3 / 9

オカマのきこり1-3

「アンヌ、逃げるよ‼」 「えぇっ!?」  突然キヨナは私の手を掴んで走り出そうとした。  そんな私たちの光景を、泉の女神は舌なめずりをして眺めている。鳥肌が立った。 「行ってはダメよ、キノコちゃん」  オカマのきこりに呼び止められる。なおもキヨナは手を引っぱる。  どうしようと、私は迷い結局動けないでいた。 「アニキ、それはダメです!!」  一方で男たちも何やら揉めていた。 「離せ、お前らが無能なのが悪いんだ!! くそ、よくもあいつらを殺しやがってェェー」  オンドリは止めようとする他の男たちを突き飛ばし、日の光に照らされて輝くガラスの靴に履き替えた。 「あらま〜、もしかしてコッチ系? あたしぃのお仲間かしら」 「断じて違う!! これはー」 「ガラスの靴です、気をつけてー!! ……あれ?」  私は声を上げて叫び、そして自分が叫んだことに驚いた。  ガラスの靴って何? 私は何で叫んだの?  フラッシュバックする記憶。特産品の花豚の生ハムの甘み。そんなのはどうでもいい。村に訪れた旅の一団。キヨナ……?  あれ? キヨナと何してたっけ?  確かに自分の記憶なのに、他人の靴を履いてしまったような違和感に襲われる。 「死ねぇー!!」  ガラスの靴を履いたオンドリは甲冑の男の剣を拾い、オカマのきこりとの間合いを一気に詰める。 「速いわね、おデブなのに」  軽口を叩くも、オカマのきこりから余裕の笑みが消えていた。  恰幅のいいオンドリの一撃一撃は、甲冑の男と同等に重い。それでいて滑稽で歩きにくそうななガラスの靴なのに、細い男を凌駕する速度もある。  また、決まった流派のない無茶苦茶な振りは、次の攻撃は読みにくい。  オカマのきこりは二本の斧を用いて、紙一重でそれらを捌いていく。 「死ね、死ね! 死ねー!!」  オンドリの一撃はどんどん鋭敏さが増していく。それに比例して、ガラスの靴から輝きが消えて黒ずむ。 「アニキ、それ以上はダメですって! 早く靴を抜いで!!」  男たちは口々に叫ぶも、オンドリは聞く耳を持たない。 「お仲間の忠告を聞かなくていいの?」 「うるせー! あんなカス共なんか知るか」 「あら、可哀想な人ねぇ」  オカマの木こりは上下から挟むように斧を振る。オンドリは突きを繰り出したばかりの右手を引くのに遅れ、ちょん切られてしまった。鮮血がドクドクと流れていく。 「アニキー!?」  男たちは心配そうに叫ぶ。しかし誰も動かない。  そこにオカマのきこりは斧を差し向けぴしゃりと言う。 「あんたたちねぇ! 心配なら自分で行動しなさいよ。血がそんなに恐い? 痛いのが嫌だ? なら何で武器を持ったの!? なんでならず者なんかでいるの!? いいこと、あたしぃは今からあんたたちの親分を切り刻むわ。それをあんたたちは黙って見てるといいわ!!」  吐き捨てるように言ってもなお、誰も動こうとしない。  よくみると男たちの視線は流血するオンドリの右腕ではなく、ガラスの靴に向けられていた。 「おい、クソカマ野郎。余所見すんじゃねぇよ!」 【夜伽舞踏会=シンデレラタイム】   そう唱えると、ガラスの靴から禍々しい黒い影が発生し、あっという間にオンドリを呑み込み 蠢(うごめ)く。  そして影が晴れたとき、オンドリは異形の姿をしていた。  元々丸太のように太かった二本の腕は、大樽のように膨れ上がり傷も消えていた。  けむくじゃらだった上半身は更に毛が伸び、もはやゴリラだ。しかし下半身に変化はなく、真っ黒になったガラスの靴も健在だ。  アンバランスな両手を地に着けて、濁った瞳でオカマの木こりを睨んでいる。 「あらぁ……、やだー、もうバケモノじゃない。ヤッホー、言葉通じてるー?」 「コロス、コロス、コロス……」  四本足で大地を蹴ると、見た目からは想像出来ない豪速でオカマのきこりに突進する。  オカマのきこりは最初、両手の斧で攻撃を受け止めようとしたが、すぐに考えを改め避けることにしたみたい。  しかし一刹那の迷いが糸を引く。 「いった〜い、わね……」  紙一重で躱そうとしたが、左手の銀の斧に掠ってしまい、銀の斧はばっくりと折れてしまった。 「コロス! コロス! コロス!」  金の斧でオンドリの怒涛の猛進を受け止める。  鈍く重い金属のぶつかり合うような音が、私たちの鼓膜にまでビリビリ届く。いかにオンドリの一撃一撃が獰猛か伝わってくる。  斧はどんどん劣化が進み、このままでは壊れてしまいそうだ。 「汝は更なる力を望むか?」  泉の女神は薄い笑みと共に尋ねる。その視線は、なぜか私たちを捉えている気がした。 「えぇ、欲しいわよ! 欲しいに決まってるでしょ? 絶体絶命の大ピンチよー!!」 「さすれば、若い女を生贄に捧げよ」  若い女……と呟いたジャンクさんは、視線をこちらに向けた。  金の斧の刃ですくうように、オンドリを弾き飛ばし距離を稼ぐ。  そのすきにオカマのきこりは、キヨナを掴み上げると、一切の躊躇もなく泉の中に放り込んだ。 「何を!?」  