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*  儀式の日からおそらく王子が目覚めたであろう日を考えると遠くへは行っていないかも知れない。 「行方を眩ました?」  セロトがヴァンゲートの説明を途切れさせる。 「失敗して処断前に逃亡かい」  ヘインが乗った。セロトとヘインは仲が良い。 「王子が?真面目な方に見えましたが」 「やぁね、リフィアは見てなかったかしら?あの方…一度夜逃げしようとしてたじゃない」  リフィアが疑問視し、ルクレッタはヘインの説に同意しているようだった。ヴァンゲートが口を開いたが先にディンが声を発した。 「種上げの失敗、すなわつ精霊の承認を得られなかった…王位継承権を唯一お持ちの彼が精霊の元へ向かったという可能性は無きにしもあらず、ですよねぇ?」  答え合わせのようにディンはヴァンゲートを見る。ヴァンゲートは返事をしなかった。 「精霊の元に行けばいい…ってことですか?」 「ルートを辿ろう。水の祠がここからは近いが…」 「それなら炎の山で待つというのはいかがです。水の祠であっさり死んでいなければですが」 「それがいいかも知れませんね」  ヴァンゲートとディンとリフィアが地図を示しながら話し合う。 「飛空艇とか借りられないのかよ」 「私用にそんなたいそうなものムリよ。それにここは王都圏よ。そんなものが浮かんでたら混乱するじゃない」  ヘインとルクレッタのやり取りを聞いて、リフィアは地図をしまう。行く場所は決まった。1人欠いているが6人で行動することになるとは思わなかった。1人の“廃棄処分”によって。政都を統べる政都督からはヴァンゲートが6人を束ねるように命じられていた。だが1人欠く。 「ヘインさんと私の召喚獣で足りますよね」 「お、嬢ちゃん、名案じゃん」  ヘインがおお、と感嘆の声を上げる。最強の兵器として与えられた召喚獣だった。政都にある大規模な研究所で作られた人造召喚獣。リフィアは誰もいない空間へ手を翳すと魔法の陣が現れ、光が集まっていく。  赤い鱗、骨張った翼、鉤爪を持った前足。アイラと名付けらている。ヘインも同じく与えられた人造召喚獣を呼び出す。サパルビアという鷹によく似た羽毛と前足、半身を持ち、獅子のような後ろ足と尾を持った獣。ヘインに懐いているらしく頭部をヘインへ擦り寄せた。 「よし、乗れ、行くぞ」 *  山道の上を飛行している時だった。セロトが突然身を乗り出す。 「危ないじゃない!」  セロトの後ろに乗っていたルクレッタがセロトの後ろ髪を掴む。 「王子ですね、あの髪色は」  遠目でも分かる、麗しい緋色。ディンは自身の人造召喚獣の黒い翼の背から言った。暗赤色の少年と金髪の少女、それから黒いリボンをひらめかせた少女。ディンは口の端を吊り上げる。 「降りるぞ」  ヴァンゲートが合図し、白銀の翼を持った馬と見紛うほど立派な驢馬は降下する。結局2体の人造召喚獣では足りず、ディンと、狭さを厭ったヴァンゲートが各々自身の人造召喚獣を呼び出した。4人が見下ろせる崖へ降りる。 「セロトさん?」  リフィアが隣にいたセロトを一瞥した。セロトはブラウンを帯びた赤い髪を強く嫌悪していた。それは日に日に艶を増す若い王子の髪を見てからさらに根深いものへと化していた。 「セロト?」  ヴァンゲートにはじっと緋色の毛を見つめるセロトが暴走するのではないかと気がかりで仕方が無かった。セロトは王子、ヘインは酒、ルクレッタは美、リフィアは紅茶や本、スファーは生き物。兵器として生かされたが5人にはそれぞれ趣味や執着がある。精神的に帰る場所がある。だがヴァンゲートには。横でディンが白い蝶を追って頭が揺れている。 「大丈夫ですか?」  リフィアが寄ってきた。考え事をしていたヴァンゲートにではない。視線は今にも標的を殺害しそうなセロトに向いている。 「そうなったら止めてくれ」 「とりあえず嬢ちゃんは目を離さないおいてくれ」  ヘインがやって来た。ヘインの目もセロトへ向いている。 「分かりました。…では太陽神の娘はヴァンゲートさんにお任せしても?」 「太陽神の娘?何故」 「調べてみたくて…色々と逸話がありますから」  リフィアは団服から投げナイフを取り出す。