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先生との出会いクラリス視点

 私は弱い。救わねばならない世界に対して、あまりにも非力であった。  女神用に作り出された空間で、世界を監視する。今できることはそれだけ。 「また……勇者の魂が……」  夜空を昇る光から、四ヶ月前に加護を与えた勇者の魔力を感じた。 「ごめんなさい……私がもっと……もっと優秀な女神なら……」  世界は、緩やかに終末へと向かっていた。  滅びの日が見えたその日から、私の前の女神は解決策として、勇者が魔族を狩ることで、ほんの少しだけ寿命を延ばせるようにした。  一時しのぎだった。それでも、勇者が魔王軍四天王を倒し、魔王さえ倒せたら。 「あなたの命で……この世界の寿命は三ヶ月伸びました」  滅びを目前にした世界。前の女神が逃げ出した、捨てられた世界。  勇者と魔王の殺し合い。だが魔王は、魔族は人類を超えてきた。  世界を塗りつぶす悪意は、この世界の邪神は滅びを求めている。 「勇者よ……私は、例え滅びの日が来ようとも、あなたを忘れません」  人間で滅びを知るものは少ない。勇者は世界の真実を知り、魔王に挑む。  そして散っていく。勇者が死ぬと、その魂は世界の寿命を僅かに伸ばす。  いつの日か魔王を倒し、その魂を世界に捧げるまで、この地獄は続く。 「う……うぅ……ごめんなさい……ごめんなさい……」  胸が締め付けられる。呼吸が荒くなり、吐き気が襲う。  それなのに、もう涙は流れない。ずっと、ずっと昔に枯れてしまった。 「残る勇者はあと……」  この世界に残った勇者の数を確認する。水晶から空中へ、モニターのようにデータが投影され、また絶望を告げられた。 「もう勇者がいない。また……誰かが呼ばれる」  私は女神界ではそれなりに強いつもりだったし、与えられる加護も数種類ではあるが強力だ。  それでも勝てない。想定外の相手だった。 「せめて、今回の勇者は……少しでも長く生きて欲しい。どうか……」  世界を救わなくてもいい。ただ天寿を全うするくらい長生きして欲しい。  勝手に呼び出しておいて、あまりにも都合のいい願いである。 「四天王を……一人でも倒せたら」  水晶に浮かぶ巨大な魔物の姿。  全長三百五十メートル。その人に近い上半身と、身に纏った黒いカニのような殻。  蜘蛛のような足。常に放電している暗黒の雷。  魔力を解放しただけで、半径数キロを焦土と化す恐怖の化身。  魔王軍四天王最弱の悪魔、ゴウライ。 「間に合わない……時間が……足りない……誰か……誰か助けて……」  最弱。最弱でこれだ。次の四天王は更に強い。アリと像ほどの差がある。  魔王など誰も倒せない。もうこの世界は限界だった。 「お願い……お願いよ……助けて…………」  声が震える。私はいったい、誰に縋っているのだろう。 「ん? どこだここ?」  誰かの声。目の前の召喚魔法陣が発動していた。  私の意志とは無関係に、この世界を救う勇者が呼ばれてしまう。  呼吸を整え、勇者となる青年に向き直る。 「ここは女神だけが入ることを許された空間です」 「ああ、そういやそうか。久しぶりでな」 「はい?」 「なんでもない。世界を救えばいいんだろ?」  なんというか、どこにでもいそうな男の人だった。  特別強さも感じない。また……勇者が死ぬ。 「新たな勇者よ、その意志があれば加護を与え、魔王討伐の旅へ誘いましょう」 「おう、頼む」  軽い。日常会話のようなやり取り。軽く苛立ちを覚えた。 「帰ってください」 「なんでだよ。異世界を救うんだろ?」 「あなたにはできません。今まで……何十人もの勇者が散っていきました。ここは絶望の世界。勇者が死んだ時、仮初の寿命を与えられ、延命される地獄の世界」  死んで欲しくない。こんな人じゃ、送っても死んでしまう。  だから、だから帰そう。帰して……助けてくれる勇者様を待とう。 「もう……死なないで……」  絞り出した声はそれだけ。懇願。自分のわがまま。  死地へと送り出す。それが仕事。新しく死人を作る仕事。  それに耐えることもできない、弱い私のわがまま。 「話してくれ」  男の声と雰囲気が変わった。でも話すわけにはいかない。 