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第4話 研究室

四、研究室  クリスフォード博士の研究室のある場所を知っているのは、バルトロだけだった。セインやクチャナもクリスフォード博士には直接会ったことはなかったからだ。  バルトロは、店のことをマルコとルフィナに任せ、自分の家にある小さな車に四人を乗せた。運転するバルトロを入れて五人、ぎりぎり乗れるか乗れないかの車だったが、今はそんなことを気にしている場合ではない。見慣れない道や、林の中を何度もくぐって着いた場所は、大きな木々に囲まれたひとつの屋敷だった。木造の屋敷の手前には門があり、そこには確かにクリスフォード博士の名が刻まれていた。  中に入ろうとドアノブに手をかけると、鍵がかかっていた。 「まずいな、鍵を忘れてきてしまったわい。取りに帰るか」  時間がないわけではない。皆がいったんここをあきらめて帰ろうとすると、クチャナがあっと声を上げた。皆がクチャナのほうを見たので、彼女は違うと言って、皆の進もうとしている方向を指さした。  見ると、そこには人が二人いた。研究室がある屋敷の門のほうだ。走って近づいていくと、今度はセインがあっと言って立ち止まり、そこにいた人物の名を呼んだ。 「カリーヌ、シリウス!」  二人のうち、カリーヌと呼ばれた女性は、プラチナブロンドをショートカットにした女性で、かなりおしゃれだった。薄い藤色のスーツを着ていたが、安物ではないのだろう。輝は、この女性から只者ではないオーラを感じた。そして、どこかで出会ったことのある感じも受け取った。  そして、男性のほうは、金色の短い髪に水色の瞳を持っていた。安めのジーンズにカジュアルなシャツを着ていたが、着こなしはかなり高度で、腰に巻き付けたジャケットを見ると、その巻き付け方やジャケットの形から、服装にはかなりこだわるほうだということが分かった。 「シリウス、ではあの時の射撃はあなたが?」  彼らをよく知っているのだろうか、おそらくは同じシリンなのだろう。輝はしばらく町子とともに彼らの会話を聞いていることにした。 「まあな。俺たちもクリスフォード博士に用があったから、あんたらをつけさせてもらった。もっとも、あのじいさんを説得できなければ無理だったみたいだから、少し手伝わせてもらったけどな」 「私は」  カリーヌと呼ばれた女性は、咳払いをして顔を赤らめた。 「私は、あの店のパンのファンだっただけよ。最近は味が落ちていて行けなかったけど、どうやら復活しそうだしね。また行かせてもらうわ。それと、ちょっと、そこにいるボウヤたちが気になってね」 「ボウヤ?」 輝は、坊やといわれて少しむっとした。それが顔に出ていたのか、カリーヌはこう言いなおした。 「失礼、見るものの少女と戻すものの少年。改めて自己紹介するわね。私は、熾天使が一、ラファエルのシリンで名をカリーヌと言います。フランス在住。好物は、君たちが救った、あのパン屋のパンよ。意外とミーハーだっていうのは自分でも承知よ。よろしくね」  ああ、熾天使だったのか。どうりでどこかで会った感じがしたわけだ。いま、輝の前にソラートの顔が出てきていた。ソラートはウリエルだった。熾天使はセインに聞いたところ四人いるだろうから、あと二人は確実にどこかにいるはずだ。 カリーヌは、町子と輝に握手を求めてきた。その手をそれぞれがとると、満足したようにカリーヌはにこにこと笑った。  次にシリウスが自己紹介をしてきた。 「シリウスだ。ドイツに妻と二人で住んでいる。特にこれといった好物はないが、そうだな。猟師としての仕事を終えた後の一杯のビールが楽しみだな。育った場所は冬、雪深かったから、割と冬は好きだな。さっき、セインやクチャナとも話したんだが、狙撃だけで言えば、かなりの自信はある。オリンピックにでも出たい気分だ」 「不老を決めたシリンは、オリンピックには出られないからな」  クチャナが、釘を刺した。 「まあ、シリウスとは仲良くなっておくといい。彼は地球のシリンとは旧知の仲だ。いろいろ話も聞けるだろう。私たち風の刻印の所持者も、刻印の授与にあたって会ったこともあるし、ともに戦ったこともあるが、子供のころから一緒にいたわけではない。貴重な話が聞けるはずだ。特に町子、お前はな」  町子は、そう言われて深く頷いた。そして、シリウスのもとに自ら手を伸ばして握手を求めた。 「森高町子です。よろしくお願いします」  すると、二人の間に不思議な空気が流れ始めた。どこか懐かしい感じ、そんな空気があたりを支配していた。  シリウスが町子の手を取ると、今度はシリウスがその手を輝のもとに向けてきた。 「シリウスだ。よろしくな」  明るい笑顔を向けてくれるその男性の手を、輝は握り返した。話しやすそうな人だ、そう思った。 「ところで、これからどうする?」  和やかな雰囲気を切り裂くように、町子が口を開いた。  そうだ、皆ここに来たはいいが、この研究室のカギを持っている人間は誰一人としていなかった。シリウスとカリーヌがここに来た理由は分からなかったが、後で聞けばわかるだろう。とりあえず今は、クリスフォード博士の研究室にある資料を調べることが先決だった。それを調べるためにもこの屋敷のカギが必要だった。 「とりあえず、いったん帰るか」  他に選択肢はない。シリウスがそう言って、皆がいったんルフィナたちのもとへ帰ろうとした時だった。  何かの、物音がした。  皆がびっくりしてそちらを見ると、ツタが絡みついた鉄の門に誰かがしがみついていた。頬に生えている白いひげは手入れがされていない。年配の男性だった。輝は、嫌な予感がして、誰よりも先に走っていってその男性を抱え上げた。呼吸が荒い。熱もあった。 「ラファエルさん!」  輝は、思わずカリーヌをそう呼んだ。覚えたばかりの名前より、良く知られている名前のほうが呼びやすかったからだ。  呼ばれて、カリーヌは輝のほうに向かった。そして、その男性を見てあっと声を上げた。 「クリスフォード博士!」
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