止めを処方された後、七星将の追撃を避けるためできるだけ早くこの近辺から離れたいとミーサが言い出して、この町・エレナから去ることになった。荷物をまとめ次第、炎の山を目指し北上する。炎の山に近付いているということを忘れるほど先は緑が広がっている。王都やロレンツァ、山道と比べても暑くもない。進めど進めど気候は安定している。時折4人を包む風は熱を含んでいるどころか心地良さがある。 「炎の山、なのよね?」  疑問をセレンは口にした。レーラは黙って頷く。 「小規模だけ暑いとかっすかね」 「一度猛暑が続き死者が多く出た時期がある。リンフォルの麓の町だ」  遠いものかと思われたがすぐに着いてしまった。温泉が名物の町・インフォン。草花が目に入る。小鳥が村の入口のアーチに留まり囀っている。どこの村とも変わらない雰囲気で建築様式だけが違う。新しい建築物に至ってはおそらく伝統と思われる建築様式ではない。 「オールは精霊を封印するだけの人員が割けるとは思いません、と言っていたっすけれども」  ミーサがロレンツァで交わした会話を思い出してインフォンの長閑な風景を眺める。 「七星将?」  セレンが答え、ミーサは首肯する。可能性として、と小さく付け加える。 「そうだよな。本で読んだことあるけど、炎の山周辺って砂漠ってほどじゃなくても、比較的暑くて熱風吹くんだろ?」 「リンフォルの北側はまだ砂漠と聞いたっすけど、この様子じゃそれも怪しいっすね。花畑になってたりして」  ミーサが町へ入っていく。アルスが周りを見ながらミーサに続く。 「レーラ?」  進む様子のないレーラをセレンは見つめた。レーラは俯いていた。精霊が封印されていたまま儀式を執り行っていた。それが確定的な要因ではない。だが。 「何でもない。行こう」 「もう少し、休んでいっても…」 「大丈夫だ」  町の様子を探りながら通り抜けていく。気候に適した植物がよく目に入る。固く乾いた土の上に砂礫を軽く振り撒いたような感触だった。山らしき山は見当たらない。ミーサがアルスの様子に気付いて指を差す。山という印象とは違った。赤みの強い土が隆起して固まったような、塔にも柱にも思えた壁により道が作られている。荘厳さ漂わせるが草花が生い茂り、蝶や小鳥が飛んでいる。 「山…なの?」 「入ってみれば分かるっすよ。山というか坂っすね」 「ミーサちゃん、来たことあるの?」  後ろを歩くセレンとレーラを待つためアルスは停まった。ミーサは炎の山というにはむしろ大峡谷(キャニオン)のように思えるリンフォルを遠く見つめる。 「……本で読んだだけっすね。ただの知識程度っす」  険しい顔のミーサにアルスは少し気になったが、足元が慣れず疲れているだけなのだろうと思ったため何も問わなかった。  日差しは強いが特別な暑さはない。草に浸食された土柱の間の1本道を通り抜けていく。両端に高く聳える土の壁と柱が日差しを避ける。樅の木が端々に生えていた。赤みのある岩肌が露出した滑りやすそう丸みを帯びて窪む坂が続く。入口だ。腐った木の看板がそれを告げた。小鳥の囀りが響いた。日差しの暑さはあるが湿度がないだけ動きやすい。 「祠だけ暑いということも有り得なくはないっすよ」 「…そうだな」  滑落しそうなほど足場の悪そうな坂道を見上げるレーラにミーサは言った。レーラは小さく呟いて、進んでいく。セレンが続き、アルスも足元を注意しながら登っていく。急ではないことと点々と樅の木が生えていることが救いだった。ミーサは3人の姿を少しの間見ていた。 「…ごめん」  粘土が採れそうな岩壁と岩壁の間に開いている細長い空を見上げて何者かに謝った後、3人の行った道を行く。 「大丈夫か、セレン」  アルスが歩きづらそうなセレンに、樅の木に手を掛け、引き上げる。 「ありがと」 「ミーサちゃんとレーラは?」 「大丈夫っす」 「ああ」  斜面のため時間帯によってはよく日に当たるようだが今は岩壁に阻まれ、どちらかといえば少し暗かった。