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青い薔薇 13

 輝とローズは、遠くに置いてあった自分たちのトラックで町に帰った。おじさんとは草原で別れた。一人で、しかも車もないのに大丈夫なのかとも思ったが、ローズが大丈夫だというのでなんとなく納得した。ローズを連れてホテルに着くと、町子やフォーラが駆けつけてきた。輝もローズも無事であることを確認すると、フォーラがローズを見て、こう言った。 「おかしいわ。霧が晴れてる」 「霧?」  輝が聞き返すと、フォーラは少し、考えこんだ。今ではローズの存在も輝の気配も嫌というくらいに感じ取ることができる。しかし、先程までは霧の中を探しているようで、二人を探そうにも探すことができなくなっていた。これは誰が、フォーラより強い力を持つ何者かが妨害したとしか考えられなかった。しかし、月のシリンであるフォーラより強い力を持つ存在は限られていた。惑星間渡航者と、地球のシリン、そして、風の刻印を持つ二人のシリンだけだ。だが、彼らがフォーラから輝たちを隠す理由が思い浮かばない。 「霧のことはまた考えるわ」  何を言っているのかわからない、そんな顔をしている輝とローズをそのままにして、フォーラは一人立ち直った。いま、そんなことを考えても仕方がない。そして、今やるべき事案は他にあった。それを解決するのが先決だ。 「町子ちゃん」  そう言って、フォーラは町子の背を押した。先程から輝の顔もローズの顔も見ずにもじもじとしていた。その背中を押して、フォーラはこう耳打ちした。 「勇気を出して。輝の気持ちもおなじはずよ」  そう言われ、町子は輝の前に出た。そして、床に目を落とすと、小さな声でこう言った。 「輝、ごめん」  町子のその態度に、輝は苦笑いをした。  町子は何も悪いことをしていない。むしろ、勝手気ままな大人たちに振り回され、使命感を負わされている分、輝より不自由だった。そんな町子の肩に手を置き、輝はその瞳を覗き込んだ。いまだに床に落とされたその瞳は、輝を拒んでいるように見えた。それを悟ったとき、輝の気持ちの中に、町子を助けたいという意識が出てくるようになった。 「町子、謝らなきゃならないのは俺のほうだ。俺は、自分が戻すものだっていうことが嫌だった。なのに嫌だって周りに言わなかった。そのせいで、周りは誤解したまま俺を戻すものとして扱うようになった。日本にいられなくなったのもそのせいだ。だけど、それ全部周りのせいにしていたんだよ。他人の敷いたレールの上を歩くのが嫌だって言いながら、そのレールの上を歩いていた。そんな生き方を選んだのは自分自身なのに、あたかも周りがそうさせたかのように、周りを責めて、町子まで傷つけていた。今の俺は、戻すものだっていいって思えてきたよ。それも俺の生き方の一つなら、いったんそれを受け入れてさ、その中で自分がやりたいことをやればいいんだ。町子だって、そうだろ。お前にもやりたいことがあるんだろ」  輝の話の半分あたりから、町子は顔を上げて輝を見ていた。そして、その話が終わると、町子は輝に寄り掛かって泣いていた。 「あるよ」  泣きながら、崩れ落ちそうになっていく町子を輝は支えた。 「私だってやりたいこと、たくさんあるよ」 「じゃあ、ふたりでやれるようにすればいいさ。そうだろ」  輝の言葉に、町子は頷いて応えた。輝から離れると、涙を拭いて、笑顔を見せた。その様子に、フォーラとローズはホッとした。  しかし、そんな時間は長くは続かなかった。  突然の来客があったからだ。  それは、町子が輝とともに立ち上がって、フォーラたちに笑顔を見せられた、その時だった。二人の人間がテンに連れられてこちらのほうに走ってきた。 「マチコ、大変だよ! 大変な話!」  テンはそう叫んでいた。彼女の後ろからついてきたのは、黒い髪を後ろで束ねた褐色のきれいな女性と、それとは対照的な、銀色の髪を持つ碧眼の白人男性だった。白人男性も褐色の女性も、二人とも黒いスーツを着ていた。何かあったのだろうか。  輝たちのもとへ着くと、まず、白人男性が口を開いた。 「フォーラさん、そちらは、見るものと戻すものですね」  そうよ、と、フォーラが言うと、今度は褐色黒髪の女性が丁寧にあいさつをして自分の名前と白人男性の名前を名乗った。 「見るもの、戻すものよ、初めてお会いする。私は風の刻印を持つ巫女・クチャナ。二千年以上前よりアメリカ大陸に住み、タワンティン・スーユの滅亡を見届けた者。そして、こちらは私と同じく、風の刻印を持つ長老、セイン・ノクス。彼もまた二千年以上前からブリタニアに住み、古代ローマ帝国の滅亡を見届けた者。風の刻印は歴史の傍観者たるものの証。よろしくお願いする」  クチャナとセインが、自己紹介の後、輝と町子に握手を求めてきたので、二人は快く返した。すると、フォーラが少し緊張した面持ちで二人をロビーのソファーに座らせた。 「いったい何があったの? あなた方が、管轄地であるペルーやスコットランドから離れてここにくるなんて」  すると、二人の顔が曇った。クチャナに至っては焦りまで感じさせた。黒髪にしては珍しいその碧眼が揺れている。 「クチャナの妹にして、山の女神といわれている、アンデス山脈を統括する山のシリン、クエナが、忽然と姿を消しました。一緒に住んでいた村の者の話では、黒い服の男たちが考古学者と一緒にどこかへ連れて行ったのだと」  クチャナが、膝の上で手を握りしめた。悔しそうに歯を食いしばる。 「私や、私のパートナーであるコンドルがいない時を狙ったそうだ」 「考古学者とは」 辛い様子のクチャナを気遣いながら、セインが説明してゆく。もう二千年も時を共にして生きているのなら、互いの気持ちもすぐに察することができるのだろうか。輝は、町子を見た。不安そうにしている。セインやクチャナとは初めて会うのだろう。今度は、輝がしっかりしなければならない時かもしれない。いままで町子は自分のやるべきことのために心血を注いてきたはずだ。だったら、少し休ませてやってもいいのではないか、そう思った。  セインが再び口を開く。 「考古学者というのは、おそらく、クリスフォード博士でしょう」
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