「帰って……」 「話すだけならいいだろ。楽になるぜ」 「楽になっていいはずがないっ!!」  沢山の死者が出た。私の力が及ばなかったから。  そんな私が楽になる。そんなことが許されるはずがない。 「話してくれたら、この世界が危険だってわかるぜ。そうしたら俺も帰るかもな」 「…………この世界は……破滅の時を迎えようとしています」  結局……話してしまった。きっと誰かに話を聞いてほしかったんだろう。  話してくれる。話せる。生きている人間がいる。  その事実に、心が揺れた。 「わかりましたか? 帰らないというのなら、ここにいてください。保険です。もっと強くて、この世界を救える勇者が現れた時、助手として付けましょう」 「今でいいって。あ、その画面に写っているやつは?」 「魔王軍四天王のゴウライです」 「四天王か。でっかいなー。こいつが一番強いのか?」  目ざとく見つけ、興味を示す。何も知らなければ、あれを最強と勘違いするのも無理はない。 「いいえ、これで最弱です」 「ならこいつからいこう」 「いこうとは?」 「まずこいつから倒そう」  まだ現状を理解できていないようだ。  同じことを言って、死んでいった勇者を何人も見ている。 「無理です。まず力を蓄え、見つからないようにひっそりと暮らすのです」 「大丈夫だって。勇者だからな」 「その勇者が負けているのです。無謀な勇気など、この世界では意味をなしません」 「倒さないと、お前が安心できないだろ?」  水晶を指先でつついている男。何故か転移魔法陣が発動した。 「な、どうして?」  確かに、水晶にはそういう機能がある。  水晶に映し出された場所までの簡易魔法陣を出す。  だがそれは魔力に精通し、女神と同等の魔力が必要なはず。 「ほら、水晶が行けってさ」  縋ってしまいそうになる。大丈夫という、根拠のない言葉に。  私に背を向け、歩いていこうとする、新たなる勇者。 「行かないで……」  無意識に呟き、服の袖を掴んでいた。  気付いたのは、彼の手が、私の頭を撫ででいるのに気付いた後で。 「心配すんな」  優しい微笑み。笑っている人間を見ると辛くなる。  これから死地に行けと言わなければならない。  そんな私が、この笑顔を受ける資格があるのだろうか。 「あなたが死んだら……私は……」  きっと私は壊れてしまう。私の心が耐えられない。  これ以上の勇者の死に、耐えることができそうもなかった。 「へーきへーき」  自分が負けることを、微塵も考えていない。  まだ加護も与えていないのに。なぜこの人は、こんなにも私を安心させるのだろう。 「俺は勇者だから」 「勇者なんて私が頼んだだけで! それだけであなたは!」 「そうだな、あとはまあ……お前が泣きそうだからかな」 「涙など枯れました」 「だーめだって。泣きそうだろ。なら助ける」  意地っ張りらしい。その意地と優しさは、早死にする理由でしかないというのに。 「んじゃ、ちょっくら行ってくるよ」 「いけません! 戻って!!」  咄嗟に彼の体に抱きつき、魔法陣から引き離そうとした。  そして、二人ともワープしてしまったのだ。死地へと。 「暗い場所だな」  来てしまった。赤と黒で染まった不毛の大地へ。  暗雲で陽の光が隠され、動植物の消えた場所。  そして、ゴウライの目の前であった。 『人間……? まだこの大陸に生き残りがいたか』  響く声。ドス黒い不快感を伴って、心にのしかかってくるような声だ。 『その膨大な力……貴様ら……人間ではないな』 「新しい勇者だよ。よろしく」  ほがらかな挨拶。なぜ動じていないのだろう。 『何だ貴様。なぜ思考が読めん』 「ああ、テレパシーかなんかか。悪い切ってた」  雑談を始めそうな勢いである。よくわからないけれど、この状況は危険だ。 「よくわかりませんが、ここは退きましょう。私が元の場所へと転送します」 『ほほう、貴様女神か。ちょうどいい! ここで女神を消せば、魔王様もお喜びになる! 人間の絶望もより濃くなるだろうなあ』 「バレたか。でも世界は……魔王に屈したりはしない! 必ず勇者が現れる!」 「いや、だからそれが俺なんだって」 『ならば耐えてみせよ。ウオオオオォォォォ!!』  暗黒の雷撃が、ゴウライの魔力が、爆発的に膨れ上がり。 