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第五章五節b
仲間の方のダメージは圧倒的にギルツの方が増えており、それだけを見るならばクロスは不利と言える。
しかし、見守っているワンドがやや不安そうな様子でクロスとセルトの方に目を向けると、カードを次々と無効化されているクロスよりもセルトの方が流す汗も多く、息も切れていた。
「クロスさんの方がまだ元気みたいです」
素朴なワンドの一言に答えるのはクラブス。激しい攻防を前にして億せずにいるワンドに一度目を向け、それから戦闘する二人の方へと向き直す。
「セルトさんはクイックチャージを使ってイマス。そのせいで魔力の負担が増えているのデス。しかもクロスさんの戦略を防ぐ為にカウンター呪文を使い続けてイマス。他のスペルが決まった分を消費するのに対し、あれらは一定の割合で魔力を使うのでどんなに豊富な魔力を持つ召喚札師であろうと長続きしないノデス」
クラブスの分析を元にするとセルトのカードの采配は短期決戦と言えるだろう。仲間の強化と相手への妨害、自分のリスクが大きくなる前に一気に畳み掛ける。
相手に何もさせずに潰すというのは単純ではあるが有効な手、戦況が有利であればそれに集中できるものだ。
言い換えると有利であるからこそ短期決戦という手段が取れるとも言える。魔力の消費が激しい状態でさらに消費が多いものを使うという事は、不利になればそのまま首を絞める結果に繋がる。
それをわかっているからか、フォトンの攻勢は激しさを増している。ギルツはかろうじて致命傷を避けられているが、体中を切られて武器としている半月状の刃も刃がこぼれやや歪み始めていた。
フォトンが先に相手を倒すのか、あるいはセルトが息切れを起こすのか。戦うクロスからすると何とかして攻勢に転じたいが、そうはさせてくれない。
(流石に限界か……)
満身創痍のギルツの後ろ姿にそう感じながらも、彼を信じて選択した自分の判断と必死に食らいつくギルツを信じて闘志をさらに燃やす。だが打つ手があるか、そこが問題だ。
呪文という呪文は片っ端から封じ込められ、道具という道具も同様に封じ込められている。手持ちのほぼ全てを完封されてるものの、魔力の消費はセルトの方が大きいのでスペル合戦となれば確実にセルトが先に力尽きるだろう。
こちらのカードはほぼ使い果たしており、残るのはギルツには使えないカードで使えるものはあと数枚。
自分の仲間が負けるのが先か、相手が息切れを起こして自滅するのが先か。ぎりぎりの境界と言いたい所だがクロスは経験から前者となるのを直感した。同時に何かが脳裏に浮かぶが、すぐに切り替えてカードを切った。
「道具使用、ロングソード」
消耗しきって満身創痍のギルツではあるが、クロスの声を聞いて己を奮い立たせ自分の手に持つ武器が鍔のある両刃の剣に変わるとそれを強く握り、フォトンと再度切り結ぶ。
クロスの使った道具ロングソードはごく一般的な長剣をカードとしたもの。入手しやすいが特別な力もなく非力と言わざるを得ないものだ。
そのままぶつかり合えばフォトンの持つシールブレイクには容易く破壊されてしまうが、ギルツは鍔迫り合いを避けてロングソードの面を上手く使って受け流し、ぶつかり合いによる余計な体力の消耗を避ける戦略を取る。
反面、精神を集中する為にそちらの消耗が激しくなるものの、体力のそれに比べればいくらか余裕がある。
手札としては非常に心細いロングソードではあるが、ここでそれを切るのは後がないから……ではない。
「呪文発動、ユナイト。これにより仲間、呪文、道具、戦場に対して別のカードの力を合成する」
「そのカードは……! くっ……」
クロスの使用する呪文は街で行われた大会で獲得したカードの一つユナイト。それに対してセルトは対抗策を切ろうとするものの、そのカードを使う事はできず発動を許してしまう。
幾度もカードを無力化した事でセルト自身の魔力がないこと、またランクの高い呪文に対してのカウンターは相応のランクでなければ不可能であるからだ。
ユナイトの効果は他のカードの力を合成するというもの。使い方次第で様々な組み合わせや効果が期待できるものの、それ故に組み合わせを上手くしなければ真価を発揮できない。
「俺はギルツのロングソードに対して合成を使用。与える力はこのカードだ」
ロングソードは非力ではあるがそれ故にユナイトなどの合成媒体として優れているという利点がある。クロスがカードを整理してる時に何故か非力と言われるカードを残し、圧縮には使用しなかったのを横目で見ていたアミエラやルイはその理由を理解し、彼が合成として引き抜いたカードには一同が驚いた。
「ロングソードに与えるのはファイアードレイクの炎の力だ」
引き抜いたカードはクロスの象徴とも言える仲間ファイアードレイクのエックス。淡々とした口調と共に赤い光がギルツのロングソードへとまとわりつき、やがて発火して炎の剣と変わった。
火竜の力を宿した事でロングソードは名刀と差し支えない威力を得、満身創痍の状態ながらギルツも勝機を見出す。
「エックスと共に戦う、か……このような形も悪くはない!」
「その心意気は良し、真っ向からねじ伏せてくれる!」
仲間の力を宿した剣を武器としたギルツ、それを正面から受けて立つフォトン。互いに一気に駆け出し接近、ほぼ同時に剣を振り最後の一撃とする。
果たして勝ったのはどちらか。静寂が続き、やがて、それが破られる。