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第一章二節
ワンドが一人歩いていると、裏路地の突き当りに辿り着く。そしてそこには古びた見た目の店が一軒、傷んでいるが、板金の看板には召喚札師 専門店、と書いてあった。
しかし古びた木造の建物、窓ガラスも曇りに曇っておりやっているのかわからない状態。
ワンドは興味を引かれてゆっくり近づいて窓から中を見ようとするが、やはり曇ってて見えず、また背の高さが足りないので背筋を一生懸命伸ばして何とか中を覗けないか努力する。
「うーん……召喚札師 のお店なら何か…」
「しししっ」
独り言を漏らすワンドは、自分の言葉に答えた奇妙な言葉に気づき右横に目を向ける。
そこには大きく裂けた口に鋸刃のような鋭く短い歯を持ち、細い手足と大きな垂れ耳、細い瞳孔持つ黄色の眼、黒と黄色のぶち模様をした小柄な奇妙な生き物がいた。背丈は自分よりさらに低く、体長は30〜40センチといったところか。
しばらくの沈黙の後、奇妙な生き物はハッと我に返って耳を立ててその場で大きく跳ねると、あたふたとその場で回り始める。
「あなたはグレムリン、ですね。大丈夫ですよ、いじめたりはしませんから」
自分よりも背の低い奇妙な生き物……グレムリンにワンドはしゃがみながら目線を合わせ、優しい言葉をかけて笑顔を見せる。
そんなワンドの行動に驚いたのかグレムリンは慌てはしなくなるが少し後ろに下がって警戒し、だがワンドが何もしないとわかると近づきワンドの頭に跳び乗った。
「しし、しししっ!」
「あ、こらダメですよ!」
頭に乗ったグレムリンはワンドの髪をわしゃわしゃと手で乱し、それにワンドは驚いてグレムリンを掴まえようとするがすり抜けられ、肩から背中へ、背中から腹側へと縦横無尽に素早く動き回ってワンドを困らせる。
だが掴まえようとしつつも遊び感覚であり、しばしグレムリンとのやり取りを楽しんでから誰かがそこに来るのを察して路地の方に目を向けた。
紅い宝石の如き眼を持った黒髪の若い男、ジャケットにも似た白と黒の上着にダメージ加工がされている黒の長ズボンを履き、靴も色が似ていて一体化してるように見える。
表情はなく冷たい印象を持つが、どことなく悪い人間ではないのはワンドにも理解でき、また彼の右腰に下がっている白い色の金属製のボタン止めしている手帳ほどの大きさの物を見て彼が何者かも理解できた。
「あの……あなたは召喚札師 、ですか?」
話しかけにくい雰囲気を持つ男にワンドはグレムリンを背で隠しながら質問を投げると、男は目線をワンドに向けてから近づき、後ろに隠しているものに気づきため息をつく。
「ハント、遊んでないで戻って来い」
「しししっ!」
男の言葉にグレムリンがジャンプして姿を見せると、ワンドの頭を踏み台にして男の左肩へと跳び乗る。そして男は何かを待っているグレムリンに対し、ジャケットのポケットから粒入りのクッキーを取り出すとそれを食べさせる。
(やはりこの人は召喚札師 ですね……)
ワンドの確信した召喚札師 とは、契約した魔物や精霊をカードを介して己の魔力を使って召喚する者、その力を持つ者である。
その力を活かして人里に迷い込んだ魔物を鎮めたり、精霊の力を借りて人々の生活に役立ったりと、その存在はこの世界・エレメンタリスでは極めて重要である。
同時に強大な力持つ召喚札師 の存在は時として災いを招く存在でもある為、畏敬の念を抱かれる事もあれば、召喚札師 による武力行使や軍なども存在する。
そんな召喚札師 に出会ったワンドは、男を見上げて目を逸らさず、少しの間を置いてから男はワンドの質問に答えた。
「確かに俺は召喚札師 だ。こいつはグレムリンのハント、こいつが勝手に突っ走った先にお前がいた」
淡々と話す男が一旦言葉を止め、ふとした疑問をワンドに投げかける。
「こいつに驚かないってことは、お前も召喚札師 か?」
男は自分が召喚札師 と明かしつつも、グレムリンのハントを見て特に驚かずまた自分を前にして平然としているワンドに関心を持った。大抵の人間は召喚札師 に対して不思議なものを見る目を向けるが、ワンドはそうではないからだ。
「いえ、僕は召喚札師 ではありません。でも召喚札師 の人と関わっていて、グレムリンとかもよく知ってるんです」
歳不相応な言葉遣い、着ている服やワンド自身の雰囲気から身分の高い人間だと男は理解する。
同時にワンドの優しい表情を見て少しだけ心が温かくなるのを感じ、目を閉じて小さく笑みを浮かべると突き当りの店の方へと歩いていく。
「早く親の所にもどれ、一人だと危ないぞ」
「僕の両親は半年前に亡くなりました。今は従者……いえ、仲間と旅してるんです。それでその……はぐれて、しまいまして……」
歩きながら言葉をかけた男にワンドは振り返りつつ答え、その声が少しずつ小さくなるのに気づいた男は足を止めて向き直り、不安げな表情を浮かべているのを見てため息をつきワンドの前に戻って片膝をつくと、顔を上げたワンドと目を合わせた。
「……しばらく一緒にいてやる」
「え? で、でも……」
「仲間が見つかるまで、だ」
そう言った男にワンドは同行することになる。その前に路地の店に一人入った男をグレムリンのハントと待ってから、男が戻ると共に街を歩く。
見知らぬ人についていくな、と、ルイに耳が痛くなるほど言われているのだが、ワンドはこのが悪人ではないのが直感でわかったし、何より召喚札師 と言う事に興味を引かれたからだ。
「……あ、まだ自己紹介してませんでしたね。
僕はワンドと言います、ワンド=リースト=エメリアです。あなたの名前は……?」
「……クロスだ」
「クロスさんって言うんですか、よろしくお願いします」
ワンドの本名を聞いて男、ことクロスは何かを思いつつもワンドの穏やかさや人間性に敬意を払い、特に言及したりはせず彼が先走りそうになると襟元を軽く掴んで注意を促す。
「……また迷子になるぞ」
「あ、ごめんなさい。ずっと、大きな街に行ってないものでつい……」
言葉遣いとは違い、年相応の好奇心もあるのだなとクロスは理解するとワンドの頭に軽く手を置き、自分を見上げて笑顔を見せるワンドに小さく笑みで応えるのだった。
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