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緑の髪の少女2-1

 童話の怪人(メルヘン・キャスト)。それはメル教の神、パラミシア=メルが自分を慕う信者たちに施した秘術。  メル傘下の神や霊獣の力『メルの怪奇』を、魔法陣が描かれた魔導書の紋『メルの徴』を持つ者に架する能力。 「で~も~、童話の怪人(メルヘン・キャスト)には二つ欠点があったのぉ」  ジャンクさんは、真っ赤な唇の両端をキュッと持ち上げて続ける。  傘下の神や霊獣は、メルが思っているよりずっとワガママだった。忠義は誓っているものの、自分の宿主が脆いことに嘆き、強者に惹かれてしまう。  徴を持って生まれただけの無力な赤子に、自分の力を貸す神や霊獣は、一体たりともいなかった。宿主が絶対的な強者であることが一つ目の欠点。  二つ目の欠点は、神や霊獣が貸す力はあくまで怪奇ということ。  本来ならヒトの世に存在してはいけない禁術。つまり、どんな影響があるか分からない。一歩間違えば、徴を持つ者をたちまち怪人(バケモノ)にしてしまう。  神を承認させる力量と、神の力に呑まれてしまわない度量。それがなければ童話の怪人(メルヘン・キャスト)は務まらない。 「も~し〜、コウモリちゃんが本当にメルの徴を持つ者だとしても、絶対に童話の怪人(メルヘン・キャスト)にはなれなかったでしょうねぇ」  ジャンクさんは言い訳のためかそんなことを言う。  いくら私の記憶が曖昧だとしても、ジャンクさんが、友だちであるキヨナを殺した事実は変わらない。  私の警戒心がまだ強いことを、ジャンクさんは分かっている。 「えっと、ごめんなさい。その、まだ……」 「信用なんかいらないわ。あ、でも詫びるなら、カッコイイ男の子でも紹介しなさいよ」  私はテキトーに微笑んではぐらかす。  正直なところ、どんどん距離を詰めたり、突き放したり。よく笑ったり、キツイ口調になったりと、秋の空模様のようにテンションの移り変わりの多いジャンクさんに付いていけない。  それと同時に、童話の怪人(メルヘン・キャスト)であることに畏怖の念を抱いてしまっている。  本当はいくら感謝しても足りないぐらいのことをしてもらってるのに。私はそんな自分に思い悩んでしまう。 「――ねぇ、キノコちゃんってば!」 「は、はい? って、今更ですがキノコちゃんって私のことですよね」 「当然よぉー、キノコみたいで可愛いわぁ〜。ねぇ、男装してみない? そしたらあたしぃイケそうよ〜」  私のまるまり癖のあるキノコのような茶髪を、指差して言う。 「あはは、そうですね」 「つれないわねぇ。あら、もしかして今が男装した姿。いえ女装した姿なのかしら?」  意地悪っ子のような口調でジャンクさんはそう言った。  やっぱりまだオカマという人種は理解できない。はぁー。  ジャンクさんの荷物があるという湖まで、およそ三時間は掛かり、だいぶ日が傾いてしまった。 「あ、あそこよぉ〜!」  両手いっぱいに木の葉を抱えた大木のそばに、薄茶色のリュックが置いてある。  大柄なジャンクさんの三倍はありそうだ。パンパンに物が詰め込まれているようで、今にもはち切れそうに膨れ上がっている。 「あ~よかった。もしドロボーにあったらどうしようかと思ったわ」 「何か大切なものでもあるんですか?」 「これがあたしぃの全財産だからねぇ〜。じゃ、早速……」  巨大なリュックの口を開け、中からたくさんの衣類を取り出した。  中身の三分の一は装飾品系統の物のようだ。 「レッツ、男装タイ〜厶♡」 「本当にやるんですか!?」 「あら、やっぱり女装かしら?」  