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戻す者 5

 輝のけがは、すぐに治るけがではなかった。少なくとも一週間は腕を動かすことができない。それだけ深い傷だったとアースに言われて、輝はぞっとした。  あの、蒸発していった女は強かった。後からシリウスに聞いたら、博士の言っていた、危ないシリンだったとのことだった。  そんなものに輝は挑んだのだ。深い傷を負ったとしてもこの程度で済んで幸運だったのかもしれない。  そんな輝の回復を待ちながら、その一週間でできるだけのことはやろう、皆はそう決めた。命を狙われている輝を守れるだけの力を持っているのは、アースだけだ。今彼はここを動くことができない。だから、惑星間渡航者の迎えにはシリウスが行くことになった。  シリウスの身に今のところ危険が及ぶことはないだろう。アースはそう言っていた。もし、何かがあったとしても、自分一人守るだけの力はシリウスにはある。 「もしかしたら、惑星間渡航者のもとには、ナギがいるかもしれない。そこまで行けば安心だが、彼女たちのところへ着くまでの間、油断するなよ」  草原の中の家を発つ前、シリウスにアースはそう助言した。シリウスはひとつ、力強く頷くと、家の横に置いてある車に乗り込んで、勢いよく走らせて去っていった。  それを見送ると、町子はアースとともに家の中に入った。輝の傷口を見て、包帯を替えなければならない。輝が寝ている部屋に着くと、輝は起き上がって、去っていくシリウスの車を見送っていた。 「おじさん」  輝は、アースのことをどう呼んでいいのか分からなかった。だから、今までのように、おじさんと呼ぶことにした。どう見てもおじさんという年齢ではないし、ものすごくカッコよくて強いから、おじさんというのは合わないのかもしれない。でも、輝にとってはこの呼び方が一番しっくり来た。 「おじさんは、帰還組なんですね」  輝が訊くと、アースは、輝をベッドに寝かせて、少し休め、と言った。輝の質問にはこの時は答えてはくれなかった。新しい包帯を持ってやってきた町子は、その雰囲気を感じ取って少し退いた。だが、入っていいと言われたので入ってきた。  アースは、輝の傷の具合を見て少しほっとしたように笑った。新しい湿布を当てて、新しい包帯を巻いていく。 「あまり動くと傷が開く。縫ってあるから余計に痛く感じるだろう」  輝は、その言葉に頷くと、再び外を見た。アースが、窓の外を見られるように、枕を背中の上に敷いて、腰から上を支えておいてくれたのだ。 「さっき、俺が帰還組なのか、と聞いたな」  ふと、治療用の器具を片付けている途中で、アースが輝に話しかけた。輝は、はい、と答えると、後を続けた。 「おじさん、暁の星で、なにがあったんですか?」  すると、アースは、何も言わずに片づけを済ませ、輝のベッドの横に置いてある椅子を引いて、座った。輝を見ると、不思議そうにこちらを見ている。  少しだけ、誰かに暁の星の話をしてもらったのだろう。だったら、それを補完してやらなければならない。自分を真剣な顔で見る輝の瞳を見据え、アースは話し始めた。 「あれは、俺が五歳の時だった」  そう言って、ふと窓の外を見た。あの時と似た風景。草原と山脈、そして雲一つない空。 「幼馴染の女の子と一緒に鬼ごっこをしていたんだ。その途中に親に呼ばれて食事会に出た。ジョセフという惑星間渡航者が催した食事会だった。俺はあのころ、その男を信じ切っていた。だが、それは罠だった」 「罠?」  輝が尋ねると、アースの顔が曇った。 「俺と幼馴染の女の子は、ジョゼフに実験台にされた。俺の中にある地球のシリンの情報をその女の子に移して、地球のシリンを二体作るという実験だ。もちろん、実験は失敗した。そのせいで彼女は死に、俺は、地球のシリンの能力とともに記憶の一切を失った」 「でも、今は取り戻していますよね」 「ああ」  アースの表情は、曇ったままだった。外は晴れていい天気なのに、気分は晴ればれとしない。