支給品だ。そしてセロトの隣へ進む。 「穏和な顔しておそろしいね」 「お前はどうする」 「セロトが王子サマ。あんたが娘っ子。じゃあ残りはあのガキか替え玉クンの世話だね」  ヘインが苦笑する。簡単な作業しか残ってないという不服さが見て取れた。 「…じゃあ、その“ガキ”はボクが」  ヘインとヴァンゲートの脇を蝶を追っていたディンが通る。ルクレッタが肩を竦める。 「じゃああたしはテキトーにやってるわ」 「よし分担は決まったな。各自気を抜くな」  ヴァンゲートが両手を叩く。セロトがまるで身を投げるかのように地を蹴り、崖から落ちていく。4人の行く手を阻む。 「こんにちは、王子サマ」  セロトは恭しくお辞儀をした。王子の前に暗赤色の髪の少年が立つ。セロトには懐かしい替え玉だ。王都の駒。顔を合わせたことはあるが、忘れられているらしい。 「追剥か?」  名も思い出せないほど昔のこと。お互いに覚えていない。むしろその後にあったことの衝撃で大した情報ではないと、彼の中から顔も名も消え失せたのかもしれない。 「アルス、下がっていろ」  王子が顔を顰める。アルス。そうだった。セロトは思い出す。だが影武者が王子の背に隠れるはずがない。 「王子サマ」  セロトの双眸が妖しく光って、王子へ迫る。高い金属音を立て、セロトの短剣と王子の大弓がぶつかった。素早く脇をすり抜けたため、影武者の長い髪が揺れた。 「レーラ…!」  太陽神の娘の声。迫合(せりあ)いあながらセロトは状況を整理する。下手を打てばヴァンゲートに叱られる。 「七星将が何の用だ」 「身に覚えがないんですか?」  セロトが挑発するように問う。 「おっし、ジャリガキ、オレと遊ぼうぜ」  視界の端で動いた影武者に反応すより速くヘインの声がした。王子は己の状況を忘れたのか振り返った。隙ありとばかりに短剣を王子に突き刺そうとしたところで、本来の目的を思い出す。だが遅かった。王子を突き刺してしまいそうだった。直前で手首を叩かれ、短剣を落とす。瞬間、足元が爆発したと思った。目を見開いた。気付くと身体が後ろへ引っ張られていた。黒いリボンを揺らす女がセロトへ手を翳していた。 「リフィア、悪ぃ…」 「気を付けてくださいね」  リフィアは普段の柔和な雰囲気ではなく険しい表情でヘインとアルスを見ていた。 「アルス!」  ヘインが影武者へ近寄ろうとした王子を愉快そうに見ている。 「分担作業はきっちりやらねぇとだろ」  ヘインが笑って、砂煙が巻き起こる。砂煙は視界を閉ざし、王子たち一行は分断された。ヘインは同じ空間に入れた影武者に近寄っていく。具合が悪いのか、地に膝を着いている。簡単な相手だ。だが両手に魔力を溜めた黒リボンの少女が前に立ちはだかった。長い脚で脇腹を蹴り飛ばす。 「あ…ああ…」   影武者はヘインの姿を凝視したまま、仲間が起き上がらなくなったことにも気付かないのか、目を見開いて震えている。がたがたと。膝だけでなく両手も地に着け、だが片手はすぐに口元を覆った。ヘインは、なんだ?とそれを見ていた。がふっと音がして、体を引き摺りながら影武者は山道の脇へ移動する。そして嘔吐。 「アルス!?」 「アルス、大丈夫か?」  砂煙の壁の奥で仲間を心配する声。 「なんなんだ?」  ヘインは急に嘔吐した影武者の少年から目を離さず疑問符を浮かべる。そしてうずくまったまま起きる気配のない女が戦闘不能であることを確認してからリフィアが目的の太陽神の娘を探す。武芸に秀でているという噂の王子の世話は後からでいいだろう。 「アルスに何した!」  王子はセロトに弓を向ける。砂埃の中でも存在を主張する輝いた髪。 「知らないですよ」 「誰の指示だ」 「オレの指示」  セロトは矢を恐れることなく落ちた短剣までの距離を測る。配置が悪い。支給品の切れ味の悪いナイフでやり過ごすしかない。 「…王都の者か。…まさか父上?」 「…さぁ?でも親孝行じゃないね、この家出は」  家出?と訝しんだ隙を突く。腹、首、眼。どこを狙うか、慣れた手が本来の目的と反したところへ狙いを定めてしまう。髪。支給品の刃物の先が決まる。だが、揺れた髪が胸に重なって。
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