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 空気は畏まり、静寂に包まれている。都立教会は国中の教会で最大の広さを誇るとアルスは聞いたことがあった。日当たりは悪いが窓を飾るステンドグラスは壮大で華美だ。太陽神とされる円形に炎を模したモチーフの前に果物を持った人や鳥が舞い踊り、花が咲いている。画面の端には邪悪を象徴したモチーフがある。  老婆の声が響きはじめた。種祈りの(うた)というらしく、教会の者が詠唱する魔術だという。 「次期フェメスタリア王レーラ様の御入場です」  司祭の声。淡い光を抱えた男が姿を現す。腰を越えた緋色の髪の男が慎重に歩いて、民衆やアルスたちの前へ。双眸に光はない。唇は確かに動いている。呟くような小声なのか、声にだしていないのかは分からない。延々と何かを呟いている。綺麗…と隣でセレンが言ったのが聞こえただけだった。  段々緋色の髪を持つ男・レーラの体に青い光の紋様が浮かぶ。レーラは袖や裾、襟の大きく開いた、袋のような衣を身に着けていたため、首や肩、腕に走るその紋様がよく見える。レーラが天井を越え天空に差し出した両手の中で光を纏った種がレーラの両手から離れてさらに高く宙へ浮く。黙ってアルスはレーラを見守った。王位継承の大切な儀式。形式的とはいえ、国の今後を左右するものだ。そしてアルスの今後までを。他の儀式に参加した時よりも緊張感がある。立場が変わる。レーラの口が大きく動いた。 パリン…  レーラの詠唱の途中、豪華なステンドグラスに大きく亀裂が入る。高い音がして、割れていった。耳に響く澄んだ音に民衆たちの慌てる声が混じった。だが動揺も見せず、レーラは動きを止めない。儀式も詠唱も続けようとしている、そういうものなのだろうか、アルスは黙って見ていた。  ステンドグラスの破片は容赦なく、今日この儀式を観ようと集まっていた民衆へ降り注ぐ。慌てふためく彼等は教会のドアを叩き壊さんばかりに開け放つ。 「レーラ!」  異変に気付いたのはセレンのほうが早かった。 バリン!    光を放っていた種は暗い紫へと変わり、レーラの両手に収まっていた光はレーラを包み込むほどに巨大化する。漆黒と化した球体の中でわずかに光が漏れだしているが、すぐにでも消えそうだ。 「レーラ様!」  舞台裏の部屋に控えていたらしいロテスが叫びながら入ってきた。席に着く物はおらず、混雑した出口で待つことしかできない民衆たちは怯えた目で巨大な球体へ消えたレーラを見つめている。 「どうなってんの?」  ロテスが絶望した表情でレーラを飲み込んだ球体を凝視し、立ち尽くしている。アルスはロテスの肩に手を置いた。 「分かりません…こんな風になるなどとは聞いておりませんから…」   レーラから目を離せないようだった。 「でもレーラ、やめようとしないじゃない!」  セレンが戸惑っている様子でそういうと、ロテスはやっと2人を見た。 「儀式中は魂を抜きます。今、あのレーラ様には現状を把握する力はございません。もちろん判断することも…」 「じゃあ、こっちから止めるしかないってことか」  他の行事や儀式であったなら、直接命の危機に関わることはない。だがこの儀式―種上げの儀式は違うらしい。 「なりません、国家反逆罪になってしまいます!あなたならお分かりでしょう!」  アルスが動こうとして、ロテスは両手を広げて止めた。それは儀式に予期せぬ出来事など起こらず、レーラの身に危険が及んでいないことが大前提での決まりのはずだ。だがこの場合はどうなるのだろう。 「レーラが無事ならそれでいいでしょうが」  国に育てられた身だ。平民では得られたなかった教育や武術指南、着る物、食べる物、生活用品、住むところ。だがレーラが在ってこそで、何よりレーラは幼馴染だ。先のことを考えるのは後だ。