私は無言で冷ややかな眼差しをおくる。 「ってのは、ジョーダン……にしときましょ。でも水浴びぐらいはするでしょ? せっかく奇麗な湖があるんだし」  そう言われて気づいた。ジャンクさんほどではないけど、私も少なからず返り血を浴び汚れてしまっていることに。 「はいこれ、シャンプーとタオル。このシャンプーね、すっごいのよ! これを使えばあたしぃみたいな艶々でトゥルントゥルンな髪になれるわ。それにフルーティな香り付きよ」  小瓶と大き目な黄色いタオル、着替え(なぜか女物の下着まであるのはツッコまない)、湯冷めを防ぐためのマントなど、次々に渡される。 「さぁこれで身も心もリフレッシュしなさい。あ、背中流そうかしら? あたしぃと裸の付合いするぅ?」 「い、いいです! ありがとうございます」  両手いっぱいに渡された荷物を落とさないよう気を付けながら、ジャンクさんから逃げるように距離を置く。 「もぉ〜、恥ずかしがらなくていいのにぃ。あたしぃは女の体じゃ興奮しないわよ?」 『女の体? 若い女の裸!? どこ、どこにいる? 生贄に捧げよ!!』  ジャンクさんの左手。メルの徴から泉の女神、ニンフォマリアの声がする。 「だ~め〜よー! というか勝手に出てこようしないで欲しいわ。あたしぃ疲れるのよ?」 『はぁ〜、次は人間の娘がいいなぁ。筋肉が発達した獣剛人(じゅうごうびと)も悪くないけど、たぷたぷとしたお肉もまた至福。それか芳醇な香りの魔木人(まぎびと)がいい』 「あんたの要望なんて聞いてないわよ。全く、なんであたしぃにレズビアンの女神が宿るのかしらぁ。あ、てことは、もしあたしぃがニンフォマリアの力に呑まれちゃったら若い女しか愛せなくなるのぉ!? やっだ、マジ無理なんですけどぉー」 『汝、安心して。三十代前半ぐらいまでならいける』 「あたしぃより年下じゃない。ていうか、基本的に女はNGよ」  そんな会話が私の方まで聞こえてきた。  きっとジャンクさんは、クネクネとしたオーバーリアクションなんだろうな。   「うっ、冷た」  服を脱ぎ終え、爪先で水面を軽く蹴ってみる。それからちょっとずつ浸け、水温に慣れたところで全身を入れる。 「冷たいけど、気持ちいい〜」  ジャンクさんから、借りたシャンプーを使い頭を洗う。柑橘系のいい匂いが、鼻にすっと抜ける。  するりと手櫛が通り、しつこい癖っ毛がしなやかなストレートになるのでは、と少しだけ期待する。 「そういえば、お父さんはストレートだったなぁ。…………あれ?」  不意に溢れた言葉に自分で驚く。  確かに私の中でお父さんの髪型の記憶があった。  色は私より明るく金に近い。その所々に白髪が混じっていた。前髪は眉毛より上で全体的に短めだが、確かに綺麗な直毛だった。  髪型は覚えているのに、顔が一向に思い浮かばない。 「逆にお母さんは癖っ毛だったけ?」  お父さんを思い出すことを諦め、お母さんのことを考える。  耳の辺りと後ろ髪の一部が思いっきり跳ねていた母。髪色は私よりも幾らか暗い。  お父さんが長い髪が好きだと言うから、胸辺りまである髪を、毎日時間を掛けて丁寧に手入れしていたお母さんの姿が浮かび上がる。  けれど、やっぱり顔は思い出せない。 「私はどんなヒトだったんだろう?」  花豚や花山羊の味ばかり覚えているから、とても食いしん坊だったのかもしれない。 「その割には栄養が行き渡ってないな……、あはは」  見方によっては男に見えなくもない。それに体には薄い傷痕がちょこちょこある。転んでばかりいたのかな?  年齢は確か十六歳。もしかしたら恋人がいたかもしれない。この辺りの結婚適齢期は十六からだったはず。 