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第6話 戻す者

六、戻す者  シリウスといったん別れ、フォーラや天使悪魔たちと一緒に、輝たちが家と定めた屋敷に着くと、一階のロビーで誰かがお茶をしていた。  何人かの声がして、中には聞きなれた声があったので、町子が入っていくと、そこにはカリーヌと一緒に、二人の人物が楽しそうにお茶をしていた。  一人は栗色の髪の男性、もう一人は長い三つ編みのおさげを二つ、前に垂らして、かわいらしく色鮮やかなスカートの上にポンチョを羽織った、インカの末裔みたいな女の子だった。そういえば、インカ、いや、タワンティン・スーユの生き残りと言えば、クチャナが思い浮かぶ。もしかしたら、その妹のクエナなのか?  だが、クエナは、博士の話によると何らかの組織によって拉致されているはずだ。 「あの」  ドアを開けた町子の顔が引きつった。  一人の顔はどこかで見ている。おそらく、マルスだろう。瞳が赤い。火星のシリンである証だ。 「カリーナさんに、マルスさん、ですよね? どうしてこんなところに? それに、その子は?」  町子が尋ねると、奥から友子と朝美がお菓子と、お茶のお代わりをもってやってきて、皆に配りだした。その後ろからは、なんと輝の母もにこにこして出てきていた。マルスが彼女らに礼を言ってお菓子に手を伸ばすと、友子も朝美も頬を赤らめて、表情を緩めた。母は、そのまま台所に下がっていった。 「マルスさん」  その様子を見て、町子があきれ果てた顔をした。マルスは女性とみれば声をかける、軟派者だったのだ。それを知っているから、町子は友子と朝美に注意喚起をした。 「朝美、友子、だまされちゃだめだよ! その男は女とみれば」  言いかけて、町子はハッとした。  今はそんなことを言っている場合ではない。まんまとマルスの策略にはまるところだった。今はこの状況の説明を求めていたのだ。町子は、マルスの誘惑に左右されない男性の、輝にこの場を任せることにした。 「ええと」  状況がうまくつかめていない輝は、戸惑いながら目の前の状況を見た。 「マルスさんでしたよね。そこの女の子はどうしてここに? 名前も伺ってもいいですか?」  すると、マルスは今まで友子や朝美に使っていた色目をやめて、真剣な瞳をこちらに向けてきた。 「戻すものか、高橋輝君だったね。君はまだ、シリンの大きさを感じるまでは至っていないみたいだね。いかにも、僕がマルス・クレインだ。そして彼女の名はクエナ」  そう紹介されると、クエナと呼ばれた少女は立ち上がって礼をした。 「紹介いただきました、私の名はクエナと申します。よくわからない場所に捕らわれていたところを、おじさまに助けていただきました。また村に迷惑がかかるかもしれないので故郷にはしばらく帰れません。しばらくこちらにご厄介になることになるかもしれませんが、よろしいでしょうか?」  クエナがそう言って首を傾げたので、輝はこちらも首を傾げそうになった。  クエナは、クチャナの妹だ。確かそう聞いていた。クエナ自身からどこかに捕らわれていたという言葉が出たから、それは本当のことなのだろう。 「よろしいもなにも、な」  事情の半分も理解できていないが、状況は把握できた。つまり、この屋敷にある部屋のうち、天使一人と悪魔二人、そしてクエナの、合わせて四人分が埋まるということだ。住人が増えるということは光熱費も増えるし、ごみやトイレの共同利用のルールを決めなければならなくなる。入居する人間のいた国も文化も違うから当然トラブルも起きるだろう。そんな場合に備えて、この屋敷の管理人を決めなければならなかった。 「とりあえず、よくわからないことだらけだけど状況は把握できた。この混沌を鎮めるにはこの屋敷の管理人が必要だ。俺は、その管理人にはマルスさんが最もふさわしいと思う」  輝が突然そんなことを言い出したものだから、マルスは驚いて飲んでいた紅茶を吹き出しそうになった。カリーヌがそれを、それみたことかと嬉しそうに見る。 「この男には決まった住居はないからね。それもいいんじゃないかしら。