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研究室 3

 輝たちのところに、町子が駆け込んできて、クリスフォード博士の意識が戻ったことが知れ渡ると、そこにいた全員がクリスフォード博士のもとへ駆けつけた。  六人もの人間が部屋の中にいるのだから、そう大きいとは言えない部屋の中はすぐにいっぱいになってしまった。クリスフォード博士は傷の痛みに声を上げることもなく、皆を見つめて話し始めた。 「ラファエル殿、風の刻印の所持者殿、それに狙撃手シリウス殿まで。そこの少年と少女は、もしや?」  カリーナは頷いた。 「はい。少女町子は見るもの、少年輝は戻すもの。博士、ようやく見つかりましたよ」 「そうか」  博士は、そういって嬉しそうに頷いた。そして、町子と輝を交互に見ると、意味深げに頷いた。 「二人がそろってよかった。でないと、この地球はとんでもないことになってしまうところであった」 「地球がとんでもないことに?」  シリウスが、驚いて博士を見た。無理もない。シリウスには驚くだけの理由があったからだ。 「あいつが地球にいて、この星に何かあるなんてこと、ないだろ? どういうことなんだ、博士?」 「たしかに、シリウス殿の言う通りだ。だが、実際にこの星には危機が迫っているのだよ。奴らが私や私の研究資料とともにクエナをさらったのはそのためだ。地球のシリンほど力はなくとも、シリンの中でも特に力の大きい地形のシリン、山脈のシリンであるクエナは彼らにとって絶好の実験対象だった。同じ地形のシリンでも戦闘能力に長ける海のシリンには手を出せなかったようだ。火星や月のシリンも同様で捕らえることは困難。クエナはおそらく、戦闘能力がないために狙われたのだろう」 「クエナを実験台にだと!」  クチャナが、怒りのこもった声を出して壁を殴った。行き所のない怒りをどこに向けたらいいのかわからなくなっていた。  そんなクチャナを、セインはいったん部屋から出した。教授は申し訳ない、と、何度も繰り返し言っていた。おそらく彼女は博士ではなく、自分を責めてしまっているだろう。  部屋から出たクチャナは、多分外で壁越しに話を聞いているだろう。そう踏んで、セインは博士に話を続けてくれ、と頼んだ。  クリスフォード博士は、頷くと、話を続けた。 「私はさらわれたその時から、クエナとは別の部屋に送られていた。そこがどこにあるかもわからなかった。部屋は四方白い壁で、空調もしっかりとしていた。地上にいるのか空にいるのか、もしくは海底にいるのか、それすらも分からなかったくらいだ。私がクエナの情報と、私がやらされていることを知って逃げ出すことができたのは、ある人物が助けてくれたからだ。彼が変装してあの場所にいてくれなければ、私はここまで逃げ切れなかった」 「変装して黒ずくめのやつらに紛れ込んでいた?」  博士は、頷いた。 「私は彼に助けられた。そこまでは覚えている。だが、助けられたその場所がどこだったのか、彼が誰なのか、そして、私はどうやってここまでたどり着いたのか。すべて忘れてしまったのだ」 「記憶の操作か。おそらく、マルスの野郎だな。同じようなことが以前もあった」 シリウスがつぶやくと、それを聞いていた町子が、あっと声を上げた。 「火星のシリン! 確か、シリウスさんと一緒で、帰還組ですよね」  シリウスは、頷いた。  すると今度は、輝が丸い顔をして驚いたようにシリウスを見た。 「シリンの名は媒体そのものを現すって、誰かから聞きました。マルスさんが火星なら、もしかして地球のシリンは?」  その質問には、町子が答えた。 「アースよ」  一瞬、その場に静寂が訪れた。誰もが知っていて、輝にだけ言っていなかったことだ。なぜ輝に言わなかったのかは彼ら自身もよく分かっていなかった。しかし、何故かまだ言わないほうがいい、そんな気がしていた。 「先ほど言った帰還組のうちの一人。それがどういうものであるかはまた話すよ。今は博士のことが先決だからね」  町子の言葉に、輝はまた胸の内が熱くなるのを感じた。  アース。  その名前を名前として聞いたとき、一瞬ひどく懐かしい気分になった。どうしてこうなるのかは分からなかったが、きちんと『戻すもの』として覚醒すればわかることなのだろう。輝は、気を取り直して博士の話を聞くことにした。  そのとき、ドアが開いてクチャナが入ってきた。 「マルスは、博士を助けることはできても、クエナまでは無理だったのか?」  その問いには、シリウスが答えた。 「あいつが記憶操作をしたり助けたりできるのは、一人だけだ。