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 空は少しずつ暗くなり、ロレンツァに少しずつ明かりが灯る。  ロレンツァの大通りに架かる大きな端にオールはいた。欄干に腕を預け、水面を見つめていた。フードを被った男がオールに話しかけている。オールは興味がないのか、フードの男のほうを見ない。警戒しながらレーラは会話が聞こえるところまで近寄っていく。 表通りを探すミーサとセレンの姿が見えたカーブ上になった路地裏と表の通りの合流地点に橋は掛かっていたらしい。フードの男はオールに耳打ちする。レーラの意識はセレンとミーサに向いてしまっていた。フードの男は高く跳躍する。翻る、フードに続くマントの中で短剣が抜かれた。禍々しい靄のようなものを帯びた真っ白の刀身。レーラの真上から襲いかかり、レーラを地面へ押し倒すと顔の真横に剣を突き刺す。レンガの割れる音が耳の後ろでした。髪が地面に広がっているが切れることはなかった。 「なんであんたらがここにいるんです」  オールの声がした。そして2つの足音。セレンとミーサだろう。レーラはフードの男から目を逸らせない。フードの男には矢を番えた弓が向いていた指を放せばフードの男の首を貫いてしまう。汗が浮かぶ。 「ちょっと、何してるんです?」 「どきなさい!」  オールの声。そしてセレンの声が間近にあった。フードの男が横に転んだ。セレンが突き飛ばしたらしい。 「往来の場ですよ!地面に傷を付けて…!最悪です」 「レーラ、大丈夫?」  セレンがレーラを助け起こす。オールはフードの男を叱責している。ミーサはフードの男を見ていた。 「悪ぃ、悪ぃ、盗み聞きしてんのかと思った」  フードの男はフードを取らなかった。だが爽やかな声をしていた。 「観光地に泥を塗ろうとしたんですよ!分かってますか?全く、最悪ですよ。この場合は血ですが。というかこの人は…まぁ、それはいいとして…」  オールはフードの男を叱り続けている。 「怪我してないすか?」 「大丈夫だ」 「よかった…オールも見つかったみたいだし…」  オールの説教は終わったらしく、レーラに向く。 「リック殿が心配していた。すぐに帰ろう」 「ちょっと待てって」  レーラがオールが怒りだす前に用件を告げるとフードの男はオールの肩を掴んだ。 「話はまだ終わってないんだケド?」  オールがフードの男を睨む。 「因縁つけられてるんすか」  ミーサが問う。フードの男がミーサを一瞥した。セレンがちょっと、とミーサを宥める。オールが肩を竦めた。 「ここらへん最近スリ多いらしいから話聞いてたんだよ。この人、ここらで有名なんでしょ?」 「医者ですからね」 「市長選挙に出ろって言われてんだろ?随分若ぇな」 「市長選の話は初めて聞きました」  オールが話は終わったとばかりに去ろうとする。 「ちょ、待っ…」  橋に波が上がった。豪雨よりも凄まじい量の雨が大橋に降り注ぐ。大きな水音。オールの手に杖が握られていた。レーラは慌てて波からセレンを庇う。 「この川に何かいるらしいんですよ。それを見ていたんです」  フードの男は欄干から身を乗り出す。 「ちょっと、危ないじゃないですか!ロレンツァで事故起こしたくないんです」  オールがフードの男の肩を掴んで欄干から下ろす。波が引くと、光沢のある白い表面が現れる。橋はまるで5人が占拠しているようだったが、周りには人はいる。喧騒が起き、何かの見世物が始まるかのようだった。 「ここは生き物まで白で統一してんの?」  フードの下はどういう顔で、どういう表情をしているのか。白い巨体に指を差してフードの男は冗談なのか本気なのかそう問うた。 「セレン、ミーサを連れて医院に戻れ」  それは巨大なイカだった。レーラは巨大イカから目を逸らさず、背にいるセレンに言った。 「でも、」 「お前やミーサに何かあったらアルスに会わせる顔がない」  レーラの腕が光り、それは弓の形を成していく。 「じゃあ、無茶しないで」  セレンは静かに俯いてからそう伝えてミーサの手を握ると走り去る。 「街を壊すなら倒すだけです」  オールは杖を振り上げ、巨大イカに炎の玉を幾つも放った。フードの男はマントの下からブーメランを出す。刃物が付いている。欄干を隔てているため接近して攻撃が出来ないのだ。巨大イカから放たれる泡。気泡が大きく水分が多いため、すぐ弾けた。橋が泡まみれになった。滑りやすくなってしまった足元にフードの男は舌打ちした。 「これ調理したら暫く食費浮くな」  フードの男はブーメランを受けとめてそう言った。オールが杖の先端を巨大イカに向け、火柱を上げる。肉厚の触手状の脚がオールを薙ぐ。直前でレーラは弓で受け止めた。