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「アルス!アルス!大丈夫なの…?」  太陽神の娘が声を上げたためヘインは居場所が分かった。 「アルス…!」 「おうおう、姫様。愛しい人は無事でしたか?」  ヘインは太陽神の娘を見つけると一歩一歩、脅すように近付いた。そして標的も一歩一歩後退(あとずさ)っている。 「逃げんなって。動くだけムダ。君はオレ様に捕まるの」  残像も映らない速さで少女の目の前まで迫る。細い首を掴む。細い指がヘインの腕に絡んで抗った。 「ヘイン。殺すな」  ヴァンゲートが砂埃の中から現れた。セロトを背負っている。 「遅いじゃねーか」 「あのバカが王子を殺そうとしていたからな」 「嬢ちゃんは?」 「王子を任せた」  太陽神の娘の顔が悲痛に歪む。 「レーラ…!」 「今は自分の心配してね」  太陽神の娘はヘインの腕を引っ掻く。敵意に満ちた目を向けられると、胸をくすぐられたような気分がした。 「許さないんだから…!」  ヘインは痛くも痒くもなかった。ただ非力な小さな手が、十指がヘインの筋肉を圧迫するだけ。 「もう姫様に勝ち目ないの。分かる?」  爪が白くなるほどヘインの皮膚を刺す。可愛らしいものだ。 「ヘイン。首を折るなよ」 「やめろって。前振りみたいじゃん」 「終わりました?こっちは終わりました」  黒いリボンをはためかせた女を担いだディンがヴァンゲートたちと合流する。 「ミーサ…!」 「まだリフィアが終わってないみたいだな」 「そうですかぁ。加勢しましょうか、ボク」  太陽神の娘がまた暴れ、わずかに手に力を込める。首を折らないように加減するのが難しい。ヴァンゲートは渋い顔でヘインの手を監視している。 「すぐ終わるだろう。合流を待て」 「…それでヘインさんは何してんです?」  ヘインやヴァンゲートのいない方向に問う。太陽神の娘はディンを見つめながら怯えた目をした。 「お取込み中。お前こそ何?そいつに何か用あった?」 「どこかの誰かさんがボクが観察してる間にこの子蹴っ飛ばしたんじゃないですかぁ…この子、ボクの家族だったのにー」  ディンは肩に担いだ小娘を背負い直す。ヘインが気味悪そうに眉を顰める。 「やめて!ミーサを返して!」 「家族…?気持ち悪…人形集め的な?」 「心外だな~。まぁいいです」 「嘘よ!ミーサを返して!レーラは?アルスは?」  どれだけ太陽神の娘が暴れようと、児戯だった。うるさいよ?と注意してもう少しだけ首を絞める力を強める。 「無傷でお願いします」  さらにそこへリフィアが合流する。アイラの背に乗せられた王子の姿。太陽神の娘の目が大きく歪んで潤む。唇を噛み締めている。それがヘインには愉快だった。 「呆気なかったね、姫様」 「ヘインさん!いたぶらないでください!」  リフィアはヘインの扱いに不満があるらしく、珍しく語気を荒げた。太陽神の娘の双眸から大きな涙が零れて、リフィアはさらにヘインを強く睨みつける。首への圧迫のせいではないのだとヘインは苦笑を浮かべて首を振る。手に伝わった涙にヘインは見惚れた。 「…ッ、ぅ」  太陽神の娘の濡れた瞳が少しずつ赤みを増していく。感じる魔力の違和感にヴァンゲートたちは太陽神の娘へ注目する。だがその瞳が染まりきる前に、ヘインの腕へ剣が飛ぶ。水の柱が大きく立ち上がり砂煙が消えた。軽快な音がして、山道に大きな水溜りを作る。レーラが立っていた。 リフィアは言葉を失くす。ヴァンゲートが武器を構える。ディンは冷ややかな視線を虚空へ向けた。ヘインの意識もまた砂埃を打ち消したレーラに向かっていた。その隙を突いて、影武者の少年がヘインに斬りかかる。自分を見て突然嘔吐した少年が、太陽神の娘との間に立っている。ヘインは腕に走った傷を気にすることもなく、口角を吊り上げる。 「ア…ルス…」  昔殺し損ねた子ども。屠殺した家畜に向けるものと同じ程度の意識だった。だが思い出す。 「邪魔はさせません」  リフィアが影武者の少年へと向かう。だが叩き斬られた、団服が散った。致命傷ではないが深い傷を負わされる。体勢を崩したところで、剣が鼻先へ向けられる。 「嬢ちゃん!」  リフィアを助けようとしてヘインは飛び出した。だが足元に数本の刀剣が突き刺さり往く手を阻む。 「ミーサを返せ。善良な王都民を傷付けることは赦さん」  王子がヘインに近付いてくる。向けられた矢。瞳孔が開く。大剣を呼び出すと足元の刀剣を薙ぎ払う。粒子となって四散する。目的が、どうでもよくなっていた。王子を斬る。地を蹴る。王子を斬る。それだけの考えに移っていた。だが視界を遮られる。毬のように跳ねた影武者の少年。2人まとめて斬る。 