それに、いくらなんでも地球のシリンのようにデタラメに強いわけじゃない。戦闘能力も人並みだ。クエナがもし、厳重な警備のもとにいて、変装が通じない場所にいるのなら、無理だろう。彼女がどんな目にあわされているのか、博士にだって分からなかったんだぞ」  その言葉を継ぐように、今度はカリーヌが話し出した。 「博士を助けることによって、今回いろいろな情報が手に入ることになった。それだけでもいいとしましょう。クチャナ、この件はアースも知っているはず。見逃すはずがないわ」 「しかし。相手は地球さえもどうこうしようと考えているんでしょう。博士、これはどういうことなんです? 相手はどういう手を使って何をしようとしているんですか?」  クチャナの問いに、博士は深く頷いた。これを言うためにここにたどり着いた。これを言うために辛い痛みや熱に耐えた。 「あいつらは、シリンを人工的に作り出し、地球の因果律を操れる存在を量産し、それによって自分たちの思うように世界を動かそうと企んでいるのだ。そのために、地球そのものに最も近い山のシリンがさらわれた」 「因果律を操るシリン? そんな!」  町子がびっくりして飛び上がった。そんなものが作れてしまえば、因果律がめちゃくちゃになって、何が何だか分からなくなってしまう。もし、それを悪い人間がやっているのなら、世界は暗黒の時代を迎えるだろう。  しかし、町子の想像とは別に、シリウスやセインたちは冷静だった。輝までもが何かを考えこんでいる。 「町子、その点においては大丈夫だ」  シリウスはそう言って笑った。 「人工のものはしょせん人工物。自然の力によって生み出されたものにはかなわないさ。人の作りだしたシリンが因果律を操ったところで、因果律の外にいて、自然の総意を集約してできた地球のシリンの力には遠く及ばない。操った事柄を元に戻されて調整されておしまいだ」 「そうだけど、不安にならないの? 輝、あなただって」  町子が話を振ってきたので、輝は町子のほうを見た。 「大丈夫だと思う。なんとなく俺もそう思うんだ。地球のシリンなら大丈夫だって、感覚がそう言っている気がする。でも、怖いのは、皆がよく口にする『戦闘能力』ってやつだ。地球のシリンクラスの戦闘能力を持っていて、一時的にでも因果律を調整しながら戦えるのがたくさんいるのなら、危ないかもしれない。常に自分に有利な状態を作り出しながら戦えるってことだろ?」  それには、全員が頷いた。 「これは直接、アース本人に聞くしかないわね。あと、マルスにも用がある。誰か、地球のシリンと火星のシリンの居場所が分かる人は?」   カリーヌの問いに、三人が手を挙げた。シリウス、クチャナ、セインの三人だ。 「それなりに力の強い方たちばかりみたいね。町子さん、輝さんは感じない?」  二人は、頷いた。そこまで能力が開花したわけではない。ある程度覚醒している町子ならともかく、輝は少しの能力を開花させただけだ。 「夜空を彩る星座は、夜の支配下であれば一人の人物の居場所を特定できる。シリウスは夜空のシリン、星座の王。そして、風の刻印を持つものは常に地球の歴史と接してきた。二千年も共にいればある程度は分かってくるでしょう。私たち天使に比べれば、ずっと近い。頼めますね」  三人は、頷いた。そして、そっと目を閉じた。  目の前で四人ものシリンが一堂に会している。そのうち三人は強力な力を持っている。見るものと戻すものまでいる。それを見て、クリスフォード博士は涙した。今まで研究してはきたが、実物がこんなに近くにいて、その能力を使おうとしている。素晴らしかった。 「輝君、町子さん、それに、大天使ラファエル様」  博士は、涙を流して三人を見た。そして、三人に、抱き起してくれと頼むと、目を閉じて壁に寄り掛かったり、腕を組んだりしているシリンたちをよく見ていた。 「ああ、かれらはなんと力強いことだろう。世界中のシリンたちが力を合わせればもしくは」  博士は、そう言って一筋、涙を流すと、気を失ってしまった。体力が限界に来たのだろう。ラファエルは、シリン本来の姿である天使の姿に戻った。そして、クリスフォード博士の手を握って、もう一つの手を額に当てると、何かを小声で言い出した。 「癒しの力」  部屋中がまばゆい光に包まれると、輝と町子は目を開けていられなくなり、光が収まると、そこには目を開いた三人のシリンとカリーヌがいた。  そして、三人は一斉に、カリーヌや町子たちにこう言った。 「居場所が分かったぞ」
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