薄桃の陰の中を上っていく。ミーサが昔来た時は、夜で寒かった。岩を重ねたような入口の祠が見え始め頃には空は夕日に染まっていた。辺りを覆っていた岩壁よりも高所に来て、土の塔のような柱のような屹立が無数に並ぶ風景を見渡した。城の上層から見た王都に似ていた。祠を前にしてもやはり気温は変わらない。レーラが指先に炎を灯し、祠へ入っていく。水の祠と造りが似ていた。少し歩くと奥は崖になっている。指先の炎が強まり、明かりはさらに広範囲にまで届く。外で見たものとは異質の岩で出来た燭台が道に沿って並ぶが何も灯ることはない。 「彫刻?」  剥製のようだった。壁から左右2本の猛々しい角を生やした牛のような風貌の造形が彫り出されている。逃れるように手を突き出し、逞しい胸板から下は岩に溶け込んでいる。とにかく巨大だ。突き出された鋭い爪の生えた掌はレーラを握り潰せそうなほど大きい。 「石化…っすね。ちょっと術が強すぎて、それ以上は判別できないっす」  手を翳したミーサの指先に集まった弱い光が静電気のようにばちりと爆ぜた。 「七星将の術と同じ魔力だ」  レーラも掌を巨大彫刻に向け、魔術を読み取る。 「封印されているのと違うの?」 「石化しているだけだから…一応精霊の恩恵だけを預かってるって状態っすよ。そんなヤバそうなこと思いつかなかった」  セレンの問いにミーサは両腕を抱く。 「じゃあ契約はできるのか…?」  レーラは答えず、ミーサも黙った。2人の様子にアルスが戸惑った。 「出来ないな」  遅れて答える。 「石化、解けばいいんだろ?」 「そうだな」  固まった炎の精霊へ向き直り、レーラは3人へ背を向けてしまう。 「だが簡単ではない」 「それともうひとつ難しい問題があるんすよ」  ミーサが頭を抱える。不安を隠さない態度にアルスは控えめに問う。 「…何だよ?」 「この石化をどう解くかっていうのは少し置いておくとして、また麓の町とその近辺が猛烈に暑くなるんすよね。あとこの山も」  レーラは眉間に皺を寄せる。 「契約か…あの町の安穏かってこと…?」  ミーサはきょろきょろと首を左右に回して、頷くのを躊躇ってからぎこちなく首を下ろす。 ――レーラ、許されたいか  野太い声が聞こえる。それは名を指されたレーラ以外にも聞こえていた。地に響くような低音。だがそれはこの空間を揺らすものではなかった。 ――許されたくば吾輩を助けろ 「何からお助けしろと仰せになるのですか」 ――さすれば自ずと道は拓かれる  声は途絶えた。レーラはじっと巨大な彫刻から目を離さない。 「精霊の…声…?」 「随分と一方的ですな」  セレンもレーラ同様に石化した精霊を見て、ミーサは一瞥してすぐ逸らす。 「やるしか、ない」 「そうだね」  レーラが振り向き、アルスと視線を合わせる。やることは決まった。だが方法だった。ミーサは迫力のある彫刻を見る。七星将の術であるなら、石化を治すという薬草では効かない。七星将を上回る治癒術がなければ。アルスとセレンと話すレーラを眺める。レーラならば或いは。だがその治癒術とレーラに適性があるのか、または体得しているのか。 「討つしかない?」  アルスの問いに、レーラは視線を落とす。確実なのはそれだ。だが言うほど容易でないことをは身を以て知っている。 「正攻法ではないすけど、ひとつ」  ミーサは日報紙で読んだことを思い出す。 「聞いてみてからだな」  レーラが促し、アルスとセレンも頷いた。七星将とはおそらくまたどこかで会う。会うなどという生易しいものではないだろう。 「モルティナで1人、七星将が処刑されるんすよ」 「あの子どもと、眼鏡の子と、巻き毛の人と…」 「ミーサのこと攫おうとした人と眼帯の人と、なんか偉そうな人?」  アルスとセレンが山道であった6人の七星将の特徴を挙げていく。 「1人、スファーというやつがいる。