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処刑の街 25

*  痺れる肩を押さえレーラはベッドから起き上がる。アルスとセレンの姿はすでになかったが、ミーサはまだ寝ているらしかった。  記憶を辿る。見覚えのない部屋。隅に洗面所がある。水回りの設備が整っているということはおそらく大きな街なのだろう。顔を洗って部屋から出る。階段を下りると食堂があった。活気に溢れている。旅人と思しき者もいれば商人や踊り子集団と思われる装いの人たちもいる。 「お、レーラ!こっち」  アルスがレーラを見つけると手を振った。セレンも隣に座っている。 「ミーサは寝てた?」 「ああ」  セレンに訊ねられレーラは頷いた。辺りは笑い声や食器の音や雑談で盛り上がっている。まだ寝惚けているのか記憶を辿りきれないでいた。レーラの中で引っ掛かっている部分が不快な夢のような気さえするが仮にそうだとしてもこの地に来た覚えがない。やはり夢ではないのだ。とすれば。 「アルス、体は大丈夫か」  記憶の限りでは嘔吐していた。 「うん、大丈夫だよ」 「セレンは」 「わたしも大丈夫」  アルスもセレンも見たところ顔色は悪くはない。セレンが椅子を引いてレーラに座るよう促した。 「どうして俺たちはここにいる?」  真っ先に浮かんだ疑問はこれだった。眼鏡が印象的な茶髪の少女と対峙して、それからの記憶が混濁している。 「それが…分からなくて」 「じゃあ、ミーサ?」 「ミーサが運んだのか、俺たちを…?」  想像しにくい。ミーサは、レーラやアルスならとにかくセレンとも背丈に差があった。無理ではないかも知れないが考えづらい。3人は黙り込む。他のテーブルの喧騒に呑まれ、静かなこのテーブルは空間から浮いているようだった。 「おはようございまっす」  ミーサがテーブルにやってきた。髪を乱雑に結い、声はいつもより低い。 「おはよう。調子はどうだ?」 「あ…えーと…その、レーラ殿、すみませんでした」  ミーサはレーラの問いに困った表情に頭を下げる。 「すまない。何の話だ?」 「いや…庇ってくださったじゃないすか」  ミーサの視線がレーラの左肩に注がれる。緩く包帯が巻かれている。 「構わない。気にするな」 「…っす」  ミーサはもう一度頭を下げて椅子に座る。 「ミーサちゃんなら知ってるかな。あれからどうなったのか…」  アルスが穏やかな目でミーサを見て、ミーサは大事なさそうな様子に安堵する。 「あの人たちに空間転送術(ワープ)を使ってとりあえずあの場から立ち去らせたんす。もしかしたらそう遠くはないかも知れないんす。情けない話、暫くは一切の魔力が使えなくなるので、足手まといになったら申し訳ない」  ミーサは人差し指に魔力を溜めたが、静電気のような音を立て、一瞬光るだけだった。少数派ではあるが魔力を恒常的に体内に溜めておける者もいれば、使用する度に減らしていく者もいる。ミーサは後者だった。そして個体差のあるその容量もミーサは大きくはなかった。そのためにクリスタルを使っていた。クリスタルから魔力を供給うしていたのだった。 「ここへはどうやって来たの?その、ワープ?」 「荷車を借りたんす」 「荷車?」  アルスが首を傾げる。ミーサが一度目覚めた頃にはアルスもまた近くで眠っていた。どうしようか考えていた時に通りがかった者に声をかけたのだった。 「通りすがりの若い人。食材調達とかで」 「通りすがりの人」  アルスがさらに復唱する。 「アルスさんたちと同年代くらいの。宿付きの食堂で働いてるって言ってたんす。彼のすすめでここ泊めてもらったんすけど、部屋が4ベッド1部屋しかなかったんで、それはすみませんっした」 「なるほど…それはあとでお礼言いにいかなきゃ…この街にいるんだよね?」 「ここの食堂で働いてるって言ってましたけどね」  アルスは食堂を見渡した。隣のセレンがわずかに緊張を帯びた表情でミーサの双眸を捉える。 「それでね、ミーサ…あなた、あの人たちと知り合いだったの?」 「あの人たち?」  ミーサはアルスがやったように食堂を見渡す。アルスはすでにセレンが切り出した話題によってミーサへ視線を戻していた。 「七星将のことだ」  セレンの問いにレーラが補足する。だが次はアルスとセレンが奇妙な表情をした。アルスも知らない様子にミーサは少し驚いた。 「七星将は、王族の護衛だ。