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*  ミーサの早急な治癒術でセレンはすぐに目覚めたが、アルスはまだ寝ているようにと強く念を押した。レーラの眠る隣のベッドはカーテンに覆われている。頭を強打していたが意識はしっかりし記憶混濁もなく異常もないが何かしらの強力な術を使った疲労がみられる、とオールが診断した。レーラを診てもらうつもりが何してるんだろうね、とセレンが自嘲して、アルスは何も返せず俯いた。ミーサとオールは中庭で話があると言って医務室から出て行った。 「さっきの子は?」 「意外かも知れないけど、教会でレーラ助けてくれた子」  ああ、とセレンが納得したようだった。 「あとでお礼言わなきゃ。…アルス、ごめんね」  突然謝られ、アルスの顔は強張った。だがすぐに取り繕う。 「へ?」 「太陽神の術、使っちゃって。すぐに分かることだから…」  ミーサと話していた時に見た雷に似た閃光を思い出す。外はまだ暗雲が立ち込めたまま。それが太陽神の力なのかそれとも自然のものなのかは分からない。オールの“何かしらの強力な術”という言葉には含みがあった。相変わらず表情は読めなかったが、僅かに言い淀んでいた。 「セレンが無事なら、オレがどうこう言うことじゃない」  昔言ったことだった。太陽神の子の術はあまり使っちゃダメだよ、と。何故そう言ったのかはもう覚えていない。セレンに謝られるまでアルス自身忘れていたことだった。その価値を目的にセレンが遠退いていくような気がしたからだろうか。それともその人間の許容範囲を越えたものにセレンの身を危うく感じからだろうか。何度も目にしたことがあるわけではないけれど。 「あ…、レッドくんは?」  セレンが辺りを見回す。カーテンに覆われた隣のベッドと、空いたベッドだけだ。 「帰ったよ」  悔しそうにアルスを見て。何か恨みを買ったのだろうか。リンゴを買ったことくらいしか接点はない。けれどきちんと礼を述べて、帰っていた。 「そう…レッドくんにもお礼しなくっちゃ。助けてもらったから」 「…そうか」  セレンから目を離すと、ベッド脇に袋が置いてあった。中身が見える。梨だ。何と言うだろうか、彼ならば。怒るだろうか。 「きちんと体休めて、無理はしないようにな」  アルスは医務室を出た。看護婦長が医務室にはいる。 「―なるべく迷惑はかけないようにします」 「そういう話じゃないんですってば」  中庭のほうから聞こえるオールの会話に意識が向いた。言い争っているような、一方的にミーサの語調が厳しくなっているところだった。アルスは中庭に近い柱に身を隠す。 「オールはそれで…いいんすか」  口元に手を当て、呼吸の音を消す。多少の罪悪感はあったが、穏やかな2人の穏やかでない雰囲気に興味と危惧があった。知り合いで、懐かしいと言っていたからには久々の再会ではないのだろうか。 「職業とはひとつの業です…ご理解ください」  オールの足音がアルスの隠れる柱に近付く。オールの背中が見えた。足が止まる。流水を思わせる髪が日差しを反射し、そこでようやく天気が戻ったことに気が付いた。だがそれどころではなかった。振り向くな、という念が通じたのかオールはまた歩き出す。 「無職なんだよなぁ…」  ミーサがぼんやりとそう言った。喧嘩だろうか。オールはミーサの魔力を懐かしんでいた。ミーサはオールの家系の悪評を隠し、繁盛したら困るなどと冗談めかしていた。 「ミーサちゃん」  柱から身を現す。ミーサの目が、困ったとばかりに宙を泳ぐ。 「アルスさん…どうも」  声が少し固い。 「喧嘩?」 「賭場と喧嘩は王都の花すね」  肩を竦めてミーサはそう言った。中身からして看護婦長が彼に憤っているものとは種類が違うように思えた。深く立ち入っていいのか、迷う。 「何の話かは分からないけど…2人には仲良くしてほしいな」 「別に悪くなるつもりはないすよ…こっちは、ね」  それでは原因はオールなのか。恭しく丁寧で素直なオールが。 「さっきのこと?」  アルスが思いつく限りの2人の仲違いらしい原因。ひとつ思い当たるのは広場での怪鳥との戦いしかない。ミーサはきょとんとしている。さっきの、の見当がつかないらしかった。 「さっきの大きな鳥」  ミーサの目がアルスを捕らえた。笑顔になる。