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とある医者 6

 青い髪が枕に散らばっている。右目の眼帯は汚れていた為に、代えに清潔なガーゼを被せておいた。眼帯の下の皮膚は治りきらなかった火傷のような色と質をしていた。 「アルスは、大丈夫?寝てないんじゃない?」  ドアが静かに開き、セレンが入ってくるなりそう言った。 「…ごめん」  ベッドに少年を寝かせて、アルスは椅子に座っていた。アルスの呟くような謝罪。セレンは何も責めてこない。それがつらく、厳しい。 「いいけど、どうしてあんな場所に?」  セレンはもうひとつのベッドに腰掛けて、青い髪の少年の顔をじろじろと見つめる。 「悲鳴が、聞こえたんだ」  その悲鳴は村の隅で暮らしている娘のものだった。腹部を怪我しているが、命に別条はないらしい。青い髪の少年が回復術を使うとすぐに意識を取り戻した。アルスが拾った仔猫を森に隠れて保護していたらしい。森の入口でアルスに縋ってきた中年の女が何度も何度も感謝していた。 「…そう」  セレンは静かに俯く。じっと寝顔を見つめて思案している様子だった。 「この子は?」 「森で、倒れてた。傷が酷くて。でも医者が見つからなくて」  今、別件でも医者を求めているのに。規則的な寝息が聞こえる。怪我をした娘の回復術を使った途端に彼は意識を失ってしまい、身元が分からなかったためにアルスが宿に連れてきてしまった。少年か少女か分からずどう対応していいか分からなかったものの、少年だと分かったおかげでアルスが世話をすることになった。 「ロレンツァに急がなきゃ・・・」  セレンはそう呟くと、天井を見上げる。レーラは今、どうしているだろう。 「ロレンツァの医者ですか?」  セレンはうん、と返す。 「お?」  アルスが椅子から立ち上がった。青い髪をした少年が無表情のままセレンに顔を向けた。 「…あのっ、えっと…」 「ロレンツァの医者は私です」  橙色の瞳が真っ直ぐセレンを突き刺す。セレンは怯えたように身体を反らす。暫く少年の顔と向き合ってから問う。 「君が…ロレンツァの医者?」 「ええ」  怪我人とは思えない強い眼差しにアルスは押される。 「実は、レーラ王子が、儀式中に倒れられて」 「はい」  経緯を全て話すのに5分と掛からなかった。この少年は非常に呑み込みが早い。 「どうなんだ?レーラは…助かるのか?」 「まず本人に会わないと。意識はないのですよね。何か訴えてこない限り、こちらもどうにも出来ません」  いきなり少年は立ち上がった。上半身は真白い包帯で巻かれているだけ。白い皮膚は蝋のようだ。 「痛くないのか?」  少年は頷いた。 「私に痛覚はありませんから」  アルスは首を傾げた。 「じゃぁ、出ましょうか」  自身の身体に乱雑に巻かれた包帯を取って、少年は綺麗に丸め終えるとそう言った。半日かかる距離だ。アルスは少年の顔を黙って見つめる。 「どうしました?」  少年が衣服を着ながら訊ねた。 「いや…、ここから半日くらいかかるぞ?」 「ええ。大丈夫です。そういえば名前、まだでしたね。私はオールです。オール・セルーティア」 オールが名乗る。 「あ、オレはアルス・セル。んで、こっちが…」 「セレン・メデュー。よろしく」  アルスの言いかけに続けてセレンが言った。宿に代金を払い、町の人々から見送られながら去っていく。昨夜の森での出来事が嘘のように深緑の影がさーっと音を立てた。外からは見えないが内部はおそらく高度な炎の魔術を使ったせいで木々が一部焦げているのだろう。 「オールは医者なんだろ?なんで?まだ若いのに」  ちょっとした興味が湧いて、アルスは訊ねた。 「私の父が、医者だったんですよ。だからですかね」  オールは答えた。口と目が動く以外は顔に動きがない。光るような青い髪は、オールが動くたびに踊るのに。 「だから?」 「そうです。大半はそうでしょう。貴方たちは王都の方ですか?」  セレンが頷く。 「王都では職業が自由に選択出来る時代ですからね。でもこの辺りは違うんです」 「なんでロレンツァのお医者様がこの町に居るわけ?ロレンツァの病院は大丈夫なのか?」 「ロレンツァの病院は同居人に任せています。私は学校に通っているんですけれど、ここからの方が近いんですよ」  王都での教育は自由だ。基礎的な読み書きと金勘定ができれば生活には十分で、あとは職業によって専門的な分野を学べばいい。もっと突き詰めた数の理や文章の芸術などを学ぶ施設はあるけれど、生活に余裕やよほどの物好きでもない限りは通うことはない。  町を出れば草原と、遠くには海が広がっている。その中の遠い影に、城の尖った屋根がうっすらと見えた。 「アルスさん、唇の端切れてますよ」  呼ばれて振り向きざまに、オールが白い光を纏った手をアルスの顔に伸ばす。気になるほどのものではなかったが話しているときに痛いことはあった。温かい空気と光に包まれ、唇の端の瘡蓋が消えていく。直接魔術を向けられて、そして気付いてしまう。気のせいや偶然ではなかった。身体に染みわたる魔力が昨晩のものとは違うのだ。    「あの時炎の魔術使ったの誰だったんだ…」
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