今まで夢心地でオカマのきこりたちの戦いを眺めていた私は驚いて声を上げた。  キヨナも同じように見ていた。そのため泉に放り込まれたときも、まだ理解できていないでいた。  オカマのきこりは無視して泉の女神に問う。 「これでいいでしょ、ニンフォマリアー!!」  そのあとキヨナの悲鳴が響いた。 「離せ、この変態!!」 「…………んふっ、はぁ〜、若い女だぁ。若い女って最高! この瑞々しい肌、無邪気な鮮血がたまんな〜い♡」  泉の女神は先ほどまての淡々と職務を全うする薄い笑顔から一変した。  そして恍惚とした表情でキヨナの羽の付け根あたりに噛みつく。 「コウモリ羽って意外とぷにぷにしてるんだ〜。……。」 「ちょっと、盛(さか)るのは後にしなさい! 早く力頂戴よ!!」 「……ちゅぱ、汝、空気読め。萎える。……くふっ、けどいいわ〜、はいは〜い、女神の力をどーぞー」  いつの間にか、キヨナの声は消えた。  ボロボロになった金の斧は、一度砕け霧散すると形を変えた。  柄は細く長くの無機質な黒。その末端にコウモリ羽のような槍が付いている。斧刃の部分は大口を開けたオオカミのような造形になる。 「禍々しい斧ねぇ。嘘つきオオカミの斧とでも命名しようかしら」 「嘘つき?」  友人を生贄(ころ)され本来ならば殺意を抱くところだ。けれど、嘘つきという言葉が耳に残り頭の中を埋めていく。 「コロス、コロス、コロス……」  一方オンドリは仲間の男たちを大樽のような前足で、ベチャベチャと踏み潰していた。   「敵味方の区別もつかないなんて、獣以下に成り下がったのねぇ〜」  オカマの木こりは斧の末端、コウモリ羽に近いところを絞るように両手で握り、右肩に抱えるように構える。 「コロス! コロス!! コロスー!!!」  目を光らせて猛突進してくるバケモノ。  私には、その瞳が泣いているように見えた。 「死はときに、最高の救いとなる」 【朽花裁断(くちはさいだん)】  斧を大鎌を振るうように薙ぎ払うと、バケモノの前足が簡単に吹き飛んだ。  そして空中で刃の向きを変え、後ろ足のガラスの靴に向けて再度振り下ろす。パキンっという音と共にガラスの靴は弾けた。  あとに残ったのは、ヒトの形に戻ったオンドリの手足のないダルマのような遺体と、その少し後ろにヒトの形をなしていない、ベチャベチャになった仲間たちだけ。 「だぁーっ、疲れたわー!!」  オカマのきこりは斧を投げ捨て地面に倒れ込む。キヨナも泉の女神も消えた。斧も最初の状態に戻っている。 「あの、すいません」 「ごめんね、ちょっと時間ちょうだい。はぁ~、あたしぃももう歳ねぇー……」  呼吸を整えると、オカマのきこりは身体を起こした。 「えーと、まずはキノコちゃんのお友だちのことね。残念だけど、あれは友だちじゃないわ」  分からない。  頭の中では友だちという認識をしている。けど、記憶には一緒に遊んだ記憶もなければ、ここまで歩んで来た記憶も曖昧だ。 「キノコちゃんの出身はどこ?」 「ココノハナです。花豚と花山羊の遊牧が盛んでした」 「あら、結構遠いわね。ここから近いのはハスブレロ。花都と水都の国境近くに位置する村よ。騎士の駿馬を飛ばしても、ココノハナからは三日はかかる距離よ」  そんなに遠くなの? なのに……。 「なのに、荷物が少な過ぎる。あたしぃはこの先の湖のところに荷物を置いてあるけど、キノコちゃんたちは?」  分からない。キヨナが嘘をついていたと思えない。  ココノハナでの思い出は、花豚と花山羊の事しかない。おかしいことは分かっているのに、頭のどこかでは、まだ目の前のオカマの方を警戒している。 「たぶん、キノコちゃんは何らかの術に掛かっているのねぇ〜。大変だこと」 「あの、私、どうしたら……いいいのでしょう?」 「さぁね。そんなの自分で考えなさいよ」  答えが見つからず、その場でフリーズしてしまう。 「はぁ、しょうがないわねぇ。とりあえずあたしぃがキノコちゃんを拾ったんだから、いちおう面倒はみるわよ」  今の私に選択肢はない。 「お願いします。えっと……」 「あたしぃのことはジャンクって呼びなさい」 「へっ、ジャンクですか?」 「何よ? あたしぃの名前にケチ付けるわけぇ〜?」  オカマのきこりは、少しだけ怒ったようだ。私は慌てて首を横にブンブン降る。 「違いますよ。ただ、意外と男っぽい名前だなって」 「あたしぃね、過去に色々やったの。料理人に鍛冶職人、牧場主によろず屋……、どれをやっても失敗ばかりの屑(ジャンク)って呼ばれたわ。それが由来よ」  ジャンクさんはそう言うと視線を少しだけ宙に向けた。そして私の方に向き直る。 「じゃあ、とりあえずあたしぃの荷物のところまで行きましょうか」  ジャンクさんは立ち上がり、斧刃を鏡代わりにして自分の顔を確認する。  そして一度唇を拭ってから、ポケットから紅を取り出し小指でさっと塗る。  こうして私たちの冒険が幕を開けた。
良い
エロい
萌えた
泣ける
ハラハラ
アツい

ともだちとシェアしよう!