そして、そうっすよ、と砕けた調子になる。 「もうあんな強い魔力、支えきれないっすよ~」  上手いこと誤魔化される材料を与えてしまったと思った。だがミーサの様子は半分本気のようで一瞬顔を曇らせたことを見逃さなかった。 「オレは助かったよ。剣も貸してもらったし」  ミーサはばつの悪そうな顔をして、アルスを見ている。オールのほうに訊くべきなのかもしれない。 「アルスさん」 「何?」 「やっぱ話すっす。喧嘩ではないんす。価値観の違いだけで」  真面目なトーンでミーサが言った。アルスが思っていたよりも、もしかすると大切な話なのではないかと直感する。 「オールのことから目を離さないでほしい…っていうとなんか犬扱いみたいだから…まぁ、今も十分だと思うんですけど、十二分くらい、オールのこと気に掛けてほしい…アルスさんは忙しいと思うすけど…自分じゃ、ちょっと、このザマっすから…」  言葉を選びながらミーサは口調と反して真面目な表情でそう言った。 *  オールは書い足したノートに次々と書き出す。開けたままの窓から射す光。風で真っ白いカーテンが靡く。青い空と灰を帯びた白い雲。この空と同じ瞳が欲しかった。自ら施した手術は失敗し、涙は枯れた。多くの人間を悲しませ、恨まれ、疎まれ、虐げられ、それでも王子を救うことは出来る。生まれ変わるという言葉をオールは嫌悪した。だがもしそうなれるのなら、感情を露わに出来る者になりたいと思った。アルスとセレンの姿を思い浮かべる。もっと上手くやれなかったのだろうか。笑うこともできず、嬉しさや楽しさを現せない自身を悔いた。  コンコン…  ドアがノックされ、オールはノートを閉じ、ペンをペン立てに突き挿した。入室の許可を出す。アルスの呼ぶ声がした。 「オール」 「アルスさん、いかがされました」 「いや…その、さっき…盗み聞きするつもりはなくて…」  アルスはしどろもどろに話を切り出す。オールは表情を変えることもないまま部屋に通す。居心地が悪そうなアルスに椅子を出した。 「ミーサさんから何かお聞きになったのですか」 「何も聞けなかったからここに来たんだ。2人の積もり積もった話なら首突っ込む気もなかったんだけど…、ミーサちゃんの様子がなんか変だったし…。もちろん、オレの思い違いで2人の個人的な話だったなら、全然…」  オールは怒らないだろう。困った顔もしないだろうし、迷惑がることもないだろう。だからといってそこに浸け入るつもりはない。 「何も…ですか。分かりました。対等ではありません」 「対等?」 「私は後悔しています。アルスさんやセレンさんに私の生い立ちについて話さなかったことを」  オールは窓の外を眺めたままアルスを見ることはない。 「私の生まれのこと、どなたかから詳細はお聞きになりましたか」  アルスは頷いた。看護婦長の話を思い出す。そして帰りにすれ違った妙な身形の男のこともついでに思い出した。 「そうですか。ではこれから話すのは…王子の治療法についてです」 「え、ミーサちゃんはそのことでオールを怒ってるの?」  話が読めない。本題を逸らされているのだろうか。それともお互いに何か話がすれ違っているのか。 「必ず誰かに迷惑をおかけしてしまうのです」  ミーサに言っていた内容と重なる。 「私は記憶を失います」 「は?」  結果から入った。オールはじっと窓の奥を見ている。 「ミーサさんはそれを最初から分かっていたはずなのですが…」  オールの表情も声音も変わらない。だがアルスには、オールのその言葉には呆れの色が含まれていることを嫌でも感じ取ってしまった。 「分かっていて何故…」 「えっと…記憶を失うっていうのは…?」  ミーサとの喧嘩を咎めにきたわけではない。あくまでその正体を知りにきただけだ。オールとのすれ違いというのはおそらくはそこだろう。 「程度は分かりません。ただ王子に巣食っている呪術は並大抵のものではないのです。王族を縛り付けるようなものですからね。すると、それ相応の代償が必要になるわけです」 「ミーサちゃんは、それを最初から…」 「最初から分かっていたはず、とは言い過ぎたかもしれませんね。ただ気付いてしまわれた。そしてそれを私に言ってしまった…」 「そんなの、オレだって反対するに決まってる…!」  椅子から立ち上がってオールの肩を掴むと、乱暴に向き合せる。オールの瞳がぎらりと光ったのは日差しのせいか。 