切り傷を付けて、体液が橋に飛び散る。 「借りておきますよ」 「俺のほうが借りがあるからな」  まだまだ大きく深い。この巨大イカよりもずっと大きい。 「清掃活動オレも参加~」  フードの男はブーメランをしまい、さきほどレーラを襲った短剣を引き抜く。高く跳び上がり、欄干の奥へ。叩き斬るように脳天から短剣を振り下ろす。だが滑ったらしい。巨大イカの表面を蹴って橋に戻ってくる。 「何なんですかあなた。活動家か何かなんですか?慈善団体?」  フードの男は短剣を振る。水が散った。それは巨大イカに触れた際についた水とは異なったもののようにレーラには思えた。 「オレ?オレ義賊。悪い奴等をやっつけてんだ!」 「手前勝手な狭い価値観で、おめでたいことですね!」  オールがそう吐き捨て、詠唱に入る。 「おにいさんはどう思う?」  レーラの答えを聞かないままフードの男は巨大イカを殴りに行った。  フードの男の短剣が弾かれた。レーラの足の近くに回転しながら落ちてくる。耳障りな音が響く。フードの男の痛がる声。巨大イカの姿がない。フードの男は水に落ちたらしく、水面を叩く音がした。 「おい!」  レーラは欄干から上体を乗り出すとオールが危ないです、とレーラの体を引く。 「なんか、人がいたんだけど」  暗い水面でフードだけが浮かんで見える。 「人?」 「変な人!」  お前が言うのかと思ったが、レーラは周りを見渡す。観光地だ。人が居ないほうが異常事態のように思える。そして様々な土地から来ている。多少文化の違いや奇抜な服装はあるはずだ。 「レーラ殿」  オールが呼び、レーラは振り返る。オールのただならない声音。視線の先に確かに“変な”人がいる。見覚えはあるが名が定かでない。 「オールくん、僕のコト、忘れちゃったンだ」 「知り合いか?」  レーラには見覚えがある。だがオールにはない。 「知りませんねこんな人。患者ですか」  どこで見たのか思い出せない。オールの記憶の中であったかも知れないが全てを思い出せるわけではない。そしてレーラも、レーラとしてこの者に見覚えがある。 「残念だな、スファー・メルクリウス。オールくんの弟なのに…」  は?と声を上げたのはレーラだった。オールは悪趣味な冗談ですよ、と言うだけだった。 「レーラ王子、お久しゅうございます」  スファーと名乗る男は態度を改めてレーラに向き直る。 「…すまない。見覚えはあるのだが…」 「おい!オレを忘れんな~!」  欄干の斜め下から叫ばれる。スファーの目がレーラを訝る。 「外野だ。気にするな」  あなたも大変ですね、とオールが他人事のように言った。 「にぎやかですね。僕は七星将です。レーラ殿が覚えていらっしゃらないのも無理はありませんね」  肩までの白い髪が月に照らされてる。もう夜になっていた。 「七星将?」  オールの声にスファーは妙な顔をした。城にいる護衛だった。だが10年ほど前に訳あってレーラは彼等が目の前に現れることを禁じた。ただ数年前にレーラが起こした不祥事でその命令は破られ、そして護衛されるべきレーラは追い詰められた。 「その七星将が何故ここに」  レーラは問う。だがスファーは答えなかった。七星将の務めは護衛だ。だがレーラには監視のように思えて仕方なかった。 「色々あったんですよ。今日のところは僕のペットがご迷惑をおかけしました。用件はそれだけです。完全に私用ですので」  スファーは苦笑して欄干の上に立つ。そして背中から倒れて行った。レーラは駆け出す。だが水の音はしない。水飛沫も上がらない。 「お~い」  空気を読まない声。レーラは欄干の下をもう一度見た。水面に浮かんでいるフード。 「近くにハシゴがあるのでそこまで泳げますよね」  どうするか考えていると横にいたオールが先に指示を出した。フードの男は余裕げに片手を振った。 「あれは僕の弟ではないので。どこにでも不審者はいるんです、観光地でも」 「…そうだな」  念を押すようにオールは言った。レーラも七星将のことはよく知らずにいた。アルスの未来とセレンの自由と己の友人を、彼等は奪った。  泡は引いているが濡れた橋でオールは月を見上げていた。何か思い出したのだろうか。 「何々?どうなってんの?つかさっきの誰?」  ずぶ濡れになったフードを絞りながら男は出てきた。月の光を浴び、明るい髪色をしていることだけが分かる。 「道にでも迷った知らない人です」  ふぅん、と男は興味を失ったようだった。 「んじゃ寒ぃから帰るわ、オレ」  橋の上に転がっていた短剣を拾って去っていく。 「治安が悪くなったものです」
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