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研究室 5

 翌日、日が昇ってからすぐに、バルトロが車を調達して研究室のある屋敷に戻ってきた。調達した車はきれいなミニバンで、日本車だった。見慣れたエンブレムに、輝と町子はホッとして笑顔を見せた。  後部座席を倒して、寝かせたまま博士を乗せると、他の人間はそれぞれバラバラになって席に着いた。助手席にはカリーナが乗った。町子の隣にはセインが、輝の隣にはシリウスが乗って、博士と一緒に後部座席に乗ったのはクチャナだった。 「しかし、このような車、どこで調達したのですか」  クチャナが車の内装を見て驚いて、バルトロに話しかけた。バルトロはこう答えた。 「レンタカーじゃ」  皆はそれでなんとなく納得した。  ミニバンが発車すると、皆はしばらく無言のままだった。昨日博士に聞いた衝撃的な事実もそうだったが、なにより、輝のことが気になった。彼に今、地球のシリンのことを教えてもいいのだろうか。彼が今、地球のシリンのことを知ってもいいのだろうか。それが疑問だった。まだ戻すものとして能力を開花させて間もない。さらに覚醒さえしていない状態だ。このまま地球のシリンに会ってしまっていいのだろうか。  そして、そんな考えを持っている人間をよそに、一人違う悩みを抱えている人間がいた。  町子だ。  彼女はしばらくうつむいて、車の床を見つめていたが、ふと、セインのほうを向くと、何かを言いかけて飲み込み、またうつむいた。それに気づいたセインが町子に声をかけた。 「町子、そういえば昨日も何かを言いかけていたね。なにがあったんだい?」  すると、町子は泣きそうな顔をしてセインを見た。かすれた声でセインの名を呼ぶと、町子は小さな声で話し始めた。 「私、なにをどうしたらいいのかわからなくなってしまって。自分の気持ちに素直になれば、今までのもやもやもなくなるだろうと思ったんだけど、なんか余計にそれがひどくなっている感じで。私、小さいころから見るものだって分かっていて、それで、見るものであることを受け入れて生きてきた。そのためにやりたいことも我慢してきたし、言いたいことも言えないでいた。今になってそれが出てきて戸惑っちゃって。輝に、やりたいことはやっていいし、言いたいことは言っていい、そう言われて嬉しかった。だけど、それがうまくできなくって。今までそれをやってこなかったからなのかな。私、自分のやりたいこともわからない人間になっちゃっているのかな」  すると、セインは町子をそっと抱いて、こう答えた。 「君のお母さんである夏美さんが言っていた。町子は聞きわけが良すぎるって。それは私たちからすれば都合が良いが、君からすれば苦しかっただろう。君の歳で、自分のやりたいことが明確に分かる人間なんて、そうはいないだろう。町子、君の悩みは、思春期に現れる順当な悩みなんだ。輝、君もそうだろう」  突然話を振られて、輝はどきりとした。町子やセインの話は聞いていたが、まさか自分に回ってくるとは思っていなかったからだ。隣でシリウスが笑った。 「俺も思春期は自分が何をやりたいか、何をするべきか分からなかったさ。そんなもんだと思うぜ。なあ、輝」  輝は、シリウスに笑われて少しばつが悪かった。しかし、町子の悩みには自分もかかわっている、そう分かると放ってはおけなくなった。 「俺だって、逃げただろ、あの時。周りの言いなりになっている自分に嫌気がさして、自分が何をやりたいかわからなくなってさ。それでローズさんに頼ったんだ」 「それで、自分が何をやりたいか、見えたの?」  町子に問われて、輝は考え込んだ。そして、今度は輝がシリウスに話題を振ることにした。先程笑われた仕返しだ。 「シリウスさんはどうだったんですか? 思春期」  すると、シリウスはびっくりして輝や町子を見た。 「なんで俺に振るんだよ。まあいいや。俺が十五の時にな、明確に分かったときがあった。ただ、それは他人の影響を強く受けたからだったから、何とも言えないが。だけど、人生には必ず転機がある。思春期は多感な時だから、特に転機は起こりやすい。些細な変化を見逃さなければ、やりたいことも、言いたいことも明確に分かるはずだ」  シリウスは、そう言って、輝と町子に微笑みかけた。そして、ふう、と、ひとつため息をつくと、車のシートに体を埋めた。 「俺はさ、町子」  シリウスが疲れた体を癒すために眠ろうとしているのを見て、輝は町子に話しかけた。 「まだ、やりたいことも言いたいことも見つからないよ。でも、やれるときにはやって、言いたいときには言おうと思う。今、町子は自分の言いたいことをちゃんと言えただろ。それさ、できているってことにならないか?」  すると、町子は赤面して、顔に手を当てた、  頭が爆発しそうだ。耳から湯気が勢いよく出てきそうだ。それくらい恥ずかしかった。輝の言葉で、町子は自分が言ったことの意味をようやく理解した。 「分かってもらえたようだね」  セインがそう言うと、後ろで、クチャナと博士が笑いあっていた。 「若さとは、いいですな、クチャナ殿」 「全くです、博士」  その後、車内は和やかな空気に包まれ、輝や町子の勉強を含めていろいろな話題が飛び交った。それは、病院に着くまで続いていた。  病院に着くと、セインとクチャナがクリスフォード博士について、輝たちと別れた。クチャナとしては自分の手でクエナを助けたいだろうが、耐えた。輝やシリウスたちを信じていたからだ。  博士と、二人の風の刻印の所持者を見送ると、町子たちはバルトロの運転する車で、ローマの空港まで向かった。かなり時間があったので、シリウスが勉強を教えてくれた。彼が得意な分野は科学全般だった。主に生活に密着した分野が得意で、聞いている輝や町子も飽きることがなかった。  ローマに着くと、バルトロは輝と町子に土産を渡してくれた。時が来るまでその包みは開くなと言われたので、二人は不思議に思いながらもバルトロの言うことを聞いて、土産を大きなトランクの中にしまい込んだ。  次の目的地は、パレスチナ。  治安が非常に悪いので、なかなか渡航することができない地域だ。パレスチナは、隣接するイスラエルと何度も衝突を繰り返している。ミサイルが飛んでくるようなことはないが、石が飛んでくることは頻繁にあるだろう。  空港まで見送ってくれたバルトロに礼を言い、ルフィナやマルコにもよろしくと伝えて、輝たちはローマを発った。
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