欠けていたのはそいつだ」  レーラは顔を顰める。あまり話題にしたくないらしく、ミーサは苦々しく思った。 「え…、処刑されるの」 「まだ時期は分からないんすけどね」  七星将がそう易々と捕縛されるとは思えない。 「場所がモルティナなんすけど、そこに行けば、何か分かるかも知れないといえば、知れないっすね」   アルスが声を上げる。 「モルティナって…処刑の街とかいう…?」 「お、そうっす」  炎の山・リンフォルから北東に進めばモルティナがある。処刑日時は未定だ。捕まっているのかも公表はない。ただ日報紙には七将軍の1人を処刑とだけ小さくあった。七将軍と括られているのは七星将と見てまず間違いなさそうだった。 「詳しいことはまた別の場所で。暗くなると魔物が出やすいっすから。戻りましょうよ」 「歩き通しだな。レーラ、大丈夫か」  レーラは「ああ」と返事をする。すぐに下山へ移った。気温が下がり、寒いくらいだった。北側の遠方に砂漠、手前に土と岩の塔や柱が視界いっぱいに広がっていた。また来たときとは違う色を見せていた。空は間もなく暗くなり、岩壁と岩壁の間は視界が悪くなる。夜が更ける前に麓の町に着いた。2つとった宿の部屋で感覚のなくなった足を休める。鎮痛剤の副作用でレーラは夕食も摂らず湯を浴びた後早々寝てしまった。すぐに食べられそうなものをテーブルに置いてアルスも就寝する。七星将とまた会わなければならない。胸の傷を掌で押さえてみる。中途半端に塞がって放置したため傷痕になってしまった。隣のレーラを見る。包帯が巻かれた肩を上にアルスに背を向け動かない。唯一王位継承権を持った王子でありながら、儀式は中断。存在するのだかしないのだかも分からない精霊の承認を得られないまま王位継承をしても構わないと思っていた節はあったが、実際この目で見てしまった。アルスは水の精霊に操られてしまった。耳の中に響いた野太い声は他の者にも聞こえていた。  隣でベッドの軋む音がした。レーラが寝返りをうつ。刺された肩を下にして痛むのか眉間に深く皺が寄った。柔らかな光に照らされているため、レーラの顔が筋になって光っていることに気付いてしまった。 「レーラ?」  呼ぶ。だがレーラは目覚めない。見てはいけないものを見てしまった気がしてアルスはレーラのいないほうへ回る。気負わなければならない立場にいるが本人の性分もあり気負い過ぎだ。そして重荷になっている。布団の中で動くたび脹脛が張った。腰も普段使わない筋肉が痛んでいる。身体は疲れていたが寝付けないでいる。レーラの涙が頭にこびりつく。レーラは一度城から逃亡を計って失敗し死者を出したことがある。後から聞いた話だった。成功していれば、アルスが代わりに王子にすり替えられたか、もしくは王子は急死となり切り捨てられたか。だが不思議と怒りや落胆は浮かばなかった。後から聞かされたということもあるが、近くで見てきた王族の暮らしはそう華々しいものではなかった。今もそう思う。有事の際は真っ先に守られたところで、全て背負わねばならない。そしてそれを突然背負わされる可能性がアルスには大いにあった。乱心した民の襲撃が無いとも限らない。今までに幾度かあったと聞く。レーラの元に辿り着く前に始末されるらしい。兵たちが噂しているのを聞いたことがあった。看護婦長もアルスを心配した。嫌ならやめたっていい。それが言えないでいる。そう簡単にレーラは手放せる立場にいない。そしてアルスも、そういう立場にいない。嫌な考えが浮かんでしまう。ミーサに会うべきではなかった。オールを呼ぶべきではなかった。眠らせておいてやればよかった。その任を放り出させてやればよかった。自由な方向へ制御も利かず話が広がる。少しずつ瞼が重くなる。思考が溶けて広がっていく。何を考えていたのかも忘れそうだった。
良い
エロい
萌えた
泣ける
ハラハラ
アツい

ともだちとシェアしよう!