「ヘイン!」  怒声。躊躇い。だが斬られる。舌打ち。自分のものではない。銀髪が割って入る。金属が擦り合い、耳に痛い音が響く。 「王子、抵抗なさるな」  ディンが背負っていた、家族といった女を投げ捨てる。 「ルクレッタ!来い!」  剣を構えたままのヴァンゲートが怒鳴る。必要ねぇよ。ヘインは思った。 「なぁに?大変そうじゃない」  ルクレッタが降りてくる。 「ヘインを見張れ」 「ここは託児所ね」  ヴァンゲートに突き飛ばされ意識のないセロトの脇へ尻餅をつくヘインにルクレッタは嘲るような呆れたような様子を見せたが、少し離れたところで横たわるリフィアを見ると怪訝な顔をした。ディンが武器を手にしている。戦圏輪(せんけんりん)という外側に大きな刃物のついた円形の武器だ。馬車の車輪ほどの大きさだ。対峙する王子は鎌槍を手にしていた。ルクレッタは戦況を理解する。不利ではないが要注意。計算外だった。槍の名手、剣術の達人と聞いたことがある。槍術、剣術だけではない。弓術、柔術、魔術にも優れていると城の者が、安泰だと話していた。  ルクレッタはディンと王子がぶつかり合うとリフィアに近付くことを試みる。だが、途中で感じる場にそぐわない魔力。太陽神の娘の近くで寝転がる女。ヴァンゲートは魔力を溜めこんでいるが影武者の少年と対峙したまま動く気配ない。そして今ルクレッタが感じているものはヴァンゲートのものではなかった。細剣を呼び出す。ルクレッタはゆっくりと太陽神の娘に介抱される小柄な女へ向かっていく。 「サーベル注射よ」  ルクレッタの細剣が無防備な2人に襲いかかる。王子がディンとの戦闘を放棄しルクレッタの前に割り込む。王子を追ってきたディンが戦圏を投げて細剣の刃先をずらす。 「っ…!」  王子の肩に細剣が突き刺さる。ルクレッタはしまったとばかりに剣先を引き抜いた。血がゆっくりと滲む。 「レーラ!」  倒れ込む王子を太陽神の娘が支えた。 「ルクレッタさん…殺さないでください」 「痺れ薬よ!致死量じゃないわ!」 「でもそっちの子は殺そうとしましたよね?」  ディンは肩を竦めて誰もいないほうに話しかけている。非難がましい口調だ。 「でもこの小娘、」  言いかけて、斬撃が飛んでくる。ルクレッタは寸前で躱した。影武者の少年が放ったものだ。ヴァンゲートは身を翻すだけで、攻撃をしかけない。詠唱の済んだ魔力を手に溜めたまま、少年の一方的な攻撃を避けるだけだった。ヴァンゲートの魔術を解放すれば、勝てる。ルクレッタは確信していた。 「レーラ、レーラ…!」  太陽神の娘が泣きながら王子をの体を揺さぶる。思い出して、太陽神の娘の脇の娘を振り向く。ルクレッタの視線に気付いたのか阻まれる。 「おどきなさいな」 「やめて!」  太陽神の娘に反応した影武者の少年がルクレッタを狙う。ディンが前へ出ようとして、放られたヴァンゲートが4人まとまった方向へ手を翳す。解放されるヴァンゲートの魔術。それは相手に危害を加える類のものではないと知ると同時に、もう片方から解放された魔術。これもまた危害を加える類のものではないけれど。 「ワープ」  寝惚けたような解放の合図が聞こえた。遅かった。ヴァンゲートとディンのせいだ。光に呑まれながらルクレッタは思った。  今頃どこかに転送されたのだろう。上級のさらに上級をいく魔術で、場所の指定は出来なかった。6人も同時に転送したためもしかしたら山ひとつ分も遠くはないかも知れない。自身の魔術と技術を考えれば身の丈に合わない重労働だった。胸に下げていたクリスタルが粉々に砕け散る。ほとんどの魔力はこのクリスタルから抽出した。耐えきれなかったらしい。 「レーラ殿、ごめんなさい」  レーラは眠っていた。セレンもまた、ミーサが術を放つと同時に放たれた銀髪の男の催眠の術が直撃していた。アルスは誰もいなくなった場所で1人座り込んでいた。 「アルスさん…」  声を掛けるのは躊躇われた。混乱して斬りかかられでもすれば今のミーサには成す術がない。そしてあの銀髪の男が放ったものが催眠の魔術でなければ今頃は。申し訳なさに俯く。そよ風がアルスの髪を揺らす。レーラの水の魔術で水溜りが波紋を描く。 「アルスさん…」  控えめに呼ぼうとして、視界が揺れる。強力な魔力とクリスタルを使った反動、それからあの銀髪の男の術。クリスタルアレルギーが内部から身を蝕む。ずっと昔、オールが処方した薬を口に入れる。まだ効くだろうか。強い眠気。アルスを放っておけない。抗えない泥沼のような眠気で目が霞む。 「リーザ…ごめん」  泣いてるんだ、とミーサは思って意識を手放した。
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