「ん、危ないぞ」  大爆発を起こす。轟く爆音。揺れる大地。 「なんて魔力……」  圧倒的だった。私はただその場に立ち尽くし、周囲が晴れるまで動けなかった。 「生きて……いる?」  私はなぜ動ける? なぜ無傷? 爆煙が晴れ、現れたのは見慣れぬ背中。 「あっぶねえな。こいつが怪我したらどうするんだよ」  私の立っている場所以外、大地が消えていた。  正確にはクレーターなのだろう。あまりにも深くて底が見えない。 『耐えるか。よかろう。久方ぶりの獲物だ』  その巨体で大地に立つゴウライ。そして、私と勇者。  この場で立っているのはこれだけ。世界に三人しかいないと錯覚しそうだった。 「生きてる」  一瞬だけど、爆発の直前に割り込んだものが見えた。  この状況。つまりこの男は私を庇って立っている。 「まさか、私を庇って……?」 「まさかって、俺は勇者なんだぞ」  服まで無傷だ。焦げてすらいない。異常だ。  ここでやっと男の強さ、その片鱗が伺えた。 「そうだ、名前聞いてなかったな」 「……クラリスです」 「そっか、クラリス。こいつ倒すとどんくらい寿命伸びる?」  世界の寿命のことだろう。反射的に答えていた。 「十年です。四天王ですら十年しか伸びません」 「そっか、じゃあこれで」  軽く、とても戦闘しているとは思えないほど、軽く飛ぶ勇者を見送る。  ふわりとゴウライの顔の前まで飛んだ彼は、拳を振りかぶった。 「十年分だな」  一撃だった。  何十の勇者が殺されたかわからない。傷をつけたものすら僅かだった。  理解に数秒を要した。なにせ轟音とともに、ゴウライの上半身は消えていたのだから。 「でかいだけか。でも次のやつはもっと強いらしいし……気は抜かないでおこう」  右手から、豆電球ほどの小さな光が飛ぶ。  その光は、ゴウライの下半身を完全に消滅させた。  何も言えない。なんて言えばよかったのだろう。理解できない。 「よし、終わり。なんか明るくなってきたな」 「五大陸は……四個が四天王に侵食され、日々光の届かぬ地へと汚染されています」 「じゃあ倒したから戻ってんのか」 「その通り、です……けど」 「じゃあ穴も埋めておくか」  一瞬だけ地面が光り、大地が戻った。  そこに浄化された世界が上書きされていく。 「よし、セーフ。じゃあどうする? 一回帰るか?」 「大地が……どう、やって?」 「ちょっと地面の時間戻した。あとはほっといても浄化されるだろ」  本格的に意味がわからなかった。 「大丈夫かー?」  差し出された手を握って立ち上がる。  大きくて、暖かくて、人のぬくもりなんて……一体いつぶりだっただろう。  心から安心できる手だった。 「あ、あの」  何か言わなければ。そう思えば思うほどに、気持ちの整理がつかなくなっていく。  どうにもならない。意識するのをやめ、自分の心に従って言葉を紡ぐ。 「私も……あなたのように強く……この世界を救えるくらい……強く、なれますか?」 「なれるさ。女神なんだろ。まだまだ強くなれる。なんなら俺が強くしてやるさ」 「ありがとう……ございます……」  とっくに枯れたと思っていたのに、涙が溢れて止まらなかった。 「よしよし、大丈夫だ。大丈夫だからな。もう安心だ」  この日、私が願ってやまなかった勇者が現れた。  今思い出しても、衝撃的な出会いだった。  きっと一生忘れないだろう。  そんなことを考えながら、先生と一緒に焼きそばを焼く。 「手際いいな」 「前に一緒に作りましたよ」 「飯のメニューなんて、全部覚えてるわけじゃないさ」 「そうですか、では再びお見せしましょう。極上の焼きそばを!」  自然と手に力が入る。こうして平和を謳歌できることも、あなたのおかげです。 「クラリスは多才ですね」 「ふふーん。わたしもちょっと慣れてきたわ!」 「やってみると楽しいものですわね」 「こういうのは全員で作ることに意味がある。よし、クラリス交代。俺が代わる」 「お願いします!」 「できたらみんなで食うぞー」 「はーい!!」  出来る限り、あなたの力になりたい。  あの日、私を救ってくれた……あの力強い背中に、暖かい手に報いるために。
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