表向きはな」  レーラもアルスとセレンの様子にわずかに眉を動かす。あ~、いたね。アルスが言った。 「1人いなかったがロレンツァで会った」  ミーサはレーラから聞いたことを思い出す。6人と1人で別行動をしているようだった。 「7人で一組織だが7人でまとまっていたことはあまりない。今回は6人だったが過半数以上となると大きなことなのかも知れない。だが目的が分からない…私怨のようにも思えたが」 「黒い毛の男の子はミーサのこと、家族って言ってたけど…それは?」 「可能性の有るや無しやでいえば、有るっす。でも自分にも分からないんす。断言は出来ないんすよ、あくまで可能性の話で」  アルスはなんで?と問う。ミーサは誤魔化すように笑って答える。 「ひとつの可能性の話っすよ?自分の兄が…あの中の誰かの器になっているということが有り得るという話で。器は男女問わないから…でも、家族って言った人がいるなら、その人かも知れないっすね」  レーラがミーサを見遣る。アルスはきょとんとしていた。セレンは深刻そうな表情をしている。ミーサは面倒臭そうな空気を隠さずにまた口を開いた。 「オールの生まれた原理と同じっすよ」 「じゃあ、これからわたしたちは、ミーサのお兄さんと…」 「物理的にはそういうことになるんすけど、姿形が全く違うんで自分としてはあまり実感がないすよ。まだ信じてないんす。相手の勘違いという可能性も高いっすから」  セレンは曇った表情のままだ。ミーサはアルスを一瞥して居心地悪そうに顔を伏せ、誰も喋らなくなったところでメニュー表に手を伸ばしながら3人の顔色を窺った。レーラと目が合い、瞬時に逸らす。 「何か食べても、いいすか」  アルスが「お腹減ったよね」と優しく言った。セレンも頷いた。  食事を終えるとレーラは診療所に向かうらしく、ミーサは古書店へ行くらしかった。アルスが魚・乳製品・卵は食べるが肉を食べない乳卵菜食主義なのだとこの時初めてミーサは知ったらしかった。ミーサからこれからどうするのかと問われ、セレンは少し街を見ると言ったためアルスも同行すると答えた。 「驚いたね。ミーサのことも…七星将とかいう人たちのことも」  王都よりは少ないが多くの人々が行き交っている通りをセレンは眺めていた。宿の対面は八百屋で熟れた果物や新鮮だとよく分かる野菜が並べられている。 「…守れなくて、ごめん」  アルスはぽつりと溢す。セレンは首を振った。 「そんなことない。助けてくれたじゃない。それにわたし、守ってもらう必要なんて…」  セレンは俯いた。長らく触れてこなかった話だった。お互いに過敏になって、惑って、結局何も言えなくなってしまう。アルスの口が開き、だがセレンのほうが早かった。 「わたし、ちょっと雑貨屋さん見てくる。傷薬、切らしてるみたいだから」  言葉は遮られた。言う機会を失う。雷の鳴る雨の日に言われたことをまだ引き摺っている。セレンは、ちょっと行ってくるね、と言って背を向けてしまった。アルスはその背が見えなくなるまで動かなかった。それから街の入口にある小丘に登る。よく晴れ、葱青(そうせい)とした地に寝転んだ。弱い風が駆けていく音がする。視界の端から端に青い空が収まり、溶けた白い雲がゆっくりと横切っている。 「こんにちは」  視界が暗くなる。逆光した人の顔が突然現れてアルスは目を見開いた。 「山道で寝てた人ですよね。調子はどうですか」  暗い灰色に水色の双眸。少し吊った目元が亡き友人を思わせる。この手で刺し殺した、友人を。青年は人懐こく笑ってアルスの隣に座った。 「君が…その…。随分と、お世話になってしまって、」 「いいんですよ。妙なうるさい客が入って来るよりずっと助かる」   冷たい印象を受ける切れ長の目元は人好きのするものへと歪む。 「旅の人たちですよね。いいなぁ」 「…旅の人ってほどのものではないけど…でも宿は転々としてる」  青年は興味深そうだった。 「名前、まだだったよね。俺レスター。よろしく」 「オレはアルス」  レスターは寝転んだままのアルスに手を差し出し、アルスは上体を起こしてレスターの手に応える。 「旅か~。いいなぁ。俺も若かったら」  レスターは青空を見上げる。年齢はそう離れているようには思えなかった。家庭を持っているのかも知れない。10代後半で妻子持ちは珍しいどころではない。むしろ王都でも多数いた。 「そうだ、ロレンツァには行ったかい?それともこれから?」 「もう行った」  レスターは楽しそうに目を輝かせる。 