アルスは席を跳び越えた。燕尾上のジャケットが翻った。  レーラは成す術もなく包まれた球体は禍々しく蠢いている。腕を伸ばす。 「痛ッ!」  ばちっと音を立ててアルスの指先を弾いた。 「アルス様!」 「アルス!」  ロテスがアルスの元へ駆け寄ってきた。セレンが悲痛な声を上げた。制止の声なら聞こえない。 「レーラが大事な王子様だとか王様だとかいう前に、オレには友達なんですって。数少ない友達!」  もう一度指で触れる。だが弾かれる。体当たりを試みたが、吹き飛ばされ、床に叩きつけられる。天井にも綺麗な細工がしてあるが、それを鑑賞している暇はない。 「なるほどです」  柔らかいがどこか場違いな調子の声がする。アルスは強く打ちつけた体を起こし、声の主を探す。フードを被った小柄な人物だった。 「多分…、補助の術が幾重にも掛かっていますね。それを取り除こうと思います」  深くフードを被り、口元も布で隠されている。袖で隠れた手を突き出し、黒い球体に翳す。 「あなたは?」  セレンが問う。ちょっと待ってくださいね、と柔らかい声のままその人物は返した。黒い球体は青白く光り、薄れていく。 「自分は…ちょっと、まぁ、ただの無職の引きこもりでして…」  フードの奥の顔は相変わらず見えない。 「レーラは大丈夫なのか!」  セレンとフードの者の間に割り込んで、アルスは叫ぶように問う。 「…とりあえず、この妙な術は解きます」  曖昧な答えにアルスは何も言えなかった。だがロテスが静かに「お願いします」と言った。  フードの人物の体から青白い光が放たれ、薄くなっていく黒い球体へ伸びていった。内部にレーラが浮かんでいるのが見え、黒く蠢いた物が消えていく。レーラの体はゆっくりと床へ下ろされた。 「レーラ…?」  セレンがレーラの意識を確認する。反応はない。 「妨害ではございませんので…どうぞ続けてください」   そこには、続けられるものなら…というニュアンスをどこかに感じさせた。 「国家反逆罪とか、そんな大それたことするつもり、自分は…」  融通の利かなさを揶揄されているようなニュアンスも含まれているような気がしたが、それでも言い訳がましくフードの者はロテスに弁明した。ロテスは何度も頷いている。目には涙が溜まっている。フードの者は安堵からか大きく肩を落としてこの場から立ち去ろうとした。アルスは咄嗟に呼び止める。 「妨害ではないです、継続なさってください…」 「違う!そうじゃなくて…そのことは大丈夫だし、何かあったらオレが尽力するから…そうじゃなくて、君は?」  振り向いた拍子にフードの奥が一瞬だけ見えた。わずかに酒場で嗅ぐ匂いがした。 「この王都で無職なんです。勘弁してください」  無職は強い批難の対象だ。場合によっては軽罪に成り得る。名乗るのは憚られるのか。アルスは黙った。せめて名前くらいは知っておきたかった。 「もし、」  話は終わったと思っていたがフードの者がアルスに話し掛けた。働く先を用意しろというのなら、そうするつもりだった。 「自分がやったのは、あの術を解いただけですから、もし王子が目覚めない場合は、ロレンツァ街のセルーティアという医者を訊ねてください。…でもあまり…城の者には言わないで」 「なんで?」 「…そうですね、繁盛したら困るからです」  フードの者は少し考えたようだった。何か隠している。フードの者を観察している間に、それでは、と立ち去られてしまう。 「アルス?」  セレンがアルスの背後から声を掛ける。 「何があった…?」  避難していた城の者たちが混乱が落ち着いたことを察知すると戻ってきて、騒ぎ出す。アルスは意識のないレーラを見た。燃え盛るような長い髪を床に散らして、眠っている。
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