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粉挽き小屋 2

 イタリアはナポリに着くまでの道中、飛行機の中でも車の中でも、セインとクチャナは丁寧に、勉強を教えてくれた。輝と町子はもともと成績が悪いほうではなかったので、すぐに飲み込むことができた。セインは、東西南北あらゆる場所から見た世界の歴史を細かく知っていたので、教師に教わるよりも詳しく、そして楽しく教わることができた。クチャナはもともと数学が発達していたインカ帝国の出身だ。インカ帝国とはいっても、彼女は自分の愛した国をそう呼ぶと常に直せと言って怒った。その呼び方は後世になって、占領した国がつけた呼称であって、本当の名前ではなかったからだ。クチャナは、ペルーやボリビア、アルゼンチンなどを中心として十六世紀まで栄えていたその国の名前を、タワンティン・スーユと呼んだ。その国は、文字こそないものの、数学の発達という意味では群を抜いていた。彼女が教える数学は分かりやすく、楽しいものだった。  ナポリに着くと、その日はきれいに晴れて、空には雲一つなかった。石の町という部分ではロンドンと変わらないが、ナポリはずいぶんと垢抜けた街に見えた。  この町の公共交通機関を乗り継いで、四人はナポリの郊外へと足を運んだ。きれいな海が広がるナポリ市外から離れて、草原のような麦畑が広がる郊外に着くと、そこにいくつかの粉挽き小屋が見えてきた。  そこを少し過ぎた場所でバスが止まったので、輝たちはセインやクチャナの案内でバスを降りて少し歩いた。そこは、周りにオリーブやポプラの木が点在する以外は麦畑だけで、何もないように見えた。 「何もないんだな。だけど、つまらない場所じゃないような気がする」  輝かそう言ってあたりを見渡すと、クチャナがこう返した。 「ここには豊かな実りがある。何もないどころか、何もかもがある。豊かな土地、豊かな実り、それ以上何が必要ある?」  クチャナはやせた土地に住んでいる人間だ。土の超えた温暖な日本に暮らしている輝たちとは価値観が違っていた。だが、輝や町子はそれがいけないことだとは思わなかったし、また、嫌なことだとも思わなかった。  少し歩くと、目の前に小さな店が見えてきた。看板にはパンの絵が描かれていた。パン屋なのだろうか。セインとクチャナは、ここで腹ごしらえをしようと言って、店の中に入っていった。  すると、店内にはいい香りが漂っていて、いろんな種類のパンが店内のところどころに並んでいた。レジには誰もいなかった。少し不用心だと思いながらも、輝たちはランチ用のパンを選び始めた。  すると、レジの向こう、店の奥のほうから、怒声が聞こえてきた。男性の声だ。 「こんなパン食えるか! わしの粉をこんな風にしやがって、もう許さん!」  声は、喋り方から、高齢の男性のように思えた。町子が、興味を持ってレジの奥を見た。すると、そこには、ただ怒鳴られて委縮しているだけの小柄な男性と、顔を真っ赤にして怒っている老人が見えた。  そのまま同じようなことを何度も言って帰って言った老人と、そこに取り残された小柄な男性を見て、町子がポツリとこういった。 「なによ、あのおじいさん。いいパンじゃない」  すると、事を静観していたセインとクチャナが町子に笑いかけた。 「確かにここのパンは美味しい。文句はないよ。だからこそ、この問題を君たちに解決してほしいんだ。この問題が解決しないと、クリスフォード博士の研究室にはたどり着けないんだよ」
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