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粉挽き小屋 4

マルコには、訳が分からなかった。ルフィナの父がどうしてあのように怒っているのか、全く身に覚えがなかったからだ。 マルコの話を聞いて、町子が少し考えこんだ。 「そのアントニオって人、何かありそうね。彼が来てからなんでしょ、何もかもが変わったの」  マルコが頷くと、町子は何かひらめいたように笑った。そして、彼の左手を取ってテーブルの中央に置くと、手のひらを上に向けて、その上に自分の左手の人差し指を置いた。 「私は見るもの」  そう言って、周りの人間を見た。 「この手のひらに、この大地が見たものを映し出すことができる」  輝は、その言葉に唾をのんだ。町子の能力、その片鱗を垣間見るチャンスだった。 「さあ、イタリアの大地よ、真実を見せて。そのかけらの一つでも、私たちに教えておきたいことがあればすべて」  すると、町子の言葉が終わるか終わらないか、そんなタイミングで、マルコの手から何かが聞こえてきた。それはまるで、マルコの手のひらがスピーカーになったような感じだった。  まず、この中の誰もが知らない声だった。男性の声だ。 「父さん、行ってくるよ。そして必ずこの土地を手に入れてみせる。父さんの夢のために」  すると、もう一人、知らない男性の声が聞こえてきた。 「頼むよ、お前だけが頼りだからね、アントニオ」  ああ、あの声はアントニオだったのか。マルコはそう心の中で思った。しかし、アントニオとその父親はいったい何の話をしているのだろうか。  マルコの心配をよそに、会話は続いていく。 「この土地を手に入れた暁には、彼女との結婚も認めてもらうよ、父さん。この土地の人間にしては、彼女は田舎臭くない。聡明で美しい女性だ。それだけは認めてもらう」 「お前がそこまで褒めるのなら、相当な美人なのだろうね。いいだろう。この土地を手に入れて私の夢が叶ったら、お前とその女の結婚を認めてやろう」 「でも、父さん、それには一つ障害があるんだ」 「障害?」 「うん。あのパン屋のマルコって奴。あいつが邪魔なんだ。あいつもどうやら彼女のことが好きらしい。彼女をあいつには渡したくないんだ」 「アントニオ、お前がそのマルコという奴に敵わないというのか? お前のようにハンサムで、頭のいい坊やがそんな田舎者に負けるわけがない。自信を持ちなさい」 「自信がないわけじゃないよ、父さん。この僕がそんな田舎者に負けるわけはない。ただ、うっとうしいだけなんだよ。あいつが彼女に付きまとうのがね」 「そうか。なら、ロベルタに頼むといい」 「ロベルタ? あいつが何の役に立つんだい?」  ロベルタ、と聞いてマルコはびくりとした。ロベルタはアントニオの妹だ。毎日何度もこのパン屋に来てはマルコに色目を使っていた女だ。 「まさか」  マルコが口を開きかけると、町子がそれを止めた。 「ダメよ、消えちゃう。静かにね」  会話はそこで途切れた。  しかし、まだスピーカーは繋がっているらしく、町子はそのまま続けていた。すると、別の声が聞こえてきた。 「お父さん、違うの、マルコはそんな人じゃないわ。彼の話も聞いて」  ルフィナの声だった。  ああ、彼女はマルコのことを信じてくれていたのか。マルコはもとより皆、それを聞いて安心した。  しかし、次に発せられたルフィナの父の言葉で、凍り付いた。 「わしが盲目だとでもいうのか? わしには何もかもお見通しなんじゃ。お前のことも、マルコのことも、あのアントニオとかいう愚か者のこともな! 安心せい、お前の結婚相手はわしが決める。お前が不老の力を失うことになるほどの相手じゃ。生半可なガキには任せられん」 「お父さん、私はマルコを生涯の相手と決めたのよ。私の気持ちはどうでもいいの?」 「ああ、どうでもいいことじゃ。色恋は人の判断力を鈍くするからな。恋をしている今のお前の判断などカラスにくれてやる価値もないわ」 「そんな!」  ルフィナはそう叫んで嘆いた。その声はどんどん遠くなっていき、またほかの声が聞こえだした。  アントニオの声だ。 「それで、この噂をみんなに流せばいいんだね」 「ああ。お前が出どころだと悟られるなよ。それと、マルコの耳には決して入れてはならない。そんなことになれば。奴はお前の仕業を疑うからな」  会話は、そこで途切れた。  そして、スピーカーも、そこで終了した。
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