25 / 48

黄金の瞳 24 

*  今頃どこかに転送されたのだろう。上級のさらに上級をいく魔術で、場所の指定は出来なかった。6人も同時に転送したためもしかしたら山ひとつ分も遠くはないかも知れない。自身の魔術と技術を考えれば身の丈に合わない重労働だった。胸に下げていたクリスタルが粉々に砕け散る。ほとんどの魔力はこのクリスタルから抽出した。耐えきれなかったらしい。 「レーラ殿、ごめんなさい」  レーラは眠っていた。セレンもまた、ミーサが術を放つと同時に放たれた銀髪の男の催眠の術が直撃していた。アルスは誰もいなくなった場所で1人座り込んでいた。 「アルスさん…」  声を掛けるのは躊躇われた。混乱して斬りかかられでもすれば今のミーサには成す術がない。そしてあの銀髪の男が放ったものが催眠の魔術でなければ今頃は。申し訳なさに俯く。そよ風がアルスの髪を揺らす。レーラの水の魔術で水溜りが波紋を描く。 「アルスさん…」  控えめに呼ぼうとして、視界が揺れる。強力な魔力とクリスタルを使った反動、それからあの銀髪の男の術。クリスタルアレルギーが内部から身を蝕む。ずっと昔、オールが処方した薬を口に入れる。まだ効くだろうか。強い眠気。アルスを放っておけない。抗えない泥沼のような眠気で目が霞む。 「リーザ…ごめん」  泣いてるんだ、とミーサは思って意識を手放した。  幼馴染の子の、オリーブ色の髪をした婚約者はアルスの憧れだった。この国のいるはずのない、黄金の瞳もアルスの憧れのひとつ。だがそれを口にすると、世話係は良い顔をしなかった。  彼は身分の高い者しか住むことのできない住宅地に住んでいる。太陽神の子と結婚するからだという。太陽神の子・レディンはレーラと仲が良かった。レーラはあまり笑わず、喋るのも好きではないのだとアルスは思っていたからレディンと談笑する姿を意外に思った。  レーラにはたくさんの婚約者がいる。結婚とは愛し合う2人が結ばれることなのだとアルスは教えられていた。レーラの付き人であり護衛として育てられたアルスはレーラとはしばしば遊ぶこともあった。ある日、レーラから紹介された女の子がレディンだった。金色の髪とライトブルーの瞳が印象的な子だった。その日から3人で遊ぶことが多くなった。  何年か経つと、レディンが知らない男の子を連れて来た。濃い青のリボンが印象的なオリーブ色をした癖の強い髪。そしてレディンの髪の色に似た瞳。不思議に思ったがレーラもレディンも何の疑問も抱いていないようだった。そして何の説明もされなかった。 「初めまして、リーザです」  リーザへの第一印象はしっかりした子。レーラもしっかりしていたが、リーザには朗らかさがあった。 「レディンとは婚約者です」 「こんやくしゃって、何?」 「いつか結婚するってことです」  それを聞いた時はアルスは少し苦いような、重いような気分になったがリーザのしっかりした態度、心優しい性格、頭の良さにすぐに納得できた。  レディンちゃん、結婚するんだってね。  あの子、太陽神の子でしょう?親は何を考えているのかしら。  使命を捨てるなんて、不名誉な。  太陽神の子は珍しいが唯一というわけではなかった。ただアルスの知る限りでは王都では今のところ連れて来られたレディンだけだそうだった。そして連れて来られたのはアルスもだった。  リーザとレディンの関係を知らされてからレディンはアルスやレーラといることが少なくなった。そしてレーラもまた「勉強」が忙しくなったらしい。たまにアルスの元へやって来るリーザは照れ臭そうに「嫁修行」と言っていた。  アルスは看護婦長や城下町の者たちと遊ぶことが多くなった。 「アルス」  高級住宅街を散歩しているところだった。リーザがアルスを呼び止める。そういえばこの地区に住んでいたのだと思い出す。 「レディンを見なかったかな」 「見なかったけど…」 「そう。レディンを見たら、僕が探してたって言ってくれるかい?」  わかったと告げるとリーザは爽やかに笑う。 「今日、友人が来るんだ」 「友人?」 「あぁ。今度紹介する」 「うん、楽しみにしてる」  リーザが王都の者ではないことは知っていた。リーザの友人。どこか期待と羨望を抱いた。そして後ろ暗い気分もまた微かに覚えた。無難な受け答えをしてアルスは会話を途切れさせた。リーザはじゃあな、と言って手を振りアルスは別れた。  大雨が続いた。雷が鳴り響き、季節に合わず肌寒かった。 「アルス」  城の下層の広い部屋。毎日ハウスキーパーが来て部屋を片付け、料理を持って来たりベッドを整えたりする。快適な生活だったがアルスは時折寂しさを感じた。今日もハウスキーパーが来たのだと思ったが、執事を連れたレーラだった。見慣れた不機嫌な表情をしている。 「レーラ?」  同じ城に住んでいても生活している範囲が違った。