矛盾した状況でアースは話を続けていた。 「俺が17になった頃、暁の星では人種差別法に反対する人間たちと、それを守る側とで戦争が起きていた。結果はレジスタンスが勝ったんだが、その勝ったレジスタンスが負けた側を迫害するという皮肉な状態になっていた。その中でフォーラと出会い、シリウスと出会って地球の風にあたったせいで、何もかもを取り戻した。だが、目覚めたところで状況は変わらなかった。俺のいた地域は二つの国に分裂し、争い合う結果になった。惑星間渡航者の老人、ジョゼフはその争いの前に死んだ。だがそれでも状況は変わらなかった。二つに分裂した国をどうにかするために、いろいろな人たちがいろいろなことをした。結果、その国は融合するということで決着がついた」  そこまで話して、アースはため息をついた。視線ははるか彼方を見据えたままだ。 「テルストラ都市国家連合」  その名前を出して、アースは、ようやく輝のほうに向きなおった。 「俺の母親と父親は、この国の王と王妃として地球から招かれた。母はその前に香港で俺を産んでいた。妹の夏美はテルストラで産んだ。だが、民族差別法のあおりで俺たちは散り散りになった。俺は両親とはぐれて、夏美とともに隣国の、草原の国マリンゴートへ逃れた。そこで大切な友人たちと出会った」 「じゃあ、おじさんはテルストラ国家連合っていう国の、王族だったんですか」  アースは、頷いた。 「王子らしいことは何一つできなかったけどな。その後のマリンゴート紛争では国王として立った。その時のほうが色々できていたかもしれないな」 「そうだったんですか」  輝は、その話に信ぴょう性があることを感じた。作り話とは思えなかった。アースの顔が、表情が、すべてを物語っていた。あれは、嘘や作り話をしている人間の表情ではない。それに、このことに関してはまだ何かありそうだった。根の深い話に思えたからだ。 「おじさん、あなたの過去は過去として、受け止めていこうと思います。きっと、それを見越して俺にその話をしてくれたんだと思うから。だから、こういうことは、一人で抱え込まないでください。もっと、もっと、話していいんですから」  話していくうちに必死になっていた。ベッドから起き上がろうとする輝を、アースは支えて再び寝かせた。 「ありがとう、輝。そうさせてもらおう。だが今は、お前が休んだほうがいい。町子も」  そう言って、アースは椅子から立ち上がった。そして、人差し指を上げると、こちらへ来るようにと指を動かした。 「なによ、今の今まで私を無視?」  町子は、そう言って顔を怒りに紅潮させた。 「いいよもう、昼食持ってきてあげたけど、あげない! 全部食べちゃうから!」  そんな町子を見て、輝とアースは目を見合わせて大きな声で笑った。無視も何も、もともと町子はここにいていい人間だったのだ。ただ、町子が何も言ってこないから、話の輪の中に入ってこないからこういう形になっただけだ。 「何がおかしいのよ! 失礼な」  町子はそう言って怒り、手に持っていた昼食の盆を勢いよくテーブルの上に置いた。そして、ぷんすか怒って下の階に降りて行ってしまった。 「おじさん」  ひとしきり笑い終えると、輝は、心にある決意をした。アースには、それを伝えたかった。そして、頼みたいことがたくさんあった。  輝は、ここ数週間で見せた町子の表情や感情の起伏で、彼女のことがひどく気になっていた。自分自身でそれとわかるくらいに、気になる存在になっていた。あの強さと脆さ、そして一番気になった不安定な部分。  輝は、戻す者として覚醒した以上、まだ覚醒していない町子を守っていかなければならないだろう。そのためにも、輝は強くなりたかった。少なくとも、こんなけがをしないで済むレベルにまでは強くなりたかった。  おじさん、そう言われてふとこちらを見たアースに、輝は言い放った。 「俺を、強くしてください」
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