「ただの治療とは違います。今回ばかりは」  アルスはオールの両肩を揺すった。青い毛先が日光に透ける。どこまでも冷静なオールの中身と髪色は比例している。 「私の生まれはご存知でしょう。記憶ひとつで人が助かるなら、喜んで差し出します」 「オールには思い出とか、ないのか!」  アルスは初めて、オールに対して怒りを覚えた。酷な質問をしているという自覚はあった。オールの瞳はそれを映していながら表情も相変わらずのまま首を深く縦に振った。 「医者に出来ることは限られています。王子が出来ることも限られているでしょうが、少なくともひとりの医者よりかは多いかと」 「…ッオレはお前があんな扱いを受けるなら、連れて来なかった…!お前の何かが無くなるなら…!」  看護婦長の泣いて拒絶した姿を思い出す。理由が分からなかった。目先のことだけで、知ろうともしなかった。そこに待ち受ける現実と過去も考えず。 「でしたら王子はどうなさいます。…分かるのです。近付いてきているのです。王子の呪術に惹かれ、王都に誘い込まれる災厄が」  何も映さないオールの目。アルスはオールの肩から腕を下ろす。華奢だ。何を言ってもオールの決意は揺らがないのだと、無感動な宝石が言っている。 「王とは孤独なものです。何かを得るため、何かを失う。常に秤に掛け、選び取らねばならない。責任がある。だから守らねばならない。私にはその責があって、その術(すべ)がある。王都が王を失うわけにはいかないでしょう。…他に王位継承者がいないのですから」  オールはただアルスを見据える。 「…ッ」 「それともあなたが次期王になり替わりますか。儀式の失敗などどうとでも言える。不備があった、王子の体調が悪かった、他にも…」  ガーゴンのつまらない、言いなれない冗談。―最悪、君が本当に王になるか… 「あなたにはその責がなくはないでしょう。(すべ)もある。王子は唯一無二ではない。あなたという存在がある限り。ですが現状、あなたは唯一無二なのでしょう?」  アルスは首を振った。レーラとは全てが違う。何もかもが違う。誤魔化しの利かない髪色を城の者は見ないふりをする。魔術は使えない。勉学は苦手だ。楽器も上手く弾きこなせない。 「オール、でも、オレはお前をそんな…」 「捨てたい過去があるはずです。いい機会です。私にも、あなたにも」  オールの顔を、見られない。 「アルスさんたちは優しいから、こういうことになるとは思いました。ミーサさんが口をお出しになってきたのは予想外でしたが」  ミーサを責める気にはならない。何故早く言わなかった、とは。同じようにこのことをセレンに言えるだろうか。 「オレは医者としてお前を呼んだけど、オレはオールと、友達に…」 「同情なら結構です」 「…同情…」  オールの声は相変わらずだった。穏和な態度を崩さない冷静なオールの、だからこそ厳しい言葉。社交辞令的な対応と信じ込んでいたのかも知れない。 「…医者でなくともよかった。でも矛盾を感じながらも医者を続けて、やっとここで存在意義を見出せる」  独り言だったのだろうか。誰かに向けているときの声よりも、穏やかだった。 「同情じゃない。オレはお前と話して楽しかった…」 「それなら、役目を終えた私のこと、どうぞよろしくお願いします。ミーサさんには断られてしまったので…」  頷きたくはなかった。だが断るつもりなどない。 「無礼な態度の数々、申し訳ありません」  退出の際、オールが締まる扉の狭間で深く頭を下げた。  医務室に戻るとセレンとミーサが果物を食べていた。梨だ。セレンに言おうか、迷ってやめた。看護婦長が剥いた梨が乗る皿をアルスに差し出す。礼を言ってひとつ齧る。 「アルス」  セレンが呼んだ。ベッドに腰掛けている。元気そうではある。 「そろそろ帰るっす」 「ミーサ、泊まっていったら?」  梨を飲み込み終えたミーサが帰宅しようとするとセレンが止めた。いつの間にか仲が良くなったらしい。ミーサのほうがいくつか年下には見えたが、同年代の同性の友人は居心地がいいのだろう。セレンには見えないが一瞬ミーサが渋い顔をしたのがアルスには見えた。素知らぬふりでアルスもそう推す。 「分かったっす。世話になります」
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