レーラと会うのは久し振りで、ここまでレーラが来るのも珍しい。 「今リーザが来ている。お前を呼んでいたから迎えにきた」  数日前に友人を紹介すると言っていたことを思い出す。 「忙しいのにごめんね。ありがと。すぐに行くよ」 「戻るついでだ、気にするな」  レーラはそう言って去っていく。 「こんな日で悪いね」  外通路にリーザとその友人と思しき同年代くらいの男の子がいた。 「紹介するといった、親友のアルスだ」  リーザに親友として紹介されたのが嬉しくてアルスは口元が緩んだ。 「セロト・マルスです、よろしく」  ブラウンを帯びた赤い髪の少年はアルスやリーザより年上に思えた。背丈もアルスより背の高いリーザよりわずかに高い。紫の両目がぎらぎらとしていた。リーザの双眸と同じように初めてみた瞳だった。 「よろしく」  セロトの雰囲気がアルスは少し苦手だった。 「緊張しているのかな」  リーザが微笑む。セロトというリーザの友人も柔らかい笑みを浮かべ顔を見合わせる。アルスは越えられない壁と強い敗北感に襲われた。リーザがレディンの婿となることに安堵し、期待さえしてしまった。 「次はレディンのところだ…アルスも来るだろう?」 「オレはいいや。部屋に戻るよ」  無理矢理に顔を引き攣らせて笑みを作りリーザへ手を振る。リーザは少し残念そうではあったが、そうか、といつもの爽やかな笑みでセロトとともにレディンの元へ向かった。 部屋に戻って特にすることもなく、やっぱりリーザに付いていけばよかったかも知れないとふと思い、我に返って頭を振る。大雨が降る窓の奥を見つめた。城下町と違い舗装された地面に叩きつけられる雨水が白くなって弾ける。その光景にも音にも落ち着いていた。時折視界が瞬いたような煌めく以外は。じっと眺めていると窓の隅にリーザとセロトが見えた。リーザを囲むように同じ服を着た5人組。どこかの組織や団体の者だろうか。空が一瞬光り、轟音。セロトとは着ていた物を脱ぎ捨てる。下にはリーザと対峙する5人組と同じ服装。  アルスは不安になって部屋を飛び出す。急いでリーザの元へ向かった。雨水が靴を濡らす。 「リーザ!」  アルスは叫んだ。リーザは6人から目を離すことなく、右手に短剣を握っている。 「お仲間が来ましたね」  大きな眼鏡の茶髪の女が言った。 「お仲間っていってもガキじゃあな…」  銀髪を逆立てた大男が言う。 「そのように見縊っているのなら、ヘインさんが全部やってください」  黒髪が跳ねた男が誰もいない方向へ喋っている。 「…大邪神、妹は討たせてもらった」  リーザを囲む6人とは別にやってきた灰色の髪の男が6人の前に立つなりそう言った。「だいじゃしん」という言葉にアルスはリーザを見た。それが何なのかは分からなかったがリーザを指している言葉らしい。 「これに見覚えがあるんじゃないか」  灰色の髪の男の手には水晶が編み込まれた革のネックレスが引っ掛けられている。 「…メイに何を…!」  リーザがアルスを守るように腕を出し、低い声を上げる。 「偽善的だな。血縁関係もないのだろう?ましてや愛情だって、無いのではないか?」 「周りへのフェイクといったところですか。それならそんな目の色で王都をほっつき歩かないことです」  黒髪を跳ねさせた男は頷き、虚空へ話す。 「黙れ!」  リーザはまた怒鳴る。一瞬にして炎が上がった。雨水で弱まることはない。アルスは腕を掴まれ、引っ張られる。 「来い!」  強い口調で言われ、アルスは何かを判断する前にリーザに引っ張られながら走った。初めて見た乱暴な姿に怯んだ。ばしゃばしゃと水を踏む音。前を走るリーザがちらちらと後方を確認する。そのたびに背後で炎が上がる。大雨にもかかわらず燃え上がっている。  リーザに連れ込まれたのは高級住宅地の一軒だった。まだ新しく思えた家は半壊していた。扉を開けるのも焦れているらしく、リーザの行く手を阻む扉は砕かれていく。リーザの手が乱暴に放された。 「メイ…」  壊れた屋根から雨が降り注ぐ。冷たい風がさらに雨粒を叩きつけた。小さな呟きもアルスの耳に当たる雨音で掻き消えそうだった。閃光により、暗い部屋がほんの一瞬明るくなる。その時に見える、人らしき姿。リーザは部屋の隅へ歩み寄って膝を着く。また外が一瞬光った。リーザに抱えられた小さな体。動かない。雨とは別のもので濡れている。その反対の隅ではレディンが頭を抱えて縮こまり、震えていた。 「リーザ…」  リーザは俯いている。小さな手に握られていた薄紅色の布を拾い上げる。4隅に水晶玉が3つ連なり留められている、一目見ただけで上質な物と分かる物だった。リーザは黙ったまま震えるレディンの肩にそれを掛けた。 「レディンを、頼む」  暗い視界ではリーザの顔は分からなかった。冷たい声をしていた。アルスは返事を躊躇った。