「あそこはいいよね~。綺麗だ。街も女性も。酒も美味い」  セレンやレーラやミーサにロレンツァを楽しんでほしさはあったが今それどころではなくなっている。特にレーラは。アルスは小さく同意した。あまり深く掘り下げられるのも困る。レスターは構わず喋り続ける。 「街ならモルティナもいいけど、あそこは血生臭い。治安も…いいのかな。でも行くなら気を付けたほうがいい」 「モルティナ?多分そこには行かないと思うけど」 「そう?じゃあ安心だね。街自体は綺麗なんだけどさ、結構狡い賭博とかあるし、何ていったって処刑の街だからね」  レスターは困ったね、と言わんばかりに肩を竦めながら話す。 「物騒な名前だね」 「戦闘狂が集まるんだよ、死刑囚や魔物と戦いたいってネ。まぁ行かないならそれに越したことはないや」  レスターの言うとおり近付かないほうがいいのだろう。セレンやミーサを危ない目には遭わせられない。レーラも武術に問題はないが、出来る限り暴力とは無縁でいてほしい。 「旅芸人なんでしょ?」 「え?旅芸人?」  レスターの口から飛び出した単語にアルスは面食らう。 「ミーサさんが言ってた。旅芸人で稽古の途中で飲まず食わずの不眠不休だったって」  ミーサはそう説明していた。旅芸人ということであれば旅をしているという説明を根掘り葉掘り訊かれずに済む。だがまた別の部分で面倒事が生じそうだった。だがのるしかない。 「そ、そう。ちょっと厳しくてさ…炎纏った剣振り回すのとか」 「へぇ!じゃあいつか観に行くよ。モルティナでやらないとなると近くの街は…うん、多分噂で聞くと思うから、その時!」  レスターが建前ではないのだとさらにそう続けた。アルスは苦笑する。厄介な誤魔化し方をしたものだ。 「そこまで有名になれたらいいんだけど」 「寝る間も惜しんで山道で稽古!きっと報われるさ!」  レスターは立ち上がり、1人楽しそうに拳を掴んだり振り返ったり遠くを見たり忙しない仕草でアルスを覗き込む。 「そ、そうだね」  返事に困り、肯定しておくと、アルス!とセレンの声で呼ばれ、レスターと共にその方角へ首を曲げる。ミーサを連れたセレンがいた。セレンは2人の元に駆け寄ってくる。 「あの、荷車を借りたって聞いて、お礼を言いたくて…」  ミーサが後からセレンを歩きながら追う。アルスはレスターと話すセレンから視線を滑らせ、旅芸人ってどういうことなの、と渋い表情を浮かべる。伝わっているのかいないのかミーサはおどけた態度を示す。 「いやいや。困ったときはお互い様。アルスくんから話聞いたけど、俺はちょっと感動しちゃったね」  セレンが小さな包みをレスターに渡す。レスターはセレンの前で片膝を着き、前のめりになるとセレンのしなやかな手を取り、甲へ唇を落とす。 「え…、あ…はい…?」  戸惑い気味のセレンとレスターの間に、隣にいたアルスを押し退けミーサが割り込む。 「レスターさぁん?」 「はは、ミーサさんは固いなぁ」 「固くないっすよ。異国文化に慣れなくてすみませんです」  レスターがセレンの手を放し、表情を強張らせたアルスがやっと動く。 「2人とも、どうしたの?」  ミーサはアルスとセレンを見遣って、それから楽しそうにアルスとセレンを眺めるレスターを睨み上げてから小さく鼻を鳴らすと俯く。 「レーラのところに行こうと思って。この後のこと話したいし」 「そうなんだ。じゃあオレも行くよ」  レスターはにこりとする。 「本当に、お世話になりました」  セレンが礼を言ってアルスとミーサもそれにのる形で礼を言う。 「いえいえ~、稽古頑張ってくださいね!いつか観に行けると思うんで!」  レスターの返答に妙な表情をするセレンより先にミーサが適当な返事をした。 「稽古ってどういうこと?」 「それそれ、ミーサちゃん、オレたち旅芸人なの?」 「咄嗟に浮かんだのがそれしかなかったんすよ。思い詰めて山に踏み入る世捨て人とでもいえばよかったっすか」  レーラのいる診療所へ向かいながら、セレンとミーサがアルスの先を並んで歩く。町の中は果物の甘い香りがし、まだ加工前の香辛料が薫る。川魚の串焼きや加工肉が売られている区画ではまた違った匂いがした。セレンとミーサが楽しそうに話しているのを見ながら嗅覚で町を楽しむ。診療所は町の隅にあった。
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