いっそのことここに住んで管理人になってもらうのも」 「そうね」  したり顔で、奥にいたフォーラが出てきてカリーヌのもとに歩み寄った。 「カリーヌもここに住むんでしょ? だったら男女一名ずつの管理人で、カリーヌとマルスがやればいいわ。天使としてはそれが一番ありがたいでしょ、ね、カリムのガブリエル」  部屋の外にいたカリムは、そう呼ばれて慌てて町子の横をすり抜けて、部屋の中に入った。カリーヌを確認するとため息をついた。 「なんだ、パンマニアのラファエルか。まあ、いいんじゃないか? 俺はこの屋敷、気に入りそうだからな。まあ、あの悪魔どもと隣り合うのだけは勘弁だが」 「部屋の割り振りは管理人の腕次第ってところかな」  そう言って輝は、カリーヌを見た。  彼女には何の恨みもないが、ここに住む住民の中で最も管理人に向いていそうだったので頼むことにした。カリーヌは両手を広げ、降参した、と合図して、管理人を受け入れた。 「マルスさんに、天使と悪魔がそれぞれ二体ずつ。これならクエナを任せても大丈夫そうね。ちょっと頼りないけど、朝美や友子もいるし」  輝の横で、何か納得したように町子が頷いた。彼女のこんなにうれしそうな顔は久しぶりだ。輝は少しほっとした。パレスチナで見た町子は、頼りなくて危なげだったからだ。 「それにしても、ええと、クエナ、さん」  町子は、クエナにこわごわと声をかけた。二千年生きているクチャナの妹だ。いったい何歳なのだろうか。怖くて、見た目はかなり年下なのに呼び捨てにできなかった。 「クエナちゃんって呼んでください。それが一番自然ですから」  クエナが笑ってそう言ったので、町子は安心して、胸をなでおろした。 「それじゃあ、クエナちゃん。あなたを助けた、おじさまって人、いったい誰だったの?」  町子の問いに、クエナはきょとんとした顔をした。何を聞いているのかわからない。そう言った顔だった。 「おじさまは、おじさまです。大きなおじさまですよ」 「大きなおじさま?」  町子は、その答えに、筋肉粒々のボディービルダーや力士、さらに巨人のようなものまで想像して、それを振り払うために頭を振って抱えた。 「違う違う」  そう言って、町子はクエナの肩に手をやった。 「その、シリンとしての感覚で大きいサイズなのか、人として見て大きいサイズなのかわからないけど、おじさまの名前は分からないの?」  町子は、何が言いたいのだろう。輝は、町子が必死になっているのを見て何かの違和感を覚えた。町子は、誰かを探している。何かのために誰かを探している。それが誰なのかはわからないが、輝に今話すことができないことなのだろう。 「町子ちゃん」  クエナに食い下がる町子の肩に、フォーラの手が触れた。 「マルスさんが今、クエナちゃんを連れてここにいる。それが答えでしょう。町子ちゃんにもわかるはずよ。理屈だけなら確実におじさまが誰なのか」 「でも!」  クエナから手を放して、町子はフォーラを見据えた。フォーラはその町子の顔に手をやり、頬を優しくなでた。 「焦らないで。あなたの問題はいずれ解決する。その時にここにいるみんながあなたを信じてくれるか、そうでないかは町子ちゃん次第。そうでしょう? 町子ちゃんはここにいる人たちを信じている。輝君も私も、友達も仲間も」  そう言われて、町子は黙ってしまった。確かにその通りだ。町子の握っている真実を暴露したとき、ここの仲間が、友人が、町子を責めるのだという恐れがあったから、あんなに焦った。けれど、信じているのなら、信じるに値する人たちならば、何も問題はないはずだ。 「ごめんなさい、クエナちゃん、伯母さん」  町子は少し照れながらも、笑顔を取り戻してクエナとフォーラに謝罪した。今の今まで、自分を見失っていた。マルスの陰に隠れていた友子と朝美も、安心して出てくるようになった。  町子の笑顔に、その場にいたみんながホッとした。  その時だった。 朝美が、町子の後ろを指さして、こう言った。 「町子、だれそのイケメン!」
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