リーザのことのほうが心配に思えた。だがアルスの返事も待たず部屋を出て行ってしまう。アルスはメイの亡骸と震えるレディンを交互に見た。頼まれてしまった。レディンの口が静かに動く。何か言っている。歯の鳴る音と、小さな声。リーザを助けて。聞き取った。迷いよりも先に足が動く。高級住宅地を駆け抜け、城の敷地を横切る。雨に濡れた服が重かった。 「リーザ?」  雷が鳴る。後ろから近付く足音。反射的に振り返る。 「坊主。あの坊ちゃんならあっちだぜ」  雨に打たれても逆立った銀髪の男が声を掛ける。男の指差す方向。城門の裏側。 「信用してねぇか。ま、当然だわな」  銀髪の男は肩を竦める。アルスは指された方向へ走った。今はそれしか手掛かりがなかった。溜めるような轟音と、控えめな雷鳴、そして爆音。鼓膜が破れたかとアルスは思った。そして背に走る衝撃。舗装された泥のない地面が近くなる。雨水が跳ね、目と口に入った。衝撃は熱から痛みへと変わって、雨の弱い感触さえも刺激になる。悲鳴を上げた。つい数分前に見たリーザに膝に乗せられた小さな体が頭から離れない。他人事ではなくなる。 「知らないお兄さんの言うことに素直に従ってはいけませんって、教わらなかった?」  影が出来る。小刻みに震える頭をアルスは上げた。逆光する銀髪。 「悪く思うなよ。大邪神なんか庇うからだ。任務妨害するヤツは殺しても構わねェんだって」 「アルス…?」  ぼやけはじめた視界の中でリーザの声がした。体が浮くような、柔らかく暖かい感触。 「どうして…アルスまで…」  霞んだ視界が鮮明になる。目の前にいたのはリーザではなくあの銀髪の男だった。抱き寄せられている。 「よぉ」  銀髪の男の余裕のある笑み。アルスは銀髪の男が脇に置いた短剣を掴んだ。数分前に見た、リーザの抱えられた小さな体。破れた服とその下にある垂れ下がった腕。自身が重なる。目の前の者に短剣を勢いよく突き刺した。 「ッぐ…っふ…」  不愉快な生温かさが広がる。だが雨によって体温を奪われ、どうでもよくなりただ温かさを求める。さらに深々と短剣を突き刺す。軋むような感覚が金属から手に伝わった。密着するとさらに温かい。背に腕が回される。傷口に触れられそうで恐ろしくなった。だが背は、ふわふわとした微熱を感じる。 「…ッ!」  油断したところで激痛が走った。刺されたと思うと瞬く間に視界は変わる。目の前にいるのはリーザだった。リーザの肩に顎を乗せていた。視界に入る毛先は銀髪ではない。オリーブ色の髪だった。痛みがすぐに和らいでいく。リーザが倒れ込み、アルスは下敷きになった。 『どういうことなんだよ、ルクレッタ』 『薬品塗ってあるからねってあれだけ言ったじゃない!文句あるなら自分の武器使ってよ!』 『最悪ですよ、この子、城で保護してる子じゃないですかぁ』 『…不運な事故だった…で片しておいてやる、以後気を付けろ』  耳鳴りがした。2つあるはずだった痛みは消えた。ただ手に伝わった人を刺す感触は残ったままだった。頭の上で交わされる会話も、アルスの耳は拾っていなかった。 『でも顔見られちゃいましたからね…』 『ヴァンゲートさんが部外者の前で“大邪神”とか言うからですよ』  雨音と遠雷に消えていく会話。 「リーザ…リーザ…」  2人を貫通したはずの傷。だがアルスは無傷だった。服が破れているだけだった。だがリーザは2カ所から血を流し、虚ろな瞳をしている。 「リーザ…」  ヒュー、ヒュー、という風の抜けるような吐息。 「リーザ…」  名を呼ぶことしか出来ないでいた。吐いた息のまま、吸い込む音が途絶える。待てども待てども、吸い込む音がしない。リーザの動かなくなった肩越しに色のない空を見上げた。 「何してる!」  レーラの声が響く。立ち去れ!レーラが雨に打たれながら7人の間を割って入った。  アルスはすぐに医務室へ運ばれた。だがリーザは別の場所だった。アルスは淡々とリーザの妹とレディンのことを話した。だがいくら話しても7人の同じ服装の者たちのことは信じてもらうことは出来ず、アルスは深い心の傷を負ったのだと、部屋に軟禁された。城の者たちが言うには、逆賊の仕業らしかった。  レディンは精神的な負担が大きかったため暫くは王都から離れて暮らすのだとアルスは聞かされた。レーラは毎日アルスの元を訪れては気まずそうに謝罪を繰り返す。レーラは何も悪くないでしょ。アルスは笑ってそう答えた。 「父上、七星将に王都を歩かせないでくださいとは申し上げません」  レーラ自身、何故友人が突然殺されなければならなかったのか分からないでいる。 「ただ、アルスとレディンの目にだけは触れぬよう…お願いいたします」  難しげな表情をする王を前に深々とレーラは頭を下げた。
良い
エロい
萌えた
泣ける
ハラハラ
アツい

ともだちとシェアしよう!