30 / 283

第四章三節

 夕暮れ時にはまだ遠く、かと言ってやることも無いワンドは宿屋のカウンターの椅子に座ってクロスが手渡した【結界】のカードをじっと眺めていた。  カードからは手渡したクロスの思いが感じられた。強い守護の念、平穏無事を祈って託した彼の思いが。  やる事はないからと言って退屈せずに気を緩めずにいるのは、間違いなくそのカードに込められた強い思いがあるから。 (強い思い……クロスさんの気持ちは無下にはできません)  肩の力が入るワンドだったが、目の前に差し出された青いコップを頬に当てられ、良く冷えたそれで少々驚きつつ、コップを持って笑顔を見せる女将のアンナと目を合わせる。 「そんなに心配しなくても平気だよ」 「ありがとうございます」  差し出されたコップを両手で受け取りながらワンドは一礼し、コップの中の飲み物を口にする。ほのかに甘さのある清涼水、飲みやすく不思議と心が落ち着く味だ。 「……ずいぶんと、大変なものを背負ってる感じだね。まぁ無理には聞かないし、聞くにしてもクロスの許し無しには聞けないね」  カウンターを出てワンドの隣に座るアンナの言葉は穏やかで聞きとりやすく、ワンドの肩の力も自然と抜け始める。  事情があるとわかってもその内情まで聞かないようにしているのは、彼女なりの流儀と心得。ワンドもそれを踏まえつつ、少しだけ自身の胸のうちをゆっくりと話し始めた。 「クロスさんは、とても信頼できる人です。まだ出会ってから間もないですけど……とても良い人だと思います。だから信じて待てますし、でも、自分がクロスのさんに何もできない事も辛いです」  プラッタの街で初めて会ってから心が惹かれた。それは、彼に何処か英雄的な理想像を……自分がいつかそうなりたいと思う姿を重ねみたからかもしれない。  だからこそ、戦いの中で心身共に疲弊したり常日頃から肩の力を抜かない姿を見て、申し訳なさが込み上げる。 「多分、上の部屋にいるルイさんやクラブスも同じ気持ち……僕達が頼り切る事が、苦痛ではないかって」  故あって全力を出せないルイ、召喚札師(リスナー)の支援こそできるが自ら戦うわけではないクラブス、そして自分に託された目的を他人に委託する形で果たさざるを得ない自分……クロスにプレッシャーを相当にかけているとわかっていても、頼りにしてしまっている矛盾。小さくも大きい不安としてワンドの胸に留まっていた。  ワンドの脳裏に、祖国であるエメリア王国に 召喚札師(リスナー)デミトリアと彼の率いる軍勢が攻め入った時が浮かぶ 。  何もできない自分を守る為に両親を始め多くの人々が犠牲となった、無力な自分の為に……今もまた、自分の為にクロスが行動している。  悔しさにも似たものが込み上げる。神妙な面持ちのワンドが握るコップに力が入る。  察してか、アンナは一呼吸置いて「それでも構わないんだよ」と言ってワンドを自身の方に向かせ、その上でゆっくりと聞き取りやすい声量で語り始めた。 「どうやってもどうしようもない事もあるもんさ。そこで無力ってのを感じて落ち込むか、それをバネにして前に進むかはそいつ次第さ……クロスだってそうさ、あいつも召喚札師(リスナー)として色々経験してきて今に至ってる。成功もあれば、失敗も沢山してるさ」  ふと垣間見せたアンナの俯き気味な様子から、ワンドは出発前のクロスと彼女とのやり取りを思い出す。  何かが過去にあった、というのはすぐに察する事はできた。それを無理に聞きたいとまでは言わないが、クロスに関して何も知らない事が多い。  召喚札師(リスナー)クロス。宿屋の壁に飾られているメダルや賞状などに刻まれた無数の名前の中にクロスの名もあり、気をつけて見るとその名が特に多いのがわかる。 「クロスさんとは知り合って長いのですか?」 「三年、いや四年くらいだね。初めて来た時は重傷で店の前に倒れてたからね、それからさ」  アンナが思い返す記憶、早朝に宿屋の暖簾をかけようと外へ出た時にボロボロの衣服と傷だらけのクロスが倒れていた。その際、同じように準備の為に出てきた周囲の宿の人間達を寄せ付けないように眼光を飛ばし、だが力尽きた所をアンナの宿で引き取った。  そんな昔の事を思い出しながら、クロスを知りたいと思っているワンドの気持ちを察したアンナは一呼吸を置き、ゆっくりと彼について語り始める。 「召喚札師(リスナー)は常に冷静であるべし、仕事に私情は挟まずに目的を果たす、なんて言って生真面目というか冷徹にしてるけど……ほんとは困ってる人を見たら放っておけないくらいお人好しでね、無茶しすぎてケガだらけとかよくあった」  アンナの言葉を聞いてワンドはハッと気づいた。クロスは常に表情を崩さずにいる、そして生真面目に過ごしている……だがそれは彼の本質ではなくあくまでも仕事をする姿なのだと。  その中で、自分を気遣う側面も確かに見せていた。それが本質、クロスという一人の存在の姿と。 「本人は金とカード以外は興味ないとか言うけどさ……それなら格安で仕事引き受けたりもしないからね。他にもタダで引き受けたり、結果的に依頼者の願いを最大限叶えるようにしたり変な気遣いをよくしてたよ。だから、クロスを雇った人らからは賞賛されてたよ。それにも仕事だからだなんてカッコつけて答えて相手をしょっちゅう苦笑いさせたもんだ」  アンナの語るクロスの人柄は、容易に想像がついた。素直に感情を出さずに振る舞い、ビジネスライクを徹底して機械的に見えながらも相手をよく気遣う姿。  常に相手を気遣うクロスの優しさ、そしてそれはカードの、仲間(アセス)との絆にも表れているのだとワンドは再認できて自然と笑顔になる。同時に語っていたアンナもワンドの優しい気持ちを感じてか、微笑して更に話を続けた。 「……自分が辛くても我慢して、相手を心配させまいとクロスは振る舞う。だから坊や、もし気づいたら気遣ってやっておくれよ」 「はい、もちろんです。僕にとってクロスさんは大切な仲間ですし、もっといろいろな事を教えてもらいたいです。僕にできる事なら精一杯頑張ります」  純真さという優しさ、ワンドの持つそれはクロスを思うアンナの心に安らぎに似たものを与えてくれた。  自分の知るクロスは良く悪くも一人で何とかしようとする。そんな彼の傍にワンドのような存在がいる事は……必ずクロスに良い影響を与えると確信できる。彼の理解者として、ひいてはワンドの今後の為にもプラスになると確信できる。 「さて、そろそろ夕食の準備をしないとね。部屋で待っておいで」 「いえ、僕も手伝います! 少しでも、できる事をしたいですから!」  クロスの為に何ができるのかはわからない。だが、何か小さな事でもやりたいとワンドは強く思えた。  そんなワンドの姿と姿勢を階段の影から見ていたルイは、下唇を噛みつつ再び部屋へと戻っていく。
良い
エロい
萌えた
泣ける
ハラハラ
アツい

ともだちとシェアしよう!