「まぁ食べ物のことばかり覚えているから、どうせいなかったんでしょうね」  そう自虐的に笑い、改めて村のことを思い出してみる。  けれど、何人暮らしていたとか、男女比、年齢比なんてまるで思い出せない。  自分がどんな家に暮らしていか、父と母の他に兄弟やペットがいたかすら思い出せない。 「なんで私は記憶がないんだろう? それにガラスの靴って咄嗟に叫んじゃったのは何?」  オンドリが履いた物は、見たまんまのガラスの靴だった。ただそれを、気をつけて、と叫んだ理由が分からない。  叫んだときはオンドリがバケモノになるなんて想像していなかった。 「それにキヨナは?」  私の中では彼女は友だちだ。一番の親友って言ってもいいかもしれない。彼女はいつも正しかった。そんな気がする。  それなのに、裏切るような真似をしてしまった。 「もう、わけ分かんないよ!!」  自問自答からの疑心暗鬼。  私は水面を思いっきり水面を殴った。そして大きく息を吸うと、熱の回った頭を無理やり冷ますため深く潜る。  遠くの方からは、ジャンクさんと泉の女神が、卑猥な討論をする声がまだ響いていた。 「ジャンクさんは、何者なんだろう?」  覚めた頭で思い出す。  オンドリの部下の鉄都騎士、風都騎士の男たち。  そんな二人を相手に、童話の怪人(メルヘン・キャスト)を使う前から余裕の色が滲んでいた。  むしろ試してみたいから使ったという感じだった。 「もしかして……六都騎士!?」  ジャンクさんは六都騎士の話しをしたとき、自分がそうであると肯定したわけじゃない。けれど、否定したわけでもない。  もし六都騎士と仮定すれば、バケモノになったオンドリに対しての臆することのない強さも納得できる。  あれやこれやの仮説の砂地獄にはまり、辺りは暗く、体はすっかり冷えてしまった。 「そろそろ上がろ…………うん?」  水面に影が横切った。魚にしては大きい気がする。 「えっ……、もしかしてジャンクさんですか?」  私は今、眉根を思い切り上げ露骨に嫌な顔をしてるのだろう。  とりあえず、沖に上がりタオルを巻く。 「ジャンクさん……ですよね?」  水面が何度か揺れる。  周囲に灯りがないため、その正体を確認できない。なんだか怖い。  私を剣をたぐり寄せようと動く。その瞬間、影が飛び出してきた。 「ひゃぁぁぁっ‼」 「あ、ごめんなの。メロ、泳ぐのに夢中になってたなのです」  恐る恐る声のした方を向くと、そこには緑の髪の少女が立っていた。  年齢は十歳ぐらいだろうか。胸下まである長い髪や、ゆで卵のように白い肌から、幼い印象を抱く。 「おにい……お姉さんはこの辺の子なのですか?」  少女はタオル越しに私の体をみて少し戸惑ってから聞く。少しだけショックだ。 「いいえ、違います。私は花の都のココノハナ村の者です」 「そうなの、結構遠いところ……なの? あれ、ここも花の都なのですか?」 「そうですね。確かに花の都と水の都の境界線辺りです」  私はジャンクさんとの会話を思い出しながら答える。 「メロは南リンクなの。でも、マリが東リンクで待ってるのれす……くしゅんっ」  緑の髪の少女、メロは小さくくしゃみをした。そういえば私たちは裸だ。 「とりあえず服着ましょうか」  そう提案したはいいが、メロは服を持ってなかった。  私が元々着ていた物や、ジャンクさんから借りた服はブカブカで合わない。体を拭いたあと、とりあえずマントだけメロに貸す。  ジャンクさんのところに行けば、リュックの中にちょうどいいのがあるよね、きっと。  あ、でも、持ってたら、持ってたで問題かな。
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